写真家・石塚元太良の旅コラム
「芸術的な思考に適していた
〈秋芳洞〉の暗闇空間」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第3回は、写真家の石塚元太良さんが
山口県美祢市の〈秋芳洞〉に行った話。
フィルムカメラで撮影をすることにこだわる石塚さんは、
フィルムを現像する暗室作業と洞窟の暗闇に共通する思いを抱いたようです。

暗室作業と洞窟の闇は似ているのかもしれない

洞窟には惹かれるものがある。このデジタルカメラ全盛の時代でも、
フィルムカメラでの撮影をこだわり続けているのは、
暗室作業というある種の「洞窟」での作業プロセスを
愛しているからかもしれないと思う。

真っ暗な状況というものは、不思議と居心地が良いものである。
「見る/見られる」という視覚のチャンネルが無化されると、
初めの不安がだんだんと安堵に変わっていくような感覚があるのだ。

考えてみたら、人はあまり都市生活の日常のなかで
「真っ暗な」状況というものを経験しないのではないだろうか?
まちは隅々まで明るいし、都市はどこかで犯罪抑止的に「真っ暗な」状況を抹殺する。
けれど、人はもしかしたらどこかで「闇」を必要としているかもしれない。
洞窟での奇妙な居心地の良さを思い出すと、そんな風にも思うのだ。

日本が誇る洞窟といえば、いわずとしれた山口県美祢市の〈秋芳洞〉である。
その洞窟の大きさは、西日本最大である。
どの国のどの鍾乳洞でもそうであるが、必ず意図的なライティングがなされていて、
洞内アナウンスが流れていることもしばしば。
それらはぼくなどは、少し残念なもの、蛇足的なものに思えてしまうのだが、
考えてみたら本当に真っ暗な洞窟なんて危なくて、観光地にはなりはしない。

僕らは、ある種の想像力を使って洞内ダイブしていく必要があるのだろう。
過剰なライティングを避けながらその影をつなぐようにして、
この洞窟を発見した人たちのリアリティを、
いやもっと「発見」さえされずにただ雨宿りや、
仮の住居として使用されていたような時代のリアリティを少し想像してみるのだ。

とにかく天井が高くて窮屈な感じが全くしない。
幸い平日の昼間であるせいか、観光客もまばらである。
少し甲高い声をあげて見ると、声の反響が気持ち良い。
こんなにも広い空間であるならば、
洞内でコンサートライブなどしたら、さぞかし気持ちの良いものだろう。
そのときは、どんな種類の音楽が良いのだろう。
ピアノのソロライブもいいだろうし、女性ヴォーカルだって最高だ。
アイラーやfree jazzのサックスとか合いそうだな、云々カンヌン。

なんということを夢想しながら歩いていると、
洞内はやはり芸術的な思考に適しているのだろうと思い当たる。
ラスコーの世界最古の洞窟壁画の例をもち出すまでもなく、確かに「暗闇」の空間とは、
食うや食われるやの生存競争とは別種のスイッチが入るものなのではあるまいか。

ライティングの影と影が交わる、気に入ったコーナーを見つけてしばし佇む。
目が太陽光の届かぬ光量に慣れてくると、岩の肌理が目に刺さるようである。
奥に広がる洞窟の先のことを考えると洞内の気温が低いせいか少し震えがする。
ふと、今いる場所がどこなのか全くわからない錯覚を覚える。
そんなときは僕の場合、納得のいく写真が撮れることが多い。  

秋吉台〉を形成する地層であるカルストとは石灰岩の大地で、
元々は、太古の時代にサンゴ礁として形成されたものであるらしい。
その水に侵食されやすい地質は、
長い年月を経て地下に鍾乳洞と呼ばれる巨大な洞窟を生み出した。

確かに太古の昔にそこがサンゴの広がる海だったと聞いても納得するものがある。
広大な丘の広がりと無数に点在する石灰岩の様子が、
海原の波間に漂っているような気さえしてくるだろう。

writer profile

Gentaro Ishizuka 石塚元太良
いしづか・げんたろう●写真家。1977年生まれ。8x10などの大型フィルムカメラを用いながら、ドキュメンタリーとアートの間を横断するように、時事的なテーマに対して独自のイメージを提起している。初期集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA」(講談社刊)で2014年、東川写真新人作家賞受賞。また2016年、Steidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、ドイツのSteidl社より新作の『GOLD RUSH ALASKA』の出版予定されている。2019年ポーラ美術館(箱根)で開催される「Syncopation」展(8/5~12/1)に参加。

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