「恩返しをしたい」東日本大震災の経験を、能登の復興に。
東日本大震災の記憶が、珠洲への道を開く
伊藤拓海さんは、2025年の秋に珠洲市の地域おこし協力隊に採用され、移住を果たした。移住を考えたきっかけは、災害ボランティアとして珠洲を訪れたことだ。
「珠洲の中でも震源地に近かった大谷町で、ボランティア活動をしていました。その時に親しくなった高齢のご夫婦がいます。一緒に道路の土砂を掃いたり、片付けをしたり、畑仕事を手伝ったりしたのですが、お二人の温かさに私の方が支えられることも多く、ますますこの地で何か活動して行きたいと思うようになりました」

伊藤さんの出身は福島県白河市。10歳の時に東日本大震災に遭い、生き方に大きな影響を与えた。
「当時、全国から多くの方が支援に来てくださり、色々な面で助けていただきました。被災して、人と人の繋がりや、自然とどう向き合うのか、そういったことを常に考えて生きてきたと思います。高校生まで、県の防災マップ制作に参加したり、被災者を代表して国会議事堂でスピーチをしたり、ずっと自然災害の脅威に向き合ってきました」
災害ボランティアから移住へ
地震と豪雨被害の後、2024年10月に初めて能登へ向かった。東日本大震災を経験している伊藤さんだが、目の前に広がっていた光景は、故郷のそれとは異なるものだったという。
「能登は里山里海と言われるので山と海の距離がとても近いのが特徴。そのため山で崩れた土砂がそのまま海へ流れ込んでいる場所がたくさんありました。
支援の数が圧倒的に少なく、ボランティアもぽつりぽつり。災害の大きさを改めて感じ、無力感に飲み込まれそうになりました。貢献したいなんて、僕にできることなどないのではないかと」

しかしその後も、伊藤さんは定期的に能登へ足を運び続けた。
2025年3月、まず東京から金沢へ拠点を移した。現地へ通いやすくなり、地域の人々と触れ合う機会を増やし、本格的に移住のタイミングを伺う準備期間としたかったからだ。
「東京でブランドコンサルティングの仕事をしていたので、金沢に移り住んだ時から、アートや音楽などさまざまなクリエイターとコラボレーションして被災地の魅力を発信するクリエイティブレーベルの運営を始めました。移住後は、コミュニティの再建や情報発信などを担当する地域おこし協力隊の活動と、二足の草鞋を履いているところ。ゆくゆくは、アートを通した復興に携わりたいと考えています」
被災地支援の形を、アップデートする
伊藤さんが運営するクリエイティブレーベル〈beatfic experiment〉は、NPOではなく法人として活動している。これには、伊藤さんの強い思いが表れている。

「非営利の選択肢は取らないと決めていました。ボランティアに携わる方々のお話を聞いたり、NPOの在り方なども調べたところ、運営側が金銭的な理由で疲弊してしまう例も珍しくありませんでした。災害地へ出向くためには交通費もかかり、炊き出しにも費用がかかります。
だからこそ、資本が循環する形の支援のあり方を模索したいと考えて法人としました。私たちの活動が、もしまた他の地域で大きな災害が起きたときに役立つように、いま珠洲で直面している課題を少しでもいい方向に持っていけるよう、力を注いでいるところです」
珠洲には被災以外にも人口流出など、山積する課題がある。しかし伊藤さんは、珠洲は魅力的で、ポジティブなことに溢れていると明るく語る。
「能登いちばんの魅力は、昔、集落とは皆こういう姿だったのではないか、と思わせる景色が広がっていることです。良い意味で経済的な進化を遂げていなくて、自給自足のような暮らしが根付き、自然と人とのバランスが心地いい。非効率な部分はありますけどそれさえも楽しめる。被災してもなお自然のことを思って生きる人間の強さを感じられる場所は、おそらく世界中で能登だけじゃないでしょうか」

Information
いとう・たくみ/福島県出身、〈beatfic experiment〉代表。2025年秋から珠洲に住む。珠洲市地域おこし協力隊として情報発信などの仕事を担当する傍ら、音楽や美術、デザインや料理といったクリエイション活動によって地域復興を支える会社を運営している。
HP:https://www.beatfic.jp/