連載
posted:2012.11.9 from:大分県別府市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
editor's profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●エディター/ライター。生まれも育ちも東京郊外。得意分野は映画、美術などカルチャー全般。でもいちばん熱くなるのはサッカー観戦。
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撮影:嶋本麻利沙(THYMON)
混浴温泉世界では、別府の象徴的な場所を舞台にさまざまな作品が展開されているが、
場所そのものを作品化してしまうプロジェクトもある。
それが「楠銀天街劇場」と「永久別府劇場」だ。
身体表現に関するこのふたつのプロジェクトを企画したキュレーターの佐東範一さんは、
会期中ずっと展示されているアート作品に、
パフォーマンス作品もなんとか対抗したいと思ったという。
「物理的にずっと踊り続けるわけにはいきませんが、
いかに2か月間継続していくか、そして終わってからも継続していけるか。
フェスティバルがひとつのきっかけとなって、
新しいことが別府のまちで続いていくようなしかけをつくりたいと思いました」
楠銀天街は、別府にいくつかある商店街のひとつ。
かつては最も賑やかな商店街だったが、現在ではシャッターが下りている店も多い。
ここにさまざまな廃材を持ち込んで、まるごと劇場空間に変えてしまおうというのが
「楠銀天街劇場」のプロジェクト。
「いま全国でシャッター商店街と呼ばれる商店街が増えており、
かつては人と人との出会いの場所でもあった商店街が、その役割を終えています。
そのような商店街をもう一度、別の役割につくり変えられないかと考えたときに、
劇場が持つ、人が集まる機能とうまく合体させられるのではと思ったのです。
全国のシャッター商店街をよみがえらせるきっかけを、この別府でスタートできたら」
と佐東さん。
このプロジェクトを実現するのに白羽の矢がたったのが、
東野祥子さんとその仲間のアーティストたち。
東野さんはダンサーで振付家だが、映像や美術、音楽なども含めた舞台表現を
チームでつくり上げている。楠銀天街を劇場化するにあたり、
彼女たちは、廃棄物を装飾品として生まれ変わらせることを提案。
別府中の業者を回り、廃棄物を収集、それらを商店街に持ち込んで、
空き店舗や通りにさまざまなオブジェをつくり続けている。
これらのオブジェは会期中も増え続ける予定で、会期末の12月1、2日の両日に、
音楽や映像も使ったダンスパフォーマンスが、楠銀天街全体を舞台に繰り広げられる。
それにしても、若者たちがいきなり商店街に廃材を持ち込んで作業していたら、
近隣の人たちに不審がられないだろうか。
最初はそんな懸念もあったようだが、珍しそうに見ていた近所の人たちは、
やがて彼女たちに話しかけ、そのうち自分の人生を語り出すおばあさんや、
1日3回も差し入れしてくれる人まで現れたそうだ。
これぞアーティストの力というべきか。
楠銀天街劇場では音も重要な要素となる。
アーケードの天井にはかつては賑やかに鳴っていたであろうスピーカーがあったが、
もう長いこと音楽は流れていなかった。
今回、断線していた配線をつなぎ直したところ、ちゃんといい音が出たという。
佐東さんは「切れていた線をつなぐだけで、もう一度すばらしい音が出る。
こういうことがやりたかった」と話す。
「永久別府劇場」は、かつて「A級別府劇場」というストリップ劇場だったが、
建築家グループ「みかんぐみ」のリノベーションにより、新たな劇場に生まれ変わった。
ここでは会期中の毎週末、さまざまなアーティストが登場する
「混浴ゴールデンナイト!」を開催している。
コンテンポラリーダンスからベリーダンス、フラメンコまで
バラエティに富んだアーティストが出演するが、
ちょっと珍しいのが、昔ながらの金粉ショー。
体中に金粉をまといパフォーマンスをする金粉ショーは、
かつては温泉地やキャバレーなどで行われていたが、現在はあまり見られない。
実は佐東さん自身、80年代から90年代にかけ
舞踏グループ「白虎社」のメンバーとして活動していた時代に、
金粉ショーをやっていたそう。
「昔はいまのように助成金もありませんから、
自分たちの公演のためのお金は自分たちで稼いでいました。
アングラ演劇といわれる人たちの収入源、
またダンサーとしての身体性を鍛える場でもあった金粉ショーを、
復活させてみようと思ったのです」
もともとストリップ劇場だった空間で、
さまざまな身体表現が見られるというのも面白い。
金粉ショーは「混浴ゴールデンナイト!」の全日程で見ることができる。
今回の混浴温泉世界で、最も目につく場所で行われているのが、
別府のランドマークである別府タワーを使ったプロジェクト。
アーティストの小沢剛さんによるこの作品は、
タワーに灯る「アサヒビール」のネオンの文字が、
さまざまな組み合わせにより言葉を紡ぎだすというもの。
それは単に「アヒル」とか「ビル」といった日本語の言葉遊びではない。
私たちには理解できなくても、そこにはさまざまな言語の単語が潜んでいるのだ。
港町である別府は昔から外国人の流入も多く、
現在は立命館アジア太平洋大学(APU)という、
在籍学生の半数近くが留学生という大学もある。
多くの言語、多くの文化が共存する別府の多様性を、
別府のランドマークを使って表したのだ。
昨年の年末から今年の年始にかけて、家族とともに
別府に「生活するように」滞在し、リサーチをしていた小沢さんは、
ある日の夕暮れ、別府タワーのネオンが灯る瞬間を見たときに、
今回のアイデアがひらめいたそうだ。
タワーのネオンは日没から点灯するが、昼間も小沢さんの作品が楽しめる。
商店街でも何かやりたかったという小沢さんは
「やよい商店街」と「ソルパセオ銀座商店街」というふたつのアーケード街で
タワーの「見立て細工」を制作した。
「見たて細工」とは、日用品を組み合わせるだけで造形物をつくるもので、
別府市の浜脇地区で開催される歴史あるお祭り「べっぷ浜脇薬師祭り」では
「風流見たて細工」が名物となっている。
今回は商店街の18店舗に、お店にあるものを用いてタワーを出現させた。
お店の人たちも協力してくれ、このユニークなタワーを楽しんでくれているようだ。
今回の一連の作品に、小沢さんは《バベルの塔イン別府》というタイトルをつけた。
「思い上がらず、向かい合うのが大切」という小沢さんの言葉が印象的だ。
混浴温泉世界の初日、10月6日に、
小沢さんと作曲家の安野太郎さんのコラボレーション
「世界混浴タワー合唱団」によるパフォーマンスが行われた。
ネオンに現れるさまざまな言葉をつないだ歌詞と、安野さんによる曲で合唱曲がつくられ、
それを多人種からなる世界混浴タワー合唱団が、別府タワーで合唱するというもの。
鑑賞者は、タワーの合唱団員の姿が見えるホテルの屋上から
「ワールドプレミア」となる公演を楽しんだ。
歌声は設置されたスピーカーを通してだったし、
当然、合唱団のメンバーの表情までは見えない。
それでも、こちらとあちらで手を振り合ったときは、何か相通じるものがあった。
見えなくても、みんなが笑顔であることは、はっきりとわかった。
混浴温泉世界のキュレーターのひとりである住友文彦さんはこう語る。
「僕はアートでまちおこしができるとは思っていません。
いま日本中で幻想のように言われていることに対して、
敢えてそう思っていないところがあります。
ただ、こういうアートプロジェクトが行われることで、
まちが変わるということはあると思います。
でもそれは、アートが変えるのではなくて、
アーティストが持っている特殊な能力、
観察力であったり考え方をかたちにしていく技術、
そういうものに地域の人たちが触発されて、何か創造的なことに関わっていく。
そういったことでまちが変わっていくということがあるかもしれない。
一過性のイベントではなくて、
ずっと地域の人たちが関わっていけるような場所、あるいは組織ができていくと、
このプロジェクトは次のフェーズをつくっていけるのではないかと思います」
2009年の混浴温泉世界の開催後、混浴温泉世界の実行委員が中心となり、
市民参加の芸術祭「ベップ・アート・マンス」を毎年開催してきた。
3年ごとに著名なアーティストを招聘する混浴温泉世界とは別に、
さまざまな展示やワークショップなど多くのイベントがまちのいたるところで行われ、
今年も混浴温泉世界と同じ会期で開催される。まちをあげての文化祭といった趣だ。
また前回の混浴温泉世界の「わくわく混浴アパートメント」という企画がきっかけとなり、
清島アパートという古いアパートが、アーティスト・イン・レジデンス施設として、
現在も機能している。実際にそこで暮らすアーティストもいれば、
アトリエとして部屋を使っているアーティストおり、もちろん展示も行われている。
これまで多くのアーティストたちがここで滞在制作をし、出入りしてきた。
このように、混浴温泉世界というアートフェスティバルが、
まちに何らかの変化をもたらしたことは事実だ。
別府のようなまちが、ほかにもできていくとさらに面白いことになるのではないか。
大分県では次のプロジェクトも始動している。
それが国東半島で行われる「国東半島アートプロジェクト2012」だ。
古来からの豊かな自然や神仏習合の文化が残るこの土地を舞台に、
秋期は11月3日から11月25日まで、ふたつのプロジェクトが展開する。
茂木綾子とヴェルナー・ペンツェルによるアーティストユニット「ノマド村」と
画家の千葉正也による「いえをつくる」プロジェクト。
もうひとつは、美術家で演出家の飴屋法水と、小説家の朝吹真理子、
音響エンジニアのzAk、料理家の長谷川ヒヨコらによる
「アートツアー」のプロジェクト。別府と合わせて訪れるのもよさそうだ。
場所が持つ力、アーティストが持つ力。
それらがかけ合わされたとき、まちは変わるのかもしれない。
information
別府現代芸術フェスティバル2012
混浴温泉世界
2012年10月6日(土)~12月2日(日)
大分県別府市内各所(浜脇地区/中心市街地/鉄輪地区ほか)で開催
http://mixedbathingworld.com
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