忘れるために、撮る。石川・珠洲を記録し続ける〈スズレコードセンター〉

スズレコードセンターの外観と西海一紗さん
能登半島地震と豪雨被害を経て、2024年後半に誕生したスズレコードセンター。震災後の風景と復興していく変化を写真や映像で記録すること、そして、古い町の写真を住民から預かることを主としている機関だ。運営しているのは、奥能登国際芸術祭をきっかけに珠洲で結成された奥能登珠洲ヤッサープロジェクト。プロジェクトリーダーは震災前に珠洲に移住してきた西海一紗さん。珠洲へやってきたきっかけから、スズレコードセンターが担うもの、そして今後の活動についてじっくりと聞いた。

映像制作者が珠洲へやってきた理由

西海一紗さんが珠洲へやってきたきっかけは、2023年に開催された奥能登国際芸術祭に関わるためだった。当時東京の映像制作会社でCM制作などを行なっていたが、どこか違う土地で暮らしてみたいという思いが募っていた頃、たまたま芸術祭のスタッフ募集を見つけたことから応募。具体的にリサーチを進めると、それまでの人生で見たことのない景色や空気感が広がり、開拓しごたえがありそうだと珠洲に興味を持ったそう。

「初めて珠洲に来たのは、芸術祭スタッフ採用面接の時。それまで一度も来たことがなかったのですが、車でちょうど橋に差し掛かった時、黒瓦の屋根と青い海が広がっている風景に感動して、ここに住みたいとごくごく自然に思いました」

珠洲の第一印象をそう振り返った西海さん。面接も上手くいき、住むところもトントン拍子に決まった。

スズレコードセンターでプロジェクトリーダーを務める西海一紗さん

「私としては、移住というより引っ越しちゃおうという感じ。すごく軽い気持ちでやってきました。芸術祭スタッフの仕事は、作品の管理やメンテナンスをはじめ、地域とアーティストを繋いだり進行管理などをしていました。東京の制作会社ではプロダクションマネージャー部に在籍していたので、それの芸術祭版という感じで前職の経験も活かせました」

怒涛の準備におわれた芸術祭、その後はこの地での暮らしにどのようなプランを描いていたのだろうか。

「芸術祭が終わったら、まずは自分が撮りたいものを撮ろうと考えていました。それとゲストハウスも面白いと思ったり、いろんな可能性を考えてましたね。ようやく芸術祭の後片付けが終わったところでお正月を迎えて、今年は自分のやってみたいことをしようと考えていた矢先に地震が起きました」

離れるつもりだった。でも珠洲で記録係に

「地震後10日間は珠洲にいたんですが、その後は一時実家のある北海道に避難していました。その時にテレビで能登の映像が流れて、何もかもが壊れている状況にあらためて驚かされました。私が好きだった風景も、撮りたいと思った光景もなくなっていて、もう戻れないと思ったんです。

でも、片付けのために戻ったら、珠洲も春を迎えてものすごく花が咲いてたんです。こんなに地震でグチャグチャになってるのに、花は咲くんだって。桜もあるし、道端にもたくさん咲いてて。すごく前向きな空気が流れていることを感じました。

海も変わらずすごく綺麗で。最初は片付けが終わったら帰ろうと思っていたけど、もうちょっといたいなって。でもその後豪雨がやってきて、もうダメかもとかなり落ち込んだのですが、芸術祭の後に立ち上がったプロジェクトもあったり、片付けたりしているうちに、2024年が過ぎていきました」

スズレコードセンターでプロジェクトリーダーを務める西海一紗さんが撮影した写真
スズレコードセンターで開催されたレコードフェアのポスター
震災後も、あの頃と変わらず麦わら帽子で自転車を漕ぐおじいちゃんがいた。その姿に、西海さんは勇気づけられた。

珠洲にとどまった西海さんは、芸術祭の流れで奥能登珠洲ヤッサープロジェクトに携わる。これはスズレコードセンター立ち上げのきっかけに。

「芸術祭の時に、私が担当していた仕事の一つに記録係があり、作品の制作過程などを撮影してインスタにアップしたり、発信担当でもあったんです。ヤッサープロジェクトでも発信を続けていきたいから、珠洲の記録係として動いてほしいと打診されました。すごいスピードで風景とか人の気持ちも変化して行っていたので、これは記録しなきゃと個人的にも思っていたので、参加することに。様々な個人の視点で記録活動を試みるスズレコードセンターがスタートしました」

道の駅のそば、フラットな記録の場所「スズレコ」

スズレコードセンターは、車通りの多い道沿いに拠点を構えた。当初はもう少し奥まった旧図書館が候補地だったが、西海さんたっての希望で、珠洲の中でも賑わう〈道の駅すずなり〉へ向かう途中に位置する現在の場所に決まったそう。

「交通の便が良くて人目に触れる場所を意識しました。私も移住者だからわかるのですが、最初に入っていく時に近寄り難いコミュニティになってしまっていたら、スズレコードセンターの役目は果たせないと思ったんです。できるだけフラットで開けている場所がいいと思っていました。

県外から来る方にもわかりやすいし、地域の人も散歩の途中に立ち寄ってくれます。家から古い写真が出てきたけれどどうしたらいいかとか、昔の写真が見たいとか、いつも生えないところから菜の花が出て咲いてるから写真を撮りにきてほしいとか、写真や記録に関係することならば、地震のことだけではなく、どんなことも受けて入れています」

スズレコードセンターの外観
スズレコードセンターの内観
スズレコードセンターの内観

西海さんが奥能登国際芸術祭の運営に注力していた頃、終わったら好きなものを撮ろうと考えていたはず。スズレコードセンターで記録係としての活動は、当初思い描いたものと少し異なるのではないだろうか。

「そうですね、地震があって豪雨があって、私も心が折れそうになって。だからスズレコードセンターが立ち上がり、私が撮りたいものを撮り終えたら、珠洲を離れようと思っていました。それが、実際に始めてみると、自分もまだここに居たいなと思った。それは、スズレコの活動が面白くなってきちゃったことと、関わっていく中で生まれた関係性があって、仲間が増えていってると感じたからだと思います。

活動が始まった時は、一人で記録を任されているようでひとりぼっちだと思ったし「これだけが珠洲じゃないんだけどな」という罪悪感をずっと抱えていたんです。ですが、レコードフェアという12組それぞれが自分の周りの能登を記録した展示を開催したら、皆それぞれの視点で撮っていて、個人の視点が集まることで幅ができたり、町の記憶が生まれていくんだなと実感して。私は私に見えてるものを撮り続けて行けばいいんだと自信が芽生えてきました。その気持ちの変化が大きかったと思います。徐々に珠洲の町への愛着が復活して、もう少しここでの景色を見続けたいと思うようになったんです」

カメラが心のキャパシティを空ける

現在、西海さんは四季に沿って自主映画の撮影を続けている。地震や豪雨など大きな災害による町の変化の中で暮らし、西海さんが珠洲を見つめる視点とはどのようなものなのだろうか。

「記録係として色々な風景を撮っているときは、忘れたくなくてシャッターを切っていました。でもだんだんと、忘れないときついと思うようにもなっていました。転機になったのは、地震後に半年ほど暮らした友人の家を出る時。すごく好きな家だったんです。そこを出なくてはいけない時に、部屋や床を撮影しまくったんです。そうしたら、いつか思い出したい時にはこれを見ればいいし、こんなに撮ったからもう忘れちゃおうって思えたんです。撮影が自分の心のキャパシティを空けていく行為だと実感しました。」

その気づきが、今制作中の映像につながっている。珠洲の四季を追いかけたドキュメンタリー的なフィクション。珠洲でたまたま出会った俳優の齋藤紫乃さんに協力してもらい、彼女が珠洲で暮らしているという設定で撮影している。

「私が暮らしていた場所や関わっているコミュニティ、よく立ち寄るお店に実際に紫乃さんに入って生活してもらい、セルフドキュメンタリーではなくて、分身というか自分とも関わっている紫乃さんを撮影するというレイヤーを加え、フィクションでありドキュメンタリー要素もある作品になりました。

完全なドキュメンタリーで撮ってしまうと、”被災地の珠洲”が前面に出て、私が見ている珠洲とは少しズレがある。もっと日常的で地震の前から続いている暮らしの風景がここにはあって、それを見せるためにはフィクションの要素を入れる方が表現できると考えました。四季を全て撮り終えて1本にまとめ劇場公開したいと思っています」

スズレコードセンターでプロジェクトリーダーを務める西海一紗さんの自主制作映画のワンシーン

スズレコードセンターとして記録すること、そして西海さんの視点で珠洲を見つめた作品を完成させることと並行し、次の奥能登国際芸術祭の準備もスタートするのだろうか。

「まだ開催時期が決定しているわけではないのですが、これまで3年おきだったので数年内に開催されるだろうと思っています。2026年に入ってから、芸術祭の仕事をしたいと移住してきた方がいますし、スズレコに来た方が珠洲に住んでみたいということもあります。いろんな珠洲を知ってもらいたいし、新しく来てくれた方々と一緒に、時にはフォローして、次の芸術祭までバトンを渡せたらいいなと思っています」

スズレコードセンターでプロジェクトリーダーを務める西海一紗さん

Information

スズレコードセンターの外観
スズレコードセンター

珠洲や奥能登のこれからを考えレコード(記録)していく機関。町の写真や映像を資料をデジタルデータで保管し、珠洲の現在も撮影していく参加型アーカイブプロジェクト。
住所:石川県珠洲市飯田町11-79-1|地図
営:11:00~18:00
休:火・水
HP:https://okunoto-archive.jp/

Profile

スズレコードセンターでプロジェクトリーダーを務める西海一紗さん
西海一紗(さいかい・かずさ)

北海道出身。2022年に珠洲市に移住し、奥能登国際芸術祭の運営に関わる。現在は、スズレコードセンターでプロジェクトリーダーを担当するほか、能登の風景をおさめる自主映画の制作を続けている。

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