時代を変えるものは、いつも規格外れから生まれる 文・荏開津広
文・荏開津広
音楽の娯しみ方のひとつを超え、イベントとして楽しみにしている人も多い、音楽フェスティヴァルーーかくいう自分、かつてはクラブDJで今ではキュレーションやディレクションをしながら大学で教鞭をとる人間の、これまでの音楽的生活、忘れられない幾つかの瞬間は音楽フェスという場と時間と切り離せない。
26年5月の或る日、能登半島の先端?石川県鳳珠郡能登町で開催された「だらぼち音楽祭」は、自分にとって決定的な音楽フェスのひとつ、もしくは主催者の方のいう「祭り」の瞬間になった。
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個人的な話になるが、自分が「だらぼち音楽祭」を知ったのは今年のまだ早い春、“ミラーボールの回る宿”こと能登町の「土とDISCO」に伺った際。でも、能登が気になったのは、2022年、金沢21世紀美術館の仕事でほぼ1ヶ月1人で金石というかわいい町に滞在し関係者の方にその先の半島に連れて行ってもらってから。その再訪のプランについてその方に電話した数日後に地震が起きた。
その後すぐ、横浜の自分の知り合いのある現代美術作家は、それまで話していた作家としてのプランを変更しヴォランティアへ出かけて行った(今でも彼女は能登で活動を続けている)。そのことに強い印象を受けた。でも、地震があったから「能登が特別」なのではもちろんない。
昨年に別のプロジェクトを通じて会ったノルウェイのアーティスト/デザイナーT-Michaelは、T-Wabisatoというアーティスト・イン・レジデンスのプロジェクトを偶然にも能登で進めていた。自分も関わるだろう。能登ではないけれど新しくできた知性溢れる友人がギャラリーを金沢に開くという話もある。でも、金沢から能登に惹きつけられるのは自分個人特有の事情、というのでもない。
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豊かな緑に囲まれた「里山ステージ」のヘッドライナー、THA BLUE HERBのILL-BOSSTINOの自らいう「無骨な語り」が進めていくステージで「だらぼちって良い言葉」だと言っていた。自分も賛成で、時代を変えるアート/イノヴェーション(敢えてこの言葉使ってます)は「だらぼち」的姿勢から生まれる可能性が高いと考える。改めて考えるまでもなく、既存の価値や能率重視の規格/企画とかにパッとそぐわないものが新しい美である。


まだ少ししか知らないけれど、まず能登という土地の自然と風景自体に先端の、いうならある種の異形の美さえ許容するおおらかさを感じる。それは、若い頃に日本のヒップホップ/ストリートカルチャーが生まれてきた現場に立ち会ってきた自分の経験則から見え聞こえる、反転して生まれる美といっていい。そのおおらかで鋭い感受性は、能登と日本の代表的な都のひとつ金沢という町との距離とも関係がある気もする。
自分が最も好きな DJのうちの1人DJ KENSEIのサウンドの蜃気楼のような?しかしブラックネスに満ちたプレイ、彼らの人生と分かち難い真のライヴ音楽を聴かせるバンドSOFT、「さんピンCAMP」以前から存じ上げている刃頭さんの太いビーツ、「里海ステージ」の海の絶景、風の匂い、星空、偶然会った京都の友だち家族(!)、初めて見る出演者のライヴ/パフォーマンス、そして夕方に動き始めたキリコ(!)、すべて絶対に自分は忘れないだろう経験になった。


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先ほど能登には自分の個人的な理由で魅かれているのではないと記した。でも、グローバルとかいう言葉のイメージに欺かれず、偶然の遠近法というか、「縁」の積み重ねに気がつくことが、結局、替えの効かない自分の生きられた時間になり、かけがえないアートへ導いてくれるのでは?とも思う。簡単に取り替えられない価値、それが根本にそれぞれ個人の「祭り」、「カルチャー」、そして「目的地」となり暮らしや生き様やライフを彩っていくのではないだろうか。
きっとまたすぐに自分は能登に戻るだろう。
Profile
東京生まれ。東京の黎明期のクラブでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後、批評的な活動が増加。主な活動にキュレーション、ディレクション、構成・執筆など。高山明Port Bのヒップホップ ・スクール「ワーグナー・プロジェクト」、「磯崎新と大分の広場」、「アート×イノベーション シンポジウム at 京都大学」などの音楽監督。NHK「世界サブカルチャー史 欲望の系譜」他。立教大学兼任講師。