「絶対に無理だと思っていた」。コシノヒロコが兵庫・芦屋での二拠点生活を実現した理由
芦屋への憧れは20代から。自然の中で日本の美を学びたかった
コシノさんは大阪・岸和田出身。一見、芦屋には接点がないように思えるが、実は20代の頃からたびたび足を運び、この街に特別な憧れを抱いていたという。
「親しい友人であり取引先でもあった方が芦屋のハイランドに住んでいたので、友人たちみんなでよく訪ねていました。夏にはバーベキューをして、お庭のプールに飛び込んだりね。
芦屋は自然豊かで季節が感じられるうえに、都会に出るにも時間がかからないですし、洗練されていますから。国内でもレアな土地ですよね。さらに景観ルールが厳しく、かっこいい家ばかりで、誰でも住めるわけじゃない。お金持ちがこぞって住みたがるイメージで、芦屋の暮らしは憧れでした」。
その後、海外のコレクションに参加しはじめるのと時期を同じくして、芦屋に自邸を建てる。

「当時は東京に住んでいましたが、海外で日本人デザイナーとして活動していくなかで、都会だけで暮らしていて日本のよさが本当にわかるのかしら、と考えるようになったんです。
欧米の競合相手には思いつかない、自分ならではのデザインコンセプトをつくりたかった。そのために、芦屋で自然とともに暮らしたいと思いました」。
デザイナーとして、日本の美意識に向き合う必要があると考えたのだ。
「私は、歌舞伎や文楽など和物好きの祖父の影響を受けて日本文化はよくわかっているつもりだったけれど、大阪の街なかで育ったので、自然との直接的な接点はあまりなかったんですよ。でも日本の文化をあらためて学び直すと、衣食住やそのしつらえ、おもてなしに至るまで、自然が反映されているでしょう。
着物だと、模様のテーマは大体、四季の自然にちなんでいる。洋服でも、春になって黒ばっかり着るわけにいかないっていうのが日本の感性だと思うのよ。だから、自然のなかで四季を感じながら暮らしていくのが強みになると考えました」。
思いついたら形にする。「精神的なリッチさ」を大切に
そうして、「20代の頃は絶対に無理だと思っていた」という芦屋暮らしを実現させたコシノさん。背景にはデザイナーであり経営者である彼女の手腕と、バイタリティ溢れる考え方がある。
「芦屋で理想の家を建てるには巨額のお金が必要で、当然ローンを組むので、周囲からも『難しいんじゃないか』という声はありました。でも、なんとかなると思って希望に満ち溢れていたから、不安はなかった。なんとかなるというのは、ただ待ってるだけじゃだめ。考えなきゃいけないよね。
それで思いついたのがライセンスビジネス。洋服だけでなく食器やタオルなど生活に関わるものをデザインして、ライフスタイルと一緒にトータルで提案しました。それから海外でのブランドの売上も高まって、ローンを返し終えることができました。
自分では、世間でいう『お金持ち』 という感覚はないんです。でも、精神的な意味での“リッチさ”は大切にしています。コンサバティブにならずに思いついたアイデアを形にしていくし、そのために持っているお金を使います。そうすることで、結果的にまたお金もついてくるんです」
挑戦的なマインドは芦屋の邸宅の設計を安藤忠雄氏に依頼したことにも表れている。氏はコシノさんと同世代で、同じ大阪出身。二人は若い頃から親交があった。
「当時は安藤さんもまだ今ほど有名ではなかったんです。この家を設計する際にいろいろなアイデアを試し、存分にやりたいことをやって、その後の仕事につなげていきました。住みやすい家ではなかったのだけど、挑戦に満ちていて、デザインの重要性が感じられるようなつくりでしょう。彼が運命を切り開いたきっかけの建築の一つになりました」。
東京で仕事、芦屋でアート。二拠点が創作に幅と奥行きをもたらす
現在は、都内と芦屋の二拠点で生活しているコシノさん。毎週末、芦屋に滞在しては、長唄のお稽古をして、アトリエで絵を描くのが日課だ。デザインと仕事は東京で、アートや趣味は芦屋で、と考えている。

「東京はものすごい情報量で、大阪にいた頃より仕事がしやすい。メディアの数も圧倒的に多いのは東京なので、拠点を持っておくのは大切だと思いますね。
でも逆に、東京のようにいろいろな情報が入ってくる場所だと、絵はあまり描けない。芦屋には自然があるので、気分を切り替えられていいですね。落ち着いてから、ここでコンクリートの壁に囲まれて、グレーの世界で想像をたくましくすると、自由な色や形が出てくるんです。
私は大阪で育って、関西のよさを知りながら東京でも仕事をして、パリを始めとする海外にも何度も足を運び、自然豊かな芦屋にも拠点を持った。各地を行き来した経験を活かしてものづくりをしているから、幅や奥行きが出るんです」。

複数拠点を維持し、常に移動する生活に、苦労はないのだろうか。
「お金もかかるし、飛行機で行き来するのはもちろん大変です。特に始めの頃は、時間をつくれないときもありました。でも、自分の家があるとどうにか帰ろうと思うのよね。
そのうち、安藤建築をもっと活かすべきだと考えて、ギャラリーとして一般公開を始めました。芦屋は意外と文化的な催しが少ないから、最近は年に4回ギャラリーでピアノコンサートを開催して、展示作品もよく入れ替えています。
それから、若い頃からもっと絵を描きたいと思っていたけれど場所がなかったので、ギャラリーとは別で、大きなアトリエをつくりました。地方にアトリエを持って東京を中心に発表するというクリエイターは増えているんじゃない?
こちらにはわんちゃんもいるからね。やっぱり毎週帰ってきたいと思いますよ」。

Profile
1937年、大阪府岸和田生まれ。ブランド〈HIROKO KOSHINO〉や数多くのファッションアイテムを手がける一方、アーティストとしての絵画制作活動にも情熱を傾け、2013年には自身の作品発表の場として「KHギャラリー芦屋」をオープン。
今年2026年5月26日からは、半世紀以上のキャリアと多岐にわたる創作活動を同時代的な視点から捉え直す展覧会『(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO』が開催中。コシノが名誉館長となり伝統芸能からサブカルチャーまで、日本の文化を幅広く紹介するYouTubeチャンネル「日本のカルチャーMUSEUM」もスタート。
Instagram:@koshinohiroko_official
Information
『(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO ー新説/真説 コシノヒロコー』
会期:2026年5月26日(火)〜7月26日(日)
会場:東京都現代美術館
住所:東京都江東区三好4丁目1-1|地図