連載
posted:2023.9.29 from:長野県諏訪市 genre:旅行
〈 この連載・企画は… 〉
さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの「ある断片」を綴ってもらうリレー連載。
自由に、縛られることなく旅をしているクリエイターが持っている旅の視点は、どんなものなのでしょうか?
独特の角度で見つめているかもしれないし、ちいさなものにギュッとフォーカスしているかもしれません。
そんなローカル旅のカタチもあるのです。
text
Kanako Azuno
東野華南子
さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第36回は、長野県諏訪市で古材や古道具を扱う
〈ReBuilding Center JAPAN〉の東野華南子さん。
東野さんにとって、旅とは本を読む時間。
そうなったきっかけから
実際に旅の途中で読んだ本や、そのエピソードを綴ってもらった。
旅といえば、本を読むこと。
そう思うようになったのには、幼い頃からの家族旅行にある。
父と母と姉と私の4人家族。
温泉に行く、といえば各自、本を準備する。
着いたら各々本を読んで過ごし、お風呂にはいってごはんを食べたらまた本を読む。
こう書くとなんだかえらく知的な家族のようだけれど、
そもそも本が好きになったのにはいくつか理由がある。
ひとつは海外駐在が長かったこと。海外駐在が長いと本が好きになる。
繋がりづらいかもしれないけれど、
中国やイギリスに住んでいたときに年に何度かあった日本への一時帰国、
なんせ飛行機が長い。
中国なら3時間程度だけど、イギリスとなると12時間。
その長い時間、自分が持ってきた本を読み終わって、
映画やゲームにも飽きてしまったら、そのあと読むものといえば家族の本しかない。
最年少だった私には推理小説やノンフィクションの本など
すこし難しいものも多かったけれど、
それを読んでは眠くなって眠ってまた読んで……
を繰り返しているうちに読み切っている。
そんなことを繰り返しているうちに
我が家では「出かける=本を持つ」になったのだと思う。
「ハンカチ持った?」でもなく「ティッシュ持った?」でもなく
「本持った?」と玄関先で確認されるのが、我が家の習わしだった。
そんなわけで日本に帰ってきてからも、
休みの日に喫茶店にモーニングを食べにいっては、本を各々読む。
読み終わってしまって本の交換をねだると「2冊目持ってきてないの?」と言われる。
そんな家だった。
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もうひとつは、不登校だった時期があること。
ロンドンに住んでいた中学生のとき、現地の学校に行くのが嫌になったことがある。
思春期の女の子たちの、
バラエティ番組のようなスピード感のある会話の展開についていけず、
そして下手な英語で口を挟むとみんなが(やさしさで)会話をぴたっとやめて
私の発言に耳をかたむけてくれる。
それがなんとも申し訳なくて、そのうち学校に行くのが嫌になってしまったのだった。
そんなとき、母が学校の近くまで来てくれたことがあった。
バスで来て、キッチンカーで売っているクレープを一緒に食べて、
そのまま学校の数軒隣にあったスターバックスに入った。
そこで小さな丸いテーブルに向かい合わせにすわり、
私は日本で高校受験するために通っていた塾の勉強をして、
母はカプチーノを飲みながら本を読む。
不安や後ろめたさでいっぱいのその頃の私にとって、
その時間が本当に心地よくて大好きだった。
だから、本を読むことと穏やかな日常が、
わたしのなかではぴったりとくっついているのだと思う。
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そんなわけで、大人になってからも旅に出るときは本を持って出ていた。
アイスランドに行ったときには、
有吉佐和子さんの『悪女について』、よしもとばななさんの『海のふた』、
重松清さんの『とんび』などを持っていった。
〈KEX〉というビスケット工場をリノベーションした宿に泊まっていたのだけれど、
朝起きて併設のレストランのソファで読んで、そのままお昼になってしまった。
重松清の『とんび』は、
アイスランド滞在中にルーティンのように毎朝行っていたカフェで読んだ。
朝か夕方、必ず行って本を読んでいたのだけれど、
続きが気になってその日にほかのカフェで読み終わっちゃって、
結局、途中でいちど宿に帰ってほかの本と交換した。
新婚旅行に持っていったのは西加奈子さんの『サラバ!』と
山内悠さんの『雲の上に住む人』、
橋口幸子さんの『いちべついらい 田村和子さんのこと』など。
『サラバ!』は早起きして散歩して、途中で見つけたカフェで読んだな。
そのあとアンティークショップに行く東野(唯史)さんを見送って、
また別のカフェに入って続きを読んだ。
宿泊日数+1冊くらいを持っていくので、カバンには常に本が入っている。
バスを待ちながら、飛行機に乗りながら、本を読む。
本を読むとそのまちのことを思いだす。
私にとって、本を読む、ということは、穏やかで健やかな日常の証なのかもしれない。
もちろん自分の知らなかった感情や表現に出合えることも楽しいけれど、
何より本を読む時間が、本当に好きなのだなと思う。
旅先のカフェや公園、さまざまな人がそれぞれの人生を、
ただ生きているそのなかで、本を読む。
そうしてひと息ついてふと顔をあげた先にあるのがいつもとすこし違う風景で、
でも誰かの日常であることの多幸感が、体のなかにじんわりと広がる。
誰かと一緒にいたいけど、ひとりでいたい。
そんな気持ちを、本を読む、ということは叶えてくれる。
ひとりでも、ふたりでも。
ただお互い本を読んで向かい合わせに座り合う。
相手の存在を感じながら、本に没頭する。
それぞれの時間を、それぞれ生きながら共にいる。
そうやって過ごせる相手を、きっと私は選んだのだな、と思う。
現在子育て真っ只中、
旅に出るともれなく子供が賑やかにしてくれてそんな暇はないけれど、
いまは日常に旅の空気を求め、たまには夫と向かい合って座り本を読みたい。
そしていつかそれが我が家の習慣になって、
子供ともそんな時間を共有できるようになったら、うれしくて泣いてしまうかもな。
そんなふうに思っている。
profile
Kanako Azuno
東野華南子
1986年埼玉生まれ。中央大学文学部を卒業し、カフェでの店長経験、ゲストハウスでの女将経験を経て、2014年よりフリーランスデザイナーだった夫・東野唯史氏とともに〈medicala〉として空間デザインユニットとしての活動をスタートする。15年に新婚旅行で訪れた〈ReBuilding Center〉に感銘を受け、名称の使用許可を得て、16年に同名にて店をオープン。代表取締役は唯史氏。リサイクルショップとしてだけではなく、「REBUILD NEW CULTURE」を信念に掲げ、捨てられていくものや忘れられていく文化を見つめ直し、人々の生活を再び豊かにする仕組みを作るチームを目指す。
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