写真家・田附勝の旅コラム
「八戸のウニ漁から感じた
“ご馳走”の意味」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第7回は、写真家の田附勝さんが、青森県八戸市を訪れた話。
魚をテーマに撮影することを命題に、
地域の漁師に会い、ともに食事をし、関係性を築きながら撮影していく。
そのなかでウニの豊饒さを知り、漁師という生き方に惚れたようです。

八戸に毎月通って撮影した漁師たちの生々しい姿

2006年から東北を巡りはじめ、今では40ほどの地域に足を運んだと思う。
2011年7月には写真集『東北』(リトルモア)が出版され、その3年後に、
写真集を見てくれたという八戸市から魚をテーマに撮影してほしいと依頼があった。
しかし、東北地方を収めた写真集ではあるものの、八戸で撮影したわけではなかった。

いつものことなのだが、ふたつ返事で「いいですよ!」とはならないのが僕で、
八戸を一度案内してもらうように頼んで、まずはリサーチに向かった。
自分が知らない(“感じない”といったほうがいいかもしれない)ことを
安請け合いするのは、どうにも抵抗感がある。

八戸には大きな漁港と近代的な造りの水産加工場がある。
主にとれるのはサバやイカ。
全国規模でみても水揚げ量が多く、地元の産業として生活を支えている。
そんなことを頭では理解したものの、
そもそもの八戸の、魚や海がある人々の暮らしはどんなものなのか。
腑に落ちるにはまだ時間がかかりそうだな、と思った。
“そもそも”なんて発想自体、外からやってきた者の視点に過ぎないのかもしれない。
地元の人にとっては、“そもそも”も何もなく、そこにある土地と切っても切れない、
離れることができない「姿」のようなもの。
それを肌で感じたかった。

船に乗っている漁師たち

それから僕は、ひとつの集落にある小さな港に通うことになった。
名の知れた種差(たねさし)海岸に沿って少し南下したところにある、
大久喜漁港という場所だった。

最初から、その土地にすんなりと入ってはいけないものだ。
写真を撮り続けるなかで体験してきた「いつものこと」でもある。
まずはその人の家を外から眺めている感じ、とでも言えばいいだろうか。
そして徐々に家の中に招きいれてもらう。
これは比喩ではなくて、実際に仲良くなったなと思えるのは、
そこに住む家族と一緒にごはんを食べられたときかもしれない。
客間に通されるのではなくて、一緒に食卓を囲んだり、昼寝したり。
そんなふうに互いに関係が近づいていく。

八戸の海岸線は穏やかなリアス式海岸だ。
岩手の荒々しく高い岩で覆われている海岸と違って、より低い岩が並んでいる。
毎年2月か3月あたりから海藻採りが始まって、ウニが6月。
漁業に携わる人々はすべて組合に入っているのだけど、
採捕の日を決めるのは組織ではなくて「地球」と言っていた。
天候や月の動き、そして潮の満ち引き。彼らの在り方に惚れ惚れしてしまう。
僕らは、例えば仕事を考えると、
時計が刻む「時間」を“管理している”ように思っていないだろうか? 
海の人々は、そうじゃない。地球に合わせて生きている。

ウニの実をとりだす

6月のある日、ウニ採りについていくことになった。
集まった漁師たちは、一斉に海に入った。
男は少し深い方へ小船を出し、潜水して採る。女たちは岩に囲まれた手前の海で採る。
採れたものをみんなで見せ合いながら喋り、喜び、
また必死になって海に浸かりながら採り続ける。
その姿が美しかった。

女たちは海に入るとき、まだ寒いからウエットスーツを着る。
だけども、それじゃあオシャレじゃないから、
絵柄が入っているものや明るい色のカッパを合わせて海に入る。
海水の中でカッパが体のラインに密着し、太陽に照らされる姿は、
性的なエロさの範疇などはるかに超えて、とにかく美しいと思った。

ウェットスーツの上にカッパを着て漁をする女性たち

網いっぱいにウニを採って、家族が待つテントにそれぞれ戻り、
ウニの身を次々に手早く出していく。
僕は家族ごとに分かれたテントで話を聞いていくのだけど、
みんな「はい、ウニ」って、採れたてのウニの身をくれる。
最高のごちそうだ。

でも、何組も家族を回ると大変な量を食べることになるから
“もう要らない”と思ったくらいだ。
最後の方は「もう食べられないよ」と素直に伝えて、
食べる代わりに一緒にウニの身をザルに入れる手伝いをした。これがなかなか難しい。
出荷するものだから、綺麗な身でないと高く売れない。
僕は不慣れな手つきで、でもできるだけ丁寧に作業した。

ウニの身を乗せるザルの下にバケツやボウルが置かれていた。
ウニから出た海水、「カゼ水」と呼ばれるものが溜まり、
あとでペットボトルなどに入れて保管する。う
れしかったのはこの水を使って塩ラーメンをつくってもらったことだ。
ウニのうまみが濃縮されていて、
塩ラーメンというよりウニラーメンといったほうが正しい。
生ウニをたくさん食べられないのは僕だけじゃなくて、海の人たちも同じだ。
火を通したり、出汁に使ったり、
本当にたくさんのウニ料理があるのはとても贅沢だと思った。

家庭でご馳走になった食事

「ご馳走」ってなんだろうか。
そんなことを、外出を自粛せざるを得ない3月末の東京で考えた。
2015年まで毎月のように八戸に通い、それぞれ1週間ほど滞在した経験は、
僕に「食べること」や「生活すること」を考えさせてくれた。
例えば、ただウニを食べているのではない。
本当は、そこで暮らす人たちの生活の一部を僕の体に取り込んでいたのだと思う。
僕という人間は“僕自身”ででき上がっているのではなく、
外にあるたくさんのものがあって存在している。

僕はどこへいっても、外にある人や何かが気になったら、声をかける。
声をかければ、声が返ってくる。
そこから、始まる。それが終わったら、また始める。
そうやって写真を撮り、息をし、これからを生きていけるのかもしれない。

writer profile

田附勝 Masaru Tatsuki
1974年、富山県生まれ。全国のデコトラとトラックドライバーを撮影し『DECOTORA』を2007年に発表。2012年に『東北』で第37回木村伊兵衛写真賞を受賞した。そのほか『その血はまだ赤いのか』、『KURAGARI』、『「おわり。」』、『魚人』などがある。社会で見過ごされてしまうものに突き動かされ、写真のテーマとして撮影を続けている。2020年3月新しい写真集『KAKERA』を発表。

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