〈くーさんの焙煎所〉
河津町に移住し、小さなカフェと
藍染工房を開いた夫婦
移住して自分たちの
仕事をつくる夫婦
東京から岡山県へ、そして伊豆の河津町に移住し、
自宅を改装して小さなカフェと藍染の工房を開いた夫婦。
人とのつながりを大事にし、自分たちの個性を生かす仕事をしようと
開いた念願のお店です。
移住前に東京で知り合い、いま隣町の下田で暮らす津留崎徹花さんが、
そんな夫婦を訪ねました。
わが家とも共通点のある移住夫婦
さかのぼること4年前。
わが家が移住を考えて模索していた頃、ちょうど同じタイミングで
東京から地方への移住を考えているご夫婦と出会いました。
久城雅文さん、敦子さんです。
当時通っていた料理教室で知り合ったのですが、
お互いに移住を考えていたこともあり、いろいろと相談し合う仲に。
そして1年間の料理教室が終わったあと、
わが家は三重県に移住し、久城家は岡山県に移住しました。
ところがいまわが家は伊豆下田に、
久城夫妻は隣町の河津で暮らしています。
お互いに別の土地でいろいろと経験した後、
当初は想像していなかった伊豆に、
そしてまさかのご近所さんになったのです
(わが家の経緯は、過去の連載に綴っています)。
さらに先月、久城夫妻が河津の自宅を改装して
小さなカフェと藍染工房を開きました。
東京から岡山へ、そして河津へ移住して、その1年後に開いたお店。
自分たちで一歩一歩暮らしをつくりあげていく久城家を、
今回はご紹介します。




久城夫妻は、4年前まで東京で暮らしていました。
移住したきっかけをうかがうと、ふたりとも海や山が好きで、
自然豊かな場所で暮らしたかったというのがひとつ。
さらに敦子さんには地方への特別な思いがありました。
敦子さんが生まれ育ったのは千葉県の新興住宅地で、
その後も長く東京で暮らしていました。
地方に行くたび、都市部では経験したことのない
地域のコミュニティやお祭りなどに触れ、
そうした伝統的な暮らしに強く惹かれたのだそうです。

敦子さんの手によるストールなどの藍染。
2017年に東京を離れ、一度は雅文さんの実家に近い
岡山県に移住したご夫婦。
敦子さんは県内にある布織と染織の学校に通い、
雅文さんは電気工事関係の会社に勤め始めました。
2年ほど岡山で生活をしてみたのですが、
どうもここでの生活が合わないと感じたそうです。
「どんなところが合わなかったの?」という質問に、
いろいろと経験したことを話してくれました。
そのうちのひとつが
「本当は自然のある場所での田舎暮らしがしたかったのですが、
学校に通う都合でまちなかで暮らしていたんです。
そのせいか、なぜか人との縁がまったく広がらなかったんですよね」
という話。
私も移住を経験しているので、知らない土地で暮らし始めるうえで
人の縁に恵まれるかどうかがかなり肝になると感じています。
さらにおふたりとも仕事や学校がかなりハードだったそうで、
心身ともに疲れきってしまったのだそうです。

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こだわりの豆を手で
焙煎して淹れるコーヒー
岡山を出て自分たちに合う場所を探そうと決め、
思い浮かんだのが伊豆だったそうなのですが、その理由がおもしろい。
たまたまつけたテレビで『ブラタモリ』が放送されていて、
タモさんが天城山を歩いて越えるという企画。
その映像を見てふたり同時に
「伊豆、いいなぁ~」とつぶやき、
「伊豆に住みたい!」とすぐに意気投合したのだとか。
伊豆は山がとても深く、そのはるか彼方は海へとつながっている。
そんな伊豆特有の景色に心が踊ったそうなのです。

以前にも伊豆をバイクで一周したことがあったそうで、
そのときの印象もとてもよかったといいます。
移住先を考えた当初は地震などの災害を考えて避けたのですが、
最近では日本中どこでも災害が降りかかる可能性があります。
だったら伊豆に住んでみるのもありなんじゃないか、と
ご夫婦で話し合ったそうです。
そうして、その数か月後に移住先の候補地として伊豆を訪れました。
「もしブラタモリ観てなかったら、伊豆に住んでなかったのかな?」
と私が聞くと、
「ひょっとしたら別の場所に住んでたかもしれませんね」
と笑っていました。

その後、2019年の6月に河津町へ移住。
友人の家を短期的に借りながら、
カフェと工房が併設できる物件を探し始めました。
「河津に移住する時点で、お店をやることは決めていたの?」
という問いに、うなずくご夫婦。
東京や岡山でハードな会社勤めを経験し、
もう雇われて消耗するのはやめようと夫婦で話し合ったのだそうです。
それには自分たちで仕事をつくるしかない、
自分たちの個性を生かせるカフェと藍染工房をやろうと。

自宅内のひと部屋を利用したカフェには、ちゃぶ台と座布団が置かれ、田舎のおばあちゃんの家に遊びに来たような懐かしい雰囲気。

そうして先月、〈くーさんの焙煎所〉というカフェと、
裏庭には藍染体験ができる工房を開設しました。
もともといろんな喫茶店に通うのが好きだったご夫婦、
提供しているコーヒーにはとてもこだわりがあります。
使用している豆は環境にも人にも負担のないものをと、
有機栽培かつフェアトレードの豆。
それを50度のお湯で洗うことによって
傷んだ豆やカビなどの付着物を取り除き、
さらになんと手で焙煎しています。
私も手焙煎を経験したことがあり、
なんと時間のかかることかと痛感しました。
けれど、その作業がとても楽しいのだと雅文さんは話します。
気温や湿度によってかかる時間にも変化があり、
それを五感で感じながら経験を照らし合わせて仕上げていく。
そうした工程に魅力を感じるのだそう。



世界遺産マチュピチュのさらに奥にあるコチャパンパ村で栽培されたコーヒー豆。自然農法で手摘みされた貴重な豆で、JAS有機認証・フェアトレード認証されています。

コーヒー豆は地元の直売所でも販売しています。〈河津桜観光交流館〉、下田の農産物直売所〈旬の里〉にて。
コーヒーの焙煎は雅文さんが担当、ランチの仕込みや調理は敦子さん、
接客はご夫婦おふたりで行っています。

アイスコーヒーは小さい器に入っているコーヒーの原液を、お客さん自らで好みの濃度に水で割ってもらうという、これもまた変わった手法。手間ひまのかけられたコーヒーは雑味がなく、すっきりと体に馴染むような味わいです。

日替わりでカレーやパイなどのランチセットもいただけます。この日は地元の鹿肉を使ったミートパイ。

下田在住の紅型作家・石塚淳さんによるコースター。
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天然素材のみで染める
藍染工房
さらに、敦子さんは自宅の裏庭に藍染の工房を構えました。
敦子さんはもともと糸を紡ぐことや
布織、染色、そして発酵に傾倒していた方です。
藍染と発酵? とピンとこないかもしれませんが、
日本古来の藍染の手法は「すくも」という藍を発酵させた染料を使用し、
さらにそのすくもに木灰から抽出した灰汁などを使って
発酵させるのだそう。
敦子さんが行っているのはそうした天然の素材のみを使用した
伝統的な藍染。手間はかかるのですが、
化学染料にはない奥深い色が出せるうえに、
藍の薬効成分も期待できる、という魅力があるのだそうです。



ご自宅の藍染工房ではご自身の作品づくりのほか、
体験教室も行っています。
工房を開いてからまだ日にちが浅いのですが、
すでにたくさんの方が工房を訪れ、藍染を体験しています。
「次はあんなものを染めようと、
楽しそうに体験してくれるお客さんがいて、
こちらもうれしくなります」と敦子さん。

染め直しを依頼も受けています。こちらも依頼されたワンピースと赤ちゃんの肌着。藍には抗菌消臭作用があるとのことで、夏場や梅雨時期などにも重宝しそうです。
いまは外部の仕事と自分たちの仕事を半々でやりくりしています。
雅文さんは〈電気のよろずや・まめくー〉という屋号で、
電気工事やパソコンの修理、ネット環境の改善作業を請負いながら、
週に2日間のカフェ営業。
敦子さんはスーパーで働きながら、
藍染工房とカフェを切り盛りする日々です。
いつかは自分たちの仕事だけで暮らしていきたいと話すご夫婦。
そのためにいまは目の前のことを楽しみながら、
一歩ずつ前進しています。

岡山では広がらなかったという人とのつながりも、
ここ伊豆では自然とつながりが増えています。
「伊豆はとても風通しがいい雰囲気ですよね。
人とのつながりがポジティブに広がっていくから心地いいです」
そう敦子さんは話します。

生成りの麻生地を藍染した布巾を今後販売する予定。触り心地も色もとても気持ちがいい。乞うご期待。
すんなりと収まる移住もあれば、
いろんな道を辿ってたどり着く移住もあり。
そうして、久城夫妻はいま、自分たちの仕事を生み出しました。
「カフェも藍染工房も、自分たちの手で始めてみたら
すごく楽しいんです」
そう話すご夫婦。
この先またどんな道を開いていくのか、とても楽しみです。

藍の入っている瓶をかき混ぜる作業。なんだか魔女の秘薬のよう。

藍染をしたあとの敦子さんの手。


