下田で愛される名物「はんば」とは。
83歳の現役海女さんの漁に密着
地元でつくられる食材の舞台裏
津留崎さんが伊豆下田で暮らすようになって知った食材「はんば」。
海藻を干して板状にしたもので、地元の人に好まれているそう。
そのはんばをとるところを見てみたいという希望が叶い
83歳の現役の海女さんの漁に同行することに。
こうした食材がどうやって私たちに届けられるのか
その裏側を垣間見ることができました。
下田の人たちに愛される「はんば」
下田で暮らしていると、都会とは違う楽しみが
いろいろとあるのですが、そのひとつが直売所の存在です。
東京では野菜を買うのもスーパーや駅ビルでしたが、
下田ではよく直売所に行きます。
買いものはもちろんですが、ちょっと疲れたときや
気分転換したいときも直売所へ出かけます。
ずらりと並んだ生命感のある野菜を見ているだけで、
なんだかウキウキして元気になるのです。

わが家から車で15分ほどの場所にある〈旬の里〉という直売所。こうした無農薬のコーナーも設けられています。

柑橘天国、伊豆下田。どれにしようか迷ってしまうほど、柑橘類が充実しています。
直売所には野菜や果物のほか、ジャムなどの加工品や
豆や海藻などの乾物も販売されています。
移住して間もない頃、海藻類のコーナーで
「はんば」という商品を見かけました。
見た目は干しわかめがギュッと詰まって板状になっているような感じ。
これはなんだろうと手にとってみたものの、
どうやって食べるのかわからないうえに、
お値段もひと袋2千円前後とお高く、購入にはいたりませんでした。
その後下田で暮らしていくうちに、
このはんばが地元の人にとても好まれているものだと知りました。
居酒屋に行くと「これおいしいんだよ~」と
シメに「はんばご飯」を出してくれたり、
直売所でも見かけたらすぐに購入しておかないと
売り切れてしまうのです。

わが家が大好きな居酒屋〈賀楽太〉の店主、土屋佳代子さん。佳代子さんがつくる地物をふんだんに使った四季折々のお惣菜は、観光客にも地元民にも愛されています。手にははんばご飯。

賀楽太でいただいたはんばご飯は、鰹節も一緒にのせて醤油をたらしたもの。香りがよい~。
昨年、友人がやっているパン屋へ出かけたときのこと。
お店のかたわらで、たまたま友人のお母さんが
はんばの出荷作業をしていました。
お母さんは現役の海女さんで(前回、夫が書いた記事でも
ご紹介しています)、採ってきたはんばのゴミを取り除いたり、
枠に流し入れたりしていたのです。
深い緑色をしたピチピチのはんばを見て、
「わ~、これが直売所で見たはんばの原型か!」
とうれしくなって写真を撮らせてもらいました。
そして、海ではんばの漁をしているところも
見てみたいという興味がふつふつと湧いてきたのです。
けれどその時期にはもう収穫期も終盤で、タイミングが合わず、
昨年は叶いませんでした。

宮原清美さん、御年83歳の現役海女さんです。
海藻類はほんの限られた時期にしか収穫できません。
例年だと1月にはんばなどの磯海苔の漁が解禁になり、
その後わかめやひじき、そして天草と続きます。
漁が解禁になることを「口開け」というのですが、
その日程は各地域の漁協が協議して決めます。
海藻の生育具合や潮の満ち引き、
さらに気象状況にも大きく左右されるので、
毎年決まった時期に漁ができるわけではないのです。
そうしたことも、下田に住むまでまったく知らずにいました。


奥に見えるお店が、友人がご夫妻が営んでいるパン屋〈やさいとげんこつパンの店 そとにわ〉。

開店と同時にお客さんが押し寄せる人気のパン屋さんなので、早い時間に行くのがおすすめ。事前にパンを予約しておくこともできます。友人ご夫婦の宮原則幸さん、理恵さん。

やさしくてどこかホッとする味わいのパンは、子どもたちにも大人気。パン各種110円~。ギフトボックスにすることもできます。
[ff_assignvar name="nexttext" value="念願のはんば漁へ"]
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気になっていたはんば漁に同行……!
昨年は残念ながら見ることのできなかったはんば漁。
今年はなんとか立ち会いたいと、
口開けの予定が見えたら声をかけてほしいとお願いしていました。
友人の宮原則幸さんは奥様の理恵さんとパン屋を営みながら、
義母である清美さんと漁にも出ていて、
「半漁半パン屋」という、とても珍しい働き方をしています。
いつかこの連載で取材してみたい、というのはさておき。
例年なら1月に口開けする磯海苔ですが、
今年はいろんな状況が重なりなかなか開きませんでした。
そして2月に入ったある日、
「明日はんば採りに行くよー」
と則幸さんから連絡をもらいました。
昨年から気になっていたはんば漁、
1年越しで見せていただけることになったのです。


向かった先は、水仙祭りなどの観光名所としても有名な
爪木崎(つめきざき)。
そのシンボルでもある灯台下の海が宮原家の漁場です。
清美さんは御年83歳、白波の立つ海の中をスイスイと自由に動き回り、
さらに岩の上をひょいひょいと渡っていく。
その足取りに置いていかれまいと、私も必死にあとを追います。



爪木崎は水仙のほかにも、「柱状節理」が一帯に広がっている「俵磯」も観光名所となっています。奥に見えるゴツゴツとした縦長の柱が柱状節理で、マグマや溶岩が冷え固まるときに体積が縮むためにできるもの。多くの観光客が訪れる一方、地元の方はこうして漁を営んでいます。

2月といえばまだ寒さが厳しい頃。
ウェットスーツに身を包んでいるとはいえ、
海風を受けながら長時間海水に浸かるのだから体に堪えます。
およそ4時間ほどの漁を終えて海から上がってきた清美さん、
「今日はけっこうとれたよ~」と満足した様子です。

漁を終えたあと必ず食べるというのが小分けにされた小さい羊羹。「海から上がったあとのこれがおいしいんだよ~」と則幸さん。疲れた体に糖分が染み渡ります。

ほっとひと息ついたところで、ここからがまたひと苦労。
「さ、行こうか」ということで、
軽トラを停めてある場所まで重たい籠をかついで行きます。
しかも、この日の漁場から車までは道なき道、
いや、道なき崖? をロープをつたって登っていく。
私もカメラをかばいながらロープを握り締めて登ったのですが、
足元はずりずり滑り、さらにハーハー息が切れて途中でストップ……。
そこを清美さんが木の枝を払いながら勇しく登っていくのです、
背には重たい籠を背負って……すごい……。
軽トラに籠を下ろすと「は~」と清美さん。
ようやくここまででひと段落。



[ff_assignvar name="nexttext" value="まだまだ作業は続く"]
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おいしいはんばができるまで
帰宅してからちょっと昼寝でもするのかと思いきや、
すぐさま作業に取りかかります。
収穫したはんばは時間が経つと乾燥してしまうので、
早く処理しないと状態が悪くなってしまうのだそう。
お昼ごはんも後回しで作業開始です。


はんばは岩に生えている海藻で、それを引っ掻いて収穫しています。
そのため根元に石が付着しているので、
それを糸切りバサミでひとつずつ切り落とす必要があるのです。
さらに、色が悪かったり傷んでいる部分も取り除いていきます。
この作業を私も一緒にやらせていただいたのですが、
2時間弱お手伝いしてできた量ははほんの少し。
やってもやっても終わりが見えない……、
時間も手間も本当にかかるのだと実感しました。

その後ザルで洗っていくのですが、これを3回繰り返します。
そうしないと岩やゴミをなかなか取り除けないんだそうです。
寒いなかでの水仕事、見ているこちらまで体の芯が冷えてしまう。


それが終わると今度は枠に流し入れて形をつくり、
天日で干していきます。
およそ2日間干したあと、再度ゴミなどを確認して梱包、
ようやく商品として出荷されます。
「海藻の中ではんばが一番大変、手間が本当にかかるんだよね」
と則幸さん。


私がおじゃましたのは、ほんの数日のほんの数時間。
けれども、漁師さんや海女さんたちはこうした作業を日々繰り返し、
そうして私たちに食べ物を運んできてくれているのです。
移住して間もない頃、直売所で手にしたはんばを
「高い」と思った自分は気づいていませんでした。
はんばの裏にはこうした舞台があり、
すべての食べものにはその舞台裏があるということに。
下田で暮らすようになって、漁師さんや海女さんを含め
生産者さんとの距離がとても近くなりました。
そうした環境は、いままで気づいていなかったことを
たくさん教えてくれます。

干し上がったばかりのはんばを則幸さんが届けてくれました。手間ひまかかった宮原家のはんば、ようやく完成です。

少し炙ってご飯にのせ、家族3人でいただきました。あ~うんまい。

information
やさいとげんこつパンの店 そとにわ
