移住して約8か月。
新しい土地でどうやって地域に
なじんでいくのか?
移住後の、地域との関わり方
伊豆の下田に移住して、新しい暮らしにも慣れてきた津留崎さん。
移住して初めての秋はいろいろなイベントにも参加し、
地域とのつながりも深まってきたようです。
移住者が新しい土地でどうやって地域になじんでいくのか。
さて津留崎さんの場合は……?
お祭りは地域のおつき合いの基本
全国的に寒い日の多かったこの秋。
寒さに弱い僕は「あれ? 暖かいはずの下田、結構寒いな……」
と不安になってしまいました。
そこで、東京との気温差を調べてみたら最低気温で6度も東京より暖かい。
寒い秋に不安になりながらも、その東京との気温差に
少しほっとしていました(ちなみに夏の最高気温は
意外なことに東京よりも3度ほど低いのです。
夏は少し涼しく冬は暖かい、過ごしやすい気候です)。

そんな秋には多くの地域のイベントに関わりました。
そして、関わるごとに少しずつ地域になじんでいったように思います。
いままで暮らしていた東京を筆頭に
都会ではどんどん希薄になっている「地域との関わり」。
ネットや物流が発達して、情報やモノはどこにいても
同じく手に入りやすくなってきた現代において、
そんな「地域との関わり」は都会と地方との暮らしの
大きな違いのひとつともいえます。
今回は4月に下田に移住してきた僕らが、
この秋にどのように地域と関わり、地域になじんでいったのか?
について書いてみようかと。

初めての下田での秋。月がきれいなのでよく夜の散歩に行きました。歩いてこの景色に出会える、何よりも贅沢なことかもしれません。
まず、秋のはじめには家のある地区の神社の秋祭りがあり、
そこで屋台や山車(だし)を引く際の交通整理の手伝いをしました。
移住前から「祭り」は地域のおつき合いの基本とも聞いていたので、
お声がかかったときには、いよいよ始まった~と少しドキドキ。
おつき合いのある近所の方々が祭りを運営する役だったということもあり、
お誘いいただいたのです。
最初なので地区の人との顔合わせだと思って
参加してみてくださいとのことで、
移住して間もない僕らをそのように受け入れてくれる姿勢は、
観光客や移住者の多い下田の風土とも感じられ、とてもありがたかったです。
僕の暮らす地域は、下田の中心からは少し外れたエリアなので、
お祭りも地元の人による地元の人のためのもの。
観光客であふれるような盛大なお祭りではありませんが、
これぞ地域に根づいてきた本来のお祭りの姿という感じでした。

山車が海を臨む道を行く。なんとものどかな風景です。

屋台もすべて地区の人たちによって運営されていて、射的やかき氷で子どもたちを楽しませようとしている姿勢が印象的でした。
[ff_assignvar name="nexttext" value="放置竹林問題に取り組むイベントにも参加"]
[ff_file_include_from_theme filepath="/include-unit/unit-layout-magazine-child-pagenation.php"]
地域の問題解決の一歩となるイベントに参加
10月末には「竹楽しみまくる下田」という、
今年から始まったイベントに参加しました。
放置竹林問題の解決策のひとつとして、
また夏に比べておとなしい秋の下田のまちを盛り上りあげるべく、
商工会議所と地域おこし協力隊、ボランティアスタッフが中心となり
開催されたイベントです。
放置された竹林から竹を切り出してきて、穴をあけて竹の灯篭をつくり、
秋の下田のまちを照らすというこのイベントには、
何かと関わっている飲食店〈table TOMATO〉で知り合った方から
お誘いを受けて参加することになりました。

幻想的な竹灯籠の灯りが秋の下田のまちを照らしました。
下田市には何人かの地域おこし協力隊がいて、
それぞれ「まちの活性化」と「里山づくり」といったように
担当が分かれています。
「竹楽しみまくる下田」には、まちの活性化と里山づくりの両面があり、
それぞれの協力隊がうまく連携してこそのイベントだったともいえます。

イベントの1か月ほど前に竹の切り出しを行いました。下田だけでなく日本中でよく目にする放置竹林、調べるとかなり根深い問題のようです。こうして竹の活用法を考えていくことが大切なことなのでしょう。

作業場には連日ボランティアが訪れ、竹に穴をあけ灯篭を制作していました。つくられた竹灯籠の数は大小合わせて約700個! 祭りで使われた竹灯籠はその後、希望者のもとに渡っていきました。来年また竹の切り出しから行うので、このイベントを持続することが竹林のメンテナンスにもなるのです。
[ff_assignvar name="nexttext" value="市長に直接提案も"]
[ff_file_include_from_theme filepath="/include-unit/unit-layout-magazine-child-pagenation.php"]
行政に移住者の声を届ける
そして、秋の終わり頃には、家の近くの中学校で開催された
市主催の「市長と語る会」に出席しました。
こちらは下田市長や市役所の各部門の責任者と地域住民との
意見交換の場として設けられたものです。
僕は、子育て世代の働き方、暮らしにも直結する問題ともいえる
「小学校の近辺に学童保育がない」という問題について、
市がどう考えているのか? 将来的な展望はどうなのか? を確認したく、
このイベントへの出席を決めていました(詳しくはvol.24)。
その場においても市長より直々に、過疎地域に認定されたことを受け、
今後は移住促進に力を入れるとの説明がありました。
そんななか、移住者の立場、視点で、学童保育の問題について
発言できたことは有意義でした。

「子育て世代の移住者にとっては学童保育があるか否かということは、暮らしを維持できるかどうかにも関わること、移住促進をするのであればそこにも力を入れてもらいたい」と提案させていただきました。
すぐに改善されるような簡単な問題ではありませんが、
前向きに検討するという答えをいただき、
必要性を認識していただけたと感じています。
市民の声が行政に届きやすいということは、
下田市のような小さいまちならではともいえそうです。

このように、秋にはいくつかのイベントに関わりました。
そして、これらのイベントへの参加を通じて多くの人と知り合いました。
まちを歩いていると知り合いに会うということが珍しくなくなっています。
そして、そんなイベントが多くあった秋が終わり、冬が始まりました。
今年の1月の末に、移住先探しの旅で下田に来ていました(vol.12参照)。
その旅の際には、いまの家から1キロほどのところにある
道の駅〈開国下田みなと〉で車中泊をしていました。
まちにとっては多くの観光客のひとりだったわけです。

家から職場や買い物へ行く途中にこの道の駅があり、日々、前を通り過ぎています。なんだか不思議です。車中泊していた道の駅の近所に住んでるって……。
そして下田に移住することを決め、春に暮らし始めました。
車中泊の旅をしていたときから1年も経たずに
ここまで地域と関わるようになったのです。
関わりが深くなるとともに地域への愛着も感じるようになってきました。

道の駅で車中泊してるときの写真ないかなあと探してみたら……あった! そう、1年前はこんな旅をしながら移住先を探していました。
そんな僕が、この冬には市の移住促進事業に
先輩移住者として少なからず関わることになりそうです。
どうせ暮らすのであれば、どうせ関わるのであれば、
多くの人に下田の魅力を伝えて移住者を増やしたい、そんな気持ちです。
ひとりでできることは小さいけれど、その小さい力がまちをつくっている。
地域に関わるたびにそんなことを実感しています。

下田の魅力を伝えるといえばコロカルの新企画「宝酒造×コロカル 和酒を楽しもうプロジェクト」にて僕と妻が下田の酒場案内人を! お話をいただいたときには暮らし始めて間もない僕らが案内人はどうなんだろうか? とも思いましたが、下田のアピールに一役買えるならと、引き受けることにしました。いい酒場があるってのも、飲んだくれの僕らにとっては暮らしやすさに直結する大事なことです……。(撮影:伊藤徹也)