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連載

常連、Aさん

マチスタ・ラプソディー
vol.044

posted:2013.6.6   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

常連客の嘆き。

マチスタに立つようになって5か月。
ぼくにも「常連」と呼べるお客さんがわずかながらついた。
それぞれ顔を思い浮かべてみて、傾向として言えるのはひとつ、男が多い。
というか男しかいない。
畢竟、ぼくの時間帯である平日の午前中(または日曜日)に常連が重なったときは、
マチスタ史上これまでになかったであろう「野郎な空気」が濃く漂う。
年代はさまざまだ。下は高校生(第39回『空白の時間帯』に登場)、
上は60歳代まで。個人のお客さんについて書くのは気がひけるんだけど、
今回はその60歳代、最年長の常連さんについて書いてみたい。

ここでは「Aさん」としておく。Aさんは岡山のまちなかで長く商売をしていた。
いまはほとんど店を開けることもなく、事実上の引退生活を送っている。
年齢は60歳をちょっと過ぎたあたり。
見た目はまだまだ若々しい(ニューバランスのスニーカーを愛用)。
50代でも十分通用しそうなのに、自分を「年寄り」にカテゴライズして話す。
たとえばこんな具合だ。
「年寄りになってお金がないのは惨めやで」
ちなみにこのAさん、関西のご出身である。
「でも、たくさんあってもいかん。年寄りにはお金を遣う体力がない。そりゃ情けない」
Aさんの言葉はすべからくネガティブで、根底にニヒリズムが漂う。
「世の中、詐欺みたいなもんやで。なんもかんもが宣伝で、宣伝なんてウソばっかりや」
経済について語る言葉は、哲学的あるいは文学的な趣さえ感じさせる。
「お金ぐらいいいもんはない、でもこれ以上むなしいものはないというのもお金や」
お年寄りのネガティブな言葉は、できれば耳に入れたくない。
親戚でも赤の他人でも、ずしりと胸にのしかかる。
でも、Aさんの言葉はあらましこんな感じで、軽やかで楽しい。
思わずコースターの裏にでも書き留めたくなる。
しかし、同時に哀れだと思うときもある。
そう感じさせるのは、言葉そのものよりも、
むしろこうした言葉を吐くときのAさんの表情である。
大抵、そこはかとなく寂しそうな顔をしている。
とくにお金について話すときは、
自分の手からするするとこぼれた過日の砂金の残像を見ているかのようだ。
しかし、哀れを感じたからといって、ぼくは口をはさむようなことはしない。
無言でカップを磨いたりしながら、
でも、孤独なひとり言にさせないために適度にうなずいてみせる。
それがAさんに対するぼくの最大の情だった。
まさしく、淋しい老人と無口なマスターのふたり劇。
舞台は深夜のバーではなく、午前のマチスタコーヒー……。

そんなAさんとの関係が、とある朝を境に大きく変化した。
Aさんが夢の話をしたことがきっかけだった。
夢といっても、たいした話じゃないのだ。
たとえば、「コルベットを所有してみたかった」とか、
「ブルドッグを飼いたかった」とか。
これまでもこの手の「かなわなかった夢」をこぼし嘆くということが何度かあった。
その朝話した夢というのもまさにそれで、
いつものように脈絡なくふと口をついて出た。
「一度でいいから、うちの(奥さん)とふたりで
カシオペアとかトワイライトエクスプレスとか、寝台特急に乗って旅をしたかった」
コルベットもブルドッグも聞き流したのに、
どういうわけか、奥さんとのふたり旅は聞き流さなかった。
時間とともに関係に慣れてきたというのもあったと思う。
まあ、ついつい突っ込みを入れたわけだ。
「行けばいいじゃないですか?」
Aさんはこれまでぼくから受けたことのない返しをくらって狼狽した。
「う、うっ……」
旅に出られない理由を誰にも言ったことはないのか、
次の言葉を口にするのは思いのほか難産だった。
そしてようやく出て来た言葉、意外にも「猫が」だった。
「ネコ?」
「そう、猫。猫がいるのよ……だから家を空けられない」
目を細め、いかにも煙たげな顔でそう言った。
「若いんですか、その猫?」
「3歳かな」
「どこかに預けられないんですか?」
「これが気性の激しい猫でな、オレらにでも抱かせない。
無理をしようとしたら、すぐ爪で腕とかやられる」
そう言いながら、Aさんは携帯電話をいじり始めた。
しばらく携帯の画面を見ていたと思うと、「ほら」と言って画面をこちらに向けた。
見事に美しい猫だった。おまけに目はくりっとして、なんともいえない愛嬌がある。
「これまたかわいい猫ですね」
Aさんの顔つきが変わっていた。
「そうなのよ、これが最高にかわいいんよ」
目尻から頬から、ついさっきまでの煙たげな顔がうそのように弛みきっている。
まさにあれだ、孫を自慢しているおじいちゃんの顔。

突っ込みを入れることに抵抗がなくなったおかげで、
いまではAさんについてのいろんなことを知っている。
ブルドッグを飼えないのは、前述の、愛してやまない猫がいるから。
コルベットを買えないのは、Aさんのお父さんが遺品として残した
国産某社のSがあるから(名車!)。
そして、AさんがそのSを「世界で最高の車」だと思っているように、
長年連れ添っている奥さんを「世界で最高の女性」だと思っていることも。

かくしてロールプレイは完全に終わったわけだが、
それでもAさんはいまも嘆く。
目下の嘆きは、これからさらにお金が遣えなくなること。
この夏、関東にいる長男に第一子が、初孫が生まれるのだ。

Aさんは猫がいるがための不自由さに代わる十分な対価をその猫からもらっている。「じゃあ、うちのサブの場合は?」と自然思う。正直、よくわからない。全然もらってない気がするけど、もしかしたらもらっているかもしれない。どっちにしても、最近、サブとの関係がいい。それでも、ぼくはいまもサブについてよく嘆いている。

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マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 火〜金 9:00 ~ 19:00 土・日 11:00 〜 18:00(月曜定休)

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