連載
posted:2018.4.12 from:東京都足立区 genre:アート・デザイン・建築
supported by 東京アートポイント計画
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
writer profile
Sae Tomiyama
冨山紗瑛
とみやま・さえ●アートマネジメントを専攻する学生。つくる人・表現する人を、(あわよくば)支える人になりたい。郊外育ち。おいしいものは大事。ゆるい服も大事。 東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科在籍中。
アートNPOと東京都、アーツカウンシル東京が
アートプロジェクトを都内各地で展開する〈東京アートポイント計画〉。
その参加団体のメンバーが、コロカルによるワークショップに参加し、
自分たちの取り組むアートプロジェクトについて執筆した記事をお届けします。
今回は、足立区のアートプロジェクト〈アートアクセスあだち 音まち千住の縁〉の
一環である〈千住タウンレーベル〉について。
2017年12月、とあるLP盤が1枚完成しました。
このレコードは少し変わっていて、まちのその場所で聞こえる音が
「音楽」として姿を変えています。例えば、商いの声や住民のインタビュー、
あるいはそのままのサウンドスケープ「音風景」が録音され、編集されているのです。
さらに、収録されているすべてのトラックは同じまち=足立区千住を舞台としています。
しかも、そのLP盤を聴きたい人は、録音された場所をわざわざ訪れないといけません。
音楽がモノからデータへと変化し、配信サービスで入手することや
持ち運ぶことが当たり前になったこの時代に、わざわざ出かけて、
まちで鳴るさまざまな音たちをそのまちで音楽として聴くレーベル。
今日はこのレーベルがもくろんでいること、
そしてどう受け取られているのかを、紹介していきたいと思います。
〈千住タウンレーベル〉(以下、STL)は、足立区や東京藝術大学などが主催する
アートプロジェクト〈アートアクセスあだち 音まち千住の縁〉(*1)の事業として
2016年にスタートし、いまちょうど2年が経とうとしています。
アーティスト・文化活動家のアサダワタルさん(*2)が主宰するこのレーベルの中で
『音盤千住Vol.1 このまちのめいめいの記憶/記録』が完成したのは、昨年12月のこと。
全13トラック、両面で約45分のLP盤は、100部限定でかつ、非売品。
しかも、8ページの冊子型という特別な仕様をしています。
以下が、できあがったトラックリスト。
Side1
1. イントロ
2. 記憶・声・千住
3. さんさ踊り・千住節
4. 千住D-1グランプリ 2017
5. 千住お店の声トラック 伊勢屋さん
6. Sound Portrait_Senju #00002 -- Mother’s day-
Side2
1. 師匠と囃子
2. tsu-na-ga-ru のボッタ
3. 千住お店の声トラック 鳴門鯛焼本舗さん
4. 電車エレクトロニカ ~北千住駅 大踏切と今~
5. seven clusters
6. さよなら、たこテラス
7. アウトロ
*1 アートアクセスあだち 音まち千住の縁:2011年から続いている、東京都足立区千住地域のアートプロジェクト。大巻伸嗣(現代美術家)や野村誠(作曲家)も参加しており、東京都・アーツカウンシル東京・東京藝術大学・NPO法人音まち計画・足立区が主催している。
*2 アサダワタル:1979年大阪府出身、東京都在住。言葉や音楽を手がかりに、全国各地でさまざまな地域コミュニティ、福祉や学校現場などでアートプロジェクトを実施。『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)など著書多数。サウンドプロジェクト〈SjQ/SjQ++〉ドラマー。博士(学術)。
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収録されている音源が、一般公募で集まった
「タウンレコーダー(音記者)」たちによりつくられているという点は、
もっとも特徴的と言えます。
「つくる」というのも、コンテンツを構想するところから、
実際に録音したり編集までするほか、
冊子に載せる文章を書いたり写真を撮ったりする、
そのほとんどすべての工程を彼らが担っているのです。
困ったときはプロのアドバイザー(デザイン:後藤寿和、サウンド:大城真)に
助けも求めながら、制作を進めてきました。
タウンレコーダーは45名おり、今回の『音盤千住Vol.1』に参加したのは、
10組12名の方々。電子音楽を愛してやまない中学1年生の男の子から、
50代のサラリーマンまで、身の上はばらばらです。
パソコンで音楽編集ソフトを使うのは初めてだという人もいれば、
建築音響の仕事をしていて音楽編集が得意な人もいます。
また、千住のまちとの関係性もさまざまで、
STLがきっかけで初めて来たという人もいれば、
生粋の千住育ちというメンバーもいます。
『音盤千住Vol.1』の制作会議で何度も話し合われたのが、
この音盤自体をどう使っていきたいか、というテーマ。
明治時代にみられた蓄音機屋台や、大阪・釜ヶ崎にある街頭テレビのように、
あるメディアをひとりではなく複数人で囲み、
その場でコミュニケーションが生まれるという風景を、
STLでつくっていきたいと考えたのです。
また、プロジェクトメンバーには『音盤千住Vol.1』の聴き方のコツ
(おもしろがるコツとも言えるかもしれない)を、自分たちだけではなく、
より多くの人と共有していきたいという気持ちも強くありました。
そこで、いわゆる「レコードコンサート」だけではなく、
それぞれのトラックの素材を録音した場所をめぐるようなイベントを企画。
まちで採集した音を「還す」行為を通じ、個人がひとりで聴く
「聴取の文化」を再び開かれたものにしたり、
公共の場に戻していくような取り組みをしていくのはどうか? という考えから、
「聴きめぐり」のイベントが生まれたのです。
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2018年1月、記録的な大雪が降った前日に
レコ発企画「聴きめぐり千住!」は開催されました。
イベントは「Play Side1」「Play Side2」「Listening Talk」の
3部で構成されており、合わせて106名の観客が訪れました。
足立区報を見て参加した、というご夫婦や、
別のまち歩きイベントに参加していたけどこちらのほうが楽しそうだから……
という男性まで、普段アートイベントに参加しない人もたくさんいました。
観客はまず〈仲町の家〉(*3)で受付をすると、
『音盤千住Vol.1』を借り、同時に地図をもらいます。
アサダさんによるめぐり方の指南を受けたあと、
Side1に収録されているイントロを聴いたら、
「トラックポイント」めぐりにいざ出発! というプログラムです。
トラックポイントはPlay Side1、Play Side2ともに、収録されている面で
2時間30分の限定営業。
その場に行くと、トラックを制作したタウンレコーダーが待っていて、
レコードプレイヤーで観客の持ってきた音盤をかける仕組みです。
なかには、ライブの時間があったり、ワークショップが開かれていたり、
さらには食べものが準備されていたりと、
いつのまにか音盤を「聴く」だけが目的ではなくなっていきます。
また、トラックポイントのほとんどがレコーディングをした場所なので、
LP盤に詰まっている過去の音と、それが再生される
現実で鳴っている音とが混ざり合う空間になったのです。
*3 仲町の家:「音まち」の拠点となっている古民家。不定期でイベントが開かれており、STLで使うこともしばしばある。
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「聴きめぐり千住!」の最後には「Listening Talk」が開かれました。
観客とタウンレコーダーとが車座になり、アサダさんによる進行のもと、
イベントに参加して何を感じたか、意見を交換。
最後には、観客の感想を『音盤千住Vol.1』の帯に入れて、イベントは幕を閉じました。
参加者の中には、まちに関心がある人もいれば、音(音楽)に意識が向く人もいて、
興味のベクトルが多種多様であることがわかりました。
また、Listening Talkでは観客の
「まちの音を聴く耳の意識が変わった」という感想も出され、
演奏や作曲のワークショップが手法に選ばれる参加型アートプロジェクトが多いなか、
「聴きめぐり千住!」で意識的に「聴く」時間や
「リスナー」という立場に重心を置くアプローチの有効性を、
みんなで共有する時間ともなりました。
当日観客として来た音楽理論を専攻する大学生は、
「音楽を聴くときって、もっと“自分がなくなる感じ”がするんですけど、
今日はもっと自分が音を聴きながらいい感じで成り立っているのが感じられて、
それがすごくうれしかった。実際その場所に行っていろいろな音を聴いて
話をしていくなかで、自分がもうちょっと人の中にいて、
生きていていいんだって感じがするというか」と語っていました。
『音盤千住Vol.1』では、かつて開いていたコミュニティスペース
〈たこテラス〉の音を記録したトラックも制作されています。
「聴きめぐり千住!」では、たこテラスの向かいの公園で、
いまは閉じられた姿を眺めながら、たこテラスを2時間限定で復活させました。
タウンレコーダー2年目の田中充さんは、こんな話をしていました。
「トラックの中に去年録音した女の子の声が入っているんだけど、
その子が今日、公園に来ていて。最初はそれに気づかず普通に遊んでいて、
途中で『えっ?』という顔をして反応したんです。
でも、特にコメントはなくて(笑)。『君の声だよ』って思ったけれど、
子どもが恥ずかしくてそういう反応をしているのかはわからないけど、
ちょっとおもしろかった。
また5年、6年経ったときにこの音源を聴いたら、
また違う感じになっているのかなって、楽しみ」
観客が記入したレコードの帯には、
「このまちの倍音を歩く」というすてきなキャッチコピーのほか、
「あれ? 地元ってこんなに楽しかったっけ……?
千住曙町で生まれ育った私。違う視点でまち歩きするのは、
とってもドキドキ! しました。いまは小金井に住んでいるけど、
また戻ってきたいなぁ」という素朴な感想もありました。
千住タウンレーベルの実践は、とことん千住地域にこだわって、
このまちへ来てもらうことを大切にしています。
ゆっくり地域で紡いだ縁を音として採集して丁寧に編集し、
最終的にはLP盤という形であとに遺す。
この、過去に記録した音を現在という時間軸に持ち込み、
新たな記憶を立ち上げるプロセスを、
アサダさんは「冷凍したものを解凍する」行為と表現しました。
わざわざ千住まで来て、わざわざ歩いて音盤をかけに出かけることで、
あなたも初めて会う人と話したり、思わず食べ歩きしたりして、
いつの間にか「聴きめぐり」から離れている瞬間に気づくでしょう。
でも、それでいいのだと思います、きっといつもとは
まちなかの音の聞こえ方が少しだけ変わっているはずなのです。
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