輪島塗を支える「塗師屋」という仕事とこれから
総合プロデューサーにして文化人。塗師屋という仕事
田谷昂大さんは、江戸時代から続く塗師屋家業を、2024年に父から引き継いだ。
能登半島地震を経て、輪島塗を取り巻く環境は変わり、田谷さん自身も、能登半島地震後に会社の代表となり、大きな不安を抱えたという。
「この状況下で会社を継続していけるのか不安で仕方がなく、悩みに悩みました。それでも引き継ぎ、やらなければという思いを駆り立てたのは、支えてくれたお客様の声や、会社のメンバー、何より家族がいたからだと思います」
輪島塗を作る職人はもちろんのこと、塗師屋(ぬしや)にとっても地震は大きな変化をもたらした。

塗師屋とは、現代に当てはめるとセールスマンであり営業担当であり、時にはマーケティングにも該当する、輪島塗独自の文化として引き継がれてきた役割だ。
江戸時代は、輪島塗を担いで東へ西へと売り歩き、情報の伝達係としても信頼されていた。西へ出向けば、東の情報が聞きたいからと、購入してもらうだけではなく、自宅に招かれもてなしを受ける存在。茶道も華道も嗜み、文化人として慕われていた。
「移動方法は違えど、現代も全国各地へ伺い、時には海外へも出向き、自分自身の見聞も広がりますし、なかなか面白い仕事です。塗師屋は完成したものを売るだけではなくて、お客様の要望を職人に伝える役割もあります。
イメージで語るお客様と、専門的な視点で見ている職人との間に立ち、適切な翻訳をすることが求められます。私も仕事を始めた当初は、うまく伝えられずに苦心したこともあります。適切な橋渡しをするためには、塗師屋に知識と教養が備わっていることが大切です。私もお茶のお稽古を継続していますし、文化的な学びに終わりはないとも感じます」
震災でバラバラになった工房と、それでも回り続ける分業制
輪島塗は、木材から形を掘り起こす木地作りに始まり、成形や磨き、塗りなど、ひとつの製品が完成するまでに100近い工程に及び、工程ごとに職人が異なる分業制で成り立っている。
「木を削る工程といっても、箸を作るのかお椀を作るのかで職人は違いますし、蒔絵と呼ぶ絵付けの技法があるんですが、そこでもモダンな絵をつけるのが得意な人もいれば、古典的な絵が得意な職人もいます。だから何を作るかによって、同じパートでも携わる職人が異なるんです」
関わる人数が多いだけに、震災後の制作状況は混乱したのではないだろうか。
「地震発生後、3~4ヶ月後には出荷していたんですが、制作の流れは以前とかなり変わりました。それまでは職人全員が工房に出社してきて、ものを広げて次々自分の仕事をしていってました。しかし震災で集まる場がなくなってしまったので、みんなバラバラの場所で自分の仕事をしています。
やはりある程度の広さを確保して作る方が効率がいいのですが、それが叶わない。だから、ありがたいことに受注はいただくのですが、現在も生産が追い付いてない、という状況です」
そこで導入したのが、トレーラーハウス工房だ。
工房のほか、商談を行うショールームや、会議室、倉庫など、どれもトレーラーハウスで行っている。
「建築資材の高騰や不足、大工さんが能登半島に来づらい状況など、街全体の復興との兼ね合いもあり、プレハブや仮施設を建設する方が時間がかかりそうでした。トレーラーハウスなら、運んできて設置すればすぐに使えますから、都合が良かった。
ゆくゆくは、本社を新しく建てたいと思いますが、5年10年先の話になると思います。僕らが最終的に建てたい本社には、輪島塗を楽しんでもらえる空間も入れていきたい。輪島塗を作っている様子や、検品や梱包しているシーンもお客様が見学して行けるようにしたいと思っています」
行商から迎商へ。輪島塗が能登に人を呼ぶ
「震災前と後では、輪島塗の捉え方が、私自身一番変わりました。震災を経て思うのは、行商だけではなく能登にお越しいただき購入いただく迎商の重要性、内側を見つめる視点が大切だと感じています。
能登地震の前は、99%石川県外の方がお客様であり、我々は関東、関西、海外と、どこへでも行商に出向いていました。ですが、輪島塗は、僕らの商材であると同時に、能登に観光客を呼び込んでくれるコンテンツだということに気がついたんです。
輪島に来て輪島塗を購入すると、器を使うときに旅先での思い出が蘇り、お客様の食卓をより豊かにすると思います。さらに、輪島に来ていただけたなら、他の産業に対しても貢献できる。人を呼び込む存在としての輪島塗という役目がある。そう強く思うようになりました」
田谷社長は輪島塗をモノ消費からコト消費へと繋げていくことも試みている。田谷漆器店の金沢店では、漆器を販売するだけでなく、輪島塗で食事をいただけるレストランを併設。また、輪島塗のバリエーションも、広がり続けているのが面白いところ。
「輪島塗は洋食とマッチしづらいと思われがちなので、絵柄のないモダンなデザインの製品も揃えています。まずはそこから手に取られる方が多いのですが、使い始めると、だんだんと伝統的な和柄をご要望される方が増えていくんです」
「モダンを入り口にクラシックな魅力まで知っていただけることは、私どもも嬉しい限りです。これからは、輪島塗を入り口に、観光のきっかけとして捉えていただき、多くの方に能登半島へお越しいただきたい。その思いで、これからの輪島塗を盛り上げていきたいと思っています」
Information
田谷漆器店代表取締役。石川県輪島市生まれ。成城大学卒業後、24歳で田谷漆器店に入社。2024年より現職。レストラン兼ギャラリーのプロデュースをはじめ、バイデン元米大統領に贈られたコーヒーカップや、サッカー日本代表・田中碧選手の2026年W杯着用レガースなど、特別な輪島塗を数多く手掛けている。
Information
住:石川県輪島市杉平町蝦夷穴55の6
営:08:30〜17:30
休:土・日・祝