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連載

「桜の森 夜の森」
プロジェクト移動写真展

TOHOKU2020
vol.007

posted:2012.9.24  from:福島県いわき市  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  2011年3月11日の東日本大震災によって見舞われた東北地方の被害からの復興は、まだ時間を要します。
東北の人々の取り組みや、全国で起きている支援の動きを、コロカルでは長期にわたり、お伝えしていきます。

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Kanako Tsukahara

塚原加奈子

つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。

credit

撮影:本多康司

ふるさとを想う若者が4t トラックに咲かせた、満開の桜。

福島県双葉郡富岡町にある夜の森地区は、福島県内でも随一の桜の名所として知られる。
明治時代、当時荒野だった土地を開拓・入植した記念に、
300 本のソメイヨシノを植えたのが始まりだという。
以来、地元住民によって植樹は続けられ、いまでは1500本以上が植えられている。
春になれば、まちじゅうで桜が咲き乱れ、
その風景は100 年以上にわたり、ずっと大切に受け継がれてきた。
現在、富岡町は原発事故の影響で避難区域内となっている。
原発事故が起きた後も変わらずに桜は咲いていても、誰もその姿を見ることはできない。

「夜の森の桜がまた見たいね」
「桜の森 夜の森」プロジェクトがスタートしたのは、
このプロジェクトの発起人である、宮本英実さん家族の何気ないひとことがきっかけだった。
宮本さんの母は富岡町で生まれ、結婚を機にいわき市小名浜に移り住んだ。
宮本さんはいわき市で育つが、休みとなれば富岡町の祖母の家に遊びに行っていたという。
伯母をはじめ、親戚の多くは、富岡町に住んでいたから。
宮本さん自身は、幼いころに数回見た記憶しかない夜の森の桜だったが、
母や伯母の話を聞いているうちに
「夜の森の桜を見せてあげたい」という思いが募っていった。

「よし、夜の森の桜を撮りに行こう」
そう決めた宮本さんは、同じく、小名浜出身で写真家の白井亮さんに声をかけた。
「もともと、ふるさとの写真は撮りためていたんです。いつか何かのかたちにしたいなと。
そして、震災が起きた。それでも変わらずにある普遍的で美しい景色を撮っていましたが、
何かそれを通してふるさとのためにできないかとも考えていました。
それで宮本さんに写真を見てもらったのがきっかけで、
今回お話をいただいたんです」(白井さん)
宮本さんと白井さんは桜の満開の時期を予測しながら、
4月下旬に特別な許可を得て桜を撮影。幸いにも満開の桜を撮ることができた。

Photographed by Ryo Shirai

左から、発起人の宮本英実さんと伯母の舛倉和子さん、母の宮本邦子さん。

しかし撮影するも、まだその写真の発表方法については何も決まっていなかった。
いろいろな方に相談していくうちにFMラジオ局J-WAVEが協力してくれることになり、
急ピッチで「桜の森 夜の森」プロジェクトが進められた。
一方向的に見てもらうのではなく、
ダイレクトに対話できるような発表のかたちを模索していた白井さんと宮本さん。
一番の思いは「避難している富岡町住民の方々に見てもらいたい」ということ。
そこであがったのが、4トラック内での展示だった。
ほどよい広さが確保でき、そのまま移動もできるので、
届けたい人のところへ桜の写真を運べる。
運送会社の株式会社ウインローダーの協力を得て、
8月に福島県内の4会場で「桜の森 夜の森」移動写真展が開催されることになった。

想像を超える、地元の方のあたたかい反応。

編集部が訪れたのは、8月25日に行われた、いわき市の会場。
いわき市は富岡町と同じ浜通りと呼ばれる海沿いのエリアに含まれ、
富岡町の人々が避難している仮設住宅がある。
それが、午前中の会場となった泉玉露応急仮設住宅だ。
駐車場に停められたトラックの荷台が大きく開かれ、
真っ白に塗られた空間には、満開の桜の写真が展示されていた。
少しでも素敵な空間に仕上げたいとトラック内を補修したり、
ペンキを塗る作業はすべてスタッフで行ったのだという。
10時のオープンから、仮設住宅に住む方々や周辺の住民が駆けつけた。

「感激しましたよ」と話してくれたのは、
生まれも育ちも夜の森という猪狩(いがり)ミユキさん(89 歳)。
「いまの桜並木だってわたしは植樹を手伝ったのよ。
小さいころはね、遠足って言えば、夜の森公園の桜。
最近はさくらまつりのよさこい(踊り)をみんなで見に行ったり。
もう何十年って付き合ってきた桜だから、本当にうれしかった」と涙をうかべた。
一緒に見に来たという川口正子さん、細山美智子さんも口々に
「また夜の森の桜が見れてうれしかったです」と話していた。

右から猪狩さん、川口さん、細山さん。仮設住宅では毎日イベントがあるから楽しみにしているのだという。

「桜の森 夜の森」プロジェクトのポストカード。3枚セットで530円で販売している。

クローズの時間が近づいても移動写真展には、
またひとり、またひとりと展示を見に来るお客さんは絶えない。
何かを確認するように、静かに写真を見つめ、
口から「きれいだね」というひと言がこぼれ落ちる。
お金を持ってこなかったからというおばあちゃんは、
自宅に帰ってからまた戻ってきて、大切そうにポストカードを購入していた。

今回開催した4か所のなかでも、やはり、
もともと富岡に住んでいた人が多く住むこの泉玉露応急仮設住宅では、
来場者からの強い思いが伝わってきたという。
「来ていただいた方は、難しいことを言うわけではないんです。
ただ、“キレイだね”とか“もう見れないのかな”とか。
でも、それだけで、その言葉の裏にどんな思いがあるのか伝わってきました。
みなさん、涙を浮かべながら見ていて、
それはもう自分たちが想像していた以上の反応でした……
こんなにも、富岡町の人にとって夜の森の桜が誇りだったんだなと」
もちろん、この桜の写真を見ることで、
うかぶ思いは決してうれしい気持ちだけではない。それでも、
「“展示してくれてありがとうね”とみなさんに言われると、
やった意味はあったのかなと思っています」と宮本さんは言葉を続けた。

「最初は桜の写真を撮影すること自体に迷いもあったんです。
警戒区域に行くことも、写真を撮ることも。
でも写真をみんなで選び、仕上がったプリントを見ていく過程や、
来ていただいた方の反応を見るとやってよかったなと思えました。
みなさんキレイな写真だって褒めてくれるんです(苦笑)。
“自分が知っている桜よりキレイ“だと。
“一時帰宅したときに見たまち並みよりもきれいに写っているから、
以前の夜の森に帰れたみたい”とも言われました。
希望なんて大袈裟なことは言えませんが、少しでも元気づけられたのかなと思っています」
白井さんはそう静かに話し、iPadに入っている、展示しきれなかった写真を見せてくれた。

午後は、市内のアクアマリンパークという市民の憩いの場にトラックが移動し、
ここでも多くの来場者が足を止めていた。

来場者の多くが自分の思い出を確かめるように、一枚一枚じっくりと桜を見ていた。

いわき市内に住む、白井さんのはとこの陽悠(ひゆう)くんがお母さんと一緒にやってきた

「こうやって咲いてるんだから、自然てすごいね。来年は……見にいけるのかな」とうれしそうだけど、どこかさみしそうもに話すのは泉玉露応急仮設住宅に住む半谷光子さん。

わたしたちの地元のことだから。

今回の「桜の森 夜の森」移動写真展の母体となっているのが、
宮本さんが代表をつとめる福島県内の地域活性プロジェクトを発信する「MUSUBU」だ。
メンバーは宮本さんと末永早夏さん。ふたりは、震災直後のボランティア活動をきっかけに
「MUSUBU」を立ち上げ、これまで音楽イベントやワークショップなど、
いわき市を中心に開催してきた。
「私、よく『いわき』とか『福島』ってネットで検索するんですけど
全然いいニュースが出てこないんですよ。それが事実だとしても、
地元の人間としてはやっぱり悲しいんですよね。
悪く考えればきりがないと思うから、私は少しでも楽しみを見つけたり、
楽しめる機会をつくっていけたらと思っているんです」と宮本さんは朗らかに話す。
「桜の森 夜の森」プロジェクトはMUSUBUの活動のひとつとして、
これからも続けていくという。

「次は今回のプロジェクトで撮影したもので写真集をつくったり、
国外での展示方法を考えたりと、どういうかたちが
一番よいかを模索しているところなんです」と白井さん。
宮本さんも、「まだ夜の森のことを知らない人たちにもこの美しい桜を届けたい。
海外の人とか。単純にこの美しさを知ってほしいですね。
それをきっかけに福島のことを何かまた想ってもらえたりしたらいいな」と、
次のステージへのビジョンを語ってくれた。

とは言え、宮本さんも末永さんも白井さんも、本業の仕事のかたわらに、
MUSUBUや「桜の森 夜の森」プロジェクトの活動をしている。
続けるのは大変では? と伺うと、
「誰に言われているわけじゃないから、辞めようと思えばすぐ辞められるんですが、
自分たちが楽しいから続けていられるんです。
自分たちの地元だから、楽しくしていきたいですよね」と末永さんは笑顔で答える。
白井さんも「いわき市出身として福島県で起こったことに対して
何かしたいという思いがやっぱりあるんです」と力強く語る。
「こうやって東京から来た人にも
“大変そうだね”って思われるんじゃなくて、“楽しそうだね”って思われたい。
いわき市は、本当はいいところいっぱいあるんですよ」
とにっこり笑い、宮本さんが言葉を添えた。
「桜の森 夜の森」プロジェクトは今後も少しずついろいろな場所で巡回してく予定だ。

(株)ウインローダーのトラック。裏側に書かれたイラストは、ウインローダーが7月に開催したワークショップで福島の子どもたちが描いたもの。偶然にも「富岡は、負けん」という文字が描かれていた。

左から白井さん、末永さん、宮本さん。3人は偶然にも同じ小名浜出身だったという。

訪れた日は、夏休みまっただ中の日曜日。午後の会場となったアクアマリンパーク内にある「いわきら・ら・ミュウ」では音楽イベントが行われていて、それを楽しみに多くの人が訪れていた。

information

「桜の森 夜の森」プロジェクト移動写真展

主催:福島県いわき市地域活性プロジェクトMUSUBU 、J-WAVE 81.3FM
撮影:白井亮
ビジュアルデザイン:渡辺俊太郎(BLUE BIRD d.)
協力:株式会社ウインローダー、
富岡町生活復興支援センター「おたがいさまセンター」原田大輔、富岡インサイド
※MUSUBU Online Shopで「桜の森 夜の森」ポストカード販売中
http://musubu.me/

profile

HIDEMI MIYAMOTO
宮本英実

福島県いわき市地域活性プロジェクトMUSUBU代表。1984年福島県いわき市小名浜生まれ、東京在住。高校卒業後に上京、音楽プロダクションでマネージメント業務を経験後、レコード会社に勤務し宣伝業務を経験。現在はフリーランスでPR・広報などを行う。MUSUBUの活動の為、東京と福島を往復する日々を送る。

profile

SAYAKA SUENAGA
末永早夏

1981年福島県いわき市小名浜生まれ。福島高専3年修了後、単身渡英。イースト・アングリア大学で発展途上国の開発について学ぶ。帰国後、地元企業へ就職するも、途上国への想いをさらに強めることになり、2009年(株)ethicafeを設立。フェアトレードを通して世界の貧困問題と奮闘中。http://www.ethicafe.co.jp/

profile

RYO SHIRAI
白井 亮

写真家。1979年福島県いわき市生まれ。2003年大阪芸術大学写真学科卒業後、電通スタジオ勤務を経て、2007年より上田義彦氏に師事。2011年に独立しフリーランスとして活動を始める。雑誌、広告などの撮影を手がけながら作品を撮り続けている。mail@ryoshirai.com

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