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名所ではなく暮らしを撮る。
秋田県の映像プロジェクト
『True North, Akita.』前編

Local Action
vol.071

posted:2016.3.23  from:秋田県  genre:活性化と創生

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〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

editor profile

Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。

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Supported by 秋田県

豊かな暮らしそのものを伝える

『True North, Akita.』という秋田県で撮影された1本の映像が
大きな感動を呼んでいる。この映像は、秋田県への
移住を促進するための取り組みの一環として制作されたものだが、
秋田の名物や名所が紹介されるわけでもなく、解説やナレーションもない。
そこで暮らす人たちと美しい自然、ありのままの光景が、
のびやかな歌声が印象的な曲とともに流れる。

True North, Akita. Vol.1

映像の撮影と編集をしたのは井野英隆さん率いる〈augment5 Inc〉。
井野さんについては以前コロカルでも紹介したが、
つくり手の思いが伝わるような豊かな表現による作品を多数手がけ、
グローバルに活躍する俊英だ。
これまでもさまざまな地域にまつわる映像を手がけてきたが、
これほど地域にコミットしてつくり上げたのは初めてだという。

2015年のある統計で「一度も訪れたことのない都道府県ランキング」1位の秋田県。
井野さんも秋田県についてはよく知らなかったが、
海外の映画祭に出品する映画をつくるために秋田に行くようになり、
それまでのイメージとのギャップに驚いたそうだ。
「とにかくすごい風景にばんばん出会うんです。
お酒もごはんもおいしいし、とても豊かだと思いました。
経済的にというより、風景、食べ物、文化も含めて、暮らしそのものが豊か。
その魅力が全然伝わっていないと感じました」

2014年頃から横手市にある酒蔵にまつわる映画の撮影を始め、
現在も今年のカンヌ映画祭に出品するために仕上げの作業が続いているが、
その映画のディレクターを務めているのが、秋田県出身の印藤麻記さん。
ご主人の印藤正人さんはカメラマンで、
麻記さんが里帰りするたびにホームビデオのような家族の記録映像を撮っていたそう。
秋田で映画を撮るには最適なパートナーだと思った井野さんは、
印藤さん夫妻に声をかけ、撮影がスタート。

ちょうどその頃、秋田の魅力をPRする事業を行っていた秋田県が、
秋田の豊かな暮らしを伝えられるような映像制作を、augment5 Inc.に依頼したのだ。
彼らのほかの作品も見て、これなら間違いないと思ってのことだろう。
こうして井野さんと印藤さん夫妻、それに夫妻の小さな息子さんも一緒に、
4人で秋田各地に出かけ、『True North, Akita.』のプロジェクトにも
取り組むことになった。

地元テレビ局の取材を受ける井野さん(左)と印藤さん夫妻。(撮影:蜂屋雄士)

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新しいコミュニティ〈シェアビレッジ〉とは?

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故郷で見た、新しい風景

ディレクターの印藤さんは秋田出身だが、秋田にいたのは高校生までなので、
当然リサーチが必要。そこでキーパーソンとなったのが、
秋田で〈シェアビレッジ〉というプロジェクトに携わる丑田俊輔さん。
シェアビレッジは古民家を拠点に人が集まる場をつくり、
村を再生させていくというプロジェクト。
かっこいい農業を目指す農家集団〈トラ男〉のメンバーでもある
武田昌大さんらが中心となり、まずは秋田市の北、
五城目町(ごじょうめまち)にある築130年余りの茅葺きの古民家を、
クラウドファンディングで資金を集めて〈シェアビレッジ町村〉として再生させた。

このシェアビレッジ町村を運営するのが丑田さん。
丑田さんは、起業家の育成や教育に関する事業をグローバルに展開する
〈ハバタク〉という会社の共同代表であり、彼自身も起業家だ。
このシェアビレッジがあるおかげで新しいコミュニティが生まれ、
昨年だけでも、IターンUターン含め20人ほどが移住してきているという。

(撮影:坂谷専一)

(撮影:坂谷専一)

実は印藤さんの出身地がまさにこの五城目町。
「あるとき映画の撮影で横手に行ったときに、
これから会いたい人がいるので一緒に行きましょうと井野さんに言われて。
どこですかと聞いたら五城目町。そこ実家があるところですけどって(笑)。
しかも、丑田さんの会社はシェアオフィスを拠点にしているんですけど、
そこは五城目町が廃校になった木造の小学校をリノベーションした施設で、
もとは私が通っていた小学校だったんです。
そこにいまは東京の企業やマサチューセッツ工科大学の人や、
世界中からいろんな人が視察に来てるんですよ。どうなってるんだこれはと(笑)」
偶然にしてもできすぎだが、こうして『True North, Akita.』は
まずは五城目で撮影されることになった。

通常、県のPR映像というと、こういう場所を撮影してほしい、
これを紹介してほしい、という要望を請けて制作されるが、
この『True North, Akita.』は、すべて井野さんたちに任せられた。
そうでないと彼らが制作する意味がないと、
それまでの井野さんたちの作品を見た県の担当者も理解したのだろう。
その信頼関係こそが、この映像プロジェクトを成功させているといえる。

(撮影:坂谷専一)

印藤さんは撮影について、光を見るような時間だったと話す。
「秋田は私の両親もまだ住んでいますし、毎年帰る場所ではあるんですが、
人口も減っていくし、地元の友だちとも疎遠になっていく。
東京に暮らしながら、自分のなかからはいつか消えゆく場所だと思っていました。
でもその故郷で、生き生きと暮らしている人たちに出会ったんです。
移住してきて自分らしい生き方を見つけた家族や、
ずっとそこで生まれ育っておじいちゃんやおばあちゃんと暮らしながら
子育てをしている家族。その人たちを撮りたいと思いました」

映像には、シェアビレッジの活動にも参加している移住家族や、
何代もその地域で生まれ育っている酒蔵の家族も登場する。
こうしてください、という指示は出さず、彼らの日常の風景をそのままとらえた。
美しい田園風景の中を自転車で散歩する雄大な映像が出てくるが、
そんなシーンもあの一家の日課なのだそう。

この先は、この家もあの家もなくなる。
いま目にしている風景は数十年後にはすべて失われてしまうかもしれない。
だからいまの風景を残したい。
そう思いながら撮影していたという印藤さん。
その愛おしいものを見つめるようなまなざしは、どこまでも自然体で、温かい。

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再生回数はなんと20万回以上

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真逆の方法論で挑む映像作品

そしてこの作品のもうひとつの重要な要素が、
心を和ませるような旋律と透明感のある歌声による曲だ。
つくったのは、秋田県ではよく知られるシンガーソングライターの青谷明日香さん。
シェアビレッジのブログを見ていて青谷さんのことを知った印藤さんは、
青谷さんの曲を聴いてピンときた。
井野さんもこの人の曲なら間違いないと確信し、すぐに青谷さんに音楽をお願いした。
しかも既存の曲ではなく、書き下ろしでお願いしたというのだ。
「映像を見せて、感じたことをそのまま曲にしてくださいとお願いしました。
ふつう、いま流行のデジタル一眼のボケ味を生かしたスタイルで撮って、
いい感じの曲に合わせて映像を切り刻んで編集するというのがよくあるやり方ですが、
それと真逆をいってやろうと思いました」と印藤さん。

できあがってきた曲は、ご覧のとおりのすばらしさ。
ところどころ映像にもリンクするような歌詞もあり、
映像に寄り添うような歌が心に響く。井野さんも
「僕らがいままでつくってきた映像は尺は短く、音楽も歌がなく、
言語に依存しないのを強みにしたものでした。でもこの歌がすごくいい。
映像と合わせてみたら、また一段と作品が引き上げられました。
だから長くても多くの人に見られているんだと思います」と話す。

通常、ウェブで動画の再生回数を上げるには、
90秒以下にすべきという調査データがあるそうだ。
この『True North, Akita.』は6分近くあるが、
思わずその世界に引き込まれ、最後まで見てしまう。
1月下旬に公開されたばかりのこの映像は、いまでは20万回以上の再生を記録し、
120か国以上もの人たちに見られている。それだけの力が、この作品にはあるのだ。

(撮影:坂谷専一)

(撮影:坂谷専一)

Vol.1に続き、まもなくVol.2がリリースされるが、
同じ曲で歌詞を変え、アレンジも変えるため、また違った印象になりそうだ。
そしてそれに合わせて最終的に映像の編集も変わってくる。

親しみやすく、聴く者の心をやさしく包み込むようなこの歌を、
地元の子どもたちも覚えて口ずさんでいるのだという。
印藤さんの2歳の息子さんも「わすれ~かけてた~」と歌っているそうだ。
ほほえましい光景が目に浮かぶ。

(撮影:坂谷専一)

Vol.2の映像公開に合わせて、後編でもこのプロジェクトについて紹介していく。
後編はこちら

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