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高齢過疎も引きこもりもなんのその。
おいしいキッシュの持つ力。

Local Action
vol.041

posted:2014.10.17   from:秋田県藤里町  genre:食・グルメ / 活性化と創生 / 買い物・お取り寄せ

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

editor’s profile

Chizuru Asahina

朝比奈千鶴

あさひな・ちづる●トラベルライター/編集者。富山県出身。エココミュニティや宗教施設、過疎地域などで国籍・文化を超えて人びとが集まって暮らすことに興味を持ち、人の住む標高で営まれる暮らしや心の在り方などに着目した旅行記事を書くことが多い。現在は、エコツーリズムや里山などの取材を中心に国内外のフィールドで活動中。

credit

撮影:在本彌生
取材協力:秋田県

秋田県藤里町の社会福祉法人藤里町社会福祉協議会が製造・販売している
「白神まいたけキッシュ」は“まいたけ”という響きからか、
1年中販売しているにもかかわらず
毎年秋には注文が殺到する人気商品だという。

確かに、秋になるとキノコ類とバターや卵の組み合わせは食欲をそそる。
白神山地の麓で育ったまいたけと、比内地鶏の卵、
ヒマラヤの岩塩、北海道十勝の生クリームを贅沢に使ったキッシュと聞けば、
ごくりと喉がなる。
口コミで徐々に広がった白神まいたけキッシュは、
2011年3月に販売を始めてから今年で4年目を迎えた。
実はこのキッシュ、社会が抱える大きな問題に
希望の光を射す、ある挑戦が背景にある。
町に住む「引きこもり」とされていたみなさんがつくっているのだ。

平成18年度に藤里町社会福祉協議会(以下、社協)で行った
町内の引きこもり者・長期不就労者等数把握調査によると、
藤里町民約4000人のうち113人もの人たちが
何らかの事情で就労せず、自宅に引きこもっていることが判明した。
世界遺産白神山地の麓に位置する自然豊かなまち。
それゆえに高齢者の多い過疎である藤里町につきつけられた現実だった。
これは町の将来にかかわること。見過ごすわけにいかない。

白神まいたけキッシュの生みの親、藤里町社会福祉協議会 常務理事兼上席事務局長の菊池まゆみさん。現在は講演会などで全国各地にひっぱりだこだとか。

当時、事務局長を務めていた菊池まゆみさんは
相談員として高齢者の家庭訪問をしていたことから
この町には引きこもりの人たちが多いのではないかと気づいていた。

高齢者の家に、都会から子どもがUターンして帰ってくる。
仕事が見つからないまま、そのうちに介護をすることになって
結婚をしないまま年を重ねてしまっている。
働くことも、他人とコミュニケーションをとることも
難しくなってしまった人たち……。
家にばかりいては体の健康、特に精神衛生上よろしくない。
彼らが重い腰をあげて外に出かけられる場所を、と
お茶会などのイベントなどを考えていたが
そんなときに社協の職員採用試験に顔見知りの引きこもり者が現れた。
「あ、働きたいんだ。そうだよね」
がつんと頭を殴られたような衝撃を覚えたという。

彼らは、問題を抱えた“助けてあげないといけない人たち”ではなく
社会復帰に一歩踏み出すために
“社会支援を必要としている人”たちなのだ。
菊池さんはそのときに自分の考えが根本的に間違っていたことに気づき、
引きこもり者対策事業を見直すことにした。
同時に、秋田県の社協が各市町村の社協と一緒に行う
「地域福祉トータルケア推進事業」が平成17年から始まった。
「福祉でまちづくり」を合い言葉に、
助成金申請などいろんなタイミングがバタバタと符合していき、
福祉の拠点施設として「こみっと」がスタート。
そこで、社協の職員たちによる引きこもり実態調査が行われたのだ。

こみっとは社協のすぐそばにある県の発電事務所の跡地と建物を再利用。土地や建物は町が買い取り、社協に貸与。改修費などは日本財団の助成金制度を利用し、運営費は自立支援法制度に則って捻出している。

「みなさん、家庭の問題は隠したがるでしょう?
小さな町だからこそ、ちゃんと出てきた数だったかもしれませんね」
と菊池さんはいう。
これまで足しげく各家庭を訪問し、その内情を知っていたからこそ
実際のところを把握できたのであり、現実の数字は想像以上のものだった。

社会復帰支援の場所としてのこみっとには、
登録生(引きこもり者等)たちが
その症状によって、給仕したり、調理したりと
働くことができるお食事処をつくった。
町には外食する場所が少ないから、町民が訪れるようになる。
そこには、同じ地域の住人が共存できる居場所があるのではないかと。

そこで、キッシュの登場だ。
「町の特産品を自分たちの手でつくろう。
おやつに食べられるもので、気に入ったら誰かに贈りたくなるような、
おしゃれなお土産にできる何かをつくろう!」
菊池さんはひらめいた。

一見使えなさそうなものに、光を宿す。

「自分でいうのも何ですが、おいしいですよ」
25年前から藤里町マイタケセンターで菌床マイタケを栽培している
藤里町振興協会の土佐吉二郎さんは、
藤里の周辺にあるコナラなどの材木をオガクズにし、
トウモロコシやフスマに水を加えた物を袋詰めして菌床をつくっている。

菌床にマイタケ菌を植菌し、培養するとマイタケが発生する。培養室の温度、湿度、Phなどに配慮し、植菌して70日くらいで市場に出回る。

左からマイタケセンターの山田千幸さん、小山牧子さん、土佐吉二郎さん。

ボリュームのある生き生きとした白神まいたけは
ブランドきのことして関東のホテルやスーパーにも
仕入れられている藤里町の名産品だ。
きれいにブロック状にして出荷されるのだが、
その際に、ぽろぽろと崩れたり、カットしたりしたバラの部分が出てくる。
そこを安く買い上げて利用することにした。

「いきなり、事務局長からキッシュ担当を任されて、
キッシュ? って、ぽかんとしました」
というのは、社協の櫻田康子さん。
菊池さんは、既に町の特産品だった白神まいたけを使ったものを
と考えており、キッシュと中華まん、どちらにするか
相当迷ったらしいのだが、最後は町民みんなが営業マンになって
外に売り出せるものを、ということでおしゃれ度数の高めな
キッシュに決定したという。

「ほら、自分も食べてもいいけど、よそ様に持っていきやすいでしょう?」
と菊池さん。でも、櫻田さんの苦労は相当なものだったようだ。
「マイタケをキッシュの中に入れこむのは大変なんです。
たっぷり入れ込むと黒くて見た目が悪いし、
はてはマイタケに含まれるタンパク質分解酵素のせいで
卵液がうまく固まらなくて、困りました。
こみっと登録生全員がつくりやすいものを目指しましたが
キッシュは手間もかかるし、根気もいります。
パイ生地にしてしまうと、とても扱いが難しいので
スコーン生地に変えて、つくりやすくしました。
それでも、やはりキッシュづくりに参加できる人は限られますね」
食べ物に妥協しないことにおいては、社協内で定評のあった菊池さんいわく、櫻田さんはきっちりと物事を進めていくタイプで
おいしくしたいと最後までこだわる人とわかって、試作を頼んだのだとか。

櫻田さんの編み出した秘策により、きれいに固まるようになったキッシュ。ブロック状のショルダーベーコンや岩塩を使うのも彼女のこだわりのひとつ。

こみっと登録生のこださんは44歳。1996年に東京で就職し、藤里にUターンしてから引きこもるようになったそう。でも、今では大切な戦力。商品PRのために、テレビ出演も果たした。

厨房をのぞいてみると、キッシュが焼けたばかりのタイミングだった。
バターの香ばしいにおいがたちこめた室内は
マイタケから醸し出された秋の香りが充満している。
急速冷凍して固まったキッシュをきれいに切り分ける係、
密封作業をする係など、分業している様子。
みな、丁寧に自分の作業を行っている。

「キッシュづくりは週に2回、毎日3回焼き上げるんだけどね。
ほかの日は高齢者の生活支援ハウスの宿直をやっているから忙しい、忙しい」

と洗いものをしていたこみっと登録生のこださんがいう。
「キッシュとか知らなくて、最初は意味がわからなかったよな。
ここに来て初めて食べておいしいと思った」
こださんは、こみっとに通ってくるうちに生活のリズムが整っていったという。
ちなみに、パッケージのかわいらしい“くまげら”のデザインは
いくつか候補のある中から、登録生らが選んだ。

こみっとカフェでは、こんな風に提供されている。コーヒーと白神まいたけキッシュがセットで200円。誕生のバックストーリーはおいしさのスパイスにはなっているが、あくまでも商品そのもので勝負できるのが白神まいたけキッシュの強み。

藤里町で引きこもりと定義される人たちは、
18歳から55歳で2年以上定職についていない、両親以外と交流のない人たち。
社協は、彼らを外に引っ張りだす意識はないと菊池さんはいう。
「まずは、こみっとのパンフレットをつくり、
家庭訪問をした際に情報提供を続けていきたいので、と
伝えることにしました。
精神科のお医者さんや薬とはまた違うところで
福祉という手法でできることはあるはず、という考え方です。
一歩でも出たいとき、福祉を使ってもらえれば支えることはできます。
地域で少しでも快適に暮らしたいという人たちに向けた
お手伝いができたらという気持ちで取り組んできました」
菊池さんは彼らと協働するために、下記を職員に意識してもらうようにした。
相談支援や指示、助言を行わない。
登録生との個人的な関わりは持たない。
悩み相談など必要があればカウンセラーを呼ぶ。
そこに一般的に“やさしい”とされる感情が入ってしまうと
途端に依存につながり、自立から遠のいてしまう。
ひとつのミスがそれこそ本当の命取りになってしまうかもしれないから
自分たちは治療者でもカウンセラーでもないことを自覚する。
“支援する側もされる側も一緒に働ける環境づくり”
それがこみっとの使命なのだ。

こみっと内にあるお食事処。ランチタイムはたくさんの町民がやってくる。登録生が働くことで町民の引きこもりへの理解も生まれてきた。

菊池さんは、「藤里方式」と呼ばれるようになった
引きこもりとの協働に成功したわけだが、
もともと、福祉をやりたくて社協に入ったわけではなかった。
東京で専業主婦をやっていたのが30代前半に秋田に戻ってきてから
社協に入り、福祉がなんなのかがわからないまま
お金をいただく以上はきっちり仕事をしようという気持ちでやってきたという。
父親は倫理社会の先生で、「自分の心のために完成せよ」といわれ、育ってきた。
そんなこともあり、誰かのためにやってあげているというような
これまでの福祉をとりまく目線には違和感があったという。
「地域のなかで弱者を決めるのは好きではないですし。
弱者を決めるという時点で上から目線ですよね。
世の中は、さまざまな人がいて成り立っています。
ついつい忘れて自分視点になりがちですが、
行き詰まったらいろんな視点に立って取り組めばいいのだと思います」

今後のビジョンは? と聞くと、
この事業を独立化させて彼らの収入源としていくこと、と菊池さんは言い切った。
そのためには、人手の確保も必要になる。
そこに、「いきがい」を求める高齢者たちも巻き込んで
協働していける体制をつくっていくこと。
社協はその存在の性格上、利益をあげられない仕組みになっているが
それではいくら作っても張り合いがないとするのではなく、
ひと手間ふた手間かけないとできないようなキッシュをつくろうと、
現在は取り組んでいる。

そこに、注文が殺到するとどうなるか。
ちょっといじわるかもしれないが、その壁を乗り越える
菊池さんたちをはじめ、社協、登録生たちの姿を見てみたい気がする。
きっとまた新たな「藤里方式」をつくり出し、乗り越えていくのだろう。
しっかりとはまる場所さえあれば、
存在そのものの持つ資質は存分に発揮される。
キッシュを「おいしいね」と食べ続ける側にもまた、
その役割はあるのではないかと思った。

社協のこみっと立ち上げから今までの取り組みは一冊の本になっている。登録生手書きの年表なども入った細やかに書かれたドキュメントだ。  
「ひきこもり 町おこしに発つ」(秋田魁新報社)藤里町社会福祉協議会 秋田魁新報社共同編集 1,080円

Information

藤里町社会福祉協議会 秋田県の名産品を使った
「白神まいたけキッシュ」

「コロカル商店」で、「白神まいたけキッシュ」が発売中。舞茸たっぷりの優しい味わいをご賞味ください。1,400 円(税込)
https://ringbell.colocal.jp/products/detail.php?product_id=6022

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