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竜宮美術旅館とL PACK

ローカルアートレポート
vol.007

posted:2012.3.21   from:神奈川県横浜市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

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Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。生まれも育ちも東京郊外。得意分野は映画、美術などカルチャー全般。でもいちばん熱くなるのはサッカー観戦。

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撮影:ただ(ゆかい)

廃墟のような建物を、人が集まる場所へ。

横浜黄金町の外れ、日ノ出町駅のすぐ近くに、
ひっそりと、しかし奇妙な存在感を放ち建っている「竜宮美術旅館」。
2012年3月18日まで開かれていた展覧会を最後に、
この不思議な建物は60年あまりの歴史に幕を下ろす。
戦後数年のうちに建てられ、増改築が繰り返されたと思われるこの建物は、
当初は旅館だったが、その後住宅として使われ、やがて倉庫となり、
いつのまにかほぼ廃墟と化していた。
2010年、黄金町にやってきたアーティストたちが、
気になるその建物で何かやろうと動き出す。
旅館でもギャラリーでも、単なるカフェでもなく、
何だかよくわからないけど、人が集まる場所をつくろうと、
彼らは建物に竜宮美術旅館という名前をつけて再生させた。

その中心にいたのが「L PACK」=小田桐奨さんと中嶋哲矢さんによるユニット。
カフェユニットとも呼ばれる彼らは、“コーヒーのある風景”をつくるというが、
ふたりはもともと大学で建築を学んでいた。
「卒業制作で、みんな架空の建物をつくるんですけど、
ゼロから建物をつくるということにリアリティが感じられなかったし、
興味が沸かなかった。
建築ってもっといきいきしているものなんじゃないかという疑問があったし、
人が集まれば、そこが建築になるんじゃないかと思っていて。
人が集まるための最小単位を考えたときに、
たまたまそのきっかけがコーヒーだったんです」(中嶋)
「建築は人が集まって使われていないと意味がない。
ここは放置されていたけど、面白い建物なので、
黄金町のシンボルにもなるだろうと考えたんです」(小田桐)
以来、彼らは竜宮美術旅館をNPO「黄金町エリアマネジメントセンター」と共同運営し、
さまざまなイベントを開催してきた。
最後の展覧会「RYUGU IS OVER!!」も、
キュレーターの宮津大輔さんとともにアーティスト選出から取り組み、
空間演出も手がけた。

何人もの職人や大工の手が入っている竜宮美術旅館。全14組のアーティストが個性を競う展覧会で、建物の最後を飾った。(photo:Yasuyuki Kasagi)

コタツが置かれた和室には、武田陽介さんの写真作品を展示。コタツの上には、浦島太郎にちなんだ絵本や書籍が。

浴室も展示会場になった。湯舟に映像が投影される志村信裕さんの作品や、壁の鏡には臼井良平さんの作品も。

まちの移り変わりとともに変わる、竜宮美術旅館の役割。

地域とアートの共存を通して、まちが生まれ変わることを目的とした
「黄金町バザール」は2008年に始まり、現在はその名も定着してきた。
L PACKのふたりが黄金町にやってきたのは第1回目のバザールが終わったあと。
竜宮美術旅館を拠点とする前は、かつて鉄板焼き屋だった場所を使い、
アーティストたちが集まる空間をつくった。

それから約3年、ふたりは黄金町の移り変わりを目の当たりにしてきた。
昔は堅気でない人や不法滞在者も多く、ダークなイメージも強い地域だったが、
しだいにその影はなくなり、2010年のAPECで、かなりクリーンになった。
「最初にここに来た頃はまちが面白くて、いつもドキドキしていました。
そういう雑多な部分が残っていたほうが面白いと思いますが、
住民の方でイメージを変えたい人も多かったようです」(中嶋)
実際、かつてはこのあたりの出身というだけで偏見もあったという。
地元住民でも積極的にまちに関わっている人と関わっていない人では、
思いも違うようだ。
「でもカフェのような場所だったら、どんな人でも関係なく入って来られる。
そういう場所をつくりたいと思ったんです」(小田桐)
「この辺でちょっと知られた名物のおばさんがいるんです。
なぜか警察官やこわい人たちとも仲がよくて。
その人、最初は僕らみたいなアーティストたちが
まちに入ってきたのを嫌がっていたんですけど、
僕らのスペースにようすを見に来て、通ってくれるようになったんです。
いろいろ話しているうちにだんだん変わってきて、
アートなんて嫌いだったはずなのに、いまは初めて来た人に
“このアーティストはね……”なんて解説してるんです(笑)」(中嶋)

まちが変わるにつれ、コミュニティも変化してきた。
以前は全部把握できるほどの小さなコミュニティだったが、
いまはお互い知らないアーティストも増えてきた。
竜宮美術旅館の役割も、当初はアーティストやまちの人たちが集まる場だったのが、
外から来る人の玄関口のようになってきたという。
取り壊しは、実はオープンとほぼ同時期に決まっていたが、
この建物は、ちょうどその役割を終えようとしているのかもしれない。
彼らも、黄金町を離れ、一歩引いてみることにした。

「僕らはこの建物自体にはほとんど手を入れてない。図面も引かず、美術施工の人やアーティスト7~8人が出入りしながら、みんなで話し合って改装しました」(中嶋)

「場所をもって活動するということは、まちの中で人とつき合っていくということなので、時間をかけないとできないようなことをやろうと思いました」(小田桐)

もうすぐ取り壊される壁には、最後の展覧会開催までの経緯が、日記のように綴られていた。

いま、この場所でやるべきことは何か。

彼らは黄金町と同時に、東京都豊島区でもプロジェクトを進行していた。
「L AND PARK」というそのプロジェクトは、
公共施設の中に「公園」をつくるというもの。
「としまアートステーション構想」の一環で、
もとは食堂だった場所でカフェをやってほしいという依頼だったが、
人が来るためのきっかけだけをつくろうと、屋内で「公園」を始めた。
コーヒーは淹れておいて、セルフサービスでそれぞれがカップに注ぐ。
あとはキヨスクのような売店があるだけ。
そもそも公園は何をしてもいい場所。
コーヒーを飲みながら本を読んだり、子どもたちが遊んだり。
L PACKは、そこに「wildman」と呼ばれるゲストを招いてワークショップを開いたり、
朝1時間だけ早く起きて公園で朝食を食べようという
「goodmorning」というイベントを開催し、それに合わせて新聞もつくった。
最近は人も増えてきたが、こちらも年度末で一旦プロジェクトを終え、
さらなる発展型のプロジェクトを考えているという。

彼らのユニークな活動は、まだまだ続く。
松本市でクラフトフェアと合わせて開かれるイベント「工芸の五月」に、
これまで3年連続参加。
地元の若手ガラス作家、田中恭子さんとのコラボレーションで、
松本の湧水を使った水出しコーヒーをつくった。
水出しコーヒーの装置をガラスでつくってもらい、
コーヒーが8時間かけて一滴一滴落ちるところを、
古い庄屋の蔵の中で展示するというインスタレーション。
それでできたコーヒーを実際にお客さんに飲んでもらうのだ。
松本は湧水が豊富で水道をひいていない家も多いそうだが、
そこでは7種類の湧水を使い、水の違いをコーヒーで味わってもらった。
地域の恵みをいかし、地域の作家とともに、
コーヒーを媒介にして人が集まる場をつくる。
今年は水出しコーヒーではなく、スツールを使った企画で参加する予定だ。

「その場所によっていろいろなことをやって、
それがつながっていくといいなと思っています。
横浜の人が松本に行ったり。松本にも面白い人がたくさんいますよ」(小田桐)
「いまこの場所でやるなら何か?と、いつも考えます。
その“いま”って5年も6年も続かないと思うんです。
黄金町にはわりと長くいたけれど、
短いスパンで動いていくのかなと思っています」(中嶋)
ふたりはこれからも、まちの中で人が集まる、面白い空間をつくっていくだろう。
建物はなくなっても、彼らがやってきたことは、多くの人の中に刻まれているはずだ。

「L AND PARK」で配る新聞には、イベントのレポートや朝食に関する記事などを掲載。かなり手が込んでいるが「これはほとんど趣味です」(中嶋)「この新聞は続けていきたい」(小田桐)

松本の古い庄屋、池上邸の蔵で行ったインスタレーション「池上喫水社」。細い管もガラスでできている。
(写真提供:L PACK)

アーティストの矢口克信さんがつくった、移動カフェセット。タンクが入っていて、蛇口をひねるとコーヒーが出るようになっている。バックパックのように背負えるが、かなり重そう。

profile

L PACK
エルパック

小田桐奨(おだぎりすすむ、1984年青森県生まれ)と中嶋哲矢(なかじまてつや、1984年静岡県生まれ)からなるユニット。バックパックに荷物を詰め「コーヒーのある風景」をつくる活動を続ける。自身初の拠点となる「L CAMP」を2009年より黄金町に構え、2010年秋より竜宮美術旅館にて活動。展覧会オープニングなどのイベントにも出張し、おいしいコーヒーを淹れている。
http://lpack.exblog.jp

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