連載
〈 この連載・企画は… 〉
さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの「ある断片」を綴ってもらうリレー連載。
自由に、縛られることなく旅をしているクリエイターが持っている旅の視点は、どんなものなのでしょうか?
独特の角度で見つめているかもしれないし、ちいさなものにギュッとフォーカスしているかもしれません。
そんなローカル旅のカタチもあるのです。
text
Rikiya Burioka
鰤岡力也
さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第22回は、〈MOBLEY WORKS〉として家具や内装を手がけている鰤岡力也さん。
ある人の影響ではまったという渓流釣り。
家具販売の仕事と相まって、
遠野や盛岡への旅が、鰤岡さんのなかで毎年の定番化していったようです。
90年代アメカジブームの真っ只中を過ごしてきた40代の僕は、
旅行といえばアメリカでしょという思考の持ち主だ。
30代の頃は毎年2、3週間くらい休みをとって
ニューヨークやらポートランドに通っていた。
ポートランドに友人が住んでいたこともあり、家族全員で友人の家に転がり込み、
特に何もせず公園に行ったりDIYセンターに行ってみたり。
平屋の家に広い芝生、何気ないアメリカの風景に心踊らせていたものだ。
僕は家具屋を営んでいて、手伝ってくれているスタッフが何人かいる。
6、7年前にひとりのおじさん(通称ジョーさん)が手伝ってくれることになった。
バーに勤めていたり、キッチンカーでコーヒーを売っていたり、
本職はエアコン屋さんだったり、とにかく器用。
その人の趣味がフライフィッシングだった。
アメリカで車と地図を購入してトラウトを釣る話など聞いているうちに、
僕も一式揃えて近くに釣りに行くことになった。
父親が釣り好きなこともあり、
小中学生の頃は学校から帰ると毎日川に遊びに行っていたし、
大学生の頃は上州屋(釣具店)でバイトしていたこともあり素地はできている。
完全にはまりました。完全にはまりました。2回、言います。
それを機にイワナやヤマメが住んでいるいわゆる渓流という川を調べまくることになる。
Page 2
東京メインで仕事しているのだが、いろいろな方からお声がけいただき
地方で家具の展示販売をさせていただくことがある。
そのひとつに岩手県盛岡市の〈LOCALERS(ロカレール)〉というお店があった。
そして岩手の川を調べると、
どうやら80年代のフライフィッシングの大御所たちが
足繁く通っている遠野という地があるらしいではないか。
これは家具をたくさんつくって、展示会をやらなければならない(展示会=釣り……)。
そこから僕の岩手通いが始まったわけである。
アメリカもいいけど、日本にもいいところがたくさんあるではないか。
画一的ではない地域のオリジナル文化に興味が出てきた。
渓流釣りは魚の産卵時期は釣りが禁止なので、3月から9月いっぱいまでしかできない。
あまり寒いと楽しくないので、岩手に行く時期はだいたい5月下旬頃だ。
ちょうど若葉が勢いよく芽吹き始める頃で、木漏れ日が最高である。
特に僕が好んで行く遠野の川はブナの原生林の間を流れていて、
イーハトーブ(注1)の透き通った風、
夏でも底に冷たさを持つ青い空はここにあったんだなと実感させる。
気を許すと、どこまででも吸い込まれそうになる森がある。
と、同時に早くイワナが釣りたいという気持ちがあふれ出してきて冷静になろうと必死だ。
(注1)岩手出身の作家、宮沢賢治による造語で、彼の考える理想郷。
関東の渓流と違って釣り人の数が圧倒的に少ないうえに、
選択できる渓流も多いのでイワナはよく釣れる。
釣りの先輩が教えてくれた遠野の渓流の特徴は、
上流に行けば行くほど穏やかになるということだ。
渓流というとだいたい石や岩がゴツゴツして白い泡がゴーみたいなイメージだが、
上流に行ってみると本当に穏やかになる。
水深は膝くらいで川底は白い砂、森の中をゆるやかに蛇行しながら、
「沈み石」の前には必ずといっていいほどきれいなイワナが泳いでいる。
そのイワナの前に「エルクヘアカディス」(フライフィッシング用の擬似餌)の#12を
漂わせると、純真無垢なイワナが何も疑わずパクッとくわえるわけ。
どうですか、行きたくなったでしょ。
釣ってどうするかというと、写真を撮って1分もしないうちにリリース。
今日の思い出のためだけに釣るわけなのだ。
そのイワナを釣るために徹夜で車を走らせ、高価な道具を揃えたにもかかわらず。
だけど、「俺は何やっているんだ」とまったく思わないのが不思議。
一日中、それを繰り返すのだ。
ちなみに遠野といえば妖怪。
フライフィッシングをする方々には有名な猿ヶ石川沿いにある
〈民宿わらべ〉(現在は閉業)には、座敷わらしが出るらしい。
座敷わらしを見ると、尺イワナが釣れるとか釣れないとか。
あとカッパが有名で、〈カッパ淵〉には竿先にきゅうりがぶら下がっていて、
いつカッパが出てきてもおかしくない。
柳田國男の『遠野物語』を遠野で読んでみるというのも、旅気分を味わえていい。
遠野の田園風景や山や風を感じながら、なぜこの地域に逸話、
伝承が残ってきたかなど思いにふけるのは贅沢な時間だなと思う。
Page 3
いいイワナを釣った後は、盛岡市内に戻りまちなかを少し歩く。
いつも思うが、城下町は風情があって遠くに来たなという感じを味わえる。
あと必ず行くのは〈光原社〉。
お土産にくるみクッキーを買って、
芹沢銈介先生、柚木沙弥郎先生の型染め作品で目の保養をし、
樺細工の茶筒を買おうか買うまいか、何回か手に取り眺めて、また棚に戻す。
夜はLOCALERSの中村くんとその愉快な仲間たちと、
明治32年創業の〈肉の米内(よない)〉という焼肉屋で
生ビールと極上ロースを頬張るのである。
最後に出てくる冷麺も最高で、「今まで食べていた冷麺って?」と思わせるほどだ。
キムチは別添えにして酢を多め、コショウ少々入れるのが通の食べ方、うまい!
岩手に行くときは
家具販売も兼ねて行く(どちらがメインかはご想像にお任せします)ので
3泊か4泊は滞在する。
米内も最高だが、近くに〈菊の司酒造〉の酒蔵があり、
その目の前の老舗酒店では「角打ち」で生酒がいただけるのである。
その角打ちの名は、こちらも酒飲みの間では有名なお酒の学校〈平興商店〉だ。
あふれるほど注いでくれるコップ酒に柿ピー、冷奴の上に行者ニンニク醤油漬け。
そのほかも宮古から届く新鮮な魚を食べられる海鮮居酒屋などもあり、
晩ごはんにはまったく不自由がない。
おいしいごはんを食べ、明日の朝はまた川へ繰り出すのである。
晩ごはんのときにLOCALERSの中村くんに「今日は家具売れた?」って訊くと
「今日も売れました!」といううれしいご報告。
いつも大変お世話になっております。
profile
Rikiya Burioka
鰤岡力也
MOBLEY WORKS。家具屋。
Feature 特集記事&おすすめ記事
Tags この記事のタグ