ようやく家族3人そろって、 三重県津市での お試し移住生活のはじまり
家族で過ごした仮住まいでの1週間
三重県美杉町の仮住まいで、ついに父と娘の田舎暮らしがスタート!
と思いきや、娘の「東京に戻りたい」発言で、いったん東京へ。
移住はやはり一筋縄ではいかないようです……。
それでも気持ちを落ち着かせ、今度は家族3人揃って美杉町へ。
まずは1週間、仮住まいで暮らしてみることに。
さて、今回はうまくいくのでしょうか……?
焦らず、態勢を立て直し!
東京に妻を残し、娘とふたりで始めた
三重の仮住まいでの田舎暮らしは、
そもそも、わが家にとっては家族が揃ってなきゃだめなんだ
ということを実感する結果となりました。
「山に住みたくない、東京に戻りたい」とまで言い出して、
気持ちが移住から離れてしまっている娘の気持ちを落ち着かせるため、
一度、東京に戻りました。
とにかく、娘の気持ちが移住に向くように落ち着いて態勢を整えよう。
一番大切なことは何なのか? あらためて自分に問い直しました。
そして、東京に戻り家族3人で過ごし始めると、
その時間が娘の気持ちに落ち着きを取り戻してくれました。
その間、僕は東京で三重での生活をイメージして
情報収集、妄想の日々を過ごしていました。
僕だけ三重で暮らし始めようか? そんな話も出たのですが、
家族が揃わない暮らしでの娘の気持ちを考えるとその選択はよくない、
東京でできることもあるんだ、焦らずいこうと自分に言い聞かせていました。
そうこうしているうちに家族揃って
美杉に行けるタイミングがやってきました。
1週間ほどで東京に戻らなければいけないのですが、
一度、移住から離れてしまった娘の気持ちを考えると
ちょうどいいかもしれません。
(最初からこのタイミングを待てば娘も移住に対して
嫌な思いを持つことはなかったのかと後悔……。焦りは判断を狂わせます)
1週間ほど美杉で過ごし、娘の気持ちが移住に向くようになれば、
年明け1月からはもう少し長いスパンで暮らしてみようと考えています。
妻は、僕と娘の話や写真でしかその状況を知らない美杉の仮住まい物件に
やっと行けるということで喜んでいます。
前回の失敗の原因ともいえるのが、早く進まなければという焦る気持ちです。
もちろん、早く進まなければいけないときもあります。
でも、いまはそのときではない。
ついつい「気になるあの人に会いに行こう!」と
予定を詰め込みがちな僕たちですが、
今回はとにかく娘の気持ちを最優先に考え、
のんびりと家族で過ごすつもりです。
12月某日、東京を出発しました。道中、後部座席で
妻が仕事先とのやりとりをしていて(妻はフォトグラファーです)、
前日に入稿したはずのデータがうまく届いていないということが発覚し
ちょっとひやっとする場面もありましたが、
持ってきていたノートPCにそのデータが残っていたので
サービスエリアでネットにつなぎ、僕と娘が遊んでいる間に入稿完了。

最近のサービスエリアには広場が併設されているので助かります。父と娘が遊んでいる間に妻が仕事をする。家族のカタチはそれぞれでよいのかと。
あらためて、データでのやりとりの仕事はどこにいてもできる、
旅をしながらだってできるんだということを実感してしまいます。
そして、日が暮れる前に仮住まいに到着。

きれいな夕焼けが出迎えてくれます。
物件を借り始めて1か月近くたって、
やっと家族揃ってこの夕日を眺めることができました。
東京で妻と僕のふたりともが東京で会社員をしていたときには、
家族で夕日を眺める余裕はありませんでした。
(東京で会社員をしていると気がつくと夜になっているのです)
もちろん、移住し、暮らし始めたら忙しく過ごす日々がやってくるはずです。
また、家族揃って夕日を眺める余裕もなくなるのかもしれません。
でも、日が沈もうが雨が降ろうが、決められたことをこなさなきゃいけない
東京での会社員生活とは違い、移住先での生活は、
たとえ忙しくてもその忙しさが、日が沈んだことや雨が降ることに
直結している暮らしなのでしょう。
夕日を眺めながら、そんなこれからの暮らしに思いをめぐらせてしまいます。
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3人での仮住まいでの暮らし
そして、心配していた娘の様子ですが、
やはり、両親揃っていることの安心感からかばっちりご機嫌です。
楽しそうにしてます。ほっとしました。
やっぱりわが家は3人揃ってなんぼなんだなと実感……。
その後何日かは、3人で敷地の奥のほうまで探検したり、
敷地になっている柿をとったり、近くを散歩したり、
家で鍋をつついたりと、のんびりと過ごしました。

ちょっと寒いですが敷地の休耕状態の畑でお弁当。娘は初めて山びこを体験して大喜び。ヤッホーヤッホーと連呼。確かによく響くので僕もやってみたかったのですが妻に大人はやめて! とたしなめられ……。都会もんがなんかはしゃいでるなあと近隣の方には思われたことでしょう。

東京ではフローリングにテーブル、椅子の暮らしでした。畳での食事って実家や民宿に泊まったときくらいでしたが、こうして暮らし始めるとなんとも落ち着くのです。はしゃぐ娘を見てほっとします。
その物件は立地的にも集落の最も山よりに位置するので、
夜は本当に真っ暗になります。月がまぶしく感じるくらいに。
そんな月や星を眺めようと外に出たときのことです。

ふと山のほうに気配を感じたので持っていたライトを
山のほうに照らしてみました。
ライトに照らされて光る目が十数個。
柿の木の周りに集まっています。
鹿? 猿? 猪?
どれもよく出没するとは聞いていたのですが、
こんなに近くにこんなに多くいるのかとちょっと驚きました。
熊は出ないとは聞いてはいたので、身の危険までは感じませんでしたが、
あらためて自然との近さを実感。
そして、ライトに驚いたのか、跳ねるようにして逃げていきました。

その動きからして鹿でした。
最初はたまたま遭遇しただけかな? くらいに思っていたのですが、
そんなことはなく、夜、外に出るたびに柿の木周辺に光る目があるのです。
こんな調子なので、周辺のどの田畑も厳重な獣害対策をしています。
美杉に住むある方が
「山に住ませてもらっているようなもんだから、しょうがないよ」
とおっしゃっていたのを思い出します。
ある日、柿をとって、
鳥につつかれて傷んでいたのを何個か落としておきました。
それを翌朝、見に行ったらすっかりなくなっていました。

3人で敷地に実る柿をとりました。そう、僕らはこんな暮らしがしたいのです。
鹿が食べたのかな? まあ、あれだけ柿の木の周りに
群らがっているのだから当然か……とも思いました。
ただ、柿はなくなっていましたが、辺りには鹿のものと思われる
ほやほやの糞がまるでお返しのようにこんもりと……。
最近、命の循環について思いを巡らすことの多い僕は、
こうして食べた実のなる木の周りに糞をお返しすることは、
循環という意味ではとても理にかなった行為なのではと感心してしまいます。
(自分の田畑の作物をとられてしまってお返しが転がっていたら、
そんな悠長なこと言ってられないのでしょうが……)
そんな鹿たちのお返しがあるから
人が何も手をかけなくても栄養たっぷりの土となり、
その土がこのおいしい柿を育んでいるのかもしれません。
本能的に循環の一部としての役割を立派に果たしている
けなげな鹿たちを見習って、この地でこの地になった作物をいただく以上、
なるべくこの地にお返しをしたいと思ってしまいました。
(なにより星空を見ながら、澄んだ空気をいただきながら
大地にお返しをするのはなんとも気持ちがよく、
循環の一部になった感が半端ないのです。
ちなみにこれは自分の主義でして、家族には強要しておりません……)

近所の方にご挨拶をしたら、その場で畑から抜いた大根をいただきました。田舎では野菜は近所の人からもらえるよ、とはよく聞いていましたが、初めて体験してしまいました! 自らつくったものを人に分けられるってすごいことです。最近、よく「ギフト経済」という言葉を聞きますが、まさにそのギフト経済が普通にまかり通っている感じです。
そんな風にのんびりと家族3人で何日か過ごし、
この仮住まいでの暮らしに少し慣れてきました。
娘もここでの暮らしを楽しんでいるようです。
この調子であれば、年明けからもう少し長いスパンで暮らせそうです。
今回は少しの期間でしたが、前回、移住から気持ちが離れてしまった
娘の気持ちを考えるとちょうどよかったのかもしれません。
そして、東京に帰らなければならない日が近づいてきました。
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仮住まいに初めてのお客さん
どうにかこの家でおとなしくしていようと考えていたのですが、
じっとしていられない症候群の僕と妻はちょっと人恋しくなってきてました。
といっても娘は出かけたくなさそうです。
自分の家と感じ始めたこの家にいたいようです。
そんな風に感じてくれていることは
前回の感じからするととてもうれしいことです。
といっても人恋しい僕と妻……。
そこで、いつもお世話になっている農家民宿〈なかや〉の岩田さんご夫妻に
この仮住まいにごはんを食べにきませんかと連絡を入れてみました。
(岩田さんご夫妻についてはvol.4を)
すると「宿に泊まりに来ているお客さんも
連れて行っていいかな?」との返事が。
お客さまに僕たちのことをお話したら興味を持ってくれたようなのです。
予想外の展開ですが、それはそれでおもしろそう、ぜひぜひ。
ということで、仮住まい物件に初めてのお客さんを
お招きすることになりました。
さあ、何をつくっておもてなしするか……。
近くの道の駅に買い出しにいったのですが、
時間が遅かったこともあり、あまり野菜は残っていません。
といってもスーパーに行く時間もなさそうです。
(スーパーまで往復1時間ほどかかるのです)
近所の方にいただいた大根もあるし、多少は食材のストックもある。
あるものでどうにかしてみようと。
妻は人を招いて食事をつくるのが好きで、
東京でもよく人を招いては料理をふるまっています。
そんなとき、とてもいきいきとしてます。(一番、幸せな時間だそうです)
仮住まいのこの家で、使い慣れないキッチンと
あり合わせの食材でのことなので、なかなか苦労してましたが、
それもまた楽しそうです。そんな妻を見て
娘も手伝いたくなったようで、一緒になって支度をしました。
なんだか家族で民宿をやっているみたいでワクワクしてしまいます。
そして、日が暮れたころ、岩田さんご夫妻と
宿のお客さんふたりがやってきました。
お客さんは兵庫の大学卒業間近の学生。
もうひとり、岩田さんがこの仮住まいの近所に住む方にも
声をかけてくれていました。
お客さんが5人、わが家が3人、総勢8人のにぎやかな会となりました。

地元の食材ばかりの鍋をつつきます。支度をしていて、あ、座布団がない! と気づき、岩田さんに座布団持参でとお願いしました……。人を招くのに座布団ないって……、モノも気も足りないです……。

道の駅で買った里芋を石焼きに。妻がお世話になっている料理家さんに教えてもらったつくり方で、石と里芋を入れた鍋をストーブの上で1時間火にかけるだけ。食べるときに熱々の皮を手で剥いて、塩をちょいとつけていただく。簡単ですがこれ本当においしいです。石は娘が庭で拾い集めたものです。
妻の料理も好評でお酒がどんどん進みます。
(酒呑みの妻のつくる料理は酒に合うのです)
そして、飲みだすと止まらない岩田さんご主人と僕は、
周囲から若干ひややかな視線をもらいながらも
トークがどんどんヒートアップ。
最後には、遺伝子組み換えがどうたらとか資本主義がどうたらとかという
ディープな話になっていた記憶があります……。

締めのごはんは大根の煮ものの煮汁で炊きました。妻の動きがまるで民宿の女将です……。お米は家主さんにいただいた、この物件に以前住んでいた方がつくっているお米。縁のある人がつくった食材ばかりです。

煮物の煮汁で炊いたご飯に、大根の葉っぱを混ぜて。妻のあり合わせの食材で料理する知恵に身内ながら感心してしまいます。
大いに盛り上がった宴も、日付が変わるころには飲む酒も尽き、
お開きとなりました。
お招きするというにはちょっと飲みすぎてしまいましたが(反省……)、
翌朝、片づけをしながら、家族でこんな風に宿をやったら
楽しいだろうなあと妄想が始まってしまいました……。
そもそもは、たまたま農家民宿なかやさんに泊まり
美杉に縁がつながり始めたことから、
仮住まい物件をこの地で借りたのでした。
なかやさんに泊まったことで随分と人生が変わりました。
そして、その宿を営む岩田さんたちをお招きした結果、
宿妄想が止まらなくなるというこの状況。
そんな人の人生を変えることもある宿を、
いつかはやってみたいなあと漠然とは考えていたのですが、
今回のことをきっかけに、より実感を伴って考え始めてしまいました。
その翌日、東京に戻りました。

東京の家族へのお土産は敷地になる柿、ゆず、かぼす、きんかん。「土」から「産」まれた果実たち。これこそお土産ですね。
娘もこの1週間の美杉での暮らしが楽しかったようです。
「山に住みたくない、東京に戻りたい」とまでなってしまった気持ちは
落ち着いたようです。よかった……。
ということで東京での残った用事を済ませて、
また、年明けから美杉で暮らし始めます。
前回は移住できるのか? と不安になったくらいでしたが、
その危機は乗り越えたのでしょう。
そして、暮らし始めたら、この仮住まいを拠点にほかの物件を探します。
仮住まいはとりあえず3か月間借りることになっています。
(すでに結構経ってしまいました)
3か月経つ前にほかの物件もいろいろと見て、
この物件を長く借りるかを判断したいのです。
初めての田舎暮らし、まだまだ何が起こるかわかりません。
わが家の移住、どうなることやら……。