山の恵みと暮らす。 祖谷で出会った民謡と郷土料理

徳島・祖谷(いや)の美味しいアルバム

きかっけは、ある民謡との出会いだった。
徳島県の西部、祖谷という集落で今なお歌い継がれている“祖谷民謡”。
都築麗子さんの身体から涌き立つ歌声は、とてもつややかで、
どこか懐かしくて切なくて、そして温かくて。
天井をぐっと見上げながら丁寧に歌い上げる小柄な身体からは、
肝がどかっと座ったような芯の強さが伝わってくる。
それでいて、恥じらいながら笑う顔は少女のように可憐だった。

その姿を見ていたら、この女性がどんな人生を辿ってきたのか自然と興味が湧いていた。
いつかじっくりお話をうかがってみたいと、そのとき心に決めていた。

祖谷民謡 from on Vimeo.

よもぎの葉は、胃腸や婦人科系ほか効用は多様。切り傷の殺菌にも効果がある。

山の神を大切にまつっている。

ユキノシタの絞り汁には、中耳炎を治す効果がある。

郷土料理〈ひらら焼き〉。

[ff_assignvar name="nexttext" value="手打ちそばも味わえる
〈奥祖谷めんめ塾体験工房〉とは?"]
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島県といえば、
鳴門海峡などキラキラと輝く海を想像する人も多いはず。
けれどもその8割が山地で、1000メートルを超える山も数多くあるほど
山深い県でもある。

今回訪ねたのは、県西部の「にし阿波」と呼ばれる山側の地域。
にし阿波というのは美馬市、三好市、つるぎ町、東みよし町の
4つの市町を合わせた呼び名で、
県内で最も高い標高1955メートルの〈剣山〉や、
遠く高知県が水源となっている〈吉野川〉など、雄大な自然に囲まれている。

昨年、そのにし阿波のプロモーション動画を撮影する機会に恵まれた。
〈雲海〉や〈かずら橋〉などいろいろなシーンのなかで、
地元の方が民謡を唄う場面を撮影した。それが、都築麗子さんとの出会い。
初めて耳にした都築さんの民謡は、自分の中にある何かと響き合って
染みていくような、そんな感覚だった。
都築さんに強く興味を引かれながらも、
撮影当日は時間の余裕がなくその場を後にした。

それから半年後の今年2016年2月。
再び、にし阿波へ撮影で行くことになった。
ぜひこの機会にお会いしたいと、都築さんの住む土地まで足を延ばした。

都築さんが生まれ育ったのは、祖谷(いや)という地区。
祖谷のある三好市は南側に剣山系をのぞみ、
その90パーセントが山地というほど山に囲まれている。
細く入り組んだ山道を何度も曲がり、対向車が来ると
崖すれすれというほどの細い山道を、さらに奥へと進む。
しばらくのあいだ車内で右に左にと揺られていると、ぱっと視界が開ける。
すると、目の前には見たこともない美しい山里の風景が広がっていた。

山の斜面にそって広がる、東祖谷の落合集落。集落内の高低差は約390メートル。急傾斜に住居が点在している。

にし阿波を回っていると、時折目にするのがこの〈コエグロ〉。刈り取ったカヤを組んだもので、これを畑にまくことで土壌の流出を防いだり、肥料や雑草防止など幅広い役割を担っている。自然(植物資源)の循環を利用しながら急傾斜地で農業を行ううえでの、知恵の結晶ともいえる。

祖谷には60以上の集落がある。
そのうちのひとつ、若林集落にあるのが〈奥祖谷めんめ塾体験工房〉という
都築さんが営むお店。今年で15年目になるというこのお店では、
地のものをふんだんに使った郷土料理をいただけるほか、
そば打ちやこんにゃくづくりなどの体験もできる。

玄関を開けてお邪魔すると、コタツがずらりと並んでいる。
火鉢と石油ストーブで温められた室内は、
思わず「ただいま」と口走りそうになるような、ほっとする雰囲気。

「お腹空いたじゃろ?」

割烹着姿の都築さんが、台所から顔を覗かせてくれた。
まずは腹ごしらえをしてから、ということで、
めんめ塾名物の「平家御膳」をいただくことにした。

この御膳には、都築さんご自慢の手打ち祖谷そばがついてくる。
そばの実は、祖谷でつくられたものを100パーセント使っているのだそうで、
ひと口含むとやわらかいそばの香りがいっぱいにひろがる。
つるつるとした食感が小気味よく、いくらでも喉を通ってしまう。

うむ、おいしい。

皆でこたつを囲む。左から時計回りに〈そらの郷〉の出尾宏二さん、お店を一緒に切り盛りしている尾本孝子さん。都築さんのご主人都築幸雄さん、そして都築麗子さん。

この日の「平家御前」のメニューは、ふきのとうやこんにゃく、鹿などの立田揚げ。豆腐とじゃがいもの田楽、煮物、漬け物、ご飯、そしておそばがついて1000円。

そば打ち歴45年という都築さん。
お母さんの手伝いをしながら、しだいに覚えていったのだそう。

「ちっちゃいときから手伝いしよったな、
揉んだり打ったり、粉挽きしたりな」

都築さんの打つそばは、
都築さんのお母さんがつくっていたそばの味でもあるんだ。

お会いしたことのないお母さんのそばを、自分はいま食べている。
そう思うと、しみじみ感慨深い。料理というのは、母から娘へ、
そのまた娘へと伝えることのできる、大切なものなんだ。

「学校から帰ったら、なんでも手伝うた。
牛の世話から畑のこと、山に薪を拾いに行ったりもしたな。
たばこを採るのも子どもの仕事やった。
手や服に匂いがついてしまうやろ、それがほっんまにきつくてな~」

都築さんの表情が、少しだけかたくなった。
それは、ぐっとこらえてきた当時の辛さを思わせた。

「でもな、子どものときにほやって仕事しとるんで、
いまどんな仕事が舞い込んできてもまったく苦にならん。
いろんなことしとるけんな!」

そう、胸を張って清々しく笑う。

どんなお母さんがだったのか尋ねてみると、
都築さんの口からこんな言葉がこぼれた。

「自分の母親じゃけど、心から尊敬しとるな。
ほっんまに大きな気持ちで人を見てあげる人じゃった。
私たち子どもにも、近所の人にも」

6人兄弟の末っ子として生まれた都築さん。
都築さんがまだ1歳にもなっていない頃にお父さんが亡くなり、
その後、お母さんが女手ひとつで6人の子どもを育てた。

「めちゃくちゃ働いてたわ、ほんま苦労しとった。
昼間働いて夜はよなべ仕事しとるやろ、
いつもこっくりこっくりしとったなぁ」

窓の外を見つめる都築さんの目には、
居眠りをするお母さんの後ろ姿が映っている。

「自分とこの仕事が6割できたら、
近所で進んでないところを手伝いに行けと。
手伝うてあげてから、自分とこ戻って残りをやれって教えられた」

自分たちが食べることに必死だったはずですよね、
なかなかできないことですね。

「うん、ほんま必死やったと思うよ。
けど、欲でもなければ人を傷めるでもなしに、ほんまに心が広かった。
そういう母親のやり方はな、私らの頭にはずーっと残っとる」

言葉の抑揚から、お母さんに対する敬意と愛情がしっかりと伝わってきた。
母親の生き様というのは、次の世代へと脈々と受け継がれていく。
都築さんに感じた、すっと芯が通った気持ちよさと可憐な空気は、
きっと生前のお母さんの姿そのものなんだ。

祖谷民謡『東祖谷粉引節』を唄う都築さん。

お店の棚の上には、大小さまざまなトロフィーがずらりと並んでいる。
聞けば、都築さんの民謡は、各地の大会で数々の賞に輝いているのだそう。
民謡を唄うようになった、そもそものきっかけをうかがってみた。

「うちのじいちゃんがすごい好きだったんよ。
大勢お客さん来るってなると、よう唄っとった。
私もそれが好きで、『じいちゃんの唄聞けるなーっ』て、
お客さん来るんが楽しみじゃった」

おじいちゃんのそばに佇んで、じっと聞いていたという都築さん。
いつか自分も唄ってみたい、そう思っていたのだそう。

都築さんが唄う祖谷民謡は、この地域に昔から伝わってきたもので、
いまでもたくさんの曲が残っているのだそう。
せっかくこの土地にある民謡を残していきたい、
そういう気持ちでいまも唄い続けている。
都築さんの唄う民謡は、外国人のお客さんにもとても好評なんだとか。

「いっぺんな、民謡聞いて涙ポロポロ流した外国人がいたわ。
日本語の意味はわからんけど、聞いてたらふと
幼いときのことを思い出したんじゃって」

都築さんの唄う民謡には、そうした力があると私も思う。

「外国の人と言葉は通じんけど、なんとなく心が通じるんよな~。
あれ、おかしいぞなぁ~」と、うれしそうに頬を上げる。

[ff_assignvar name="nexttext" value="山で採れた薬草を使った
センブリ茶って?"]
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奥祖谷めんめ塾では、

中高の修学旅行の宿泊も受け入れている。
どんな様子なのか尋ねてみると、

「おっもしろいよ~、いろんな子がおるでしょ。最初つっぱったりする
子もあるんやけど、もう帰るときには孫みたいになって帰るわ。
もうかわいいよ~、涙落ちるときがある。
子どもたちもわんわん言って泣く子もおるよ」

修学旅行では、そば打ちやこんにゃくづくりの体験、
農業を体験したりもするのだそう。

「クワも握ったことないから、最初はうまく使えんのやな。
『そんなへっぴり腰でどーなりゃ、足をこう踏ん張って力入れてみ!』
って教えたらうまくいくようになって、
それが本人もおもしろうて休まずに耕してたわ。
最初はつっぱってたのに、お腹の底から笑って素直ないい顔してたわ」

その子のことを思い出した都築さんの目には、
うっすらと涙が浮かんでいる。聞いていた私も、胸がいっぱいになる。

「思い出したら涙出てきたわ」

そう都築さんが笑い、一緒に涙をふいた。

都築さんが宝物にしているノート。国内外のお客さんや、修学旅行生からの温かいメッセージがたくさん詰まっている。

今回、都築さんにお願いしていたことがある。
それは、裏山で山菜を一緒に摘むこと。

以前、都築さんにセンブリ茶なるものを飲ませてもらった。
口に入れたことを後悔するほど強烈に苦く、
かといって吐き出すわけにもいかないので、
鼻をつまんで一気に喉に押し込んだ。

このセンブリ茶、胃腸の痛みに即効性がある薬草で、
都築さんは小さい頃から薬代わりに使っている。
飲んだあと、メンソールのようなすーっとした感覚を私も実感した。

山に生えているセンブリを乾燥させ、湯のみの中でぐるぐると回す。すると、センブリ茶のできあがり。

日射病になったときには、塩で揉んだタデをおへそと足の裏にあて、
絞り汁をひと口飲んで治すのだそう。

「すぐよくなるで。自分の子どもにもそうしてたけど、
1時間くらい横になっとったらニコニコして起きてくるわ」

天ぷらで食べる春の味覚ユキノシタにも、病気を治す効果があるのだそう。

「中耳炎のときな、汁を搾って耳に入れるんじゃわ。そしたら、すーぐ治る」

こういう暮らしの知恵がある人に、私はとても憧れている。
山の恵みとともに暮らしている都築さんに、
ぜひその山を案内してほしいとお願いをしていた。

「もうこんな時間やね、行こうか」

外へ出ると小雪がちらついている。
2月の山は、やはりしんしんと冷える。
都築さんはひょいひょいと、軽い足どりで山へ上っていく。

「これ冬ワラビやな。扁桃腺が腫れたとき、小豆と炊いて食べるんよ」

初めて聞きました。

「この辺の人は、昔からみんなそうしとるよ」

私もそんな知恵のある人になりたい。

「あ、都築さん! これも冬ワラビじゃないですか?」
どれどれ、と覗き込む都築さん。
「いや、これなんでもない、ただの草」
と笑われた。難しい……、まったく見分けがつかない。

「あ! これノビルですか?」

「いや、これらっきょ」

どうやら、山菜マスターへの道のりは長いようだ。

ふきのとうも、顔を出し始めていた。

かなりの急傾斜を上ってきた。
息が切れている私とは裏腹に、都築さんの足取りはどこまでも軽く、
その表情は晴れやかだ。山は、都築さんにとって特別な場所だという。

「嫌なことがあったり仕事に疲れ果てたら、さあ山行こう!って。
そうすると、すぐに生き返ったようになる」

小さい頃からずっと、
山の中で薪を拾ったり山菜を採ったりして過ごしてきた都築さん。
そうした記憶が、体の奥底に染みついているのだろう。

「カッコーが鳴いたり風が吹いたりすると、気持ちがすーっとする。
一面に芍薬が咲くんよ、それはもうすばらしいよ~」

芍薬が咲き乱れるなか、ひとり遠くの山並みを眺めている
都築さんの姿を想像していた。

「戻れる場所やな」そう、小さい声で都築さんがつぶやいた。

都築さんが抱えているかごを覗くと、
かわいらしい山の恵みが折り重なっていた。
これって、どうやって食べるのがおいしいんですか?

「やっぱ、天ぷらやね。天ぷら食べたくなったら、ここに採りにくるんよ」

買いに行くのではなく?

「うん、そう、ここで何でも揃うよ。
田舎は食べるものにお金がかからないからいいよ~」

山奥で暮らしていて、不便と感じることはないですか?

「う~ん、思いあたらないなぁ」

3つくらいはあるだろうと思っていた私にとって、とても意外な答えだった。

「都築さん、欲しいものって何かありますか?」
また、しばらく黙り込む。
「うーん、ないなぁ~。いま健康だから、何もいらんなぁ」

ずっと昔から、当たり前にしてきた暮らし方。
土地の恵みに感謝しながら満たされていく日々。
それを、いまも変わらず続けている人たちがいる。

進み過ぎた生活から一歩戻ってみると、
人は少し変われるのかもしれない。
都築さんと出会ったことで、そんな風に思えた。

にし阿波への旅は、詳しくは〈そらの郷〉へ。

information

map

奥祖谷めんめ塾 体験工房

住所:徳島県三好市東祖谷若林84-1

TEL:0883-88-5625

Webサイト:www.iyajiman.com

写真・文 津留崎徹花

text & photograph

津留崎徹花 Tetsuka Tsurusaki
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。

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