連載
posted:2015.12.23 from:鹿児島県 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。
writer profile
Keiko Kuroshima
黒島慶子
くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。高橋万太郎との共著『醤油本』発売中。
鹿児島の醤油は日本で一番甘い。
醤油に入っている甘味料や糖類の濃度が高いのだ。
鹿児島県大隅半島にある〈マルイ醤油〉で知られる
〈坪水醸造〉の醤油もやっぱり甘い。
けれど、鹿児島の中では甘みが控えめで、
醤油が兼ね備える旨みや塩味、苦みや酸味とバランスがとれている。
その背景には、技術と設備を集約させた醤油の協同工場をつくり、
自社も含む鹿児島県全域の醤油の質を底上げしようという、
坪水醸造1代目兼、組合の初代理事長・坪水徳三さんの働きと、
その想いを引き継ぐ現在の坪水醸造の姿勢がありました。
鹿児島県鹿屋市で昭和16年に創業した坪水醸造。醤油、味噌、黒酢を造っている。
坪水醸造は九州最南端の大隅半島にある蔵元。
醤油、味噌、黒酢を製造しています。
鹿児島空港から東九州自動車道を使って車で約1時間。
延々と続く緑豊かな景色に見とれながら走ると、ふと、まちが開けました。
この日の夜は大隅半島の鹿児島県鹿屋市で営む醤油蔵や食関係者が集い、
地元醸造元の醤油と焼酎を生かす料理屋で地元料理を楽しむ食事会。
キビナゴやさつまあげなど、出てくる郷土料理は全体的に甘い印象。
しかしここ鹿屋市で造った芋焼酎を口に含んで驚き。
すっきりとしたやわらかい余韻を残し、後口はすっきり。
鹿児島県は芋焼酎の代表的な産地。
甘い調味料とキレのある焼酎が生み出すハーモニーを楽しむのが鹿児島流かもしれない。
そして坪水醸造4代目・坪水徳宏さんが持ってきてくれた
醤油と料理のバランスに舌鼓を打つ。
地魚の刺身やさつま揚げに濃口醤油を合わせると、味の輪郭を際立たせて深い味わいに。
そして鳥刺しと坪水醸造で最も人気の淡口醤油が相性抜群。
淡い紅白の鳥刺しに琥珀色の淡口醤油をつけるとつややかになって美しく、
口に含むと品のある甘みと旨みが広がります。
郷土料理のおいしさはその土地の醤油があってこそ! と、実感。
手前に地魚のお刺身、奥左に鳥刺し、奥右にさつま揚げ。地元の甘い醤油で味付けし、さらに芋焼酎を口に含むと、この土地ならではの最高のハーモニーに。
この日は特別に坪水醸造の醤油も持参していただき、お刺身とさつま揚げ、鳥刺しで味比べ。
感動していると、同じく大隅半島で醤油蔵を営む〈児玉醸造〉4代目の児玉拓隆さんが
「おいしいでしょう。坪水醸造の1代目は
鹿児島県醤油醸造協同組合の初代理事長。
みんなで県内醤油の品質向上を目指そう! と旗を上げ、
県内の蔵元をまとめ上げてくれたんですよ」とにっこり。
実は鹿児島の多くの蔵元は、鹿児島県醤油醸造協同組合で造った
“生揚げ(きあげ)醤油”(大豆、小麦、塩でできたもろみを搾ったまま、
加熱もろ過もしていない醤油)を購入し、各蔵で甘く調合しています。
坪水醸造も同様。
「鹿児島の組合の生揚げ醤油はおいしいんですよ。
うちに鹿児島県醤油醸造協同組合が造った生揚げ醤油があるので、
明日味わってみてください」と児玉さん。
そのお言葉に甘え、翌朝訪ねて味わったところ、驚きの風味でした。
香りと味はすっきりとし、一般的な生揚げ醤油より断然甘い!
こんな生揚げ醤油は初めてです。
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鹿児島県醤油醸造協同組合をも訪ねたところ、
こだわりが細部にまで行き渡っていました。
一般的に淡口、濃口、再仕込醤油は大豆と小麦の割合が約半々であるのに対し、
鹿児島県醤油醸造協同組合では、甘みのもととなるデンプンを多く含む
小麦の割合を多くしています。組合で醤油を造る場合、
タンクで短期間で造ることが多いなか、濃口醤油はすべて天然醸造。
淡口醤油のみ、色が濃くなり過ぎないよう温度調整をしながら3か月かけて仕込みます。
何より驚いたのは蔵の中の清潔さ。
これまで見てきた蔵の中で最も清掃が行き届き、機械は無臭。
「午前中に室(むろ)から麹を出したら、夕方5時まで室を洗浄していますよ」
と組合の日高修工場長。想像を絶する手のかかりようです。
より地元の人好みの生揚げ醤油になるよう、いまもチャレンジしているとか。
鹿児島県醤油醸造協同組合の大豆を小麦を麹にする“室(むろ)”。湿度が高い状態を保つため、鼻をつく香りがつきやすいが、見事に無臭。
鹿児島県醤油醸造協同組合の濃口醤油のもろみ。組合では珍しく、全量人工的な温度管理を行わない“天然醸造”を行う。
淡口醤油を仕込む屋外タンク。心がゆったりする恵まれた自然環境のなかで育む。
「日高さんは、ほとんどの蔵元の醤油のベースとなるからと、
常に向上心を持って取り組んでくれています。
さらに、鹿児島の蔵元も、月に1度組合に集まって、日高さんを中心に、
よりよくなるよう味利きをしては意見を交換しています。
鹿児島の蔵元は、自然と“共存共栄”、“相互扶助”が基本精神になっています。
組合の醤油のおいしさは、鹿児島の蔵元みんなで
つくり上げてきたおいしさなんですよ」と坪水さん。
「小規模の蔵元がここまでいい生揚げ醤油を造ろうとしても限界があるので、
組合の存在は助かります」と児玉さんも話します。
坪水醸造でもこの鹿児島の人たちみんなで育て上げた質の高い生揚げ醤油を、
地元料理に合う甘さになるよう、坪水醸造伝承のレシピを守り、
自社で調整しています。この坪水醸造の味わいは地元で長年支持され、
いまでも大隅半島全域の飲食店や家庭、のべ1万軒以上にトラックで配達し、
手渡ししています。
鹿児島県醤油醸造協同組合の“生揚げ醤油”に、坪水醸造で甘く味付け。
坪水醸造では、いまなお一升瓶(1.8リットル)が主流。この大きなサイズをトラックで配達し、手渡しする。
「昔から地元の人の役に立つことが企業方針。
定番醤油をそのまま渡すだけでなく、飲食店の要望を聞いて
その店独自の醤油の風味に調整し、より喜ばれる味にして提供しています。
また鹿屋市の名産品である黒豚とバラというふたつの名産品をコラボさせて
〈かのや豚ばら丼〉をつくろう! という声が地元で高まり、
賛同してタレを開発しました。
いまも錦江湾でしかとれないと言われる〈姫甘海老〉を使って、
地元の人と一緒に魚醤を開発していますよ」と、話します。
鹿児島で味わったおいしさを家族に伝えたくて、
家に帰ってから料理を再現してみたけれど、不思議とまったく別の味。
その土地に行かないと味わえないおいしさがあるのだと実感しました。
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坪水醸造
マルイ醤油味噌醸造元
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