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日曜日のマチスタ

マチスタ・ラプソディー
vol.047

posted:2013.7.8  from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

閉店まであと13日——————

あれは3月のいつだったか、とにかく日曜日であることは間違いない。
陽も暮れかけた店の前の歩道に、ひとりのおばあちゃんの姿を見つけた。
左手に杖を、右手には岡山市指定の黄色のゴミ袋をもっている。
町内のゴミ捨て場がマチスタのすぐ目の前にあって、
おばあちゃんはそこにゴミを出そうとしていた。
ぼくは厨房でコーヒーを淹れていたんだけど、その姿が目について仕方ない。
というのもそのおばあちゃん、恐ろしく歩くのが遅いのだ。
そのペースといったらまさにカタツムリのごとし。
ちらちら目にしているぼくはというと、わりとせっかちときたものだから、
思わずお客さんに「すぐ戻ります」と言って店を出た。
「その袋、もちます」
いったいに老人に親切というわけじゃない。
今回は親切でもなくって、せっかちゆえの行為である。
おばあちゃんは最初驚いたような表情をしたが、すぐに笑顔に変わって、
「悪いわね」。2秒とかからなかった。
ゴミを置いて、素っ気なく店に戻ろうとするぼくに、
今度はおばあちゃんが声をかけてきた。
「悪いんだけど」
そう言って、マチスタのあるビルの脇の小径に杖の先を向けた。
「もうひとつあるの」
おばあちゃんとの出会いはあらましそんな感じだった。
以降、ぼくが日曜日の店番のときにはゴミ出しを手伝うようになった。
おばあちゃんの家はマチスタのビルのすぐ裏手にある。
夕方には家の裏口にゴミが出してあって、
それを勝手にゴミ置き場に持って行くだけ。
おばあちゃんがやったら30分はかかろうかという作業も、
ぼくなら1分もかからない。手間でもなんでもなかった。

最初の出会いからひと月ほど経った頃だと思う。
唐突におばあちゃんが店にやって来た。
おばあちゃんの姿が見えた途端、ぼくは入り口のところまで飛んで行ってドアを開けた。
「どうしたの、おばあちゃん? 
ゴミならもうちょっとしたら取りに行こうと思ってたんだけど」
「ううん、コーヒーをいただきに来たの」
下から見上げた顔がなんだか愛らしかった。
よく見ると、にわかにおめかしをしているようでもある。
「いただけるかしら?」
「はい、そりゃもちろん」
以来、おばあちゃんはマチスタの日曜日の常連となった。
当初、ゴミ出しのお礼として店に来てくれているのかと思ったけど、
どうやらそうでもないようだった。
むしろ、日曜日のマチスタでのコーヒーを楽しみにしてくれているふしがある。
注文するのはきまって、砂糖とミルクを入れたホットのブレンドと焼き菓子をひとつ。
テーブル席でゆっくりゆっくり、上品に、美味しそうにコーヒーを飲む。
お店がたてこんでいるときは、おばあちゃんの家までデリバリーすることもある。
お客さんにはその間留守番してもらうことになるのだけど。

マチスタを閉めると決めたとき、一番に思い浮かんだのがこのおばあちゃんの顔だった。
閉めようかと考え始めたときからそうだった。
そしておばあちゃんの顔が浮かぶたび、
ぼくは胸が痛くなるほどの申し訳なさでいっぱいになる。

言い訳めいたことはごちゃごちゃ書きたくない。
けれども、けじめのひとつとして報告はしておかなきゃいけないと思う。
閉店はひとえに経済的な理由からだ。
母体のアジアンビーハイブの売り上げが芳しくなく、
マチスタの赤字をこれ以上補填できなくなった。
この1年ちょっとで銀行から300万円を借りた。借金もこれ以上はできない。
この夏が限界だと判断した。
正直、GWが明けたあたりまで閉めようなんて考えたこともなかった。
今年に入って、ぼくの給料がまともに出たのは2月に一度だけ。
それだけやりくりはずっとギリギリの状態だったけど、
それでも閉店はつゆほども考えなかった。
でも、選択肢のひとつとしていったん考え始めると、
閉店以外の選択肢はないように思えてきた。
無理を押し通す力があるうちは店を続けられたのだが、
もうぼくにその力はない。そう認めざるをえなかった。
悔しいけど敗北だ。完全な敗北だ。

マチスタを利用してくれている人たちの顔が次々と浮かぶ。
浮かぶ彼らの顔はみんな笑顔だ。
この店を気に入ってくれて、足を運んでくれた人たち。
彼らすべての人たちに対して、本当に申し訳ない。ごめんなさい。

マチスタ閉店の日まで、あと2週間。
店内の告知でほとんどのお客さんには閉店をお知らせできた。
だが、あのおばあちゃんにはまだ伝えられていない。

ここ2か月ほど、常連のAさんから借りた「現場監督」というフィルムのコンパクトカメラで写真を撮っている。この写真、フィルムに焼き付いた日付を見て気づいた。ちょうど閉店を決めた時期に撮った写真だった。

植木屋時代の先輩ジローちゃんに電話で閉店を知らせると、「そうか。じゃあ最後はオレが歌うか」。むげに断ることもできず、かくして7月21日、最終営業日の夜にジローちゃんの二度目のレゲエライブが実現。

 

Shop Information

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マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 火〜金 9:00 ~ 19:00 土・日 11:00 〜 18:00(月曜定休)

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