連載
posted:2013.4.13 from:岡山県岡山市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!?
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。
writer's profile
Yutaka Akahoshi
赤星 豊
あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。
しばらく時間が経過してみると、あれは本当に起こったことだろうかと思えてくる、
そんな出来事がここ数年で何回かあった。
それぞれ記憶にあるシーンは、ぼんやりしているどころかむしろ鮮明だ。
でも、どういうわけか、映画のセットのような趣を帯びていて、現実味は薄い。
2010年の春、狐を見た。
児島から玉野市に入ってすぐのところにある渋川海岸の浜辺、
日が暮れて間もない時間帯だった。
野生の狐は海外で何度か目にしている。
膨らんだ長い尾、逃げ際の身のこなし、こちらを振り返ったときのもの言いたげな目。
間違いないのだ。子どもの頃も含めて、
児島やその近郊で狐を目撃したという話は聞いたことがない。
でも、あれはたしかに狐だった。
しかし、狐との遭遇があまりにレアだからリアリティに欠けているというわけでもない。
その狐と目が合った瞬間、
時間の軸がぐわんと歪んだような奇妙な感覚をおぼえた。
次元と次元の隙間に足をとられたというか。
ひとえにそんな不思議な感覚ゆえだと思う。
そして狐はぼくの記憶のなかで、スポットに照らされたかのように、
夜の海岸でほの白い光をまとっている。
つまるところ、ホラーだと思う。「ホラー的体験」とでもしておこうか。
児島のガソリンスタンドであったあの出来事は、
内田百閒の『サラサーテの盤』にも通じる類のホラーがあった
(内田百閒は岡山出身の小説家です)。
あれは今年の1月。夕方に行きつけのガソリンスタンドに寄った。
夕方といっても日はとっぷり暮れて、あたりは夜よりも暗いほどだった。
ぼくはいつものように、店主のおじさんに
「現金で満タン、お願いします」と言って車のキーを手渡し、
誰もいない待ち合いの事務所に入った。
ほどなくして、レシートを手におじさんが入って来て、
いつもの笑顔でまっすぐぼくのところまでやってきた。
と、そこまではこれまで何十回と経験している。
しかし問題はその先、おじさんの読み上げた金額が明らかに少ないのだ。
ぼくの車はほぼ空の状態だったから、
満タンにすれば5000円近く入るはずだった。
でも、そのとき言われた金額は4000円にも満たなかった。
「あれ、おかしいな。もう少し入りませんでした?」
ぼくが言うと、おじさんはいつもの笑顔を崩すことなく、こう言った。
「手もとが暗うて、よう見えんかったから」
手もとが暗うて、よう見えんかったから————。
百閒先生なら「総毛立つ」と表したかもしれない。
ぼくは突っ込んで聞き返すどころじゃなく、
霊界につながる裂け目に突き落とされたような感覚を味わっていた。
さて、その後の行動はというと、
ぼくは言われたままの金額を支払って待ち合いの事務所を出た。
出てすぐのところで目にした光景が記憶に鮮明だ。
青みがかった明かりがまぶしいぐらいにその場を照らして、
お客はいない、作業しているはずのスタッフの姿もない。
いつもは聞こえるラジオの音もなかったように思う。
4月に入って最初の日曜日、お昼どきのマチスタでのこと。
その日最初のお客がその男性だった。
彼はぼくとのコミュニケーションを求めているようだった。
そんな場合、ぼくはつとめて言葉を選んだりタイミングをはかったりして、
なんとか会話がうまく運ぶようにするのが常である。
でも、その人との相性うんぬんじゃなく、
たまたまなにを話してもうまく噛み合わないというときもある。
そのお客さんの場合がまったくそれだった。
ぼくはコーヒーを淹れながら、同時に彼とのやりとりに腐心しながら、
少々の焦りさえ感じていた。そのとき、その男性がガラリ話題を変えた。
「そのTシャツ、前に来たときもたしか着ていましたね。
『STAR WARS』が好きなんですか?」
ぼくが着ていたのは、胸のところに『STAR WARS』のロゴをあしらった紫のTシャツ。
いかにも、「ただロゴを配置しました」というゆるいデザインで、
3年ほど前にユニクロのセールで買った。
気に入っているのは映画そのものじゃなく、デザインの素っ気なさだった。
ちなみにぼくは『STAR WARS』シリーズは2本しか見ていないので、
掘り下げて話ができるはずもない。
でも、人間、なにも考えずに黒いものをついつい白と言ってしまうときがあるのだ。
「ええ、結構好きですね」
すると、コーヒーを淹れているぼくの目の前に立っていた彼が、にやりと笑い、
無言で着ていたパーカーのボタンに手をやった。
「…………?」
ボタンを下まで外した後、もう一度胸元に手をやって、
ゆっくりとジッパーを下げ始めた。ぺらん。パーカーの襟元がめくれて、
下に着ていたTシャツの柄の上の方が見えた。
いや、柄ではなく大文字のアルファベット………
イー(E)、ピー(P)、エス(S)、オー(O)。
E P I S O D E 1(エピソード1)
つまるところ、これもホラーなのだ。
この前の日曜日、マチスタで実際にあったホラー的体験……。
その後ぼくがどう対応したかはものすごく曖昧な記憶しかない。
Shop Information
マチスタ・コーヒー
住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 火〜金 9:00 ~ 19:00 土・日 11:00 〜 18:00(月曜定休)
Feature 特集記事&おすすめ記事