連載
posted:2013.2.9 from:岡山県岡山市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!?
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。
writer's profile
Yutaka Akahoshi
赤星 豊
あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。
「ヒロシ、背が高うなったなあ」
母から最近よくそう言われる。
これ、誰が耳にしても意味不明に違いなく、
言葉は奇怪ですらあるので簡単に解説を加えたい。要点はふたつだ。
(1)「ヒロシ」は誰ぞや?
ヒロシは3歳違いのぼくの兄だ。
ここ数年、母からこの兄の名前で呼ばれることがめっきり多くなった。
ぼく自身はそのことに関して母になんらネガティブな感情は抱いていない。
つまり、どうってことない。仕方ないのだ、ぼくも長く家にいなかったし。
でも、父は毎夕台所に立つぼくのことを慮って、
3回に1回ぐらいの割合で「ヒロシじゃねえが、ユタカじゃが」とさとすように母に言う。
するときまって母は「そうじゃ、ユタカじゃ、ユタカ。(ヒロシに)よう似とるなあ」。
兄の名前で呼ばれることはなんとも思わないけど、
吉本新喜劇のギャグのように
毎回同じ台詞が繰り返されるこの父と母のやりとりには少々げんなりしている。
ちなみについこの間、母が兄をぼくの名前で呼ぶこともあるのかと父に聞いたら、
「それはない」と矢のような答えが返ってきた。
(2)ぼくの背は高くなっているのか?
むろん高くなっていない。
むしろ半世紀に及ぶ骨への負担で数ミリ縮んでいる可能性の方が高い。
しかし、母がそう言うのにもわけがある。
この1年で父の腰が随分曲がってきたのだ。
写真で対象物のサイズを示すのによく使われるタバコのパッケージ、
あれがもしもどんどん小さくなっていったら、
その対象は大きくなったように見えるはず。
それと同じで、父と一緒にいるぼくが母には背が伸びたように見えるわけだ。
実際、父の身長は5センチほど小さくなったように思う。
以前はぼくよりも2センチ高かったのだが、いまでは明らかにぼくよりも低い。
スラリとして、お洒落にも人一倍気を遣っていた父を思うと少々不憫だ。
友人や知人からは最近、「大変ですね」とよく言われる。
言うまでもなく、マチスタとアジアンビーハイブの
二足のわらじ生活の労をねぎらっての言葉だが、
本人はさほどの苦労を感じていない。かえって毎日の生活は新鮮ですらある。
大変といえば、実家の面倒の方だ。父母ともに偏食が年々キツくなっていて、
昨日まで食べていたものを今日はもう食べないと言う。
ついこの間なんか、直接ぼくに言いづらいものだから、
タカコさんを通じて「もう作っても食べない料理」として、
筑前煮やけんちん汁などいくつかを伝えられた。
もともとふたりともあまり魚が好きでなく、
3年ほど前ついに母の「魚は一切食べません宣言」があった。
なるべく魚や野菜を多く摂れるようにと献立を考えてきたんだけど、
もう完全に破綻してしまった。
マルナカで頭が真っ白になり、
からのカゴを手にしたまま途方にくれるということも最近は増えた。
そのときの心情たるや、なんだろう、ホント泣けてくる感じ。
マチスタや広告制作の仕事で気持ちがこうも折れることはない。
でも、この実家の料理番という三足めのわらじは脱ぐに脱げない。
これがぼくという人間のいまの本筋だ。
もしも、仕事が実家の介護の手伝いを圧迫するようなことがあれば本末転倒、
なんのために岡山に帰ってきたのかわからなくなる。
マチスタの仕事明けに岡山駅の周辺でランチというのはとうにあきらめている。
あきらめてはいるんだけど、
どんなお店がどんなメニューを出しているのかはついついチェックしてしまう。
そうやって、急ぎ足ながらきょろきょろしていたからだと思う。
つい先日、きちんとした身なりに
きちんとヘルメットをかぶって自転車に乗っている外国人ふたり組に声をかけられた。
「チョットイイデスカ?」
120パーセントの宗教の勧誘、しかもあの宗派だ。
東京でも吉祥寺に住んでいた頃によく見かけていた。
声をかけられたのは実に30年ぶり。あれは受験で初めてやってきた東京だった。
渋谷の駅前で勧誘にあい、そのまま彼らのコミュニティのような場所に連れていかれて
聖書をもらったのを憶えている。
「ごめん、よくない。急いでます」
「ワタシタチハ、キリストキョウノオシエヲ……」
ぼくの言っていることは完全に無視である。
実は彼らの話を少しでも聞いてあげたいという気持ちはある。
ビラ配りを始めて以来、なおさらこの手の人たち(かなり幅広し!)を
冷たくあしらいたくないのだ。でも、さすがに電車に遅れてはマズい。
「申し訳ないけど、私は神道の関係者です。つまり同業者ね」
「オオ、スゴイネ!」
なにがスゴいのかよくわからないまま、
彼らの「ニチヨウビ、キョウカイニキテクダサイ」と言って手渡された、
小さくて安っぽいリーフレットを受け取った。
ぼくは彼らに別れを言って駅までの道を急いだ。
ギリで間に合った電車に乗ってしばらくして、
ふとパーカーのポケットに手を入れた際に、
あのふたりの宣教師からもらったリーフレットが手に触れた。
取り出すと、裏表紙に彼らの教会の地図があった。そしてその地図の上にこんなコピーが。
家族は小さな天国なのです。
前日の夕飯のメインは海老フライとメンチカツ。
ともに冷凍を買って揚げただけのものだった。
(もうちょっとマシなもん作らんといけんな)
電車の窓から早島あたり、枯れた色の田んぼが広がる光景を眺めながらそう思った。
Shop Information
マチスタ・コーヒー
住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 火〜金 9:00 ~ 19:00 土・日 11:00 〜 18:00(月曜定休)
Feature 特集記事&おすすめ記事