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二足のわらじ生活

マチスタ・ラプソディー
vol.036

posted:2013.1.25   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

credit

撮影:池田理寛

近頃のランチ事情。

午前マチスタ(岡山)→午後アジアンビーハイブ(児島)の
「二足のわらじ生活」がスタートして3週間が過ぎた。
岡山から児島への移動はもっぱら電車を利用している。
乗るのはきまって12時42分発の瀬戸大橋線、高松行きのマリンライナー。
所要時間はあらまし20分とさほどのことはない。
でも、次発はきっかり30分後なので、
「この電車を逃すとヤバい」という強迫観念めいたものがすでにある。
マチスタからJR岡山駅までは徒歩で約10分だ。
途中にはカレーのチェーン店やうどん屋、ラーメン屋、定食屋、レストランなどなど、
さすがは岡山のまちなか、飲食店は山とある。
この生活を始める前は、当然毎日岡山でランチを食べて
児島に出勤という生活を思い描いていた。
ところがふたを開けてみたら、ランチを食べるような余裕はこれっぽっちもない。
だいたい、のーちゃんが出勤してきたからすぐに「じゃあ交代ね」とはならない。
お互いに報告することや引き継ぎの連絡事項がわりとあるし、
お客さんがたてこんでいるとのーちゃんのサポートに回って洗い物をしていたりする。
ぼく自身がお客さんと話しこむことも何度となくあった。
そんなわけで、ほぼ毎日だ。「あ、こんな時間だ!」と声に出し、
エプロンをさっとしまって小走りに店を出るという無粋な光景が連日繰り返されている。

さて、この際どうでもいい話になった感もあるが、問題は依然ぼくのランチだ。
この3週間でもっとも多かったのが、
児島の駅前にあるローソンでサンドイッチを買うパターン。
事務所に持ち帰ってパソコンに向かい、野菜生活を飲みながら食す。
こうして文字にしてみるといかにもわびしいが、これまだいいほうの部類。
最悪に悲しいのはあれだ。
これまで2回あった、あまりの空腹感についつい岡山駅のホームのキヨスクで
ジャムパンやクリームパンを買ってしまうということが。
このパターンでは、必ず出発するかしないかの車内で封を開けずにおれず、
隠れるようにしてパンを齧っている。
我ながら品がない、情けない、おまけに美味しくない。
2度目にやったときは、「もうやめよう」と心に誓った。
いまのところその誓いは破られていない。
ついふらふらとキヨスクに行ってしまうことはあったが、踏みとどまって、
読みたくもない新聞を買うという行動でごまかしている。
まあいずれにしても、まともな昼飯には当分ありつけそうにない。

マチスタの仕事には、慣れたような、慣れないような。
そんなことを言っているうちは、きっとまだ慣れてないんだろう。
実際、コーヒー以外の注文、カフェオレとかココアとか、
最たるものはマチスタスペシャル(バナナモカシェーク)なんだけど、
そんなのがいくつか重なって注文が入ったときはヤバい。
「マチ……スペヒャ」
あの子だ、来ると必ずマチスタスペシャルを注文する常連の男の子
(便宜上、仮にモンちゃんと呼ぶ)。
お母さんもコーヒーやらカフェオレやらを注文するので、
この親子が店に入って来た瞬間、ぼくのカラダは自然と戦闘モードに突入する。
その日はこの母子に加えて、お母さんのお母さん、
つまりモンちゃんのおばあさんらしきご婦人も一緒だった。
オーダーは、モンちゃんがマチスタスペシャルとホットドッグ、
おばあちゃんがココア、お母さんがストロングのコーヒー。
この注文、山に例えたら確実に6000メートル級である。
マチスタの厨房は一気に『ディナーラッシュ』の活気を帯びた。
と、その日のモンちゃん、ご機嫌がよろしくない。
いつも座る窓側のカウンター席でなく、
テーブル席に座ろうとしたのがさらに気に入らなかったご様子で、
泣き声はやむことなく、お母さんがなだめてもエスカレートするばかり。
ぼくは一切声をかけることなく、というかかける余裕がないのだが、
傍目にその様子を見ていた。
するとモンちゃん、突然お母さんの腕をかいくぐるようにして店の外へと飛び出した。
それを追いかけるお母さん。店のなかから見守るおばあちゃん。
「ここでいいですかね?」
ぼくはなにも見なかったかのように、
最初につくったマチスタスペシャルをおばあちゃんのいるテーブルの上に置いた。
続いてでき上がったホットドッグも心配そうに外を眺めているおばあちゃんの前に。
「もうすぐココアができますから」
モンちゃんとお母さんは外に出たまま依然戻ってきていなかったが、
こっちはそんなことにかまっていられないのだ。
最後のコーヒーができ上がった頃、
ようやくモンちゃんがお母さんに抱きかかえられるようにして戻ってきた。
モンちゃんは釣り上げられたばかりの鰹のように
カラダを躍らせるようにして泣きじゃくっていた。
「はい、コーヒーです。お待たせしました」
お母さんはぼくにもコーヒーにも目もくれず、
憔悴した様子で椅子の上に置いてあったバッグを肩にかけた。
どうやら帰るつもりらしい。
ぼくはテーブルの上に並んだ飲み物とホットドッグを
すべてテイクアウト用の容器に移しかえ、一式をビニール袋に入れて手渡した。
「いつもありがとうございます、またよろしくお願いします!」
こうしてモンちゃん一家は嵐のように去って行った。
「いやあ、ごめんね。お待たせしちゃって」
店内にはこの一部始終を客として眺めていたぼくの友人がいた。
彼が注文したカフェオレは、まだなんにも手をつけていなかった。
さて、カフェオレ、カフェオレね—————と作業台を見渡して、
ふと視界のすみにある黒っぽい異質なものに気づいた。
青いストローなんかさしてある。
(ん? これ……)
またやった。モンちゃんのマチスタスペシャルを袋に入れ忘れた。
ぼくは前もそうだったようにまたしても店に友人をほったらかして
脱兎のごとく店を飛び出したのだった。

なんだろう、この抜け加減は。
このままでは近所の人から、
「マチスタの人? ああ、いつもエプロンしたまま走ってる人ね」と言われそうだ。

トップの写真をさしかえました。撮影は岡山在住の写真家の池田理寛クン。「店の写真を撮ってくれないかな?」とお願いしたら、デジタルではなく、ペンタックスの中判カメラをもって撮影に来てくれた。やっぱりフィルムは違う、味がいい!

Shop Information

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マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 火〜金 9:00 ~ 19:00 土・日 11:00 〜 18:00(月曜定休)

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