colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

出張マチスタ

マチスタ・ラプソディー
vol.013

posted:2012.4.25   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

500円玉貯金がもたらした財産。

「500円玉貯金の話、あれってネタですか?」
最近、まわりから何度かそう聞かれたので、この場ではっきり伝えておきたい。
500円玉貯金の話は事実である————。
こうやって文字にしてみると、内容のどうでもよさが際立って
気恥ずかしさがないでもないが、
この際、このどうでもいい類の話をさらに突っ込んで話してみようと思う。

あれは十数年前のこと。マガジンハウスに『鳩よ!』という文芸誌があった。
編集長は大島さんという、小柄な板前さんみたいな人だった。
「男はね、いざってとき、お金をもってなきゃいけないね」
東京の地の人らしい、歯切れの良い言葉でこう言った。
話を聞いていたのは、映画ライターの黒住光と
ライターの小桧山想だったか(それとぼくですね)。
当時『鳩よ!』編集部の一角にフリーランスのための「ライター室」なる部屋があって、
ぼくたちはそこによくたむろしていた。
「お金って、どれくらいですか?」
「500万円くらいかな」
「ええっ! 500万円……」
ぼくと黒住に関しては、500万円はおろか5万円の貯金もなかった。
ちなみに話を聞いていたぼくたちはほぼ同い年で、すでに30歳代にあった。
付け加えるようにして大島さんが言った。
「まあ、20万円だってあれば全然違うよ」
その数年後、この大島さんの言葉の重みを、身をもって体験する出来事があった。
その年の秋、急にお尻が痛くなった。
友人から紹介された病院に行くと痔と診断され、
何回か診察を受けた後、手術を受けた。
忘れようとしても忘れられない。
退院したまさにその日、めまいがするくらい痛いお尻を抱えるようにして、
中目黒のアコムに行って手術代の20万円を借りた。
(「あれば違う」と言っていた20万円……このことだったか)
タクシーで病院に戻る途中、ぼくは大島さんの言葉をかみしめていた。

それからである、ぼくが500円玉貯金を始めたのは。
屈辱的な思いをしたわりには「いざというときのための貯金」という大義はすっかり忘れて、
20万円ぐらい貯まるとたいがい何か買っている。
ぼくの中判カメラ、プラウベル社製「MAKINA67」も500円玉貯金で買ったものだ。
このカメラで撮った写真で、2010年に写真展を3回やった(それぞれ違う内容で)。
そのうちの1回が、
玉野市の宇野港近くにある巨大な倉庫を改装した工房&ギャラリー「駅東創庫」だった。

そして話は現在、この週末。
「駅東創庫」の5周年の記念イベント「駅東日和」に呼ばれて出張カフェを開いた。
初出張マチスタだ。
「まあ、そんなに忙しくはないと思います」
駅東創庫に工房を構えるアーティスト・山田茂さんのその言葉を鵜呑みにして、
土日の2日間用に60杯分のマチスタブレンドを準備していた。
ところがふたを開けてみると、10時の開店以降、来客がまったく途切れない。
2時あたりには2日分で用意していた1キロのコーヒー豆がなくなり、
急遽、カフェリコの稲本さんに連絡して豆を持って来てもらったほど。
ぼくはといえば、ただひたすら豆を曳いてドリップでコーヒーを淹れる、
マシーンのごとくその繰り返し。
スタッフとして連れて行ったアジアンビーハイブのサトちゃんも、
山田さんがつけてくれたアルバイトのマドちゃんもフル稼働の働き詰めである。
結局、その日は5時の閉店までに3万円を売り上げた。
これ、岡山のマチスタの売り上げを大きく上回っている。
嬉しい誤算には違いないが、ぼくのカラダはぼろぼろ。
その夜は背中全体に湿布を貼って布団に入った。
二日目も客足は初日と変わらなかった。
でも、すでにいくぶんの慣れがあって、
初日よりも余裕をもってコーヒーを淹れることができた。
余裕ができると、コーヒーを淹れる一連の作業が楽しく思えてきた。
豆を曳くときのあの匂いはもちろん、お湯をたらしたときの粉の最初の盛り上がり、
さらにそれがカップケーキのように膨らんでいくのを見るのはなんともいえず楽しい。
そしてお客さんの反応だ。「おいしかったです」なんて言われると、
嬉しさでカラダがふわっと5センチぐらい浮いたような感じになる。
今回の出張カフェではすごく貴重な経験をさせてもらった気がした。
毎日コーヒーを淹れ続けているコイケさんやのーちゃんのことが
少しだけ理解できたんじゃないかと思う。
この機会を与えてくれた山田さん、駅東創庫の作家さんたちに感謝だ。
元をたどれば、[駅東創庫]→[写真展]→[カメラ]→ [500円玉貯金]なわけで、
500円玉が文字通り、大きな財産をもたらしてくれたというわけ。
いや、ほんとにバカにならないのです、500円玉貯金。

2年前に写真展をやったギャラリーがそのままカフェに。ちなみに駅東創庫のメンバー以外でこのギャラリーを使った初の作家がこのぼくということになっています。

出張マチスタのスタッフ、左がサトちゃん、右が真殿優子さんで通称マドちゃん。サトちゃんには初日に焼き肉をおごったから、次回はマドちゃんですね。

東京から移住してきた鞄の作家さんが加わるなど、2年前よりもさらにパワーアップしていた駅東創庫。直島行きのフェリーが出る宇野港のすぐ近くにあります。

場所は児島のアジアンビーハイブの事務所前。サブを目当てにメスの野犬が来ているのは前回報告した通り。今度はそのメス犬を目当てにオスの野犬が出現。事務所の前がこんなありえない光景に。ここは日本ですか?

information


map

駅東創庫

住所 岡山県玉野市築港5-4-1
TEL 0863-32-0081
営業時間 イベントごとに異なるため、ホームページを参照
定休日 火曜日
http://www.unokotochi.jp/ekihigashi/access.shtml

information

map

マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 月〜金 8:30 ~ 20:00 土・日 11:00 〜 18:00

Feature  特集記事&おすすめ記事

Tags  この記事のタグ