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とある夫婦とコーヒーとフロランタン

マチスタ・ラプソディー
vol.012

posted:2012.4.18   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

マチスタが地元紙に紹介されました。

小学校に上がるか上がらないかの頃のこと。
当時のぼくの遊び場のひとつが病院だった。
母親がその病院に勤めていて、すぐ近所に住んでいたのだ。
病室だろうが診察室だろうがまったくおかまいなし。
いつもジョンという名の真っ白な雑種犬を従えて病院のなかを走り回っていた。
ちなみにジョンは100パーセント放し飼い状態、
いろんなことにおおらかな時代だった。
ちょうどいまぐらいの季節だった。
小学校に上がるか上がらないかの頃のぼくは、
ジョンと一緒に裏山に入り、
見事なピンクの花を咲かせた山つつじの枝を両手いっぱいに抱えて山から戻って来た。
向かうのはいつもの病院の入院棟。
そこには長期間入院しているお年寄りがたくさんいた。
ぼくはいつものようにジョンを従え、山つつじを抱えたまま病室をひとつひとつ回った。
いまの時代なら、セラピードッグを連れた幼い子どもの慰問の光景とでも映るだろうか。
ところが、そんなヤワな話じゃないのだ。
「つつじいらん? 一本50円な」
入院しているお年寄りにつつじを売りつけていたのだった。
ぼくの母親は婦長だったので、
患者さんからしたら「婦長さんところのボクちゃん」なわけで、
むげに断ることもできないという事情があった。
おかげでつつじはまたたく間に完売。
その年の春、この山つつじの訪問販売をもう一回やった。
患者さんにとってはさぞや悪魔的な光景だっただろう。
なんせ、無垢そうな6歳の子どもが真っ白な犬を引き連れ、
どぎついピンクの花の「押し売り」にやって来るのだから。
それにしても子どもの頃とはいえ、
なんであんなことができたのか長く謎だった。
でも、最近はこう思うようになっている。
あれはあれで、ぼくなりの慰問だったのだと。
当時、長期入院している患者さんの一部に、ぼくはアイドル的な扱いを受けていた。
顔を見せるだけで喜んでくれる老人たちがいたのだ。
そんな彼らに、病室まで行って顔を見せる口実としてつつじを売ったのではないかと。
ものすごく都合のよい解釈のように聞こえるかもしれないけど、
基本、ぼくは動物と老人には優しいほうだと思う。
それは子どもの頃から変わらない。

岡山で発行されている地方紙『山陽新聞』がマチスタを紹介してくれた。
記事の効果は大きく、記事を見てやって来てくれた人は多かった。
そのなかに、80歳代半ばの夫婦がいた。
彼らは奉還町という駅の反対側にあるエリアから
わざわざタクシーでやって来てくれたのだった。
「“おいしいコーヒーが飲める”と(記事に)あったから」
店に入るなりおばあちゃんがそう言った。
ぼくはすでにおばあちゃんの腕をとっていた。老人に優しい本領発揮である。
隣のおじいちゃんはハットをきちんとかぶり、
春物の薄手のジャケットを着ていた。ふたりとも完全によそ行きの装いだ。
ふたりはマチスタでコーヒーを飲むためにめかしこんで、
わざわざタクシーで来てくれたのだ。
ぼくはえらく感動してしまって、本気で泣きそうになっていた。
「わたしたち、ふたりともコーヒーが大好きなんです。
1日に10杯も20杯も飲むんですよ」
オーダーが終わると、ぼくの方に顔を向けておばあちゃんが言った。
「それは飲み過ぎですって。ハハハハ」
涙が出そうなのを無意味な笑いでごまかし、彼らをテーブル席に案内した。
正直、お年寄りの客層をまったく意識していなかったので、
店の空間は彼らに優しいとは言えない。
でも、マチスタがコーヒー好きのお年寄りのたまの楽しみの場になれるのなら、
こんなに素敵なことはない。
そんなことを考えてたらまた感動してきて、
ぼくは思わず焼き菓子コーナーからフロランタンをひとつとって
彼らのテーブルの上に置いた。
「どうぞ、これ、食べてください」
これもちろん、ぼくの感謝の気持ち、お店からのサービスである。
しかし、それを見ていたコイケさんが間髪を入れず言った。
「もっと柔らかいヤツがええんじゃねん?」
……しまった、フロランタンは結構硬めの焼き菓子なのだった。
コイケさんのひと言を契機に、店にいたお客からも
「それは硬すぎる」「無茶だ」と非難の声を矢継ぎ早に浴びせられた。
思慮が足りなかったのは認めるが、なんだ、この展開は? 
さっきまでの感動が一瞬に吹っ飛んでいた。
「ど、どうも失礼しました」
ぼくはテーブルの上にそのままになっていたフロランタンを引き上げ、
代わりにフィナンシェを置いた。
「どうもありがとうね」
ふたりは30分ほど会話を楽しみながらコーヒーをゆっくり飲んだ。
帰りには焼き菓子をたくさん買ってくれた。
ぼくが非難されたフロランタンまで。
そして来たときと同じように、タクシーに乗って帰って行った。
通りに出てふたりを見送りながら、
またあの感動がうねりのようによみがえってくるのを感じた。
コーヒー1杯300円、そんな小さなビジネスにこんな感動があるのだ。
いま進んでいる道は間違っていない、そう強く思えた。

いい話の直後になんなのですが、お知らせです。
4月21日(土)と22日(日)の2日間、
玉野市の宇野港近くにある工房&ギャラリー「駅東創庫」のイベントに、
マチスタ・コーヒーが初めて出張•出店します。
時間は午前10時から午後5時まで。
メニューはマチスタブレンドと焼き菓子のみです。
なお、当日はぼくがコーヒーを淹れることになるのではないかと
(コイケさんとのーちゃんには岡山で売り上げを伸ばしてもらわなきゃいけないので)。
春の週末、アートとともにコーヒーはいかが?

最近、新たな雌の野犬が出現、サブが目当てなのかこうやって事務所の前によくいる。近所にはまたぼくが餌付けしていると思われているに違いない……なんでこうなる?

「テイクアウトができることを示すサインがあったほうがいい」というお客さんの意見を採用し作成しました。デザインは最近めきめき腕をあげているヒトミちゃん。成長したなあ。

いろいろお祝いにもらいました。藍染めの集金袋みたいなのは染めの作家•浅山クンによるもの。極小のトートバッグは三原のアーティスト、ヒロシとロラの作品。このほかにもたくさん! みんな、ありがとう!

ぼくが住んでいる都窪郡早島町で毎年春に開催されるチューリップ祭り。あまりに平和で素敵な光景なので、全然関係ないけど掲載しちゃいます。映画の『マジェスティ』みたいなところです。

Shop Information

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マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 月〜金 8:30 ~ 20:00 土・日 11:00 〜 18:00

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