連載
posted:2016.10.12 from:岡山県浅口市鴨方町 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
コロカル連載、『マチスタ・ラプソディ』『児島元浜町昼下がり』の著者・赤星 豊さんの新連載。
岡山県浅口市鴨方町に引っ越した赤星さん。“町内会の回覧板”をテーマに地方都市での日々の暮らしを綴ります。
更新は「回覧板が届いたとき」。気長にお待ちください。
editor’s profile
Yutaka Akahoshi
赤星 豊
あかほし・ゆたか●東京でライター・編集者として活動した後、フリーマガジン『Krash japan』を創刊。 広告制作会社アジアンビーハイブの代表を務める傍ら、岡山市内でコーヒースタンド〈マチスタコーヒー〉を立ち上げる。 マスターとして奮闘するも、あえなく2013年に閉店。2015年、岡山県浅口市に移住。
前の晩に申し合わせでもしていたかのように、
村のあちこちで彼岸花がいっせいに咲いた。その時期、まさにお彼岸。
それから1週間後、今度はキンモクセイがいっせいに黄色い花を咲かせる。
こうした自然界のルーティンを目の当たりにするのが田舎の生活だ。
でも、この秋はふたまわりめ、昨年と感じ方がちょっと違っていたりする。
驚きや感動の度合いは低いものの、
この手の自然の営みをしみじみ味わう余裕があるというか。
ここ鴨方町六条院での暮らしも、二度目の夏を経てずいぶん肌に馴染んできた。
子どもたちはというと、もうすっかり村の子だ。
チコリもツツもこの夏でまたひとまわり逞しくなった。
梅雨に入る少し前あたりだった。
唐突にチコリの、「今日からひとりで寝ます」の宣言があった。
これまでは八畳の和室にシングルの布団を二組敷き並べ、
広縁に近い障子の側から、ぼく、チコリ、ツツ、タカコさんの順で寝ていた。
早島のアパートのときもそう。
ツツが生まれた2013年の秋以来、このオーダーが崩れたことはない。
つまり30か月もの長きにわたって、ぼくはチコリとひとつの布団で寝ていたのだった。
「なになに、おとうさんと一緒に寝たくない、と?」
「そうじゃないの」
「じゃあなんでだよ、普通そういうのってもっと先じゃないの?」
ちなみにチコリは宣言当時、5歳と5か月。
「いいじゃん、ひとりで寝たいの!」
「あ、そう。なんか寂しいな。おとうさんチームは解散か?」
「冬になったらまた一緒に寝てあげるから」
「………」
そしてその夜から、チコリは八畳間のすみっこ、
襖と襖の角地にひとりだけの安息の地を見つけ、
保育園で以前使っていた子ども用の小さな布団をそこに敷いて寝るようになったのだった。
父親のぼくが言うのもどうかと思うが、チコリは結構なおとうさんっ子だ。
ぼくが出張で家を空けるときは、夜寝るときに無言でしくしく涙をこぼすらしい。
タカコさんが「こっちで一緒に寝よう」と言っても布団から移ることはせず、
ぼくのパジャマを抱きしめたままひとり眠りにつくという。
いまから思うと、ほぼ同じ時期だった。これまたチコリから唐突に、
「お迎えをもっと遅くして」と言われた。
これまで早い時間に迎えに行く「早迎え」がリクエストの常だった。
ぼくも小学校に上がるまで保育園に預けられた口で、
早く迎えにきてほしい気持ちはよくわかる。
しかし、遅いお迎えとは……理由はさっぱりわからない。
チコリにたずねてもはっきり言おうとしない。
釈然としない気持ちを抱えたまま夏本番を迎え、そしてとある日の夕方。
その日は遅迎えのリクエストを無視して、閉園1時間前の午後5時に迎えに行った。
それまでもぼくの都合で何度か5時前後に迎えに行ったことはあったが、
その日は車のなかで「今日のお迎え、早かった!」と
軽からずのクレームがあった。
遅迎えの要望の度合いがそこまで強いとは思っていなかった。
ぼくは再度理由を聞きただした、なぜにそんなに遅いお迎えがよいのかと。
手を替え品を替えで、何度か聞き方を変え、
重たい口をようやく開かせることができた。
「……一緒に遊びたいの」
「うん? 誰と? あゆみちゃん? あやかちゃん?」
「ううん……Iくん」
そのとき父親は車を運転しながら冷静に状況把握に努めていた。
(誰だ、Iくんというのは? まったく顔が浮かんでこない、
それにしてもチコリのこの恥じらいようはなんだ?
まるで恋をしている乙女のような……我が娘が、恋をしている?)
午後5時とはいえまだ陽は高い。窓の外は瀬戸内の真っ青な海。
運転席の隣で、壊れたおもちゃのようにツツが『海』をエンドレスで歌っている……。
チコリの告白から2週間ほどして、保育園の夏祭りがあった。
チコリもツツも前から楽しみにしていたイベントであるが、
ぼくの関心ごとはただひとつ、「Iくんはどいつだ?」
わりと早い時間帯で判明した。
チコリが担当している屋台を一緒になってふたりで店番していたのがIくんだった。
体格のいい子だった。男前とはいえないが、男の子らしい顔をしていた。
しっかりとした顔の骨格、小さな目、でも乱暴な感じはない。
ふたりのやりとりを眺めていると、チコリへの物言いが紳士的でさえある。
チコリは表情に出していないが、父親のぼくには手にとるようにわかる。
一緒にいるのがうれしいのだ。そうか、チコリの恋の相手はこの子だったか。
その夜、子どもたちは昼のお祭りで疲れていたのだろう、布団に入ると速攻で寝た。
ぼくとタカコさんは、普段は子どもたちよりも先に寝てしまうことも少なくなく、
寝る間際の会話というのがほとんどないのだが、
その夜は眠っている子どもたちを間に挟んで久々に話した。
話題はもちろんIくんだ。
「なんか、いい子みたいだな」
「うん、すごく優しいよ、チコリにも」
「チコリはあれかな、男っぽい子がタイプなんかな?」
「そうね、そうかもね」
「オレは案外冷静に見れたよ」
「なんのこと?」
「いや、Iくんのこと。ほら、娘の父親だからさ、オレは」
「そんなのあたりまえじゃん」
タカコさんはぼくの父親心情なんかどうでもよろしいようで。
素っ気なくそう言うと、くるりと背を向け眠ってしまった。
9月に入って、チコリはひとり寝をやめ、またぼくと一緒に寝るようになった。
遅いお迎えはいまだ継続中。でも、Iくんの名前はほとんど耳にしなくなった。
チコリとIくんとの間にとくになにがあったというわけではなく、
たんに女の子の友達と遊ぶのが楽しくなったようだ。
いまは女の子の友達との間で手紙のやりとりに夢中だ。
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