連載
posted:2016.2.21 from:岡山県浅口市鴨方町 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
コロカル連載、『マチスタ・ラプソディ』『児島元浜町昼下がり』の著者・赤星 豊さんの新連載。
岡山県浅口市鴨方町に引っ越した赤星さん。“町内会の回覧板”をテーマに地方都市での日々の暮らしを綴ります。
更新は「回覧板が届いたとき」。気長にお待ちください。
writer profile
Yutaka Akahoshi
赤星 豊
あかほし・ゆたか●東京でライター・編集者として活動した後、フリーマガジン『Krash japan』を創刊。 広告制作会社アジアンビーハイブの代表を務める傍ら、岡山市内でコーヒースタンド〈マチスタコーヒー〉を立ち上げる。 マスターとして奮闘するも、あえなく2013年に閉店。2015年、岡山県浅口市に移住。
2月最初の回覧板は、下旬に行われる遺跡の現地説明会の案内だった。
出所は「岡山県古代吉備文化財センター」。
去年の秋からだったか、県道沿いの、バイパスの架橋工事予定地の近くで、
ヘルメットをかぶった大人数が
赤っぽい地面の土にへばりつくようにして作業する姿を目にするようになった。
素人のぼくにもすぐに遺跡の発掘とわかる光景だった。
今回の回覧板で、その遺跡が「和田谷遺跡」と呼ばれていること、
約1300年前の奈良時代から鎌倉時代の掘立柱建物や
緑釉陶器が発見されていることが初めてわかった。
とくに歴史好きというわけじゃないけど、
うちから近いところにそんなものがあるというのは悪い気はしない。
その説明会にはたぶん行かないと思う。
でも、ひとりで散歩がてら近所にある遺跡を訪れて、
しばし土地の歴史に想いを巡らせるような、
そんな気持ちに余裕のある生活がしてみたいなと、
今回の回覧板を眺めながらそう思った。
「気持ちに余裕のある生活がしてみたいな」と思うのは、言うまでもない、
いまの生活に気持ちの余裕がないからだ。
子どもがいる人には少しはわかってもらえると思うが、
5歳と2歳の娘がいると気持ちの余裕は根こそぎ奪われがちだ。
朝も夜も慌ただしいことこのうえない。
25メートルプールを、息継ぎなしのクロールで
折り返し折り返しずっと泳いでいるようなこの感覚、この生活……。
益子在住の陶芸作家の個展を見る機会があった。
打ち合わせがあったカフェの隣だったのでたまたまだったわけだが、
すごく印象に残っている。
というのも、そこに彼の生活を紹介した雑誌の記事が展示してあり、
その暮らしぶりがなんとも素敵だったのだ。
奥さんとふたりの静かな田舎の生活。
質素で、静かで、穏やかで。そしてなによりぼくの心をぐっとつかんだのが、
彼らと一緒に暮らす犬だった。
優しそうな性格が表情に現れている白いシェパードと柴犬が、
彼らの生活に自然に溶け込んでいるように見えた。
メスの柴犬、ハティが我が家にやってきたのは2月1日だった。
児島の事務所からの帰り道、山道のちょうど峠を越えたところでハティがいた。
おばちゃんが一緒だった。でも、散歩するようなところではない。
迷ったか捨てられたかで長く山にいたのだろう。
骨が浮き出るくらいにガリガリで、首輪がなかった。
おばちゃんは見過ごせなかったに違いない。
自転車を降りて犬に寄り添ってはいるが、
これからどうしていいのかわからなくて困っている様子が
手にとるようにわかった。ぼくとタカコさんは声もかけず素通りして、
次女のツツが通う保育園に直行しピックアップした。
ツツの後はチコリの保育園だ。
でも、なんとなくさっき見た光景がぼくもタカコさんも気になっていて、
ぼくから「戻る?」と聞くと、「うん、戻ろう」と。
はたして彼らはまだそこにいた。
おばちゃんは中南米かどこかの外国の人だった。ぼくたちが犬を車に乗せると、
おばちゃんは「ヨカッタ、ヨカッタ」と言って泣いていた。
ハティという名前は、直後にピックアップしたチコリが車中でつけた。
友だちがもっている人形の名前からとったらしい。
そして我が家に戻り、サブとハティを同時に眺めているときにふと思い出したのが、
あの益子の陶芸作家、2匹の犬と一緒のあの穏やかな暮らしぶりだった。
ハティは少しずつ体重を増やしながら、
六条院の我が家の暮らしに慣れていっている。
普通の柴犬よりもさらに小柄なのだが、獣医さんによると5、6歳の成犬らしい。
サブの百倍しつけができている犬だった。
ちゃんとおすわりもするし、お手もする。
散歩しても、サブのような悪鬼の振る舞いは一切なく、
リードにテンションがかかることがない。
上品かつ軽やかに歩を刻むその姿はプリンセスのようである。
だが、この愛らしいハティちゃんにはひとつ大きな問題があることがわかってきた。
噛むのだ。おもにぼくを。なにがきっかけかわからない。
突然スイッチが入って、悪魔の本性をぼくに向ける。
男嫌いなのか、サブに対してもキツい。
そして、つい数日前のこと。
そのときも、なにかの拍子でサブに牙を向けて吠え立てた。
サブは困った顔で、クーンと泣くばかり。
「まあ、まあ、ハティちゃん、そう怒るなよ」
と、間に入ってカラダを撫でようとしたそのとき、ぼくの左腕をガブリ。
牙がぐいっと肉に食い込んだ。3度目だ。
前の2度は笑って許したが、3度目はない。
ぼくは右の拳で子鹿のようなハティの顔面にパンチを入れた。
立ち上がったぼくの脚を間髪入れず咬もうと飛びかかってきたところに、
サブにも入れたことのない強烈キックを。
それでも牙をむき出し飛びかかってきたハティに2度目のカウンターキック。
そして初めてひるんだところ、
二三歩助走をつけて飛び蹴りぎみの3度目のキックをお見舞いした。
しばし無言のにらみ合い……ハティは低い姿勢でぼくをねめ上げながら
アゴをがくがくさせ、ぼくは肩で息をしながらハティを見下ろし、
3度目のキックは絶対に余計だったなと、
そして益子的な穏やかな暮らしが始まる前に終わってしまったと感じていた。
あれからハティとぼくはスキンシップで関係の修復に努めているところだ。
あの日の経験はお互い忘れようもなく、
どちらかが突発的な動きをちょっとでも見せると素早く身を引き離す
いびつなスキンシップではあるんだけど。
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