連載
posted:2012.4.11 from:滋賀県犬上郡豊郷町 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
有名でなくても、心に残る、大切にしたい建物がある。
地域にずっと残していきたい名建築を記録していくローカル建築探訪。
editor's profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:田中雅也
10年ほど前の校舎解体騒動、
最近ではアニメ『けいおん!』の舞台のモデルとして
ファンが聖地巡礼に訪れるなど、
話題を振りまくことの多い豊郷小学校旧校舎だが、
実際にその場所に行ってみると、
思った以上に雄大に、しかし静かに佇んでいる、という印象だ。
1937年に建築され、当時、東洋一の教育の殿堂と呼ばれた豊郷小学校。
本校の出身で丸紅の専務であった古川鉄治郎が自らの資産の3分の2を投じ、
アメリカ人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計、
完成後は、豊郷町へと寄附された。
古川鉄治郎は、海外への視察に行く機会があり、
そこで海外の科学技術の進歩に驚き、教育への重要性を感じたという。
また海外には財団などが学校をつくるために寄附するなど、
社会福祉のために広く還元していく考え方があり、感銘を受けたようだ。
こうして建築された豊郷小学校は、当時、農村のど真ん中に建てられ、
当初よりまちのランドマークとして機能していた。
「手紙などで残っていますが、設備などいくらかかっても構わないから、
とにかく一流のものをつくろうとしていたようです。
すでにヴォーリズは大阪や神戸で大学をつくるなど、名の知れた建築家でした。
彼は、すごく手間のかかる住宅の設計を1000軒以上手がけています。
生活する人のことを考えてデザインするというポリシーがあったようで、
この校舎にも随所に表れています」と語る豊郷町産業振興課の清水純一郎さん。
外から見ると左右シンメトリーで白亜の校舎。
当時としては珍しい鉄筋コンクリートでできている。
校舎内に入ってみると、一転、木のぬくもりを感じさせる。
米ぬかで磨かれていたという廊下はツルツルで、走ったら危なそう。
直線100mに及ぶこんなに真っすぐな廊下を、小学生が走らないわけがない。
床の木材は海外から輸入されたものだそうだが、
大切に使われていたことを感じさせる艶と輝きを放っている。
「最低限必要な耐震補強はしながらも、
限りなくオリジナルに近い姿に戻すべく、改修しました。
なるべくあったものをそのまま使っています。
各教室の鍵も同じままなので、管理が大変です(笑)」(同・清水さん)
他にも、特別教室が充実していた。
青年学校という専門学校のような施設が併設されており、
大人向けの測量器具や、教材用の変圧器、
講堂にはスタンウェイのピアノなど、備品だけでもかなり高額になる。
先生のための宿舎も建てたり、維持管理の基金を設立してくれたり。
古川鉄治郎は、校舎というハードだけでなく、ソフトの向上にも尽力し、
トータルで教育に力を入れていたようだ。
現在は、町立図書館や子育て支援センターなどが1階に入っている。
そして講堂は、裏にある現豊郷小学校の修了式や卒業式などで
今でも使われている。
取材時も、まだ卒業式の花飾りが取り付けられたままだった。
2002年まで65年間、実際に使われていて、
今もこうして町民の役に立っている。
ただ歴史的に貴重だからとアンタッチャブルなものとして奉るのではなく、
使いながら保存されていることは、建築自体としても本望だろう。
そうすれば、もっともっと長く、後世に残していけるはずだ。
information
住所 滋賀県犬上郡豊郷町石畑518
TEL 0749-35-8111(豊郷町役場総務企画課)
開館時間 平日8:30 〜 17:15 土・日・祝9:00 〜 17:30
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