連載
posted:2015.4.21 from:東京都港区 genre:ものづくり
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
歴史と伝統のあるものづくり企業こそ、革新=イノベーションが必要な時代。
日本各地で行われている「ものづくり」もそうした変革期を迎えています。
そこで、今シーズンのテーマは、さまざまなイノベーションと出合い、コラボを追求する「つくる」Journal!
editor profile
Tetra Tanizaki
谷崎テトラ
たにざき・てとら●アースラジオ構成作家。音楽プロデューサー。ワールドシフトネットワークジャパン代表理事。環境・平和・社会貢献・フェアトレードなどをテーマにしたTV、ラジオ番組、出版を企画・構成するかたわら、新しい価値観(パラダイムシフト)や、持続可能な社会の転換(ワールドシフト)の 発信者&コーディネーターとして活動中。リオ+20など国際会議のNGO参加・運営・社会提言に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見を持つ。
http://www.kanatamusic.com/tetra/
photographer
Suzu(Fresco)
スズ●フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。
http://fresco-style.com/blog/
日本の「ものづくり」は変革期を迎えている。
お金では測れない価値をいかに創造するか、価値軸のイノベーションが必要とされている。
そんななか商品をお金では売らないオンラインセレクトショップ「WITHOUT MONEY SALE」が話題になっている。
そこで売られる商品はお金では買うことはできない。
購入者がお金のかわりに支払うのは「愛」や「知恵」「時間」。
商品に対する愛を伝えたり、知恵や時間を提供することで商品が購入できるしくみだ。
「WITHOUT MONEY SALE」第一弾。お金で買えない梅干し。徳重紅梅園「鶯宿梅の幻の梅干し」。写真提供:並河 進
企画したのは電通のコピーライター並河 進さん。
社会貢献と企業をつなぐソーシャル・プロジェクトを数多く手掛ける
「電通ソーシャル・デザイン・エンジン」の部長である。
しかし「WITHOUT MONEY SALE」は、電通の仕事ではなく、
並河さんの個人プロジェクトとして始まったという。
並河さんに「WITHOUT MONEY SALE」について、お話を伺った。
「この3年ぐらい、ずっと考えていることがあって
それは、2011年3月11日の震災の後、
人と人の間で交わされていたものは何か、ということなんです。
お店がやっていない、モノを買うことができない、
ひとまずお金が意味を失った状態で、人と人、知恵、身の回りのもの、
工夫、勇気、時間、情報、優しい言葉、
そういうものを出し合って、交換し合っていました」
人は、たくさんの、目に見えないものを交換し合って、生きている。
並河さんは普段気づかないそのことを意識するようになった、という。
「そのしくみを可視化・具現化することにとても関心があって、
“社会の新しいしくみ研究室”を立ち上げたんです」
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『社会の新しいしくみ研究室』の名刺には2本の矢印が描かれている。
ひとは目に見えないものを交換し合って、生きている。
「WITHOUT MONEY SALE」はその実践のひとつなのだという。
自分と相手が、これから交わしていくものは何か? を考える名刺。写真提供:並河 進
並河さんが「WITHOUT MONEY SALE」のコンセプトを思いついたのは1年前。
ソーシャルデザインの講師として地域へと行く機会も多いなか、
農業や漁業をやっている方の悩みを聞くと、
「グローバリゼーションの波に飲まれていて、国際的な価格競争を強いられている」
という話を聞いた。
「地域に価値があれば競争に勝ち残っていけるのだという考えもありますが、
勝ち残るためには値段や差別化の軸しかないのか、そもそも戦わなきゃいけないのか、
その大前提自体が間違っている可能性はないのかな? と考えたんです」と並河さん。
「ならばお金以外のもので交換できるしくみがつくれないか」と考えた。
そして「お金で買えないものを、愛や知恵や時間で買う」というコンセプトが生まれた。
並河さんは地域でソーシャルデザインの講師で呼ばれることも多い。「WITHOUT MONEY SALE」は地域のひととの交流のなかでコンセプトが生まれた。写真提供:並河 進
並河さんはお金のことを考えるヒントに、哲学者マイケル・サンデルの言葉があったという。
「マイケル・サンデルの『それをお金で買いますか?』という本があるんです。
そのなかである商品にある価格がついているというのは、
同時に、それはお金で買えるのだ、ということを意味していると言っているんです。
もちろんお金は便利だけど、マイケル・サンデルは
“お金で売るべき物でないものまで売られている”と言っている。
たとえば混雑したお店に行ったとき“行列に割り込む権利を売る”
ということがあったとする。それはモラルの低下につながるのではないか、
と言っているんですね。
実は、お金で買うということは、ひとの認識にも影響していて、
翻って考えてみるとそれがモノであっても、値段をつけて売ることで、
所詮お金を出せば買えるということがあるんじゃないか。
だったらお金で売らないことで、
そのものの価値を上げることにつながるんじゃないかと目標設定をして立ち上げたんです」
「WITHOUT MONEY SALE」は以下のルールでスタートした。
・出品者は公募
・毎回ひとつの商品が出品される(販売個数も事前に設定)
・その商品はお金では買えず、愛や 知恵、時間など、お金以外のものとの交換によってのみ手に入れられる
「ほとんどのモノがお金で価値を測られる時代ですが、
本当はモノにはお金では測りきれない価値があるはず」と並河さんは語る。
お金では売らないオンラインセレクトショップ「WITHOUT MONEY SALE」
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第一弾の商品は、国産のオーガニックコスメブランド〈amritara〉プロデュースによる、
徳重紅梅園「鶯宿梅の幻の梅干し」。
鶯宿梅は、平安時代に詠まれた「鶯宿梅」という有名な歌の題材になっている、
1200年の伝統を誇る古来品種の梅。
その鶯宿梅を、有機の滋養に満ちた大地で無農薬栽培し、
同じく無農薬の紫シソ、天日塩だけを原料に、先祖伝来の製法に従い、
9年間樽の中でじっくり熟成させたもの。
この梅干しを、購入するための方法は3種類。
「愛で買う」(梅干しへの愛を原稿用紙3枚)
「知恵で買う」(梅干しを盛り上げるアイデア3つ)
「時間で買う」(梅干しを深く理解する時間として、
宮崎県徳重紅梅園の生産者徳重文子さんの梅への想いを聴き、梅干しづくりを学ぶ)
販売個数は限定10個、すでに限定数に達し販売終了となった。
愛で買ったひとが2人。時間で買ったひとが5人。知恵で買ったひとが3人。
愛で買った人は梅干し愛を綴り、時間で買ったひとは実際に宮崎県都城の梅園まで行って、
梅干しづくりを学ぶ時間を使っているという。
では知恵で買うひとはどんなアイデアが出たのだろうか?
「今年の3月に開催された『食べるアート展』へ出品するという
アイデアを提供したひとがいました。
これは実際にコーディネイトをしてくださり『食べるアート展』へ
『鶯宿梅の幻の梅干し』の出品が決まったんです」
知恵の提供者はこのアイデアと交換で梅干しを手に入れたという。
宮崎県都城で「鶯宿梅の幻の梅干し」をつくる徳重文子さん。「時間で買う」ためには現地に行って徳重文子さんの梅への想いを聞き、梅干しづくりを学ぶ時間を使ってはじめて手にすることができる。写真提供:並河 進
「知恵で買う」の一例。購入者が「鶯宿梅の幻の梅干し」を「食べるアート展」へ出品するというアイデアを提供し、このアイデアと交換で梅干しを手に入れた。写真提供:並河 進
「WITHOUT MONEY SALE」での購入者は「愛」や「知恵」「時間」をお金の代わりに支払う。
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それぞれの「交換」は単純な等価交換のみならず、
社会そのものを豊かにすると並河さんは考える。
昨年、出版した「コミュニケーションシフト」のなかでこんな言葉がある。
「ひととひとの間に交わされる価値というのはお金とモノ、サービスだけじゃない。
いろんな価値が交わされている。いまはお金とモノだけが強調されている。
お金とモノ以外のサービスを見える化することで社会は豊かになるんだ」
「WITHOUT MONEY SALE」では、そういうしくみづくりをしたいと思ったのだと言う。
実際にサイトを立ち上げてみて、「お金を排除してみることで、
お金とは何かを客観的に考えられる目線を持つことができるようになった気がする」と
並河さんは語る。
また並河さんはこの世界が大きくなりすぎたことも要因として大きいという。
「世界が大きくなり、多様化していくと、人は、共通の価値観を持つことが難しくなる。
世界、ではなく、企業や組織と言ってもいい。
小さな世界、小さなチームでは、共通のたくさんの価値観を持つことができる。
その仕事の達成感。その仕事を通して生まれる笑顔。働く人のキラキラ感。
クリエーティビティの実現。結果としてのお金。未来への可能性。
そうしたひとつひとつのすべてが、並列であり、増やしていくべき尺度になる。
大きな世界でも、そうした小さな世界と同じように、
多様な価値を分かち合う仕組みをつくれないか、ということに興味がある」と言う。
「WITHOUT MONEY SALE」は小さな試みの一歩で
今後もサイトで扱う「お金で買えないもの」の出品を募集している。
「商品は価値あるものなら何でもよいのですが、最初の数回は、
地域のもの、伝統的なもの、文化的なもの、見えないものではなく、かたちあるもの。
そして“送れるもの”にしたいと思ってます」
次回は並河さんが考える社会のシフト、
これまで具体的に行ってきたソーシャルデザインのプロジェクトや
東日本大震災以降に並河さんが行っている取り組みについてのお話を伺います。
『Communication Shift―「モノを売る」から「社会をよくする」コミュニケーションへ』 並河 進(著)羽鳥書店 写真提供:並河 進
後編【社会をちょっとよくするプロジェクトのつくりかたソーシャルデザインのヒント並河 進さん (電通/社会の新しいしくみ研究室)後編】はこちら
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