組木にIoT!? 飛騨の森で行われている “Fab”な試み

木の常識をアップデートしていく

森に囲まれ、水路がいたるところにあり、吸い込む空気も気持ちよく感じる。
古い建物が残る情緒ある小さなまち、飛騨古川。
2015年、ここを拠点にした〈飛騨の森でクマは踊る〉という会社が、
ロフトワークトビムシ、そして飛騨市の2社1自治体によって設立された。
代表に就任した林 千晶さんは、ロフトワークの代表取締役でもある。

「ロフトワークがやっていることは、“常識のアップデート”だと思っています。
いま、当たり前だと思っていることでも、
更新したほうがいいコトや場所がたくさんあるんです。
そのなかで、森をアップデートすることに特化したのが
“ヒダクマ”(飛騨の森でクマは踊る)です」

水や空気をつくり出している森。
その森を更新していくというのはどういうことか。

「森の価値を更新するには、まず木材の価値や使い方、
買い方などを再発見する必要があります。
例えば、家具を出来上がったものとして買うのではなく、
自分で木を選ぶところから始めてみる。
すると、樹種によって触ったときの風合いや木目が
大きく異なることに気づきます。
『木』という一般名詞が、ブナ、ナラ、クルミ、桜といった
固有の存在に変わる。そんな風に木の活用法を変えることによって、
森と人間の関係も更新していけるのではないかと思っています。
日本には豊かな森がある。
そろそろ本気で、その恵みを享受し活用することに取り組んでもいいのではないでしょうか。
そんな挑戦こそ、クリエイティブなものだと感じています」

〈FabCafé Hida〉はこんな外観。

世界から学生が集結する飛騨の学びの場

こうした活動を展開するのに、飛騨はうってつけだ。岐阜は言わずとしれた森林率の高い県。
なかでも飛騨地域は、かつてより京都や奈良などの木造建築技術を支えてきた土地。
まちには組木職人が暮らし、美しい木造建築が軒を連ね、
豊かな木工文化が息づいている。

今年の6月、〈SMART CRAFT STUDIO in Hida 2016〉が行われた。
木工技術とIoT(Internet of Things)をテーマに、
アメリカのParsons School of Design、カナダのトロント大学、台湾の国立交通大学、
日本からは東京藝術大学、慶應義塾大学SFC、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)
などの学生たちが3週間、寝食を共にし、組木などの木工技術やプログラミングを学び、
最終的にはグループごとに実際の制作に取り組んだ。

各グループは同じ大学の学生同士でまとまるのではなく、シャッフルされた。
異国の地で、育ってきた文化の違う学生たちがどんな化学反応を起こすのか。

その最終日、集大成として成果のプレゼンテーションが、〈FabCafe Hida〉で行われた。
外からみると端正な木造建築の日本家屋。しかし一歩足を踏み入れると、無国籍状態だった。
各国の学生たちが、アチコチせわしなく動き回り、発表の最終調整に入っていた。
ここが新幹線も通っていなければ、空港もない飛騨古川だとは思えない。

水路上に置いた水力発電でLEDを灯すことのできるベンチ。
キツツキを模して、森のなかで動きを感知して音を出すもの。
スマートフォンでまちの情報を手に入れられるベンチ。
ほおずき型ランタンは電気を点けるとその場所がクラウドの地図上でマッピングされる。
組木と生け花をダイレクトに取り入れたオブジェなど、
すべて木工とIoTを組み合わせたプロダクトだ。
完成度の高いもの、アイデアにあふれるもの、将来性を感じるもの。
いろいろな未来の方向性を感じた。

デモンストレーションしながらプレゼンテーションする学生。

随所に組木が取り入れられていた。

学生にとって、そして先生たちにとっても有意義な学びがあったようだ。
「『こんな経験はいままでしたことがない』とある学生が言うんです」と、
林さんは振り返ってくれた。

「『最初は毎日楽しかったけど、中盤を過ぎると、
あと数日で帰らなければならないと思って寂しくなってきた』と。
『いつか移住したい』と言い出す学生までいました。
これを聞いて、短期的にはプロトタイプの開発が目的だったけれど、
長期的に考えてみると、彼らが将来プロダクトデザイナーや建築家になったときに、
このキャンプが原体験となり、木材や組木に注目したり、
日本とのつながりを考えるようになってくれるのではないかなと。
数値にはできない、そのような期待も感じました」

このように発表の内容は、ほぼすべて、地域性が取り入れられていた。
当初は、「木工×IoT」だけがテーマであったはずだ。
しかしフタを開けてみれば、飛騨のまちの文化や資源とリンクしたものばかり。

学生たちは、まちを歩く。すると地域のことが見えてくる。
まちの人にやさしくしてもらい、交流を深めていく。
そのなかで自然と、「ここでやるべきこと」というイメージが芽生えたようだ。

このイベントの発起人である〈Loftwork Taiwan〉代表のTim Wongさんは、
東京や大阪ではなく、地方と海外を直接つなげたかったという。
なかでも飛騨は、Timさんの目におもしろく映った。

「飛騨は文化が保存されています。
歴史的な遺産には直接、触れられませんが、文化というものは現在進行形で、
触れて変化を加えることができます。
そこに自分が持っているものをミックスして、
インタラクション(相互作用)することができます。
つまり組木や木工は入り口に過ぎません」

〈Loftwork Taiwan〉代表のTim Wongさん。

Parsons School of DesignのKan Yang Kyle Li教授も、飛騨独特の文化に触れた。

「キャンプ期間中に、木製家具メーカーの飛騨産業でワークショップをしました。
職人の方たちから、木の特徴を活かすことや、
美観のための木目などディテールを整える視点・ノウハウを学びました。
しかもそれが、実際の飛騨のまちで体現されている。そのことに感動しました」

国立交通大学のJune-Hau Hou教授も、
テクノロジーと地域が融合したイベントの成果を感じている。

「これまで台湾で行われていたワークショップでは、
デザインとテクノロジーの繰り返しばかり。
しかしそれでは新しいアイデアは生まれません。
今回は、伝統的な技術を持つ職人がいたりして、環境が特別でした。
こうして地域で行われることで、
地域性を生かしたコミュニティや産業が生まれる可能性を感じました」

国立交通大学のJune-Hau Hou教授。

最終プレゼンテーションの席では、あるおばあさんが参加していた。
そしてほおずきをアイデアの元にしたプロダクトにいたく感動していた。
そのおばあさんと学生が、何やら話している。
まったく言葉は通じていないのだが、
不思議とプロダクトを通じて何かわかりあえているように見えた。
このキャンプのひとつの本質を表している光景だった。

今回のイベントでは「スマートクラフト」という言葉が使われている。
特別、一般名詞化している言葉ではないが、これから使われていきそうな言葉でもある。
その定義づけを考えるイベントになったという側面も感じた。

「『スマートクラフト』は可能性のある言葉です。
何をやりたいか、どういうことを社会に伝えていきたいかと、
自分次第でスマートという言葉の使い方も変わってくると思います。
みんな、どんな結果が生まれるか想像していなかったけど、今終わってみて
改めてその可能性に興奮しています」
と言うのは、Kan Yang Kyle Li教授。

Parsons School of Design のKan Yang Kyle Li教授。

IAMASの小林 茂教授は、IoTを教える授業に講師として参加した。

「スマートというと、産業界ではすでに効率化のために取り入れられています。
では私たちのライフスタイルにおいて、どう関わってくるのか。
ビジネスシーンだけでなく学生の回りにも、
それらを考えていけるような環境が整いつつあります。
たとえ今回は難しかったとしても、
こうした木工技術や考え方があるということを持ち帰ってまた取り組んでみてほしい。
これはゴールではなくスタートです。
今回のキャンプで、そこにはたどり着いたのではないでしょうか」

情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の小林 茂教授。

すべて英語によるプレゼンテーション。英語がわからない地元のお客さんには、隣にスタッフがついて通訳していた。

〈ご当地カレーグランプリ〉開催。 ピーマンに蕎麦! 市町村オリジナルで勝負

東京・浅草の、地方の魅力を体験できるビル〈まるごとにっぽん〉にて、
全国11市町村がそれぞれの名物や特産品を使って
開発したオリジナルのご当地カレーを競うイベント
〈まるごとにっぽん ふるさとカレーグランプリ〉が開催されます!

期間は、予選が2016年8月1日(月)から3日(水)、
決勝が8月6日(土)、7日(日)の計5日間。
現地から持ち寄った、想いの詰まった食材を
豪華にアレンジしたカレーが味わえます!

本グランプリは、事前に各ブロックに分けたトーナメント制で開催。
ワンプレートで4市町村の特色あふれるカレーを
楽しめるカレーセットをご賞味いただき、お気に入りのカレーに投票。
最も投票数の多いご当地カレーがグランプリとして選ばれ、
館内3階の〈Café M/N〉で期間限定メニューとして販売されるということです。

上の緑のカレーは、大分県豊後大野市の〈まるごとピーマンカレー〉。
ピーマンをペーストにした緑色のルーが特徴!

ピーマン生産量が、市町村単位では日本で2位、
西日本では1位を誇る豊後大野市。
トッピングには、豊後大野市特産のしいたけやピーマンを盛りつけ。
ルーには、うまみとコクのある“豊のしゃも”を使用し、
苦味の少ない種類のピーマンを使うことで、
ピーマン嫌いの子どもでも食べやすいカレーになっているのだそう。

〈あなたのそばに、そばカレー〉

そしてこちらは、山形県村山市の〈そばカレー〉。
カレーそばではなくそばカレー。
特産品のそばの実を、具材としてふんだんに使用しました。
しょうゆベースのカレーに、茹でたそばの実と、
あいかもの肉とぶつ切りのねぎを加えています。
和風の香ばしい香りが特徴のカレーです。

〈足利マール牛カレー〉

栃木県足利市の〈ココファーム・ワイナリー〉から出るぶどうの搾りかす、
“マール”を食べて育った“マール牛”を贅沢に使った〈足利マール牛カレー〉。
“麦の里”と言われるほど大麦の生産量が多い足利市。
地元で採れる中力粉を使って、食物繊維が豊富な、
とろりとしたルーに仕上げました。
また、野菜ブランド〈足利美人〉のアスパラガスと、
福神漬けではなく足利産の生姜をトッピングしています。

九十九里の 〈HAPPY NUTS DAY〉が ピーナッツバターの食べ方BOOK 『ピーナッツバターの本』を発売!

コロカルでもご紹介してきた、
千葉県九十九里発、スタイルのあるピーナッツブランド
〈HAPPY NUTS DAY〉(ハッピーナッツデイ)が
初めての本、その名も『ピーナッツバターの本』を発売します!

発売日は2016年7月6日(水)。
日本初、「ピーナッツバターの食べ方」BOOKです。

〈HAPPY NUTS DAY〉は、2013年夏に設立。
千葉の海沿いの畑で育てたピーナッツを使った、オリジナル商品を手がけるブランドです。
「高齢化と過疎化の進む、地元・九十九里を盛り上げたい」
という想いを持った、地元出身の村井駿介さんら3人の若者が作りました。

スケートボードやBMXを通じて知りあった彼らは、
地元の農家や腕ききの焙煎職人の手を借りながら、
2年近くの思考錯誤を経てオリジナルのピーナッツバターを完成。

そのピーナッツバターがフードディレクター野村友里さんの
目に止まったことを皮切りに、食ツウたちの注目を浴び、
現在、取り扱い店舗は全国に90店舗近くにまで拡大しています。
コロカルの記事はこちら

この本では、「ピーナッツバターってどんなもの?」
「食べ方がわからない」「買っても全部使い切れない」
という方のために、ピーナッツバターの魅力と、
とっておきの食べ方をご紹介します。

阿蘇と南阿蘇の おいしいものをセットに! 〈阿蘇復興支援セット〉 〈南阿蘇応援BOX〉

熊本県、大分県に甚大な被害をもたらした熊本地震。
いまだに多くの方が避難所生活を余儀なくされている一方で
復旧・復興にむけた整備も急ピッチで進められています。

熊本県を代表する観光地である阿蘇市や南阿蘇村は、
熊本市内からの主要道路や鉄道が土砂崩れやトンネル崩壊によって寸断され
観光客が激減し、深刻な問題を抱えています。

そのなかで、地元のおいしいものを全国に発信することで、地元の復興につなげたい。
そんな想いが込められたギフトセットが阿蘇、南阿蘇の両地域で販売されています。

熊本地震後、いちはやく復興に向けて動き出したこのふたつのプロジェクトは
さまざまなメディアに取り上げられ、「買って、被災地を支援する」という
全国の善意に支えられて注文が多く寄せられているといいます。

阿蘇地域の逸品を集めてセットにした〈阿蘇復興支援セット〉。
阿蘇の大自然から生み出されたいいものを組み合わせ、
現在では、12のオリジナルセットがつくられています。

〈阿蘇復興支援セット〉の発起人でもある〈阿部牧場〉。国内外から高い評価を得ている〈ASO MILK〉。

阿蘇の湧水の恵みがつまった〈ひばり工房〉のベーコンやハム。

このほかにも、阿蘇のたかな漬けや、阿蘇の人気洋菓子店のお菓子、
パラグライダーや乗馬体験をセットにしたものなど
阿蘇の魅力を感じられる商品が盛りだくさんです。

宿題も、映画も、結婚式もここで。 ガレージをリノベーションした、 まちの憩いの場所とは。 ISHINOMAKI2.0 vol.1

ISHINOMAKI2.0 vol.1

みなさま。はじめまして。
ISHINOMAKI2.0(以下石巻2.0)の勝です。
今月から宮城県石巻市で行われている
さまざまなリノベーションプロジェクトを紹介していきます。

石巻は宮城県のなかでも仙台に次ぐ人口を有する県下第二の都市。
平成の大合併でその市域を拡大した石巻は、
山も海も広大な田園風景も有する豊かなまちです。
東日本大震災によりその市域は広域的に被災し、
多大なダメージを負ったまちでもあります。

私も活動に加わる石巻2.0はそんななかから生まれた活動です。
震災後のまちを元に戻すのではなくもっとよいまちにしていきたい。
そして、ここから疲弊した全国のまちづくりのロールモデルをつくりだそうと
さまざまなプロフェッショナルや地元商店主が集まったオープンエンドな活動です。

石巻2.0の立ち上げから関わる、
横浜の建築設計事務所〈オンデザイン〉のスタッフだった私は、
2012年から活動に加わりました。
そこから横浜と石巻の2拠点で生活を始めて5年目を迎えました。
横浜と石巻を往復するなかで見えてきたものがあります。
それは建築とまちとの距離の近さ、そして退屈だと思っていたまちも自分が動けば、
かなりおもしろい人がたくさんいるということ。

建築の専門家として実際に場をつくるところからその後の運営まで、
建築の上流からその先に広がっていくまちへの影響まで、
実感して関われる石巻はとても貴重なフィールドだと思いました。

そんな石巻に可能性を感じた5年間を過ごし、
そして2016年に石巻を拠点のひとつにして、自身の建築事務所を開設。
これから全6回の連載でそんな石巻のおもしろさを皆さんに伝えていきます。

初回の今回は石巻2.0の活動の原点でもあり私自身も設計と
その運営に関わるオープンシェアオフィス〈IRORI石巻〉を紹介したいと思います。

石巻の様子。

かつてはにぎわいの中心だった石巻のまちなかの商店街は、
2000年に入ったころからからシャッター商店街と揶揄されるように、
高齢化や担い手不足で寂しい状態でした。
そこに追い打ちをかけるように震災が大きなダメージを与えました。
街路に面した商店は閉じ、閑散とした風景が広がっていましたが、
実は一見使われていないように見えても、建物のオーナーたちは上階に住んでいる場合も多く、
シャッターが閉まったお店も交渉次第では貴重なまちなかの資源になります。

2011年の暮れ、まちづくりのためあらゆる人が集う拠点を探していた石巻2.0は、
震災による津波で被災しガレージになっていた場所を、
駐車場2台分の手頃な賃料で借りることになりました。

被災した直後の泥かきの様子。かつてはコンビニだったこともある場所でした。

とはいえ津波が突き抜けたこの場所は壁も扉も窓も何もない状態。
そして復興事業で大忙しの地元工務店には修復を依頼できるわけもなく、
手づくりで場所をつくることから始めました。
今や世界にも進出する家具工房である〈石巻工房〉と、
世界的な家具メーカー〈ハーマンミラー社〉のボランティアとともに
わずか2週間でつくり上げたのが初代IRORIの始まりです。

〈冒険の森 in のせ〉オープン 過疎地を救う! 日本の林業技師がつくる アウトドアパーク

大阪のてっぺんと呼ばれる、
京都府と兵庫県に隣接する大阪府能勢町。

2016年7月23日(土)、この森に、
アウトドアパーク〈冒険の森 in のせ〉がオープン! 
国内最大級規模の、58個ものアクティビティを擁する
広大なアウトドアパークです。

ツリートップアドベンチャー

能勢町は、人口減少によって
存続が危ぶまれる“消滅可能性都市”の全国24位。
観光資源が点在化していること、
そして観光客に楽しんでもらえるプログラムが不足していたことから、
集客が十分にできず、事業化が上手くいかないという悩みがありました。

〈冒険の森 in のせ〉は、それらを解消するべく、
人を集め、地域に人が循環し、地域経済の活性化を
促進するために作られた施設なんです。

ツリートップアドベンチャー

この施設が画期的なのは、
設計から建設、運営を純国産化することで、
低価格での施設開発、提供が可能になったこと。

従来の日本国内にある「ハイ ロープス コース」
(高所にロープを張り、建設されたアスレチック施設の総称)は、
アメリカやヨーロッパの技術によってつくられてきたのですが、
〈冒険の森 in のせ〉では、運営会社の〈冒険の森〉設計のもと、
日本の林業技師が中心となってコースを建築。
これにより、1次産業ではなく3次産業としての林業が生まれました。
日本の林業における、新しい可能性を感じます。

フォレストセグウェイツアー

有馬温泉× ボードゲーム〈枯山水〉で、 温泉地での新たな楽しみ方を知る

温泉地での楽しみといったら、お湯に浸かって、宿でまったり。
天気に恵まれたらまちを歩いて…という感じでしょうか。

2016年6月24日(金)、
兵庫県神戸市の有馬温泉にある老舗宿〈陶泉 御所坊〉にて、
そんな常識を打ち破るイベント、〈雨の枯山水〉が開催されます!

〈雨の枯山水〉イメージ

これは、温泉地での新たな楽しみ方を提案するイベント。
旅館〈陶泉 御所坊〉と、その中庭を臨むことができる
クラシカルなカフェ〈カフェ ド ボウ〉を会場に、
ボードゲーム〈枯山水〉をプレイするというもの。

ボードゲーム〈枯山水〉

ボードゲームの〈枯山水〉は、
水を使わずに自然山水の美を表現した、
日本庭園の様式のひとつを意味する「枯山水」に由来するゲーム。

その名のとおり、プレイヤーが禅僧となり、
ボード上により砂や苔が描かれたタイルと、
さまざまなかたちをした石を用いて庭園を造り、
全員の枯山水が完成したらルールに従い出来映えを点数化して遊びます。

第1回東京ドイツゲーム賞大賞を受賞作品でもあり、
プレイした人の口コミなどから、評判が広がり品薄状態が続くなど、
熱狂的なブームを巻き起こした話題作です。
本イベントは、この〈枯山水〉を開発した山田空太さんとの共同企画。
温泉地での新しい過ごし方を提案します。

チームラボが世界遺産 「糺の森」参道をライトアップ 〈下鴨神社 糺の森の光の祭〉

2016年8月17日(水)から8月31日(水)の期間、
ウルトラテクノロジスト集団〈チームラボ〉が、
京都市の〈下鴨神社(賀茂御祖神社)〉にて行われる、
〈下鴨神社 糺の森(ただすのもり)の光の祭〉に参加。
『呼応する木々、下鴨神社 糺の森』と、
『呼応する球体 - 下鴨神社』を展示します。
参道沿いの木々と楼門の中の空間を
ライトアップする、訪れて楽しめる作品です。

呼応する木々 – 下鴨神社 糺の森 / Resonating Trees – Forest of Tadasu at Shimogamo Shrine teamLab, 2016, Interactive Digitized Nature, Endless, Sound: Hideaki Takahashi

『呼応する木々』は、
世界遺産である下鴨神社の糺の森の中の参道沿いの木々をライトアップ。
木々の光がゆっくりと呼吸するかのように、
強く輝いたり消えたりする...というもの。
鑑賞者や動物が近くを通ると、
木の光の色が変化し、音色を響かせ、
次々と伝播していくのだそう。

古民家活用でわかったこと。 リノベの未来、この国の未来。 一般社団法人ノオト vol.12

一般社団法人ノオト vol.12

皆さん、こんにちは。ノオト代表の金野(きんの)です。

ついにこの連載も第12回、最終回となりましたので、
古民家リノベの意義と日本社会に果たす役割について整理しておきたいと思います。
いま、なぜ、リノベのススメなのか?

失われゆく歴史的建築物

まず、文化財建造物とその活用について。
文化財建造物には、文化財保護法で指定された国宝や重要文化財、
都道府県や市町村の条例で指定された指定文化財などがあります。
文化財建造物には神社仏閣が多いのですが、
ここでは民家や庄屋など市井の建築物の話をします。
「◎◎家住宅」とか呼ばれるものです。

〈古民家の宿 大屋大杉〉のメイン棟となっている正垣家。養蚕農家として建てられた築約130年の古民家(→http://ooyaoosugi.jp)。

文化財建造物は国民の財産ですから、その改修には、基本的に公費が投入されます。

そして、「文化財を活用」するというとき、
それは「復元保存した文化財建造物を活用」することを想定していて、
一般に、施設の「公開」や「イベント利用」などに限定されています。
※これを「保存⇒活用」と表現しておきましょう。

文化財指定の考え方。

文化財建造物は「類型の典型を指定する」ことになっています。

ある地域の、ある時代の、例えば農家という「類型」を設定すると、
該当する建物が多数あって、そのなかから、
類型を代表する「典型」的な建物が文化財として指定されるのです。
その物件を民族学的な標本として保存します。

現在の日本社会の価値観は、
・古き良きものを代表する物件を「標本」として「保存⇒活用」する。
・代表になれなかったその他の物件は捨ててもよろしい。

というものです。
この国の制度(文化財保護法や建築基準法)がそのようになっています。

これに対して、
私たちは、歴史的建築物(文化財指定の有無を問わない広義の文化財建造物)を、
宿泊施設やレストラン、カフェ、工房、オフィス、住宅などとして
「活用することで保存する」活動を行っています。
※こちらは「活用・保存」と表現しておきます。

地域再生のために古民家を活用するプレイヤーの立場から言えば、
文化財建造物もその他の歴史的建築物も区別はありません。
これらを一体的に捉えており、どちらも同じように大切です。
文化財建造物が「活用・保存」されることがあってもよいし、
グレード(文化財的価値)が低い歴史的建築物であっても、
それに見合った「活用・保存」の方法が見つかるものです。
地域やまち並みに分布するその多様な建築物群の総体が重要です。

これからの歴史的建築物の考え方。

ちなみに、この「保存⇒活用」と「活用・保存」の境界をわかりにくくしているのが、
「伝統的建造物群保存地区」の特定物件と「登録有形文化財」の存在です。

どちらも文化財建造物でありながら、
内部改装は自由にできるので「活用・保存」タイプとすることが可能なのです。
古民家リノベを志す人は、このあたりの事情を理解しておくとよいでしょう。

古民家リノベの意義

何れにしても、一個の有機体である地域やまち並みから
文化財建造物だけを取り出して取り扱うことの限界というものがあります。
当たり前のことですが、
文化財はその周辺の環境や社会とともに成立しているのですから。

これはたとえ話ではなく、地方の現実の姿なのですが、
一部の社寺や住宅を文化財として立派に保存しながら、
そのまちや村が衰退して生活の息吹が失われるのであれば、
文化財の維持も適わなくなるし、そもそも文化財指定の意味がないでしょう。

私たちは、地域再生やまち並み再生には、
文化財指定されていない歴史的建築物の活用が大切だと考えています。

「保存⇒活用」ではなく「活用・保存」とすることで、
地域に移住者や事業者を呼び込み、新しい生業や雇用を生み出すことができます。
しかも「類型の典型」として指定される文化財建造物の背後には、
その数百倍の歴史的建築物があって、その多くが空き家となっているのです。
改修費も文化財建造物の保存工事に比べると驚くほど安価です。

私たちには失くしたくないものがある。

建て直したほうが安い?

実際に古民家再生の費用は新築工事より相当に安価です。
しかし、修復の技術を持ち合わせていない設計士や工務店は、
施主に「建て直したほうが安い」と言って、解体工事、新築工事に誘導します。
そのほうが工期も読みやすいし、実際には「建て直したほうが高い」ので稼げます。

結局、施主は諦めて、古い家を壊し、新しい家を建てることになります。

「建て直したほうが安い」という言説が意味するもっと重要な点は、
職人たちによって伝統工法で建てられ、長い時間を湛えてきた空間と、
大量生産の工業製品を、「お金で比較できる」としている考え方、価値観にあります。

この時空は、壊してしまえば二度と取り戻せない、
と、設計士も工務店も、そして施主も考えないのです。

何もかもをお金で測るようになって、
現代を生きる私たちは、すっかり視程が浅くなってしまいました。

誰もが、今日の生活のことを、今月の売り上げのことを考えて生きています。
人生設計くらいはあるでしょうが、自分の人生の時間スケールを超えることはありません。
自分が住む家は自分の世代が住むのであって、その先の世代を考えることはありません。
自分の子どもや孫のために裏山に木を植えようと考える人はもういません。
子どもたちには別の人生があり、家を住み継ぐという考えはありません。
私たちは現世的な生を生きていると言ってよいでしょう。

豊かさとは何か

いわゆる「限界集落」は、いっそ廃村にして、
残った住民をまちなかに移住させたほうが経済合理的であるとの主張があります。
このことは学問の世界ではずいぶん前から論じられてきましたし、
現在は国の政策となりつつあります。
脳(都市)にばかり血液を送っていたら、指先(僻地)が壊死を始めたので、
どの指から切り落とせばいいだろうと考えているわけです。
私には、それが健康な国土だとは思えません。

野生生物について、絶滅危惧種や貴重種を守り育てることの必要性と重要性は、
この国の社会にも認知されているように思います。
このことは経済原理を超えていて、
現世的になることも、お金で価値判断することもありません。

それでは、その土地の気候風土に適った建築様式はどうでしょう。
そして、その土地の人々の暮らし、工芸や祭。
長い年月をかけて創意工夫を重ねた建築様式や暮らしの技術を、
安易に捨て去ってよいものでしょうか。

今も続く伝統的なムラのまつり(篠山市福住)。

みかんぐみ、アカオニの メンバーたちが 〈とんがりビル〉をオープン!

山形県・七日町(なのかまち)に株式会社〈マルアール〉による
〈とんがりビル〉という名のビルができました。
こちらは、築40年の建物をリノベーションした施設。
2015年冬に完成後、店舗やオフィスとして入居者を募り、
近頃、どんどんにぎわい始めています。

食堂〈nitaki〉。家具は4階に入居している家具屋さん〈TIMBER COURT〉によるもの

〈TIMBER COURT〉

とんがりビルは、山形駅から徒歩15分ほど歩いた
まちなかの「シネマ通り」にあります。
近くには大正初期に建てられた煉瓦づくりの建物〈文翔館〉や
歴史あるデパートなども。ちょっとレトロな雰囲気も残っています。
でも、かつて映画館が立ち並んでいた通りに映画館の姿はなく、
近隣には老朽化した建物や、空き室も存在します。

そこで立ち上がったのが、山形R不動産の水戸靖宏さん、
みかんぐみの竹内昌義さん、
OpenA/東京R不動産の馬場正尊さん、
アカオニの小板橋基希さん。

山形/東北のまちを活性化していこうと、
建物リノべーション・デザイン設計を
まちづくりの視点から進めていく会社、マルアールを設立しました。
モットーは「建物を直してまちを楽しくする」こと。

とんがりビルは、この会社の理念をかたちにする
フラッグシップとして始まったプロジェクト。
中心メンバーが建築やデザインの
プロフェッショナルとあって、洗練されています。

プランニング・リノベーションはマルアール、
サイン・グラフィックは小板橋さん(アカオニ)、
内装デザイン・家具は相田広源さん(TIMBER COURT)が手がけました。

入居者は、山伏の坂本大三郎さんや
デザイン会社〈アカオニ〉、食堂〈nitaki〉、
ギャラリー、家具屋さん、写真スタジオなど、
ユニークでクリエイティブな面々。
ここは普通のテナントビルではなく、クリエイターや
まちの人たちが集うコミュニティスペースであり、文化発信拠点なんです。

1階の入ってすぐのスペースにあるのは、
坂本大三郎さんによる本と雑貨の店〈十三時〉。

さまざまな人からの選書やはちみつ、ジャム、
手ぬぐい、山仕事に使うかご、草履、野良着、蓑、熊の毛皮、
熊の手を使った鞄など、自然の暮らしのなかで使われていた品々や
食品などが並んでいます。
店に行くと、ひょっこりカウンターに座っている坂本さんに会えるのもうれしい。

おとなりは、地のものの旬を味わえる食堂〈nitaki〉。
ランチやコーヒー、スイーツはもちろん、お酒も楽しめます。
合い言葉は「食べられないものを食べられるものに」。
時にはめずらしい食材も食べさせてくれます。

写真:志鎌康平

1階の奥には、ギャラリースペース〈KUGURU〉があります。
〈みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ〉のプログラムディレクター、宮本武典さんや
坂本さんなどが関わり、展示やイベントなどを開催しています。

グラフィック・デザイナー、吉田勝信さんの展示〈技術、その他〉。(2016年5月31日〜6月15日開催)

〈技術、その他〉での開催されたアーティストトークの様子。聞き手は宮本武典さん。

〈MAGASINN KYOTO〉創館。 五感を使って体験できる、 雑誌のような宿泊施設!?

古い歴史と、新しいカルチャーが混ざり合う街、京都。
そこに新感覚の宿泊施設〈MAGASINN KYOTO〉(マガザン・キョウト)が誕生しました。

この施設は、クラウドファンディングサイト・CAMPFIREを利用し、
多くの人の共感と協賛を得て、2016年5月8日オープンに至りました。

築年数100年を越える京町家一棟をリノベーション。2Fは貸切で宿泊が可能なプレミアムホステルに。

空間型の雑誌? 雑誌的な空間?

〈MAGASINN KYOTO〉は、雑誌の持つ魅力や
編集のおもしろさを体感できる、
新しいコンセプトの宿泊施設であり、空間メディア。
雑誌の◯◯特集のように、
期間毎にさまざまな特集が組まれていき、
宿泊する/しないに関わらず、楽しめるコンテンツが展開されていきます。

創刊特集として銘打たれたのは〈本特集:本を体験する〉。
現在、東京・駒沢にある書店〈スノウショベリングブックス〉との
コラボレーション企画が行われています(こちらは9月までの予定)。

例えば、〈タイムトラベルブックシェルフ〉と題した、
時代を写す本をずらっと時系列に並べた本棚の設置。
本とお酒を楽しむ、知的なアルコホール体験〈ブックテンダー〉。
宿泊予約時のヒアリングをもとに、
〈スノウショベリング〉店主の中村秀一さんが
あなたのためだけに選んだ1冊をプレゼントするという
贅沢なブックディレクション企画も。

さらに、施設内の空間だけなく、地元書店〈YUY BOOKS〉店主が考えた、
〈本を体験するための京都スペシャルツアー〉など、街にも目を向けた企画も。

本というひとつのキーワードを軸に、
雑誌の編集的なアイデアをもってして、
ユーモア溢れる仕掛けが多数生まれました。

では、どんな思いのもとこの場所がつくられたのでしょうか?

神山町の空き家再生建築が、 ヴェネチア・ビエンナーレへ。 快挙の建築が生まれるまで。 坂東幸輔建築事務所 vol.2

坂東幸輔建築事務所 vol.2

ボンジョルノ〜! 建築家の坂東幸輔です。

第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展が5月28日から始まりました。
ビエンナーレの日本館の展示に私が主宰する建築ユニット〈BUS〉が出展しています。
〈BUS〉は現在、私と須磨一清、伊藤暁(2011年加入)の、
3人で構成されている建築ユニットです。
東京にそれぞれの設計事務所を持っていますが、神山町ではBUSの名義で活動しています。

先月、準備やレセプション出席のため、ヴェネチアを訪れていました。

今年のビエンナーレ全体のテーマは
「REPORTING FROM THE FRONT(前線からの報告)」、
日本館は「en[縁]:アート・オブ・ネクサス」というテーマで展示をしています。

第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館の展示風景。12組の若手建築家が出展。

新しい世代の12組の日本人建築家の作品を展示することで、
現代の日本の社会問題を建築の力で解決した事例を紹介しています。
日本館の展示は大成功、
国別参加部門で約60か国の中で第2席となる審査員特別表彰を受けました。

前回の第14回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の総合ディレクターであり、世界的に有名なオランダ人建築家レム・コールハース氏(右から3番目)とBUSのメンバー。BUSの展示の前で。

シンガポール大統領に神山町プロジェクトについて説明しました。過疎地域に高速ブロードバンド網のインフラが整備されていることに驚き、えんがわオフィスを気に入って下さいました。

私たちのBUSは神山町プロジェクトの代表作、
〈えんがわオフィス〉〈KOYA〉〈WEEK神山〉の映像作品を展示しています。
3つのプロジェクターを使って、3面の壁に
神山の豊かな自然の中にあるそれぞれの建物の映像を投影することで、
まるで神山町にいるかのような臨場感を体験できる展示になっています。
映像制作は菱川勢一さん率いる〈DRAWING AND MANUAL〉が担当、
彼らも神山町にサテライトオフィスを構えており、
神山町のご縁が生んだチームでの展示になりました。

展示は11月27日まで行われていますので、
ぜひこの機会にヴェネチア・ビエンナーレを訪れてみてください。

BUSの展示。

神山町の空き家再生の始まりは

さて、展示されている神山町のプロジェクトはどのように始まったのか。
vol.1ではハーバード大学からリーマンショックを経て、
無職になった私と神山町との出会いについて書きました。
今回は小さな空き家の改修から始まった神山町プロジェクトが、
どうしてヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展に出展するまでに成長したのか、
そのきっかけについて紹介したいと思います。
キーワードは「人の縁」です。

2008年10月に無職の私が神山町と出会ってから約1年半後、
2010年4月に東京藝術大学の教育研究助手に着任したことを
〈NPO法人グリーンバレー〉の大南信也さんに報告したことから
神山町での空き家改修のプロジェクトが始まります。
最初のプロジェクトは、クリエイターが神山に滞在して
作品制作するための拠点〈ブルーベアオフィス神山〉です。

「学生たちを神山に連れてきて、空き家を再生してくれませんか」

そう、大南さんからメールをもらい、
さっそく空き家改修のプロジェクトチームを結成しました。
東京藝大の学生たちを集めると同時に、
ニューヨーク時代に出会った建築家の須磨一清さんに声をかけました。
BUS(元・バスアーキテクツ)結成の瞬間です。

〈ブルーベアオフィス神山〉について大南さんにプレゼンしている様子。写真左が須磨一清さん。

〈Next Commons Lab〉 国内初!遠野市で起業家に 「ベーシック・インカム」 支給のプロジェクト

ヨーロッパで導入が検討されるなど、
いま話題の〈ベーシック・インカム〉が、日本でも!

このたび、岩手県遠野市と、市内の株式会社〈Next Commons〉が、
研究所〈Next Commons Lab〉を設立。
ただいま第一弾のプロジェクトとして、遠野で起業する起業家を公募中。
選ばれた起業家は遠野市に拠点を移すことで、
3年間の条件付きベーシック・インカム(月額約14万円の最低生活保障)が導入されます。

遠野市は柳田国男の『遠野物語』で知られる、人口3万人弱のちいさなまち。
ここで、土地の資源を活用しながら、10の領域/テーマで事業を立ち上げ、
新たな社会システムの具現化を試みるのが、
〈Next Commons Lab〉の最初のプロジェクトです。

ベーシック・インカムを受ける条件は、
「遠野市に住民票を移すこと」、「地元の資源を活かして起業すること」。
設定された10の起業のテーマは、
ローカルブルワリー・発酵・テクノロジー・限界集落・産前産後ケア・
超低コスト住宅開発・里山経済システム・グローバルスクール・デザイン・食。

これらのテーマは遠野の資源や人材などからはじまり、
プロジェクト化していく中で、
いくつかの新たなテーマへと派生していくように設定されています。
それぞれのテーマには、起業家をサポートする
プロジェクトパートナーがいるのでご安心を。

この〈Next Commons Lab〉は、
異分野で活躍するクリエイターや起業家、
最先端の技術と知見をもった企業、
地域の資源や人材とをつなぎ合わせ、
産業を生み、新しい働き方や暮らし方を実践するための組織。
各地の共通課題を解決するツールの開発や、
既存の観念にとらわれない社会システムの具現化などを行っていくそう。

民間企業のパートナーとして、
ロート製薬株式会社、キリン株式会社、Google イノベーション東北がサポートし、
地域資源と企業が持つ知見の掛けあわせ、個別事業のスケールアウトを目指します。

〈Next Commons Lab〉のパートナー企業

起業家の募集は、2016年6月26日(日)まで。
各プロジェクトの詳細は、〈Next Commons Lab〉Webサイトにて。

information

Next Commons Lab

リノベーションホテルがオープン! 廃業ホテルを譲り受けた理由とは。 HOTEL NUPKA vol.1

HOTEL NUPKA vol.1

みなさん、はじめまして。〈HOTEL NUPKA〉(ホテルヌプカ)の坂口琴美です。
十勝の中心都市、帯広市に私たちはこの春、
〈ホテルヌプカ〉というリノベーションホテルをオープンしました。

私たちが生まれ育った北海道十勝地方。
広大な北海道は、14の振興局に分けられているので、
十勝地方はそのなかで、十勝振興局と呼ばれ、
食料自給率が1000%を超えるほど、農業や畜産がさかんなエリア。
大学から東京に出てしまった私にとって
帯広空港に降りる飛行機の窓側席から見える
雄大な日高山脈に囲まれたモザイク調の美しい模様を織り成す畑は、
帰るたびにため息の出るほど美しい風景でした。

山々の恩恵を受けて、私たちは大地の恵みをたくさんいただき、
日高山脈と果てしなく広がる美しい畑に包まれて日々を過ごしています。
そして、十勝は北海道の中でも「おいしい」にたくさん出会える場所。

生きることは食べること。

食べもののある安心感。
十勝で出会う人たちが自由な考え方のできる人たちが多いと感じるのは、
そんな素朴でおいしい食べものに囲まれる安心に由来するのかな、と私は思います。

この魅力ある土地を舞台とした
小さなリノベーションホテルの取り組みと
私たちの大きな夢についてお話しますね。

十勝と世界をつなげる

ホテルヌプカは、2016年3月、北海道十勝地方の中心都市・帯広市で開業しました。
昭和48年から平成24年まで営業していた、
〈ホテルみのや〉の風合いある5階建ての建物をフルリノベーション。
2〜5階には客室やランドリールームが、
1階にはカフェ&バーがあり、ここは、
ホテルのゲストだけでなく、地元の人も気軽に入ることできます。

また、宿泊できるだけでなく、イベントなども随時開催予定。
全国、全世界から十勝を訪れるゲストと地元の人との交流が生まれることで、
十勝と世界をつなげる役割を果たしたいと願っています。

ホテルヌプカのスタッフ。

NUPKAの外観。

ホテルオープンのきっかけは映画づくり?

私がこの新しいホテルづくりに関わるきっかけとなったのは、
東京で暮らす十勝出身者が中心となった短編映画づくりのプロジェクトでした。

大学入学と同時に上京し、歳を増すごとに都会の良さや
日本のさまざまな地域の知識が増える一方、
地元のすばらしさに気づかされるようになっていきました。
都会では味わえない、また日本とは思えない
広い空と大地を感じてほしいと思うようになっていきました。
何よりも野菜の味がまったく違うんです。

月に一度、十勝の素材を使うレストランで夜な夜な集まっていた私たち。
いつも話題にのぼったのは故郷十勝の魅力をもっと発信できないかということ。
そこで、国内だけでなく世界にも向けた発信を考えたときに、
思いついたのが、十勝を舞台にしたストーリーと映像を発信するということでした。
「十勝」を「TOKACHI」として、グローバルなブランドとして育っていくよう、
なにか役立ちたいという思いから始まった取り組みです。

映画のタイトルは『マイ・リトル・ガイドブック』。
台湾の旅行会社で働く女性主人公が、
まだ広く知られていない北海道の観光資源を見つけるために十勝に派遣され、
地元の人との出会いの中でドラマが生まれるお話です。

監督を引き受けてくれたのは、十勝出身の後輩、逢坂芳郎さん。主演は台湾の人気タレントの吳心緹(ウー・シンティ)さん。クラウドファンディングで多くの方から制作資金の支援を受けることができました。映画は、2015年4月に完成し、Youtubeで無料配信されています。

この映画づくりを取り組んだ仲間のひとりが、十勝出身の柏尾哲哉さん。
柏尾さんは、東京で弁護士として働く一方で、
生まれ育った帯広の中心市街地の空洞化が進んで、
人通りが減り、かつてのにぎわいを失ったまちなかに、
映画を通じて十勝を訪れる新しい人の流れをつくり出したいと考えていました。

そんなとき、帯広駅から徒歩3分の飲食街の一画で
昭和48年から営業を続けていた〈ホテルみのや〉が
平成24年で営業を終了していることを柏尾さんは知りました。

旧ホテルみのや(昭和48年築)。

小浜市の徹底した 「義務食育」体制とは!? YouTube動画も公開中

福井県小浜市では、〈食のまちづくり条例〉を制定し、
伝統ある食に着目した食のまちづくりを推進しています。

中でも重要な取り組みとして位置づけられているのが〈食育〉。
“生涯食育” という概念を提唱し、
その土地で生産されるものを食べることが最も体に良いという
“身土不二(しんどふじ)” の理念にもとづく地産地消とともに、
食文化館、教育機関、公民館、健康管理センターなどにおいて、
ライフステージに合わせた食育事業を数多く実施中。
特に子ども達へのアプローチは徹底していて、市内の就学前の園児、
小学生、中学生全員が一定の食育体験学習が
できるように“義務食育”体制をとっています。

そんな小浜市の取り組みを紹介する動画が公開されています。
こちらは〈校区内型地場産学校給食〉。
小浜市では、地域の生産者団体との協力により、
できるかぎり各小学校の校区内でとれた­食材を使った学校給食を実施しています。
給食時には校内放送で「本日の食材の若狭カン­ランは○○おじさんの畑で
収穫されたものです。」といったアナウンスが流れ、
生産者の­顔が見える学校給食が実現しているんです。

そしてこちらは、
もうひとつの取り組み〈キッズ・キッチン〉。
これは、4歳から7歳までの幼児の料理教室で、
“料理“だけを教えるのではなく、
“料理”を通じて子ども達の様々な能力を伸ばす教育プログラムです。
特に、地元で採れた鮮魚をさばくなど、
命に触れる体験を積極的にとり入れ、
「いただきます」「ごちそうさま」の言葉に込められた、
感謝して食に向き合う心を育てます。

日本一くさいアンテナショップ!? 〈新島・式根 938(くさや) フェア〉開催中

伊豆諸島・小笠原諸島の
アンテナショップ〈東京愛らんど〉~TOKYO ISLANDS CAFE~にて、
ただいま〈新島・式根 938(くさや)フェア〉が開催中!

くさやは強烈な匂いと良い風味を合わせもつ、伊豆諸島の特産品。
この約2年ほど、店内飲食スペースでは厨房でくさやを調理することを
遠慮してきましたが、PRのために意を決して解禁! 
新島をはじめとする諸島のくさや販売に加え、
くさやを使ったフードも提供されます。

会場で提供されるのは、くさや初心者にもおすすめな、
オニオンスライスとトマトのフレッシュ感、
くさやの熟成された風味のハーモニーが味わえる
〈くさやとオニオンスライスのサンド〉400円(税込)や、
炙ったくさやを新島産一味唐辛子とマヨネーズでいただく
〈炙りくさや〉300円(税込)などなど。

くさやとオニオンスライスのサンド

炙りくさや

江戸時代に生産が始まったとされているくさや。
当時は生活に欠かせない貴重な塩を年貢として幕府に納めており、
その為に魚の塩漬けは塩水を繰り返して使っていました。
その塩水に魚の成分が蓄積して発酵し、
独特の風味が加わったのが“くさや液”。
これにムロアジやトビウオなどを漬け込んだ後、
天日干ししたものが、くさやです。

現在でも伊豆諸島で盛んに造られており、
独特の塩のうま味が酒の肴やご飯のお供にぴったりな逸品です。
(参考:農林水産省『農山漁村の郷土料理百選』)

式根島揚げ 500円(税込)

新島ソフト 400円(税込)

ほか会場では、包丁でたたいたトビウオやカジキのミンチに
味をつけて揚げた、式根島の郷土料理〈式根島揚〉や、
純粋はちみつ使用の新島産ブルーベリーのコンフィチュール、
新島特産あめりか芋チップスを飾った〈新島ソフト〉も。
お口なおし?にどうぞ!

〈呉海自カレーフェア〉 12隻の海軍カレーが銀座に登場! 広島・呉発の艦艇カレー

2016年6月12日(日)、
東京・銀座の広島ブランドショップ〈TAU(たう)〉で、
イベント〈呉海自カレーフェア in TAU〉が開催されます。
これは、旧海軍の時代から“海軍カレー”の伝統をもつ
広島県呉市発のイベント。
海上自衛隊呉基地に所属する、12隻の艦艇のカレーを
忠実に再現したレトルトカレーを販売します!

“海軍カレー”とは、海上自衛隊で食されているカレーのこと。
海上自衛隊の海上での任務でなくなりがちな
曜日感覚を取り戻すという役割もあり、
毎週金曜日が“カレーの日”とされています。
海上自衛隊の艦艇は、それぞれの艦ごとに
独自のカレーのレシピを持っており、
呉基地においてもその艦艇の数だけレシピが存在するんです!!

こちらのフェアでは、呉基地に所属する艦艇のうち、
12隻のレシピを忠実に再現したレトルト商品を開発。
TAU1階にて販売します。お値段は600円〜700円(税抜)。
参加する艦艇はこちらのとおり。

・いずしまカレー

・いなづまカレー

・海軍伝承いせカレー

・かしま牛舌カレー

・呉基地業務隊牛すじカレー

・護衛艦とね 特製キーマカレー

・潜水艦〈そうりゅう〉カレー 

・〈ぶんご〉のキーマカレー

・補給艦とわだカレー

・まきしおチキンカレー

・輸送艦しもきたカレー

・潜水艦けんりゅうの〈ソードドラゴンカレー〉

勝手に作る商店街サンド: 今回の舞台はもんじゃソースの 香り漂う、東京都月島!

商店街サンドとは?

「商店街サンド」とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチを作ってみる企画。
必ずといっていいほどおいしいものができ、
ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる、一石二鳥の企画なのだ。

もんじゃ天国、月島で作る!

今回は、築地や銀座にほど近い東京都中央区月島にやってきた。
月島は明治25年に東京湾を埋め立てて誕生した、人工の島だ。
当時は富国強兵の国策に沿って重工業化が進み、
鉄工所や工場が多く並んでいたという。
隅田川沿いには海運業や倉庫も並び、
労働者が流入、人口が急増したのだそう。

このメンバーで向かいます。後ろは子育て支援施設〈グロースリンクかちどき〉の遊び場。

いつもはおにぎりを作るメンバーと!

今回ご縁があって一緒に商店街サンドを作ることになったのは、
月島近くに住む3歳から6歳の子どもたちと、その親御さん。

グロースリンクかちどきの人気イベント〈おにぎ隣人祭り〉を
主催する親子食育のプロ集団〈Foozit〉さんに、
一緒にワークショップをやりたいとお声がけいただいたのだ。

ちなみに〈おにぎ隣人祭り〉とは、
参加者の郷土の食材を使っておにぎりを作る
体験型食育×地域コミュニティイベントだそうだ。

おにぎ隣人祭りの様子。

〈郷土の味〉をぎゅっとまとめて楽しむところが
商店街サンドと似ていておもしろい。

いつもはおにぎりを握るメンバーが、今回はサンドイッチに挑戦。
はたしてどうなるのか楽しみである。

やんちゃな男の子たち。ふたりからカメハメ波を受けているのは今回声をかけてくれた〈グロースリンクかちどき〉の斎藤雄介さん。

焼き色が気になるパン屋

なお今回は時間の都合で、
事前に斎藤雄介さんと一緒にパンを調達してきている。

月島には名物パン屋さんがふたつ。
ひとつは、パンがよーく焼けている(というか焦げてる?)ことで
有名な〈みなみ屋〉さん。

下町のパン屋さんといった、年季が感じられるお店。

焼きが強いのが特徴。気になって、たまらずカツサンドを購入。あんドーナツをオマケしてくれた。

商店街サンド用に食パンを切ってもらった。こちらの焼き加減は普通だった。

もうひとつは、山口百恵さんのウェディングケーキをつくった、
というので有名な〈Tant Pour Tant(タンプルタン)〉さんのパン。
こちらは洋風で今どきな外観。

左がパン屋さん、右がケーキ屋さんになっている。

うん、どれもフカフカでおいしそうだ!

よっしゃ、食材探し行くぞー!

都会のオアシス、もんじゃストリート

月島はもんじゃで有名なまちとあって、
浅草のような、いかにも下町の景色を想像する人が多いかもしれない。
確かに、もんじゃストリートや路地裏の長屋など
昔ながらの風景が見られる。

横道にそれると下町らしさ全開。

しかし実はここ、少し引いて見てみると、
まわりは子育て世代の移住者を多く受け入れる
タワーマンションに囲まれていることがわかる。

情緒残る月島西仲通り商店街(もんじゃストリート)。その奥には500世帯も入る新しいタワーマンションがニョキニョキと。おもしろい光景だ。

東京駅にもアクセスしやすいため、
小さい子どもを持つ働き盛りの世代に人気のエリアのようだ。
新しい都市型住宅環境の中に残るオアシス、
それが月島なのだ。

昼間からもんじゃ屋さんが開き、ソースの香りがただよう商店街。

元気いっぱいの子どもたちのあとについて行くかたちで
食材を探した。

いきなりスーパーに入ろうとする子どもたち。

ビルの中にあった神社を見つけて「おはようございます!」と元気にお参り。自由だ。

〈土佐野菜〉 高知産限定の野菜通販サイト。 野菜も段ボールもmade in 高知!

高知産限定の野菜通販サイト〈土佐野菜〉
農環境に恵まれた高知で育てた野菜だけを産直で届けるサービスです。
コンセプトは“土佐婆ちゃんからの野菜の仕送り”。
サイトから注文をすると、ダンボールに入って、
高知で採れた野菜の他に“土佐のおばあちゃんからの便り”や
“土佐野菜を使ったレシピ”、“お裾分け”が同封されます。

料金は、プチヴェール、原木シイタケ、白鵬かぼちゃ、
ほうれん草、ズッキーニ、山東白菜など、旬の野菜13品目を
月に1回の配達で3,380円(税抜、リニューアル特別価格)。
農家と消費者の間に介在する業者をカットすることでコストを下げ、
収穫の翌日にお届けすることが可能に。
“高知の不器用な農家さん”の収益が増えることで、
より価値の高い野菜を提供できる循環モデルです。
また、野菜だけではなく、段ボールから梱包に使用する材料など
全て高知の企業が行っています。

高知は、南側をスッポリと黒潮が流れる太平洋に囲まれ、
北側は森林に覆われるという、日本のなかでも特殊な地形。
特に農作物にとって大事な水を作り出す森林の割合が84%と
日本一を誇ります。一年中温暖な平野部と、
寒暖差の激しい山間部とで旬をずらすことにより、
年間を通して安定的に農作物が収穫できるという
好条件が揃っているんです。

週末のお散歩イベント 〈西荻茶散歩〉 101店舗が参加!

2016年6月4日(土)と6月5日(日)の二日間にわたり、
古道具屋や古本屋さんが並ぶ西荻のまちをお散歩するイベント、
〈西荻茶散歩(ニシオギチャサンポー)〉が開催されます!

本イベントの開催は今年で8年目。
今年は西荻のお店なんと101店舗が参加し、
体験型ワークショップや展覧会、お得なセールなど、
各店舗の趣向を凝らしたイベントが町中で行われます。

ニシオギチャサンポーに参加する店舗は二通り。
無料のお茶を頂ける〈チャサンポー店〉と、
嬉しい特典が楽しめる〈チャサンポー飲食&サービス店〉。
サイトからダウンロードできる〈チャサンポーマップ〉を片手に、
参加店舗の目印“やかんマーク”を探してみませんか?

information

map

西荻茶散歩(ニシオギチャサンポー)

日程:2016年6月4日(土)、5日(日)

時間:11:00〜19:00

会場:西荻窪界隈の101店舗

URL:公式サイト

新市庁舎が、森のなかにオープン? 未来の先まで続く仕掛けとは。 Green Creative Inabe vol.3

三重県いなべ市では、「選ばれるまち」を目指して
市民参加型の地域活性化プロジェクト
〈Green Creative Inabe〉(グリーンクリエイティブいなべ)」が進行している。
市民と行政が連動してつくっていくまちの未来とは?
vol.1では、自然豊かな土地に惹かれて移住してきた若者たち、
vol.2では山間部でのこれまでの実践者たちを紹介してきた。
未来に向けて、どのような動きが始まっているのか。

三重県北部に位置するいなべ市は、
名古屋を中心に半径 30~40キロ圏内を結ぶ東海環状自動車道の建設が続いている。
全面開通後は、東は豊田市、北は岐阜市、西は四日市市までが連結され、
東名阪、中央などの高速道路ともスムーズにアクセスできるようになる予定だ。
平成31年春に、森の中にオープンする新市庁舎の建設を控え、
いなべがどんな場所になっていくべきかと市民が考えながら参加していくプロジェクト
〈Green Creative Inabe〉(グリーンクリエイティブいなべ)が始まった。

Green Creative Inabe ってなんだろう?

Green Creative Inabe では、
いなべの資源を「グリーン」と定義し、
それを都会的に磨き上げられたセンス、感性で
ローカルを再評価することを「ローカルセンス」と呼ぶ。
そのふたつをかけあわせることで、
都会の人たちにここにしかないものに
魅力を感じてもらいたい、ということだそうだ。
キャンパーたちから高い評価を得ている
いなべ市内の〈青川峡キャンピングパーク〉で一夜を過ごしてみると
その意味がさらに、わかった気がした。
何しろ、清潔で、ムードが、いい。
若いスタッフが、和やかに働いている。
手ぶらでやってきたとしても“山にきた!”と感じられる場づくり。
何か新しいモノゴトに興味を抱くにはその門戸は広く開かれているほど、入りやすい。

青川峡キャンピングパークのログキャビンに宿泊してみた。ここでは、食材以外のすべてが完備されているキャビンから、レンタルテント、そして自分で持ち込むテントまで、訪れる人のアウトドアのスキルによって滞在方法が選べる。取材班は野菜の直売所で山菜や野菜、塩や胡椒などシンプルな調味料を買い、キッチンでパエリアやサラダ、マリネなどをつくっていなべの食材を味わった。

vol.1で登場してもらった八風農園・寺園風さんの野菜を
何度か取り寄せてみたが、荷物が届くたびにうれしかった。
なぜなら、箱を開けると出てくる少量多品種の野菜セットが
みずみずしい、緑の花束のようだったから。
茹でると甘くなるビーツや苦味を感じさせるトレビスなどの
西洋野菜も少しずつ入り、味はもちろんのこと、色も鮮やか。
冷蔵庫から出すときはいなべの風を思い出して気分がよくなった。
自分の心地よいことに従って生きている人のセンスは受け手に伝わるものなのだなと思った。
この、しつらえのあり方そのものが Green Creative Inabe でいう
「ローカルセンス」というものなのかもしれない。

にぎわいの森に集う人たちをイメージして

Green Creative Inabe では、
新市庁舎建設に合わせてオープンする〈にぎわいの森〉に
大阪、名古屋市でファンの多いお店を招聘した。
現在、出店が決まっている
瑞穂区にあるベーカリー〈peu frequente〉(プーフレカンテ)、
天白区のフレンチビストロ〈FUCHITEI à vous〉(フチテイ ア ヴ)は
どちらも中京圏のグルメに大人気のお店だ。
プーフレカンテは12種類もあるという食パンを求めて行列ができるほどで、
メディアでもしょっちゅう紹介されている。

フチテイは住宅地で10年、地元住民に愛されるビストロを続けており、
連日ランチは予約でいっぱいになる。
なぜ、そんな話題のお店がいなべ新市庁舎の敷地内に出店するのか。
それは、今後活躍する世代にも、いなべの素材力を暮らしのなかで体感してもらうため、
より大きな新しい魅力に再編集してもらおうということだ。

プーフレカンテの狩野義浩さんは、プロデューサーの石黒靖敏さんの関わるイベントに狩野さんが出店するなど年月をかけて関係を築いてきた。その関係性により、いなべに出店を決めたという。3年後の出店に向けて狩野さんがいなべの魅力を知るのはこれから。

愛知県を中心に活動する店づくり・まちづくりプロデューサーの石黒靖敏さんは、
これまで数々のプロジェクトに参画し、成功させてきた。
特に、1997年から関わった名古屋の覚王山商店街の事例が有名だ。
それまで寂れたシャッター商店街だったのが
現在では出店待機者が絶えないくらいのにぎわいになっている。
今や、覚王山が名古屋を代表するまちであることは
中京圏の人には、すでに知られたことだろう。
そんな彼に声をかけたのは、いなべ市の日沖靖市長だった。

市内の阿下喜(あげき)商店街にぎわい創出に関わり、
まちの議論を活性化させた実績のある彼に
Green Creative Inabe のコンセプトづくりから骨子づくりを任せたのだ。

江戸時代には岐阜県から運ばれてくる木材の荷上げを行っていたことから“あげき”といわれ、桑名に運ぶための交通の要所だった阿下喜のまち。昭和の始めはにぎわいも最盛期だったが、近頃は閉めている店も多かった。

「市の未来を決める大切な事業を外の人に任せるなんて」
「よその人気店が出店しても、そこが儲かるだけじゃないか」
Green Creative Inabe の内容に反対の声も聞かれるなか、
なぜ、今、プロジェクトを始めるのかと日沖市長に質問をしてみたら、
こんな答えが返ってきた。

「いなべ市民は、現状の生活にそこそこ満足しています。
だから、その先をイメージできる人がいない。
そこそこ満足して何もしなければ物事は衰退する一方なんです。
未来に向かって一石を投じるために、
外から客観的に市を眺めてくれる存在が必要と思い、
Green Creative Inabe 全体のデザインを彼に依頼しました」

「人が何を期待していなべに来てくれるかと考えると、自然に魅力を感じてくれる人しかこない。だから、出店者には森の中にお店を出すことに魅力を感じてもらいたいし、外からくる人にはいなべに住みたいと思ってほしい」と言う日沖市長。

デンソーやトヨタ車体、太平洋セメントなど大きな企業があり、
企業誘致も成功しているいなべ市の財政は、現在とても健全だ。
ところが、普通交付税が減額されていく平成31年度には
20 億円の財源が減ってしまう見込みとなっている。
2003 年に4つのまちが合併し、10年以上経ったが、いまだに庁舎はバラバラなまま。
そういった意味では、ひとつの市庁舎となることも必要だった。

「市役所は、本来ならば職員のオフィスビルの
機能だけがあればよいのだけど、どうせなら、おもしろくしてやろうじゃないか、
とプラスアルファの部分をつくることにしたのです」

大きなモールの中に多種多様なお店が存在するようなイメージを
新しい市庁舎に思い描いていた市長は、
市庁舎の敷地内にテナントを入れることを考えていたという。
石黒さんがデザインしたのは、大阪、名古屋で大人気のお店のほか、
地元の生産者や生業としてがんばっている人々も参加し、
訪れた人すべてが楽しめる〈にぎわいの森〉をつくること。
「グリーン」を生かしたまちのイメージを長きにわたり
根づかせるために、農学校もつくることになった。
そこに入るのは、「自産自消」ができる社会を実践する京都の〈マイファーム〉だ。

未来のその先までもがつながるような仕掛けは続く。
遠方から出店するお店は、いなべの食材を使い、
広い空間でアトリエを持ったつもりで仕事ができる。
人気のある店はローカルセンスを発揮し、訪問者にいなべを体験してもらえる玄関となる。

フチテイがいなべで出店する際にお店で出すものは、本格フレンチではなく、みんながふだんから食べやすいもの。いなべの豚肉を使って発色剤や保存剤などを使用しないソーセージを出す予定。プーフレカンテとのコラボレーションも企画中とか。

市長は、石黒さんに初めて会ったときエネルギッシュな人柄に
ひょっとすると何かできるかもしれない、という希望が見えたという。
「放っておくと、結局は何も生まれないんですよ。
だから、阿下喜のまちの活性化を
地元の方と根気よく続けた石黒さんの存在が必要だったんですね」

よそもの、ばかもの、わかものはまちを変えていくのか

石黒さんは、このプロジェクトをどのように進めるのだろうか。
「いなべの環境を考えると、それを生かしたまちづくりが大前提となる。
農と食に特化したほうがいいと考えました」
さまざまな商店街を活性化させてきた石黒さんだが、農村地帯は初めて。しかも行政単位だ。

「土地の“材”を“財”へ変化させることを意識し、共鳴する人を集め、コアメンバーをつくり、
プロジェクトが自立していくように進めます」と語る。
描いた理想系を自分たちのものとしてカスタマイズし、走っていく地域の人たちが必要だ。

キャプション:Green Creative Inabe のイメージを描くプロデューサーの石黒靖敏さん。決していなべ市サイドの目線にはならず、第三者を貫く。距離をおいて見つめ、必要と思う場所にはさまざまな企画や人を投入し、まちに刺激を与える。

さて、新市庁舎で働くことになる市役所職員たちの反応はどうだろう?

グレアムさんの京都旅行が 無印良品〈HOW to GO〉に登場。 個展も開催!

コロカルにて連載中の『グレアムさんの神戸日記』
でお馴染みのアーティスト、グレアム・ミックニーさん。
ただいま東京・丸の内の〈MUJI to GO KITTE丸の内〉にて
開催されているシリーズ企画〈HOW to GO〉に、
グレアムさんが登場しています!

シリーズ企画〈HOW to GO〉では、
京都の銭湯〈サウナの梅湯〉番頭の湊三次郎 (みなとさんじろう)さんと
グレアムさんが“銭湯旅”と題した京都旅行におでかけする模様をレポート。
無印良品のショップ〈MUJI to GO〉の新しい手ぬぐい、
ハンカチ、パラグライダークロスを紹介するリーフレットを作成。

〈MUJI to GO KITTE丸の内〉の会場では、
実際の商品や旅でグレアムさんが描いたスケッチや作品、
先代梅湯の暖簾などが展示されています。

グレアムさんと一緒に旅をした湊三次郎さんは、
自他ともに認める銭湯好き。
銭湯を目当てにした旅をすることも多く、
一日10軒以上まわることもあるのだとか。
銭湯好きが高じて、廃湯寸前だった京都の銭湯〈梅湯〉の
経営に名乗りをあげ、2015年より番頭を勤めているんです。
その活動はTwitterにて発信中。

レタスの村の大変革。 川上村の女性たちに 起き始めた変化とは

女性たちのアイデアで村を変えていく

八ヶ岳の麓に広がる、長野県南佐久郡川上村。
人口4000人ほどの小さな村ながら、標高1300メートルの
冷涼な気候で育まれるレタスは、日本一の出荷量を誇っています。
世帯の平均年収が2500万円という裕福な村なのですが、レタス栽培は重労働。
収穫時期となる夏場は、深夜1時くらいに起きて暗いなかで収穫が行われ、
朝採りの新鮮なレタスが首都圏などに出荷されます。

そんなレタス農家を陰で支えているのが、女性たち。
そのなかでも家事と育児の両立で、
自由な時間をなかなか持てないお嫁さんたちを中心に、
村ではいま、小さな変化が起きようとしています。

日本一の出荷量を誇る川上村のレタス。その農家を支える女性たちが動き出しました。

〈KAWAKAMI Re:BRANDING事業〉というプロジェクトは、
「変わることは、希望。」という事業コンセプトのもと、
村が抱えるさまざまな問題を解決しながら、村民の意識改革を促すもの。
村の女性たちが家の中だけでなく、社会的にも活躍できる場や機会を創出するのが、
柱のひとつになっています。
その実現のためにつくられた仕組みが〈KAWAKAMI IDEA FOREST〉で、
村の女性などから出たアイデアを、企業や専門家のサポートを得ながら
事業化していくことを目指します。

村の農産物などを活用した新しい特産品のアイデアを募集する
「地域特産品事業アイデア部門」と、
ライフスタイルを向上させる事業のアイデアを募集する
「地域ライフスタイル事業アイデア部門」の2部門でさっそく募集をしたところ、
村内外46名の応募者から106点のアイデアが寄せられました。
そして2月21日に開催された
『KAWAKAMI 地域イノベーションアイデアコンテスト 2016』で、
一次選考を通過した8点のアイデアがプレゼンテーションされました。
こうした試みは初めてなので、どんなアイデアが出てくるのか
予測がつかない不安はあったものの、蓋を開けてみると興味深いものがズラリ。

最優秀賞を受賞した「Mama's Rescue『森の手当て屋さん』」は、
病院のない川上村の課題に着目。
アロマテラピーなど薬草を使った自然療法で、
病気を未然に防ぐことを目的とした地域社会をつくるという、
いかにも女性の視点らしいアイデアでした。
ほかにも、おにぎりをレタスで包んだ「レタむすび」の商品アイデアをSNSで募り、
決勝大会を川上村で開催する「全国レタむすび選手権 in 川上村」や、
さるなしのジャムとヨーグルトと川上村の水で作る「さるなっしーでラッシー」と、
川上村産レタスと白菜を使った「川上ぎょうざ」を商品化し、
ご当地グルメにするアイデアなどなど。

『KAWAKAMI 地域イノベーションアイデアコンテスト 2016』には審査員としてライフスタイルプロデューサーの村上萌さんやコロカル編集長の及川卓也も参加。

最優秀賞に選ばれた川上知美さんの提案する『森の手当て屋さん』は、アロマテラピーによるストレスケアやハーブティーを提供することなどにより、病気を未然に防ごうというアイデア。

またコンテストと同時に、『#discoverkawakami』と名づけた
ワークショップが開催され、ライフスタイルプロデューサーの村上萌さんとともに、
村の女性たちが川上村のいいもの、いいところを話し合う場も。
参加した女性は、次のような感想を述べています。

「いままでは周りに何か言われるのが怖くて、こんなことがしたいと
言えずにいましたが、コンテストとワークショップを通して
たくさんの人に関わらせていただき、共感してもらったり刺激をもらって、
自分でも何かできるかも、何かしてみたいと思うようになりました」

ワークショップなどを通じて、女性たちに希望や自信が生まれていったよう。

シャクヤクよ、棚田に咲き誇れ。 限界集落がつないだ100人以上の 「大家族」の挑戦

「棚田をシャクヤクでいっぱいに!」
とある夫婦と100人の若者たちは、どう耕作放棄地をよみがえらせたか

高知県大豊町。
四国のほぼ中央に位置し、高知随一の豪雪地帯としても知られる。
平均標高450メートルの山岳地帯に位置する大豊町は、平地がとても少ない。
代わりにここの人たちが先祖代々つくりあげてきたのが、
急勾配の山の斜面に延々と続く棚田である。
田植えの時期は青々とした水田が、稲刈りの時期は黄金色の稲穂が、
冬には積もった雪が、季節ごとに色を変えて棚田をパレットのように染める。
フィリピンでは、山肌に沿って空まで続く棚田のことを「天国への階段」と表現するが、
なるほど確かに言い得て妙だ。

大豊町は四国有数の豪雪地帯。雪が積もると棚田は白い階段に装いを変える。

その大豊町で、耕作放棄地となった棚田に
シャクヤク(芍薬)を咲かせるプロジェクトが始まっている。
発起人のひとりが、8年前に大豊町に移住をしてきた大谷一夫・咲子ご夫妻だ。
「山が好きだったから、登山に来たことが最初のきっかけ。
来てみたら、すっかりこの棚田の風景に惚れ込んでしまって。
ちょうどお父さんの主治医から、
空気のいいところに引っ越した方がいいって言われたこともあって移住を決めたの」

しかし、大豊町は四国で最初に限界自治体を迎えたまちでもある。
「だんだん、集落の人も年をとっていって、野良仕事が難しくなっている。
人が入らなくなくなった棚田は、耕作放棄地になって、すぐに崩れていく。
この美しい棚田の景色に惚れ込んできたのに、それがなくなっていくことが悲しくてね。
なんとかできないかって集落の人たちと作戦会議をしたの」

大谷一夫さん(左)と咲子さん(右)。この日は咲子さんの誕生日を祝って大学生がケーキを持ってきていた。

大谷さんご自慢の家からの景色。この景色を見ながら、ふたりに会いに来た若者とごはんを食べるのが恒例行事。

耕作放棄地となった棚田(左)と、農作地の棚田(右)。放棄地となった棚田は、草木が生い茂り、土砂崩れなどの原因にもなる。

高知大学の教授や、地域の要人が集まった会議で、棚田をどのように生かせるか、
どうしたら大豊の棚田を残せるかを話し合った。
人もいない、予算もない、でもなんとかしたい。
そんななかで、プロジェクトは咲子さんのひと言で決まった。
「棚田をシャクヤクでいっぱいにしよう」

咲子さんに聞くと、
「シャクヤクにしようと言ったのは、この辺りに準絶滅危惧種の
ヤマシャクヤクが自生してるっていうのもあるんだけど……
しんどいことは嫌! と思ったから(笑)。
ほかの花と違って、シャクヤクは1株植えたら毎年花を出してくれる。
もちろんお世話は必要だけど、
これだったら人がいないこの土地でもみんなの力でできると思った。
私たちの力で、私たちの土地を守っていけるって」
そして2013年、〈大豊シャクヤクの会〉は誕生した。

準絶滅危惧種に指定されているヤマシャクヤクの花。

耕作放棄地となった棚田にシャクヤクを咲かせるべく、毎週のように開墾作業や会議を続けた。
高知大学の浜田和俊先生と集落のつながりもあって、大学生ボランティアも徐々に増えていった。
ここでも中心になったのは一夫さん。
農機具の使い方や生活の知恵に至るまで、大学生と一緒に畑に立って、
ひとつひとつ手ほどきをしながら教えた。
民間の助成金や寄付金を募る傍ら、
クラウドファンディングにも挑戦して全国から120万円の資金も集めた。
地元民の力、地域の大学生の力が合わさって、
限界集落に少しずつシャクヤク畑が広がっていった。
1年目は500平米だった畑も、2016年の今年は2000平米へと広がった。

シャクヤクの植えつけ作業をする高知大学生団体MBのメンバー。