連載
posted:2015.12.19 from:香川県高松市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
SHOHEI OKA
岡 昇平
1973年香川県高松市生まれ。徳島大学工学部卒業、日本大学大学院芸術学研究科修了。みかんぐみを経て高松に戻る。設計事務所岡昇平代表、仏生山温泉番台。まち全体を旅館に見立てる「仏生山まちぐるみ旅館」を10年がかりで進めつつ、「仏生山まちいち」「ことでんおんせん」「50m書店」「おんせんマーケット」などをみんなで始める。
ぼくは、香川県高松市の仏生山町というところで暮らしています。
建築設計事務所と、仏生山温泉を運営しながら、
まち全体を旅館に見立てる、
〈仏生山まちぐるみ旅館〉という取り組みを進めています。
ぼく自身の、まちぐるみ旅館との関わり方はとっても簡単で、
「まち全体が旅館です」
と、ただそう言っているだけです。
まちぐるみ旅館とは、
まちを変えるのではなくて、まちの見方を変えることだからです。
積極的に店を誘致するわけでもなく受動的な感じ。
まちぐるみ旅館に賛同してくれる人が、
そのことを魅力だと感じてくれる人が、
たまたまご縁あって、まちに店を開くという流れになっています。
もちろん実際に店を開くという段階になれば、
土地、建物、経営、企画など、いろいろ相談にのります。
その関わり方は、物件によってさまざま。
共通して大切にしていることは、店がちゃんと自立し、継続できる状態になることです。
健康的な自立があって初めて、
まちとして機能するための、役割分担、相互補完の関係が生まれるからです。
仏生山のまちにある店のいくつかは、
ぼく自身が運営に関わっているところもあります。
今回ご紹介する〈へちま文庫〉はそのひとつです。
へちま文庫は古書店です。
多くの本は表紙が見えるように置かれています。
雑貨や家具も、ちょっとあって、販売しています。
おいしいコーヒーも飲めたりします。
ぼくは、濃厚なアイスカフェラテがお気に入りです。
今は週に1回だけど、水曜日においしいカレーが食べられます。
カレーはチキンだったり、白身魚だったり、毎週違っていて楽しい。
そして、いろいろな人と一緒に、
ジャンルを問わず、いろいろなものづくりをしていく、そういう場所でもあります。
前回ご紹介した〈仏生山天満屋サンド〉から半年後、
2014年11月にゆっくり開業しました。
場所は仏生山温泉から200メートルのところにあります。
熊野神社の参道沿いにあるので、
何となく空気もさわやかで場所の雰囲気がいい。
もともとは、木の戸や、木のガラス窓など建具をつくる木工所でした。
もう、何年も使用されていない状態で、物置のようになっていました。
木造平屋建て、床面積は約95平米なので、小さな住宅ぐらいの規模です。
建物の年齢は約50歳。
建物はある一定の年数を経ると、ガタがくるというか、空気が淀んできます。
ここもそうでした。
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空気が淀むのは、ふたつの理由があると思っています。
ひとつめは、建物の物理的な耐久性。
ふたつめは、建物の社会的な役割や用途。
時代の変化とともに、人が住まなくなったり、
社会での役割がなくなったり、ということ。
役割がなくなって、人が使わなくなると、建物は、とたんに雰囲気が悪くなります。
ふたつめの理由のほうが、建物にとって、ダメージが大きいかもしれません。
でも、そのふたつを解消してあげれば、空気の淀みは、取り除くことができます。
空気の淀みを取り除くことは、
リノベーションと言われている行為のひとつだと思っています。
へちま文庫のリノベーションは、
電気工事と給排水工事以外、すべてセルフビルドで行いました。
なので、あまり大げさなことはしていません。
屋根は、瓦がずれて、
太陽の光が室内に漏れているところがいくつもあって、
雨が降ると、室内にも降ってきますから、下から塞いで直しました。
今でも気にならない程度に、少し漏れていますけど。
壁は新築当時から外壁も間仕切り壁も土壁でできています。
木工所だったため、仕上げの上塗りまでしてなくて、
最初から中塗りで終わらせているという状態。
でもそれがまた、荒々しくてとてもよい。
土壁は全部、そのまま残しています。
穴があいたり、すき間ができているところは、
こてを使って土を塗り、補修しました。
その土は前回紹介した、仏生山天満屋サンドのリノベーションのときに、
くずした土壁をもらってきたもので、再度練って使用しました。
土壁はリサイクルできるのです。ちょっとした移植のような感覚。
外壁は、正面部分に波板の鉄板が張られていて、無機質な感じでした。
それをはがして、ヒノキの皮を張りました。
だから正面はすごく毛深い印象。
ちょっとにやにやできます。
ヒノキの皮は、製材所に行って、捨てられてしまうものをもらってきました。
窓は水平に連続した木製建具のガラス窓。
開放的でとても明るくて気持ちいい。
建具をつくる作業所だったから、しっかりした自家製の窓。
ここもそのまま。
掃除しただけで、見違えるほどきれいになりました。
床はふわふわでした。
だいぶん傷んでいて、踏み抜けそうだったので、
合板で補強して、上からスギ板を張りました。
あとは、本棚、机、椅子を置いただけ。
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南側にある庭は、いい感じの大きな庇があったので、
もともと張られていた波板を撤去して、
垂木のままの状態にして、へちまのツルが巻き付く棚としました。
へちま文庫だから、もちろん、へちまを植えます。
このへちま文庫という名前の由来を考える際には、
“へちま”という言葉の響きのかわいらしさや
“役に立たない”もののたとえとして使われることとか、
「と」っていう接続を表す音をもっていたりとか、
(もともと唐瓜(とうり)っていう名前で、
「と」はいろは順の「へ」と「ち」の間ってことが由来らしい)
いろいろこじつけて意味を重ねようとしたりしました。
でも結局のところ、そんなことはどうでもよくて、
へちま文庫という名前が感覚として、
腑に落ちたからというのが本当のところです。
リノベーションにかかった費用は、人件費なし。
自分たちで買った材料代やプロに任せた設備工事を合わせて、
だいたい150万円ぐらいになりました。
開業から1年たって、全体の雰囲気にそわそわした感じがなくなり、
だいぶん落ち着いてきたところです。
へちま文庫は、ぼくを含めた3人が共同で代表をしています。
ひとりめは家具制作の、松村亮平さん。
高松で〈ANTIPOEME(アンチポエム)〉という名前で家具をつくっています。
へちま文庫の家具は全部つくってくれました。
ふたりめは洋服販売の、続木昭二さん。
高松市内でセレクトショップ〈イーハトーブ〉を経営しています。
ひとりで始めるより3人のほうが楽しいし、
思考の展開に意外性を感じることができます。
古書店という形態も、3人で話をしているなかで、
自然に決まっていったように思います。
運営はその3人と、地元の何人かのメンバーで行っています。
代表者を含め、メンバーに上下関係はなくて、
ふんわりした横の序列があるという状態。
合議制でものごとを決定しているし、
給与というものもなくて、売った分に応じた、歩合制。
だから、実はみんなが店主のようなスタンス。
運営メンバー同士で
上下や給与の関係がなくなると、横だけの関係になる。
それぞれが運営メンバー全体との損得を意識しなくなるのがいい。
そうなると、みんな同じ側に立ってひとつの方向に向くことができる。
本、
お店、
お客さん、
そのほか、
すべての本質的なことにおいて、
利害を抜きにして、「よくする」ということだけを共有できる。
そういう姿勢がへちま文庫全体に自然と染み出ていて、
運営メンバーにとっても、お客さんにとっても、居心地がとてもよい。
このことは、仏生山まちぐるみ旅館のお店同士の関係にも言えること。
役割分担や相互補完、お客さんを気持ちよく紹介し合う関係、
お店をめぐる関係が生まれています。
仏生山というまちを旅館に見立てることで、
お互いに利害の関係を小さくして、同じ側に立ち、
ひとつの方向に向くことができる。
そういう関係が増えていっているし、
これからも少しずつ増えて、まちの居心地がもっとよくなる。
そういうふうになるのがいいな。
information
へちま文庫
住所:香川県高松市出作町158-1
TEL:080-4035-3657
営業時間:12:00〜18:00
定休日:火曜日
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