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連載

おいしさの秘密は和菓子の技術?
伝統をつなぐ〈高岡ラムネ〉

ものづくりの現場
vol.027

posted:2016.5.12   from:富山県高岡市  genre:ものづくり

〈 この連載・企画は… 〉  各地で育まれてきた食文化を伝える、日本のものづくり。
新たに地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。

writer profile

Hiromi Shimada

島田浩美

しまだ・ひろみ●編集者/ライター/書店員。長野県出身、在住。大学時代に読んだ沢木耕太郎著『深夜特急』にわかりやすく影響を受け、卒業後2年間の放浪生活を送る。帰国後、地元出版社の勤務を経て、同僚デザイナーとともに長野市に「旅とアート」がテーマの書店〈ch.books〉をオープン。趣味は山登り、特技はマラソン。体力には自信あり。

photographer profile

cocoon

出地瑠以 Rui Izuchi

写真家。1983年福井生まれ。東京とハワイでの活動を経て、現在は大阪・福井を拠点に活動中。〈Flat〉という文化創造塾の運営メンバー。また結婚式を創るユニット〈HOPES〉のメンバーでもある。
http://www.cocoon-photo.com/

和菓子の技と米粉を用いた大人が楽しめるラムネ

富山県高岡市。古くから、商工業都市として発展してきたこのまちは、
独自の工芸技術や祭礼、伝統的建造物がいまなお数多く継承されている。
特に、旧北陸道に沿う〈山町〉は、長く商都としての繁栄を支えてきた。
そんな通称〈山町筋〉で170余年の歴史を刻むのが、老舗菓子屋〈大野屋〉だ。

かつて多くの卸問屋や商店が軒を連ねた土蔵造りの商人町〈山町筋〉の一角にある〈大野屋〉。

店頭に並ぶのは、
高岡に滞在した万葉の歌人・大伴家持の歌にちなんだ代表銘菓〈とこなつ〉や〈田毎〉、
地名に通じる〈山町筋〉など、地元にゆかりのある和菓子。
そのなかでもひときわ目を引く〈高岡ラムネ〉は、
カラフルなパッケージデザインもさることながら、
小さくて緻密で工芸品のような美しさだ。
食べ物とわかっていても、アート作品として飾っておきたくなるほど。
吉祥文様や季節を感じるモチーフも魅力的だ。

和三盆のように小さくて愛らしい〈高岡ラムネ〉。色鮮やかな祝儀袋風のパッケージに包まれている。

考案したのは、9代目である現社長・大野隆一さんの長女、悠さん。
もともと、金沢美術工芸大学を卒業し、
天然素材を使ったアパレルブランド〈ヨーガンレール〉の素材開発など、
生地のデザインに携わっていた。しかし、洋服の素材を追求していくなかで、
全国の織物の産地で培われた着物の技術が現在の服飾に通じていることを知り、
土地ごとに育まれた文化や技術を伝承するものづくりの大切さに気づいたという。
そしてあらためて家業を振り返ったときに、
米や布など商材の集散地としてかつて全国の情報が集まった高岡に根ざし、
昔から素材を大切にしつつ
地域のなかで守られてきたものづくりの文化があると感じたそうだ。

〈高岡ラムネ〉を開発した大野 悠さん。

「例えば、大伴家持が立山連峰を詠んだ歌にちなみ、
名づけられた〈とこなつ〉という和菓子は、
本来、お土産に使われることはないほど希少な備中の白小豆で作った餡を求肥で包み、
徳島の和三盆糖を振りかけたもので、
こだわった菓子作りを信条にしていた先祖が全国の素材を厳選して考案したものです。
このように家業で作っていたお菓子はまさに、
流通が盛んだった地域性と独自の歴史のあるこの高岡で育まれたものだったんです」

〈大野屋〉の看板商品のひとつ〈とこなつ〉。大きい菓子が主流だった時代において、ひと口サイズの菓子は最先端だったと想像できるという。2012年には悠さんが考えたパッケージにリニューアルした。

こう話す悠さんは、もともと家業を継ぐつもりはなかったが、
仕事が休みの日には店を手伝ったり、一部、商品のパッケージデザインも手がけていた。
そこで思いついたのが、店に代々伝わり、
日本の文化が詰まった“菓子木型”を使い、
若者を中心に需要が減りつつある和菓子を盛り上げるような「何か」を作ることだった。

「木型を使ったお菓子は、節句など季節ごとに大切にされ、
ハレの日や仏事のお供え物としても欠かせないものでした。
いまはその文化もだいぶ薄れてきていますが、
新たにはつくれない歴史のなかで育まれてきたものを
次の世代につなげていくことが大切だと感じたときに、
この“菓子木型”を使った新しいお菓子ができないかと考えたんです。
これなら、味の好みや趣味嗜好が変わってきた現代でも
造形的におもしろいものが作れるのではないかと思いました」

菓子木型は本来、落雁に使われることが多いが、
富山県西部や金沢市では昔から〈金華糖〉という和菓子作りにも使われてきた。
これは、鯛や野菜、果物の形をした砂糖菓子で、
主にお祝い事や節句の供え物として飾られることが多く、
現代ではひな祭りに供えられているという。
また、近年になると上生菓子も菓子木型で作られ、
〈大野屋〉では月餅も木型で抜いて作られている。

煮溶かした砂糖を木型に流し込み、食紅で彩色する〈金華糖〉。江戸時代から続く伝統菓子だ。

〈大野屋〉には代々使われてきた約800点もの菓子木型が残っている。

そこで悠さんは、大学時代の同級生で
日本のものづくりのプランニングディレクターである〈EXS Inc.〉の永田宙郷さんに相談し、
誰にとっても懐かしくて食べやすく、
若い人にも手に取って楽しんでもらいやすい「ラムネ」というキーワードを得たという。

「『ラムネ』と聞くと駄菓子のイメージがありますが、
和菓子屋が作るラムネということで、
素材にこだわり安心して食べられて大人も楽しめるものを考えました」

まず、口当たりをよくして素材の香りを生かすために、
一般的にラムネに使う片栗粉やコーンスターチではなく富山県産コシヒカリの米粉を使用。
味つけは、香料を一切使わず、ショウガやイチゴ、
高岡の〈国吉リンゴ〉や氷見産の〈稲積梅〉など、
地元素材を中心に吟味した国産材料を使った。
「ラムネと言っても、若い人たちが楽しめるような現代版の落雁のイメージです」
と悠さんは話す。

しかし、完成までには幾多の苦労があったという。

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父親とケンカ?

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「2012年の春に開発に着手したんですが、当時はまだ金沢で仕事をしていましたし、
職人もどうやって作っていいかわからないと思ったので、
夜な夜な工夫して自分でレシピを作りました。
でも、最初の試作品は顔が歪むほどまずかったんです(笑)」

米粉やブドウ糖の種類は豊富にあり、
ダイレクトに舌触りや味に影響するこれらの粉選びには特に苦労をしたという。
業者に相談をしながら検討を重ねたが、次に苦労をしたのは職人とのやりとり。
駄菓子のイメージが強いラムネ作りは、
誇りを持って和菓子を作っている職人たちになかなか受け入れてもらえなかったそうだ。
もちろん、悠さんとしては素材選びや味の作り込みに配慮はしていたが、
父親である社長とはケンカもしたという。
また、少ない人数で仕事をこなしている職人たちの作業工程に
ラムネ作りを組み込むのも大変だった。

少人数でさまざまな和洋菓子を作っている〈大野屋〉。

こうした困難を乗り越えながら、悠さんは
「日本の文化を楽しみながら、おしゃれが好きな若い女性にも手を取ってもらえるかわいさ」
を意識し、コンセプトを「人とシェアしたくなるプチギフト」とした。

「昔から伝わる〈宝尽くし〉という木型は、
打ち出の小槌や宝袋をかたどったおめでたいもので10個からなりました。
そこでひと袋10粒入りに設定し、パッケージは手に取りやすくてプレゼントしやすく、
軽くてかさばらずにお土産にもなるものを永田さんが考えてくれました」

経験豊富な永田さんからアドバイスをもらいながら、
シチュエーションや季節感を大切にする和菓子屋ならではの感覚をすり合わせて
アイデアを重ねていった悠さん。小さな型を抜く菓子木型も、
いまでは職人が少なくなってしまったことから長野県に在住する専門の職人に依頼した。

上ふたつは長野県在住の菓子木型専門職人に依頼して作った木型。スムーズに抜くための「抜き勾配」が必要なため、制作には高度な技術力が要求される。一番下の木型は30年以上使っているもの。

こうして苦労の末にできあがったラムネを2012年10月にテスト販売。
すると、試食をした人のほとんどが購入するほど評判がよかったという。

「私たちも初めての挑戦で、本当に売れるのか半信半疑での販売でしたが、
思っていた以上に周囲の反応がよくて励みになりましたし、
職人たちのやる気にもつながりました」

完成したラムネは〈高岡ラムネ〉と命名した。

「この名称も永田さんがつけてくれました。
最初は『高岡』と名乗ることに恐れ多い気持ちがありましたが、
専門家である永田さんを信頼していましたし、
いまとなっては地域と商品のつながりのわかりやすさがあるのでよかったと思っています」

〈大野屋〉の壁面には、数々の代表銘菓と並び〈高岡ラムネ〉の看板が掲げられている。

同年の12月から本格的に発売を開始。現在の定番商品は、
国産ショウガ味〈宝尽くし〉や柚子風味の〈貝尽くし〉、
国産イチゴ味の〈花尽くし〉と、
高岡を代表する祭り〈高岡御車山祭〉をモチーフにし、
高岡特産〈国吉リンゴ〉を使った〈御車山〉の4種類だ。

左から、〈高岡御車山祭〉の山車・御車山を先導する(獅子)、子どもも親しみやすいイチゴ風味の〈花尽くし〉、さわやかなショウガの香りが広がる〈宝尽くし〉、古くから貨幣としても珍重されてきた貝をモチーフにした〈貝尽くし〉。

〈御車山〉のパッケージの中には、
〈高岡御車山祭〉で旧市街を巡行する絢爛豪華な7基の御車山の説明書きが入っている。
悠さんは「この説明を読むことで、多くの人が高岡に遊びにくるきっかけになれば」と話す。

〈御車山〉に同封されている7基の御車山の説明書き。〈高岡御車山祭〉は毎年5月1日に開催され、国の重要有形・無形民俗文化財の両文化財に指定されている。

さらに、イチゴ味の〈春けしき〉や梅味の〈夏けしき〉〈秋けしき〉、
柚子味の〈冬けしき〉など季節限定モチーフの商品もある。
いずれも口に入れるとやわらかく溶け、さわやかな酸味とほのかなやさしい風味が広がる。
手に取るのは若い女性が中心で、旅行者の購入も多いそうだ。

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新たなチャレンジがスタート?

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ラムネの開発を通じて深まった地元への愛情

こうした〈高岡ラムネ〉の開発を機に、悠さんには心境の変化が生まれたという。

「開発のために多くの地元の人と関わり合うなかでいろいろと学び、
販売に向けて背中を押してもらえました。
だから中途半端にはできないと思いましたし、
かたちになった〈高岡ラムネ〉をしっかりとPRし、
さらには老舗和菓子屋〈大野屋〉も
責任を持って支えていかなくてはいけないと感じるようになりました」

なかでも、富山大学や高岡市役所の職員、
全国のクラフト作家や高岡地場産業が集う
クラフトイベント〈高岡クラフト市場街〉の実行委員など、
高岡に愛情を持って活動をする人たちからは、
地域をいかに大切に守っていくかという思いを聞くことで
「自分も頑張らなければ」と思うようになったそうだ。

「特に〈高岡クラフト市場街〉に携わっている若い人たちは、
さまざまな角度から高岡の魅力を伝えている人が多く、
金沢市から地元に帰ってくる励みにもなりました」

家業に対しても、遠回りはしてきたが、実家を離れていた分、
あらためてその価値を見直し、大切にする心を持てたという。

〈大野屋〉の和菓子職人とスタッフの皆さん。悠さんの後ろは夫の立夫さん、左から4番目に立つのは9代目社長で父の隆一さん。

また、永田さんの活動のつながりから出展した渋谷ヒカリエでの物販イベントでは、
地域の技術を大切にしながら、
こだわりや愛情を持ってものづくりをしている人たちと出会い、
その思いを聞いたことも大きかったそうだ。

「実は以前は高岡には古くさいイメージを抱いていて、
人も少ないし、それほど好きではなかったんです。
でも、このイベントをきっかけに地元に愛着を感じるようになりました。
もともとものづくりが好きだったこともありますし、
和菓子には季節感など楽しい要素がたくさんあるので、
いまは、自分もワクワクしながら
多くの人に楽しんでもらえるものを伝えていけたらと思っています」

今後は地元の若者とのコラボレーションを含め、
さらに新しいアイデアを検討中。現在はすでに、
山町筋にあるコーヒースタンド〈COMMA, COFFEE STAND〉が主催する
企画〈軒下マルシェ〉に、
錫細工や漆器制作の体験ができるセレクトショップ〈はんぶんこ〉と
共同で参加をしている。こうした取り組みを通じて、
多くの人に高岡のまちをめぐってもらいたいというのが悠さんの思いだ。

また、富山県が誇る伝統工芸品〈井波彫刻〉を伝える南砺市は木彫のまちとして知られ、
ここで活躍している若手の木彫作家が、現在、初めての菓子木型制作に挑戦中。
完成した際には依頼を予定している。
さらに撮影で使用した豆皿は、悠さんの大学時代の同級生で2002年の
高岡クラフトコンペティションにおいて金賞を受賞した
富山県在住の漆芸家・村田佳彦さんの乾漆技法による作品。
ものづくりの作家とも新たな連携も生まれている。

布の上に何層もの漆を重ねて成形する乾漆技法で作られた村田佳彦さんの〈まめうつわ〉。〈高岡ラムネ〉がよく映える。

「当初は想像もしていなかった新しいつながりを持てることは楽しいですし、
ひとりではできることが限られてしまうのでかなり助けられています。
いまは、素材自体はどこでも手に入る時代。
でも、このように昔から大切に培ってきた技術と思いは次の世代につなげていきたいですね」

そんな〈高岡ラムネ〉、2015年にはクールジャパン政策のもと“世界にまだ知られていない、
日本が誇るべきすぐれた地方産品”を発掘し海外に広く伝えていく
経済産業省のプロジェクト〈The Wonder 500〉にも選ばれた。
日本を代表するお墨つき商品となったことで、これから新たなつながりも増えるだろう。
温故知新のものづくりから生まれた〈高岡ラムネ〉の、
さらなる可能性に期待せずにはいられない。

information

map

とこなつ本舗 大野屋

住所:富山県高岡市木舟町12番地

TEL:0766-25-0215

営業時間:8:15~19:30(日祝のみ~19:00)

定休日:水曜日(祭日を除く)

http://www.ohno-ya.jp/

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