連載
posted:2023.5.11 from:北海道稚内市 genre:旅行
〈 この連載・企画は… 〉
さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの「ある断片」を綴ってもらうリレー連載。
自由に、縛られることなく旅をしているクリエイターが持っている旅の視点は、どんなものなのでしょうか?
独特の角度で見つめているかもしれないし、ちいさなものにギュッとフォーカスしているかもしれません。
そんなローカル旅のカタチもあるのです。
text
Ukai Jerry
ジェリー鵜飼
photo
Jerry Ukai、Mitsuteru Ozaki、Sugisaki J-taro
さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第33回は、アートディレクター、イラストレーターとして
活動しているジェリー鵜飼さん。
北海道の最北端、利尻山に登りに行った旅の話。
登山や釣りなどを存分に楽しんだが、
稚内では、それを越える感動的な体験をしたようだ。
2013年。ボクは友人と利尻島と稚内を結ぶフェリーに乗っていた。
旅のクライマックスとなる日本最北端の百名山である利尻山に無事登頂し、
ボクたちは誇らしげな表情をしている。
しかも勘を頼りに藪を漕いでたどり着いた沢でテンカラ竿を振ってみたら
綺麗なオショロコマが毛鉤に食いついてくれた。
オレンジ色に発光するお腹が美しいオショロコマは、
北海道にだけ生息する魚で渓流の宝石といわれている。
釣れるとは思っていなかった。
利尻山に登れただけでも百点満点なのに、うれしすぎるオマケがついた。
四日間たっぷり歩いたご褒美だ。
ボクたちはフェリーの甲板から徐々に小さくなっていく利尻山をいつまでも眺め続けた。
利尻港の脇にあるかわいらしいペシ岬ともサヨナラだ。
変化のない海と空の眺めに飽きた頃にフェリーは稚内港に着いた。
この頃はまだ樺太(サハリン)行きのフェリーが運行していたので、
ターミナルには大勢のロシア人がいた。
最北端の静かな波止場は異国情緒な風情だ。
あのフェリーに乗り込めば樺太へ行けるのかと思うと不思議な気がする。
北方謙三の『林蔵の貌』の主人公・間宮林蔵が暗躍した極寒の地。
いつか樺太のまちも歩いてみたい。
3日間も続いたテント泊のせいで体はカチコチだ。
今夜は温泉にゆっくり浸かって、ふかふかのベッドで沈み込むように寝たい。
大きなバッグパックを背負って港をふらついた。
疲れのせいで宿を探すのも面倒くさい。
今夜はビジネスホテルでいいかな? と駅前に向かって歩いていたら、
タイミング良く稚内の知人から「安くておもしろい宿がある」という情報が入る。
フェリーの到着時間に合わせて連絡をくれたのだろう。
地元民の情報がありがたい。彼がオススメする宿へと向かった。
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ノシャップ岬のほぼ先端に〈漁師の店〉はあった。
その名の通り地元の漁師が経営する宿(ライダーズハウス)だ。
とれたての鮮魚が晩飯と朝食について1泊たったの2500円。
その安さにおどろきである。
しかも大将の熱い語りがもれなくついてくる。
宿に着くと第一声「温泉に入りたいだろ?」と車で温泉へと送迎してくれた。
田舎町にしては立派すぎる温泉施設で、登山と”テン泊”の疲れをほぐした。
全身に立派な刺青を施した入浴客が多い気がした。
大昔の漁師は“土左衛門”になったときに誰の遺体か判別がつくように
全身に刺青を入れたという話を聞いたことがある。
そんな風習の名残りだろうか。綺麗な絵に見惚れてしまった。
ポカポカに火照った体で施設の外に出ると駐車場で大将が待っていた。
大将の運転で宿に戻ると、座卓の上に所狭しと刺身が並んでいる。
ビールで乾杯をして刺身を頬張る。うぉ〜、旨い!
舌鼓を打っていると一升瓶を片手に大将がやってきた。
どっしりと胡座をかいて座ると、自分がこの宿を始めた理由をポツポツと話し始めた。
劇場のスタートである。
徐々に言葉に熱がこもり始める。
何百回、数千回と語り続けているであろう熱いストーリーに
ボクらはぐんぐんと引き込まれていった。そしてクライマックスを迎える。
ここ〈漁師の店〉に住み込みで働くことになったある青年の物語だ。
家庭に馴染めず、学校にも会社にも馴染めない彼は
どこにも自分の居場所も見つけることができず、気づけば最北の地に来ていた。
人生を終わりにするつもりだったのだろうか。
彼の様子に異変を感じた大将と奥様はここで働かせることにした。
最初はまったく言葉を発しなかった彼だったが、
やがて心を開き徐々に生き生きと働き始める。
見違えた彼はついに都会の実家に戻ることになった。
最後の晩はみんなでスナックに行き、
カラオケで山口百恵の『いい日旅立ち』を泣きながら熱唱したという。
ボクたちの目からも熱い涙が溢れ出していた。
大将がどこまで話を盛ったかわからないが、
このまちの空の色、潮の匂い、砂浜に並ぶ漁船を見れば、
全てがトゥルーストーリーズであるに違いないと確信できる。
〈漁師の店〉は壁や柱、そして天井にまで宿泊客によるメッセージが
隙間なくビッシリと書き込まれている。
ボクたちも隙間を探してメッセージを書き込んだ。
もう二度と来ることはないのかもしれないけど、
あの強烈な夜のことはいつまでも熱い記憶となって残るだろう。
大将の完璧な講釈で、すっかり利尻山とオショロコマは小さな思い出となってしまった。
ボクにとっての稚内は〈漁師の店〉、そして大将の人柄に集約されてしまった。
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最後にもうひとつ心温まるエピソードを。
稚内での最後の晩、
ボクたちは昭和臭がプンプンとする場末のスナックで明日の計画を立てていた。
飛行機が飛び立つまでの数時間は釣りをしようと作戦会議は盛り上がった。
ただひとつだけ心配なことがあった。誰も熊鈴を持っていないことだ。
利尻島には熊がいないと聞いていたので、ボクたちは熊よけの準備をしてこなかった。
お酒も入って声が少し大きかったのだろうか?
話に耳をそば立てていたママが
「お兄さんたち熊鈴がなくて困っているの? よかったらこれを使って〜。うふ〜ん」と
入り口の扉についたドアベルを外して差し出してくれた。
チリンチリンと鳴る熊鈴とは違って、大きくカランコロンと鳴るドアベル。
重いドアベルをありがたく受け取り、何度もお礼を伝えて店を後にした。
案の定この埃まみれのドアベルは役に立たなかった。
試しにバックパックにぶら下げて大袈裟に動いても音がならないのだ。
ボクたちはコンビニでウズラの卵の缶詰を買い、それを改造して熊鈴を自作してみた。
結局そっちもあまり役に立たなかった。
小さな沢を見つけて恐る恐る川に入る。
アマゴを数匹釣ったところで大きな動物の糞を見つけてしまい、
それ以降は釣りに集中できず釣りはやめにした。
ただ大事なのは釣果ではなく、ママに貰ったドアベルがとてもうれしかったこと。
極寒の地の人々は心が温かいのだろうか?
いつまで経っても忘れられない稚内の風景と大将とママ。
いつかまた日本のどこかで素敵な出会いがありますように。
旅を続けたい。
profile
Ukai Jerry
ジェリー鵜飼
アートディレクター、イラストレーター。自身の作品制作やクライアントワークに加えて、スタイリストの石川顕、アーティストの神山隆二と一緒に〈ULTRA HEAVY〉名義でイベントやプロダクト制作も行っている。
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