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盆の終わりに

児島元浜町昼下がり
vol.007

posted:2014.9.4   from:岡山県倉敷市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  コロカル伝説の連載と言われる『マチスタ・ラプソディー』の赤星豊が連載を再開。
地方都市で暮らすひとりの男が、日々営む暮らしの風景とその実感。
ローカルで生きることの、ささやかだけれど大切ななにかが見えてくる。

editor’s profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

お盆休みの最終日にあたる日曜日の朝。
タカコさんは台所で朝食の後片づけを、ぼくは隣の居間で洗濯物を畳んでいた。
娘のチコリとツツはというと、キッチンの奥にある部屋でブロック遊びに興じている。
ふたりの周囲には色鮮やかなブロックが散乱していた。
「またそんなに散らかして! チコリ、片づけなさい!」
洗いものをいったん中断して奥の部屋をのぞいたタカコさんが声を荒げた。
ぼくがいる場所からはタカコさんだけでなく、チコリとツツの後ろ姿も見えた。
チコリは黙々とブロックを積み上げ、
すぐ横でツツが床に座って嬉しそうにチコリがやることをじっと見ている。
ぼくには娘ふたりが仲良く遊んでいるようにしか見えなかった。
しかし、その朝のタカコさんにはそうは映らなかったようだ。
幼い子どものいる家庭で休日が3日も続けば親のストレスもたまってくるというもの。
後から考えたら、ぼくがそれなりのケアをしてやらなければいけなかった。
うちにはまだ乳飲み子のツツがいる。母親の負担は大きいのだ。
だが、そのときのぼくは最後の休日をどう過ごすかということで頭を使っていた。
(昨日は美咲町まで行ったから、今日は近場で勘弁してもらえるかな? 
児島にだってサブがいるから行かなきゃならない……)
そんな地味な思考はタカコさんの声で吹っ飛んだ。
彼女は再度洗いものを中断して部屋の様子を見るやいなや、チコリを叱りとばした。
「片づけなさいって言ってるでしょ! ブロック捨てるよ!」
タカコさんがチコリを叱るとき、ぼくは口を出さないようにしている。
必ず叱る理由があるからだ。しかし、そのときはなんら理由が見当たらない。
それでもぼくは口を出さずにいた。その時点まではぼくも冷静だった。
しかし、まさかその矛先がぼくに向けられるとは思いもしなかった。
「もう、チコリがいるとなんにもはかどらない! お父さん!」
「ん? オレ?」
「チコリとツツを連れてどっか行ってよ!」
「えええっ! なんでオレが……」
「それぐらい気を遣ってよ!」
抑えていたたががするっと外れた。
「自分だけが家事を背負い込んでるみたいな言い方して、オレだってやってるだろ! 
だいたい子どもたちがブロックをやってなんの妨げになるっていうんだよ! 
それにブロックなんて散らかして遊ぶもんなんだよ!」
言いたいことは言ったからそこで止めておけばよかったのだ。
でも、気持ちにも勢いというものがある。最後に吐き捨てるようにぽろりと口から出た。
「ホント小さいヤツだなあ、おまえは」
そのひと言がまったくいけなかった。瞬間、虎の尾を踏んでしまったと悟った。
間違えようがない。うちの虎はしっぽを踏まれても牙をむかず、唸りもせず、
静かにすっと牙を引っ込める。
そしてほのかに浅黒い顔色になって、
まっすぐ自分の服やら下着やらが入っている押し入れに向かうのだ。
これまで同じことが2度あった。引き止めてもまったくの無駄である。
ぼくは床に座って、なにごともなかったかのように無言で洗濯物を畳み始めた。
彼女の支度ができるまで5分とかからなかった。
無駄と知っていても、ぼくは言わずにいられなかった。
「そうゆう子どもじみたこと、もうやめてくれないかな」
ぼくの言葉は部屋にむなしく漂うだけだった。そして彼女はツツを連れて出て行った。

「なんでお母さんいないの?」
何度となくチコリが訊く。そのたびに、ぼくと喧嘩したこと、
チコリのせいじゃないことを言い聞かせた。
しかし、30分もすると「お母さん!」と言いながら顔を歪ませ、
ぼろぼろ涙を流して泣いた。ぼくじゃいけないらしい。
泣きながらしきりに「お母さんがいい!」と訴える。
「お母さん、いつ帰ってくるの?」
「そんなのオレにもわからないよ。今日帰ってくるかもしれないし、
帰ってこないかもしれない。ホントわかんないんだよ」
正直に言えばいいってもんじゃないのだ。説明にも慰めにもなっていない。
チコリは「いつ帰ってくるの?」と泣きながら同じことを繰り返した。
仕方ない、あれに頼るしかない。
「チコリ、マック行く?」
泣きながら、しかしチコリはぼくを見て首を縦に振った。決まりだ。
ぼくたちは早速車に乗って児島に向かった。
車中、チコリの機嫌はすっかり戻っていた。
さらに「ハッピーセット」(マクドナルドのおもちゃの景品付きセットメニュー。
おもちゃは男の子用と女の子用をセレクトできる)を買ってやると言うと、
機嫌の針は簡単にメーターを振り切った。

マックでのランチを終え、チコリと一緒に日曜日の午後を元浜倉庫で過ごしていた。
ぼくとチコリの姿に、「家に残された父と娘」の悲哀はかけらも見えなかったと思う。
チコリはこの半年近く、元浜倉庫に来るといつもそうしているように
<youtube>で『アナと雪の女王』関連の映像を見たり、
ミュージックビデオを見て大声で歌ったりしている。
ぼくは倉庫でCDを聴いたりサブとじゃれたりして時間をつぶしていた。
と、そこに東岡山に住んでいる友人のイーサンがやってきた。
彼からはマックにいるときにショートメールをもらっていた。
「今日児島に行くから、事務所にいたら寄るよ」と。
イーサンに会うのは半年ぶりだった。
彼が児島に住んでいた5年前まではしょっちゅう一緒に遊んだ仲なのだが、
ここ数年は年に数回しか会っていない。
お互いが住む家と家の間に距離ができたし、なによりふたりとも家族ができた。
彼には5歳になる息子のジョシュがいる。
その日も当然ジョシュが一緒だと思っていた。
ところが現れたのはイーサンひとりだった。

イーサンはぼくの知っている誰よりもアメリカ人的なアメリカ人だ。
フレンドリーでカジュアル。会話にはたっぷり冗談を盛り込んで、
しかもその冗談が俗っぽい。下のネタも当然アリとくる。
つまりは軽くて愉快、それにすごくいいヤツなのだ。
その日も会ってすぐから、倉庫の外にまで笑いがこぼれていたと思う。
家族の話になったとき、一瞬変な間を空けて躊躇してしまったのだが、
この男に隠す必要なんてない、ぼくは今朝のことを素直に話した。
イーサンは目をくりくりさせて「マジで?」と驚いたように言った。
続けざまに「うちもいま別居してるの、言ったっけ?」
「え、知らないよ、いつからだよ?」
「この春から」
「ジョシュはどうしてるの?」
「彼女とボクの間で一週間ずつ交互に一緒に暮らしてる」
人一倍子煩悩で、いつもジョシュと一緒だったイーサン。
そんな彼が日曜日にひとりで児島にやって来た理由がわかった。
今週はジョシュが母親と一緒にいる週なのだ。
「そうか、知らなかった。悪かった」
「いいんだよ。いま、ひとりで古民家に住んでるよ。写真、見る?」
そう言ってイーサンはスマートフォンの膨大なデータのなかにダイビングした。
いつも軽くて愉快なイーサン。
うつむいた彼の笑顔は少しも寂しそうには見えなかった。
でも、人はそうは見えなくても、いろいろを抱えているのだ。

児島にやって来てからというもの、チコリは泣くどころか、
「お母さん」と口にすることさえなかった。
だからといって、母親を思っていなかったと決めつけるのは早計だ。
チコリがどんな気持ちでいたかはチコリのみぞ知るである。
ぼくはというと、イーサンのことを聞いたというのもあって、
子どもたちと会えなくなることを初めてリアルに考えた。
イーサンの境遇と同じように、一週間会えない状態がしばらく続くと思うと、
それだけで気分が悪くなった。
ずっと会えなくなると考えたら、ぼくの人生にはもう意味なんてないと思った。
(そうなったら東京に戻るか。いや、いっそのこと海外でひっそり暮らそうか。
タイとかベトナムとか、お金があればハワイとか。
それはそれでなんとなく楽しそうな気もするけど、
はたして子どもたちなしでぼくはやっていけるのか?)
その場にいないツツが愛しかった。ツツの顔が早く見たかった。

夕方、イーサンと別れた後、チコリと一緒に児島でラーメンを食べて早島に戻った。
夜の9時を少し回った頃だった。玄関のドアの鍵が開く音がした。
チコリはテレビを見ていた。ぼくはなにをしていたのか憶えていないのだが、
タカコさんの顔を見ようとしなかったことは憶えている。
彼女が居間に入ってきて、抱っこひもを解いてツツを床に下ろした。
すぐさまハイハイしようとするツツをぼくは飛びつくようにして抱きかかえた。
ツツはぼくの腕のなかではしゃぐようにして笑った。
たったの半日だ。会えなかったのはたったそれだけなのに、
ツツの柔らかさと重みがカラダのなかに染みわたるようだった。
一方のチコリはというと、反応がぼくとまったく同じだった。
タカコさんが帰っても、玄関に迎えに行くでもなく、ずっとテレビに顔を向けたまま。
ぼくがそうしたように母親の顔を見ようとしなかった。
さて、問題のタカコさんである。彼女は疲れはてた顔をしていた。
ずっと行くところがなかったらしい。「ただしんどいだけだった」と言葉少なに言った。
ぼくたちはお互い、責めることはせず、かといって謝りもせず、
同じ空間で子どもたちと一緒にいられることにただただ安堵していた。

あれから2週間が経ったいまでは笑い話だ。
前の2回もそうだったように、
あと2、3か月もすればケンカの原因も憶えていないだろう。

チコリとツツは本当に仲がいい。彼らが一緒に仲良く遊んでいるのを眺めていると、ほのぼのと幸せを感じる。家族に恵まれたと感じる。その家族にはもちろんタカコさんも含まれている。

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