海と山の 豊かな恵みに彩られる秋の食卓。 地域の循環、豊かな暮らし

お裾分け食材から感じる豊かな暮らし

伊豆下田に移住して、無事6年目の米づくりを
終えることができた津留崎家。
極上の新米を土鍋で炊いていただいているといいます。

秋の津留崎家の食卓は豊かな食材が彩ります。
しかもその多くは友人や近くに住む人たちからのお裾分け。
最近の津留崎家の食卓を紹介してもらいます。

〆切に追われる苦しさから抜け出して、 自分の時間はいくらでもある! と意識改革をしてみた

連載のペースがゆっくりとなるのをきっかけに気づいたこと

この連載が199回、あと1回で200回となるところまできた。
第1回が2015年8月に始まって、8年半の間には次女の出産など
さまざまな変化があったけれど、月2回、ほぼコンスタントに記事を書くことができた。
コロカルの連載は、原稿を書くというありがたい訓練の場であったし、
地域の人々に取材をして、互いに仲よくなる機会となったりもした。

何より湧き上がる思いをアーカイブとして残せたことは、本当に幸せなことだったと思う。

第3子誕生のときに書いたコロカルの記事。

第3子誕生のときに書いたコロカルの記事。

いま、ここで書いておきたいのは、連載の本数が春から減るということ。
これまで月に3本原稿の締め切りがあって(コロカルが2本、別媒体の連載が1本)、
「締め切り」という名の妖怪が私の前につねに立ちはだかっていて、
月末に近くなると苦しめられるという状況になっていた。

多少遅れることはあるが、なんとか期日までに書き上げてきたわけだが、
そんな締め切りが春から月1本だけとなることになった。
コロカルの編集方針により更新が月2回から1回へと変わり、
もう1本別の媒体の連載も3月で終了が決まったのだ。

コロカルと並行して連載していた『The JR Hokkaido』。特急列車で配布される車内誌で、北海道で個性的な活動を続ける人々を紹介。

コロカルと並行して連載していた『The JR Hokkaido』。特急列車で配布される車内誌で、北海道で個性的な活動を続ける人々を紹介。

立て続けに連載が減るという話がきて、最初は不安になった。
連載は定期的にお金が振り込まれる、フリーランスとしてはお給料的にありがたい存在。
それが2本も減るのだから、その分、どうやって金銭的に挽回すればいいのかなあと思った。

これまでの私だったら、連載がなくなった分、
自分でマガジン的なメディアを立ち上げてそれを課金形式にしてみようと考えたと思う。
このプランは一瞬頭をよぎったものの、その後、子どもからインフルエンザがうつり、
何日か寝込むことなって思考停止の状態となった。

コロカルの連載の締め切りを1週間延ばしてもらい、あとは別媒体の原稿だけを、
なんとか月末までに1本仕上げればいいように調整した。
熱は2日で下がったが、そのあとは咳が続き、調子が上がらなかった。
パソコンに向かっても言葉が浮かばず、仕方がないので、昼寝をしたりして過ごした。
原稿の締め切りまであと3日の時点でも結局昼寝をしたり、ちょっと掃除をしたり。
そしてあと2日となり、ついにその日がきてしまった。

このとき原稿は半分くらいしか進んでいなくて、
さすがにまずいと思い、とにかく最後まで書き切った。
最後の締めの言葉は曖昧なままだったが、翌日、
締めの言葉がふっと浮かびなんとか原稿が仕上がった。

美流渡は本格的な冬の時期となった。仕事場の窓から見えるのは銀世界。

美流渡は本格的な冬の時期となった。仕事場の窓から見えるのは銀世界。

ごはん屋さん&陶芸工房〈したたむ〉。
暮らしと仕事が近いことの
意外なデメリットとは?

移住者のつくる小さなお店 したたむ vol.6

静岡県掛川市の山間での暮らしを始めて4年目、
料理人の夫と陶芸家の妻による、ごはん屋さんと陶芸工房〈したたむ〉。

完全予約制のランチ営業のみで、Instagramで1か月分の予約を開始すると
すぐに埋まってしまい、キャンセル待ちができるほどの人気店です。
車でしか行けない山奥にあり、決して利便性の良い立地ではないものの、
ここまでの人気店に成長したのはなぜなのか、本連載を通してひも解いていきます。

器を妻が、料理を夫が担当。

器を妻が、料理を夫が担当。

これまで、飲食店を開こうと考えたきっかけや、お店を出すための土地探し
資金調達セルフリノベ屋号やコンセプトの決め方について教えてもらいました。
今回は、陶芸家の妻・吉永哲子(よしなが のりこ)さんが、
それぞれが異なる事業を行う2本柱で働くからこそのメリットと、
夫婦での役割や話し合いについて執筆してくれました。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

ごはん屋さんがオープンして、作陶の時間がない……!

掛川に移り住んで、〈したたむ〉の営業を開始するまでの1年間は、
開業準備や家の改装など、それなりにやることはありながらも、
今思うと割とマイペースに過ごしていたように思います。

7月に引っ越して9月には陶芸の仕事を再開していたので、
例えば午前中に作陶して午後から壁を塗るなど、
自分のペースで仕事ができる時期でした。

丸皿を乾かしているところ。

丸皿を乾かしているところ。

漆喰塗りにも挑戦しました。

漆喰塗りにも挑戦しました。

夫のほうは、助成金関係の書類作成や、家やその周りの整備で忙しいながらも、
開店準備のワクワクのなか、もともと好きなDIYを楽しんでいたようでした。

実際にごはん屋〈したたむ〉を開店してみて、私にとって一番問題になったのは、
時間がとにかく足りないということです。
考えてみれば、ごはん屋も陶芸の仕事も片手間にできるものではありません。

ごはん屋の調理など、ほとんどの仕事は夫が一手に引き受けてくれていますが、
営業日の準備や接客は私の仕事です。
週に4日の営業ですと、陶芸に当てられる日は週3日となり、
時間が足りなすぎるということになります。

〈したたむ〉をごはん屋と陶芸工房の2本柱で立ち上げようと構想を練っていたときは、
「お互いの仕事を助けあっていけばいいよね」という、ゆるふわな考えで、
このあたりのシミュレーションがまったくできていませんでした。
まだ完全には解決していないこの問題を、時間とお金の面から整理してみたいと思います。

ソバと米を育てた1年。
獣害や生育不良もあったけれど、
自然に身を置く幸せを感じて

旧美流渡中学校の畑。今年は「自分でやる!」

私が代表を務める地域PR団体「みる・とーぶプロジェクト」が、
閉校になった旧美流渡(みると)中学校の活用を初めて3年目。
今年も展覧会やワークショップを多数開催してきたが、
今回はひっそりと行っていた畑のことについて書いてみたい。

中学校に生徒が通っていた頃、グラウンドと体育館の間に畑があった。
この畑をもう一度復活させられたらと思い、昨年、美唄市の農家・渡辺正美さんに
協力してもらい「畑の声を聞こう!」という月1回ほどのワークショップを開催した。
作業のほとんどを人力で。
スコップで土を耕し、ソバを育て、石臼で製粉をするという取り組みだった。

美唄の農家・渡辺さん。私が移住してまもない頃から、渡辺さんの野菜を買わせてもらっていた。2022年には私の出版活動「森の出版社ミチクル」から『おらの古家』を刊行した。

美唄の農家・渡辺さん。私が移住してまもない頃から、渡辺さんの野菜を買わせてもらっていた。2022年には私の出版活動「森の出版社ミチクル」から『おらの古家』を刊行した。

昨年の「畑の声を聞こう!」ワークショップ。まずは土を人力で耕すことから始まった。

昨年の「畑の声を聞こう!」ワークショップ。まずは土を人力で耕すことから始まった。

このワークショップはスタート時点では20名ほどの参加者がきてくれたが、
月を追うごとに人数が減っていき、秋には4名となっていた。
ワークショップといっても地味な農作業の連続。
みんなに魅力を感じてもらえるような要素をうまく提供できなかったことが、
人数が減っていった要因なのかもしれない。

収穫をして実を選別し、石臼で製粉し、ようやくソバ打ち。

収穫をして実を選別し、石臼で製粉し、ようやくソバ打ち。

「あんまり人もこないし、自分のところの畑も忙しいから、来年はワークショップやめるかな」

昨年のワークショップが終わったとき、渡辺さんがそう話した。

「来年は自分でソバを育てるので、脱穀と製粉のときに力を貸してもらえませんか?」

そう私は返事をした。
昨年のソバを育てた経緯を『そばの1年』という本にまとめ、
そのなかで書いたことが頭にあった。

労働と食べものの価値はお金でははかれないと思った。
そばの味は畑そのものの味。おいしいから食べるというよりも生きることそのもの。

とにかくそばづくりは来年もまたその先もつづけていきたい。
1年やるだけではわからない何かがそこにあるように思う。

まずは自分がひとりで畑作業に向かうことによって、
新しい気づきがあるんじゃないかと思った。

イラストと手書きの文字とでまとめた『そばの1年』(森の出版社ミチクル)。

イラストと手書きの文字とでまとめた『そばの1年』(森の出版社ミチクル)。

『Farmer’s Meeting』で
憧れのアリス・ウォータースと話して
小豆島の農家が考えたこと

土に触れて作業する時間が減ってしまったモヤモヤ

暑さが落ち着きようやく秋が始まったかと思いきや、
11月だというのに朝から20度を超えるような日があったり。
そうかと思えば、突然風が強くなって雨が降って、気温が一気に下がったり。
今年の秋は本当に気温の変化がめまぐるしくて、
半袖になったり長袖になったり、対応するのに必死です(汗)。

とはいえ、季節は少しずつ冬に向かっています。
2023年10月から、本連載『小豆島日記』の更新が月1回となったのですが
(それまでは月に2回更新していました)、1か月単位で振り返ってみると、
季節って確実に巡っているんだなというのがよくわかります。
11月は気温の変化に振り回されながらも、
秋が深まっていくのを日々感じながら過ごしています。

10月、畑のまわりの山々が色づき始める頃、サツマイモの収穫が毎年始まります。

10月、畑のまわりの山々が色づき始める頃、サツマイモの収穫が毎年始まります。

10月から11月にかけては、生姜やサツマイモなど一気に収穫しなければならず、朝から日が暮れるまで大忙し。

10月から11月にかけては、生姜やサツマイモなど一気に収穫しなければならず、朝から日が暮れるまで大忙し。

さて今回は、自分たちの農業のスタイルについて書こうと思います。

2013年にわたしたち夫婦で始めた〈HOMEMAKERS〉という農園は、
今年で11年目になるのですが、仲間も増え、畑も広くなり、
それに合わせて少しずつ働き方や売り方などを改善しながらやってきました。

いつしか、自分たちが農業をしていることが当たり前になり、日々楽しみつつも、
最近は業務としての効率化や、経営について考えることが多くなりました。
気候、農業資材の価格、自分たちやスタッフの年齢など
日々いろいろな状況が変わっていき、考えることがいっぱい。
収穫した野菜を見て美しいなぁと思っても、
写真を撮る余裕もなく、さっさと出荷作業を進めてしまったり、
私自身は経理や人事、お客様とのやりとりの時間が増え、
畑で土に触れて作業する時間が極端に減ってしまいました。

間引きしたあやめっ娘大根。出荷作業中は写真をゆっくり撮る時間がないほどバタバタしているけど、本当はもっと野菜の美しさをじっくり感じたい。

間引きしたあやめっ娘大根。出荷作業中は写真をゆっくり撮る時間がないほどバタバタしているけど、本当はもっと野菜の美しさをじっくり感じたい。

農家であることの誇りみたいなものを少し失いかけていて、というか、
私は畑にほとんど出られていないし、農家と名乗っていいのかと思ったり。
こんなにもたくさんの種類の野菜を育てても効率悪いし、大変だし、
減らしたほうがいいのかなぁと考えてしまったり。
結論がでないまま、そんな思考が堂々巡りしていました。

ある年の冬に収穫した野菜たち。これだけ一気にそろうと、うれしくてニヤニヤしてしまう。

ある年の冬に収穫した野菜たち。これだけ一気にそろうと、うれしくてニヤニヤしてしまう。

そのときに採れる旬の野菜を組み合わせて、野菜セットとしてお届けしています。種をまき、野菜を育て、収穫して、選別して、詰め込む。大変な時間と手間がかかります。

そのときに採れる旬の野菜を組み合わせて、野菜セットとしてお届けしています。種をまき、野菜を育て、収穫して、選別して、詰め込む。大変な時間と手間がかかります。

「親の老い」とどう向き合うか? 「移住」と「親の介護」。 わが家の場合。

移住先で考える、高齢の親のこと

津留崎家が移住した翌年に、
下田に呼び寄せた鎮生さんのお母さん。移住当初は82歳。

高齢での移住ということで不安もありましたが
移住当初はうまく馴染んで暮らしていました。
それから時が経ち、今年88歳の米寿を迎えました。

するとお母さんの言動にも変化があったようです。
移住先で「母の老い」とどのようにして向き合っていくのか。

じっくりと考えた鎮生さんが思いを綴ります。

MAYA MAXXの絵本原画展が
北海道を巡回。
大好きな動物たちを描き続けて

1番好きな生き物は、ラッコとパンダ

2020年夏に東京から、北海道岩見沢市の山あいにある美流渡(みると)地区に移住した
画家・MAYA MAXXさんは、絵画制作とともに絵本も描き続けている。
昨年から今年にかけて絵本の原画展が北海道各地を巡回。
現在、札幌のギャラリー〈HUG〉(北海道教育大学 アーツ&スポーツ文化複合施設)で
原画展が開催されていることから、今回はMAYAさんの絵本について紹介したい。

10月30日まで東川町のモンベルギャラリーで開催された『ぱんだちゃんとおらんちゃんがやってくる!』展。

10月30日まで東川町のモンベルギャラリーで開催された『ぱんだちゃんとおらんちゃんがやってくる!』展。

9月30日まで新十津川町図書館で開催された『タオルの帽子』絵本原画展。故郷、今治がタオルの名産地であることから、タオルが人生の節目節目に寄り添う存在であることを表現した(原案・伊藤幸恵)。

9月30日まで新十津川町図書館で開催された『タオルの帽子』絵本原画展。故郷、今治がタオルの名産地であることから、タオルが人生の節目節目に寄り添う存在であることを表現した(原案・伊藤幸恵)。

札幌のギャラリーHUGで開催されているMAYA MAXX絵本原画展(11月12日まで)。

札幌のギャラリーHUGで開催されているMAYA MAXX絵本原画展(11月12日まで)。

最初に刊行された絵本は『ORPHAN』(1997年)。
タイトルは「みなしご」という意味で、たったひとりになった「僕」が
世界に向かって叫びを上げるという内容。
個展のときに、大きな原画を本のように束ねて展示した作品で、
会場を訪れた編集者から絵本として刊行したいというオファーがあって
かたちになったそうだ。

『ORPHAN』(小学館)。

『ORPHAN』(小学館)。

子どもに向けた絵本をつくるという意識で初めて取り組んだのは『しろねこしろちゃん』。
お話は、50年以上前に月刊『母の友』に掲載された森佐智子さんによるもの。
福音館書店の編集者から、この物語の絵を描いてほしいという依頼があったそう。

「福音館書店といえば絵本出版社の金字塔ともいえる存在。
子どもの頃、お母ちゃんがたくさん福音館の絵本を買ってくれたこともあって、
出版が本当にうれしかったです」

黒ネコのお母さんが産んだのは、3匹の黒ネコと1匹の白ネコ。どうして自分だけ毛の色が違うんだろうと悲しい気持ちになっていたシロちゃんの元に、お父さん猫が帰ってきて……。勢いのある黒い線で描かれた作品。

黒ネコのお母さんが産んだのは、3匹の黒ネコと1匹の白ネコ。どうして自分だけ毛の色が違うんだろうと悲しい気持ちになっていたシロちゃんの元に、お父さん猫が帰ってきて……。勢いのある黒い線で描かれた作品。

この出版をきっかけに、福音館書店を中心に多数の絵本が刊行された。
そのなかでも多くの人に親しまれているのが『らっこちゃん』と『ぱんだちゃん』だろう。
この2冊は、MAYAさんが陸上と水上でもっとも好きな動物を描いたもので、
月刊絵本「こどものとも0.1.2.」シリーズより刊行され、のちに単行本になった。

0〜2歳向けのシリーズとして刊行された『らっこちゃん』と『ぱんだちゃん』(いずれも福音館書店)。

0〜2歳向けのシリーズとして刊行された『らっこちゃん』と『ぱんだちゃん』(いずれも福音館書店)。

「好きなものほど、本物をあまり見たくないという習性があります。
初めて本物を見たという1回しかない出合いの衝撃と喜びを大事にしたいから」

ラッコは長らく本物を見ないようにしてきた動物だったが、
あるときコニーアイランドの水族館で思いがけず遭遇。
「いま、見てしまう? どうする?」と葛藤したが、あまりのかわいさに耐えられずに
結局2時間くらいそこに立ち尽くしたそう。

「ラッコは何も気にしていない。ただ生きている、ただ生きていることを楽しんでいる」

そのとき湧き上がってきた、歌いたくなるような踊りたくなるような感覚から、
絵本が描かれたという。

『らっこちゃん』の最後のページ。

『らっこちゃん』の最後のページ。

『ぱんだちゃん』の絵本にも、この「ただ生きている」という感覚は共通している。

「パンダは、ほかの動物が食べない、栄養価が低くて消化も悪そうな竹をあえて食べている。
あれだけの大きな体を維持していくために、起きている間じゅう食べている。
食べることしかないように思います」

パンダの背景一面に葉を描き、竹をたくさん食べるということを表したページがある。
しかし、その無数の葉を見て子どもたちは
「葉っぱがパンダに刺さりそう、たいへん!」と捉えたそうだ。

無数の竹を食べるぱんだちゃんの原画。

無数の竹を食べるぱんだちゃんの原画。

「自分ではそんなつもりはなかったんだけど、
なるほどそういうふうに見えるのかと思いました。
自分の考えなんて本当に浅いなと思いましたね」

熊野古道に 探究型×バイリンガル小・中一貫校が 2025年4月開校予定

探究型グローカルスクールの〈うつほの杜学園〉

海や山をはじめとした大自然と温暖な気候に恵まれ、世界遺産である熊野古道を持つ
和歌山県田辺市中辺路町。
1000年以上の歴史があるこの地に、世界の子どもたちと日本の子どもたちが集う
国際的な学びのフィールドとして2025年4月、小・中一貫校の
〈うつほの杜学園〉が開校予定です。

和歌山県田辺市中辺路町

〈うつほの杜学園〉は、「熊野古道を世界とつながる学びの聖地へ」を目標に掲げた
探究型グローカルスクールを実現する小・中一貫校です。
「グローカル」とは、「グローバル=地球規模の視座」と
「ローカル=身近な地域社会の視座」の両方を持つこと。
そのため、バイリンガル教育にも力を入れ、英語の授業に加え、
一部教科も英語で行う計画です。

同学園が目指す探究型グローカル教育では、地域社会と世界、自然界とつながる中で
出された教科横断的なプロジェクトを中心にした「自分軸での学び」を大切に
「関係力」「探究力」「創造力」を育んでいきます。

加えて、日本の小・中学校の義務教育の内容もカバーしたカリキュラムとなり、
卒業時には私立校の卒業証明書が発行されます。

代表を務める仙石恭子氏は教育業界の出身ではないものの、
地方で育つ子どもたちに新たな教育の機会を提供するために、地元への移住を選択しました。

ツレヅレハナコさんと 長野県栄村・小滝の稲刈り祭りへ。 300年後の未来を目指す集落で 希少なお米〈コタキホワイト〉を味わう

2度目の小滝集落。そこは銀世界ではなく、
黄金の稲穂が揺れる豊かな土地

「ハナコさん、とてもおいしいお米があるので食べてみて!」

1年ほど前、そう知人から手渡されたのが長野県栄村・小滝集落でつくられた
コシヒカリ〈コタキホワイト〉でした。

日本有数の米どころである新潟県中魚沼郡と隣接する長野県の栄村。
なかでも小滝は、わずか13世帯36人の小さな集落。
作付けできる量にも限りがあるため、
かつてはほとんど地元からは出ない「幻の米」だったそう。
さっそく炊いてみると、米は小粒ながらしっかりと甘みがあり、
もちもちとした食感で確かに美味。
あまりに気に入り、当時食べていた別の米を差し置いて繰り返し炊いたら、
あっという間に食べ終わってしまいました。

この米が育つ場所を見てみたい……。
そう思っていたところに、「真冬の小滝でかまくら宴会をする」と聞けば
飛んでいくのが道理。2023年2月、初めての小滝集落を訪れました。

(写真提供:小滝集落のみなさん)

(写真提供:小滝集落のみなさん)

東京からは車で3時間ほど。
着いてみれば想像以上の雪で、年間5か月以上、例年は3メートルを超えて
降り積もる深雪地帯なのだそう。
この気候も米づくりに大きく関係しているのだろうなあ。
そう思いつつも、周囲は見渡す限りの銀世界。
田んぼの気配は一切わからないままテクテク歩くと、
目の前に現れたのが巨大なかまくら!

集落のみなさんが、数日をかけてつくり上げられた、
大人でも20人以上が入れるというビッグサイズ。
立派なテーブルやベンチシートも雪をかためて設置され、本当の宴会場さながらです。
中を覗くと小滝の人々がもう集まっていて、
一升瓶を手に私たちを温かく迎えてくれました。

かまくら内外にやさしい明かりが灯り、ふるまわれたのは豚しゃぶ鍋や鴨鍋。
根菜などの野菜がたっぷり入り、大人も子どももみんなで囲めば芯から暖まります。
集落のみなさんが用意してくれた長野の日本酒や地元産のどぶろくとお酒もふるまわれ、
〈コタキホワイト〉の米粉を使ったみみだんごなども出していただき、
小滝に伝わる郷土料理の話でも盛り上がりました。
みなさんの笑顔がまぶしいこと。
みんな、この地の暮らしとお米に誇りをもっているのだな。そう思いました。

そして月日は流れ、再び訪れたのが2023年9月の稲刈り。
雪が消えた秋の小滝は、まるで別の場所のよう。澄んだ空気と緑もゆる山々に囲まれ、
目の前には黄金に輝く田んぼの稲穂が広がります。
ああ、銀世界も素敵だったけれど、これほどに美しい集落だったのか。

小滝集落 2023年9月

到着した夕方からは、みんなでバーベキュー。畜産も盛んな近隣エリアで育った豚肉と、
朝採れの新鮮野菜を鉄板で次々に焼き上げます。
肉はもちろん、この野菜がジューシーで最高! 
参加していた子どもたちも、モリモリとたいらげます。

みんなでバーベキュー

そして大人は、やっぱりグラス、盃片手のおしゃべり。
集落のみなさん、そして参加者同士でにぎやかなひととき。
ついつい私もおかわりを繰り返しながら、楽しい夜は更けていきました。

まちなかの巨大ホールで展示!?
空間が埋まるのか、不安いっぱいの
『みる・とーぶがやってきた!』展

山あいの過疎地でやっていたイベントがまちなかに!?

私が代表を務める地域PR団体が主催して、北海道岩見沢市にある
旧美流渡(みると)中学校で毎年開催している『みる・とーぶ展』。
今年は年2回開催し、秋の展示が10月1日に終わったばかりだったが、
なんと、その次の週末には、まちなかに出張して展示を行うこととなっていた。

秋の『みる・とーぶ展』。地域の作家による手仕事の作品を販売したショップコーナー。

秋の『みる・とーぶ展』。地域の作家による手仕事の作品を販売したショップコーナー。

出張展示は、岩見沢市の「開庁140年・市制施行80周年記念事業」の
一環となっていて、10月の第2週の週末を中心に、私たち以外にも、
まちのあちこちで多彩なイベントが開かれていた。

この話が具体的になってきたのは今年の春のこと。
場所は岩見沢駅近くの広場にある〈イベントホール赤れんが〉。
市の担当者と協議するなかで、この「赤れんが」が開催場所の候補となったとき、
一瞬私はのけぞった。

イベントホール赤れんが。

イベントホール赤れんが。

〈赤れんが〉は人工芝を敷き詰めた屋内運動場のような場所で、とにかく広い。
普段ライブやスポーツイベントなどをやっていて、
『みる・とーぶ展』の展示作品を並べるだけではとても埋まらないし、
作品の世界観を伝えるようなムードもつくりにくい。
いつもは自然に囲まれた山あいの校舎でイベントを開催している私たちにとって、
まったく違うシチュエーション。
「いったい、どうしたらいいのか」と不安がいっぱいになった。

シャボン玉をみんなで描いて、それをつるそう!

そんなとき、旧美流渡中学校の企画をともに考えてくれている、
美流渡に移住した画家・MAYA MAXXさんが、こんな提案をしてくれた。

「『シャボン玉を描こうワークショップ』の作品をたくさん飾ってみたら?」

旧美流渡中学校で開催されたワークショップの様子。

旧美流渡中学校で開催されたワークショップの様子。

MAYAさんは絵画制作とともに、十数年間、
子どもたちと絵を描くワークショップを続けてきた。
主に行ってきたのは、横幅3メートルの白い防炎シートに手と足で絵具を塗り、
その上に絵を描く「大きな絵を描こうワークショップ」と、
鏡で自分の顔をよく観察しながら目、鼻、口と順番に描いていく
「自画像を描くワークショップ」。

大きな絵を描こうワークショップ。白い防炎シートの上にまずは手と足で色を塗っていく。

大きな絵を描こうワークショップ。白い防炎シートの上にまずは手と足で色を塗っていく。

上から筆で描いていく。

上から筆で描いていく。

昨年からは、シャボン玉を実際に観察して、
それを透明シートに描いていくというワークショップも始めた。

「シャボン玉は透明に見えるけれど実は虹色。
このワークショップは子どもたちが初めて描く抽象画だよ」

「シャボン玉って何色? よーく見て」とMAYAさんは子どもたちに声をかける。

「シャボン玉って何色? よーく見て」とMAYAさんは子どもたちに声をかける。

ただの丸を描くのとは違う、子どもたちなりの実感がこもったシャボン玉の丸。
そのどれもが違っていて、とてもきれい。
そうか、赤れんがは天井が高いから、そこからこれを吊るしたら楽しそう!!
空間全体をインスタレーションととらえて取り組めばいいんだと考えられるようになった。

色とりどりのシャボン玉が描かれていく。

色とりどりのシャボン玉が描かれていく。

また、もうひとつ、いつも旧美流渡中学校の体育館で展覧会期間中に開催している
「ミルトぼうけん遊び場」のことを、まちなかの人にも知ってほしいと思った。
この遊び場を運営してくれている林睦子さんと相談し、トランポリンやすべり台、
楽器やおままごと、木工遊びセットなどを持っていくことにした。

体育館を開放して行われる「ミルトぼうけん遊び場」。

体育館を開放して行われる「ミルトぼうけん遊び場」。

北海道の森で 自然と過ごすマルシェ 『森と本と木の椅子と』

弟子屈の森で開催した、『森と本と木の椅子と』

5年前、北海道に移住して初めての夏、
“マルシェ”が多いことに驚いた。
広場や公園や森の中で、
近隣の、ときには車で半日以上かかる遠くの市町村からも、
飲食店や雑貨店、農家や作家が出店するイベント。

北海道での生活においては、
市街地から離れた自分の店でお客さんを待つよりは
雪のない時期は、店の中身を車いっぱいに詰め込んで
自分から出かけて行ったほうが効率的なのだろう。

だから北海道では夏から秋の間、
いつもどこかで“マルシェ”が開かれる。

青空の下で本を自由に閲覧できる「あおぞら図書館」と、
薪割り体験をさせてくれる〈たき火屋さん〉と一緒に、
昨年秋、『森と本と木の椅子と』というイベントを開催した。
会場は、森の中のキャンプ場〈RECAMP摩周〉。

コンセプトは、
「森の中でのんびり過ごそう。
好きな本や気になる本を携えて。
そこには木の椅子があったらいい。
自分でつくった椅子だったら、もっといい」

“森”という空間を生かした出店が楽しい

2回目となる今年は、出店者を集めてマルシェの要素も加えた。
参加してくれたのは、移動古書店、お菓子屋、カレー屋、珈琲店。
さらに手編み靴下屋、くるみのかごや、お昼寝アートの撮影なんていうのもある。
人気が高かったのは、台湾式足もみやタイ式マッサージ。
“森の中での極楽気分”は、さぞかし心地いいことだろう。

「ビブリオバトル」「森ヨガ」「木のスツールづくり」といった、
プログラムも用意し、
日没の頃からは「Night Program」も企画した。

小豆島に移住して11年、
種をまき続ける

11年目の、秋の小豆島

10月に入り、小豆島はぐっと温度が下がりました。
あんなに蒸し暑かった9月が嘘のよう……。
残暑は消え去り、突然やってきた秋。
ちょっと戸惑いつつも、この季節がやってくるのを切望しておりましたので、心底うれしい。

少し冷たい気持ちのいい風。
晴れ渡る空の下の山と海。
紫色に熟し始めたオリーブの実を収穫する人々。

秋の小豆島は本当に最高なんです!

秋の澄んだ空と小豆島の山々と瀬戸内海。

秋の澄んだ空と小豆島の山々と瀬戸内海。

夏の間、緑色だったオリーブの実は、10月頃から赤紫色に熟していきます。

夏の間、緑色だったオリーブの実は、10月頃から赤紫色に熟していきます。

10月は島のあちこちでオリーブの収穫風景をみることができます。

10月は島のあちこちでオリーブの収穫風景をみることができます。

私たち家族が小豆島に引っ越してきたのも、そんな秋の日でした。
今年の10月で小豆島在住歴11年となります。

小豆島に移住し、1年半後にオープンした〈HOMEMAKERSカフェ〉はもうすぐ10周年になります。

小豆島に移住し、1年半後にオープンした〈HOMEMAKERSカフェ〉はもうすぐ10周年になります。

小豆島に暮らし始めて、農業を始めて、カフェをオープンして、
最初の頃は、野菜の種まきから収穫、発送業務、カフェの仕込み、営業など
すべて夫婦ふたりでやっていたのですが、少しずつやることが増えてきて、
手伝いにきてくれる友人がひとりふたりと増えて、
今はだいぶ仕事を分担するようになりました。

最近のわたしは、販売や発送に関わる事務作業、野菜の出荷作業、
カフェ営業などが主な役割で、畑に出て作業する時間がだいぶ少なくなりました。
野菜の出荷作業はしているので、野菜にはいつも触れているのですが、
種をまいたり、苗を植えたり、土を触ったり、そういう作業からは離れていました。

この秋、ちょっと人手不足だったこともあり、私も畑仕事を手伝います! と
初心者の気持ちで久しぶりに畑に出ることに! 
秋は、冬から春先に収穫する野菜の準備で大忙しなんです。
冬に収穫する大根や白菜だけでなく、春先に収穫する新玉ねぎなどの種まき、苗植えも
年内に終わらせてしまわないと間に合わなくなります。
猫の手も借りたい忙しさなら、畑仕事に慣れてない私でも少しくらいは力になれるかと。

この日はにんじんの種まき。まだ残暑が残る9月下旬。

この日はにんじんの種まき。まだ残暑が残る9月下旬。

無事に発芽した、にんじんの芽。ほっ。

無事に発芽した、にんじんの芽。ほっ。

静岡県掛川市の山間にある
ごはん屋さん&陶芸工房〈したたむ〉。
屋号とコンセプトの決め方は?

移住者のつくる小さなお店 したたむ vol.5

静岡県掛川市の山間での暮らしを始めて4年目、
料理人の夫と陶芸家の妻による、ごはん屋さんと陶芸工房〈したたむ〉。

完全予約制のランチ営業のみで、Instagramで1か月分の予約を開始すると
すぐに埋まってしまい、キャンセル待ちができるほどの人気店です。
車でしか行けない山奥にあり、決して利便性の良い立地ではないものの、
ここまでの人気店に成長したのはなぜなのか、本連載を通してひも解いていきます。

器を妻が、料理を夫が担当。

器を妻が、料理を夫が担当。

前回まで、飲食店を開こうと考えたきっかけや、お店を出すための土地探し
資金調達セルフリノベについて振り返りました。

今回は、陶芸家の妻・吉永哲子(よしなが のりこ)さんに、
お店の屋号やコンセプトについて教えてもらいます。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

屋号やコンセプト、どうやって決める?

ふたりで一緒にお店を、と考え始めた頃は、
「私のつくる器でごはんを出す店」くらいの漠然としたイメージしかありませんでした。
今回はその漠然としたところから、どのように
今の〈したたむ〉のかたちになったかを振り返りたいと思います。

まず、お店を始めようと考える方は、もれなく「屋号」に悩まれると思います。
〈したたむ〉という店名は、まだ移住先も決まっていない東京時代、
割と突然に思いついたものです。

日本語で、一見意味がわからない、でも由来がある言葉。
語感がよくて、覚えやすい言葉。
無意識に探していたのかもしれません。
うろ覚えだった古語の意味をその場ですぐにスマホ検索したのを覚えています。

日本の古い言葉で「整える」「食事をする」という意味を持つ「したたむ」は、
私たちのお店にぴったりの屋号となりました。

〈したたむ〉のショップカードのロゴは、友人の大場綾さんに絵を描いてもらい、私が文字を書きました。

〈したたむ〉のショップカードのロゴは、友人の大場綾さんに絵を描いてもらい、私が文字を書きました。

描いてもらったのは、器を作る手と、食事をお出しする手。陶芸工房とごはん屋さんが一体になっていることが、絵で表現されています。

描いてもらったのは、器を作る手と、食事をお出しする手。陶芸工房とごはん屋さんが一体になっていることが、絵で表現されています。

キャンピングカーは“住まい”となるか?
太陽光発電、リフォーム、収納。
工夫に満ちた暮らしを追う

美流渡の展覧会にケビンとキャサリンがやってきた!!

北海道岩見沢市で開催した、地域のつくり手の作品を発表する『みる・とーぶ展』と
美流渡(みると)在住の画家・MAYA MAXXさんによる
『みんなとMAYA MAXX展』が、10月1日に幕を閉じた。
舞台となったのは4年前に閉校した旧美流渡中学校。
私が代表を務める地域PR団体が毎年企画していて、今回で6回目。
この秋の開催は、12日間で参加メンバーは20組以上となった。
人口わずか300人ほどの美流渡地区に道内外から多数の来場者が訪れた。

会場となった旧美流渡中学校の入り口にはMAYA MAXXさんによる赤いクマのAmiちゃんが置かれている。展覧会前にケビンさんとキャサリンさんがキレイに洗ってくれた。

会場となった旧美流渡中学校の入り口にはMAYA MAXXさんによる赤いクマのAmiちゃんが置かれている。展覧会前にケビンさんとキャサリンさんがキレイに洗ってくれた。

展示だけでなくワークショップやライブなどがにぎやかに行われるなかで、
新しい試みとなったトークイベントについて、今回は紹介してみたい。
企画をしてくれたのは、キャンピングカーでソフトクリームを販売しながら
日本各地をめぐっているケビンさん(本名は中谷兼敏さん)。
これまで3つの小屋をつくってきた経験をもとに
「タイニーハウスと太陽光発電 ケビンの体験トーク」を、会期中の9月23日に開催した。

ケビンさんの体験トーク。YouTubeの「おっ!チャンネル」にたびたび登場しており、チャンネル視聴者もトークに駆けつけた。

ケビンさんの体験トーク。YouTubeの「おっ!チャンネル」にたびたび登場しており、チャンネル視聴者もトークに駆けつけた。

このトークの内容を紹介する前に、ケビンさんとの出会いについて紹介しておきたい。
2019年に美流渡とその周辺を紹介するツアーが行われ、
そこにケビンさんが参加してくれたことで、私は知り合った。
ケビンさんは新婚旅行中。妻のキャサリンさん(本名は中谷清美さん)と
キャンピングカーで北海道をめぐっていて、
いつかソフトクリームを販売したいと話していた。

その2年後に再会。ふたりはこのとき〈カフェ・アルコバレーノ〉という名で
ソフトクリームの移動販売を始めていて、美流渡でも営業をしてくれた。
北海道にいるのは夏の間だけ。現在は、寒くなると三重で営業し、
その後、宮崎で数か月を過ごし、また北海道にやってくるという暮らしを続けている。

旧美流渡中学校でみる・とーぶ展を開催するようになって、毎年、カフェを開いてくれるようになった。

旧美流渡中学校でみる・とーぶ展を開催するようになって、毎年、カフェを開いてくれるようになった。

1000本以上の「竹」で天日干し!
竹害を防ぎ、里山を守る
棚田のお米づくり

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

6月に植えた田んぼの稲が育ち、だんだんと実が熟してきました。
今、糸島の棚田は真っ赤な彼岸花と緑の稲のコントラストが美しい季節です。

集落のなかでも
9月末には稲刈りをしている田んぼを見かけるようになりました。
私たちも10月に入れば稲刈りの準備です。

棚田に咲くヒガンバナの写真

週末にはカメラを片手に散歩している人たちもちらほら。空は高く風は気持ちよく、棚田の風景を楽しむにはもってこいです。

竹を組んだ「はざ」でお米を干す

我が家のお米は「天日干し米」。
機械乾燥ではなく、太陽の光でじっくりお米を乾燥させる、
昔ながらの方法です。
急速に加熱しないため、お米の食味が低下せず、
干している間に茎の栄養がお米に移っておいしくなるともいわれています。

収穫したお米を乾燥させるには、稲を束にして縛ってから、
竹で組んだ「はざ」に引っ掛けていきます。

その「はざ」の材料となる竹を用意するために、
毎年山に入って竹刈りをしています。

竹をのこぎりで切る少年の写真

子どもたちと一緒に竹の準備。

昔はあちこちの田んぼで天日干しが行われていたため、
竹刈りも毎年行われていたのですが、
今では機械で収穫→乾燥→藁(わら)の粉砕までやってしまうので、
竹をとる人はずいぶんと少なくなりました。

また、竹は日本各地で“カゴ”や“ザル”などの日用品や建築資材、楽器の素材など
暮らしのさまざまな場面で活用されてきましたが、
プラスチックなどの代替製品ができたことや、
安価な竹細工の輸入品が増加したことなどから一気に需要が減り、
竹林は放置されるようになってしまいました。

竹林での竹間伐の風景

竹が伸び放題になっている竹やぶを切り開いて、光を入れます。

そのため、多くの里山の竹林で荒廃化が進んでいます。
竹は成長が早く、繁殖力が強いため、管理しないとすぐに密度が高まって
太陽光が届かず、ほかの植物が育ちにくい環境となってしまいます。
また、増えすぎた竹は山の保水力を低下させ、土砂崩れなどのリスクも高まります。

昔は生活に欠かせない素材だった竹ですが、
今や里山の生態系をおびやかす「竹害」を引き起こす植物となってしまいました。

一方で、昔ながらのお米づくりは、定期的な伐採によって竹林の荒廃を防ぎ、
里山の生態系保存にもつながっていくのです。
そして、人が山に入ることで動物と人との境界線をつくり、
動物が里に降りて来づらい環境をつくる役割も果たしています。

醤油味のお赤飯、
おかずになるまんじゅう、
漬物など、在住者に聞いた
「まちのローカルフード」


今月のテーマ「ローカルフード」

食卓やスーパーの陳列棚に何気なく並ぶ食材や料理も、
実はほかの地域では見かけないものだった……。
ということ、ありませんか?

今回は、そういった意外と知られていない地域に根づく食べ物を
「ローカルフード」と題して、
全国各地に住む本連載ライター陣に質問してみました。

聞いてみると、お赤飯やまんじゅう、漬物などのまちの文化が垣間見られるものから
サブカルのまちならではの品々を取り扱う商店まで
バラエティ豊かな地域の特色が再発見できました。

【新潟県中越地方】
小さい頃から食べてきた茶色いお赤飯

新潟県中越地方のお赤飯は、
あずきで薄ピンクに色づいたものではなく、
醤油風味のもち米に金時豆が入った「茶色いお赤飯」です。
どんなお赤飯なのかをお伝えすべく、中越地方流のお赤飯を購入してきました。

中越地方の方はきっとお赤飯と思うであろう〈田中屋本店〉のおこわ。これが地元でいうお赤飯なのですが、見ての通り商品名は「おこわ」でした。新潟市ではお赤飯とは認知されていないようです。(そりゃそうか)

中越地方の方はきっとお赤飯と思うであろう〈田中屋本店〉のおこわ。これが地元でいうお赤飯なのですが、見ての通り商品名は「おこわ」でした。新潟市ではお赤飯とは認知されていないようです。(そりゃそうか)

中越地方のお赤飯がどうして醤油味なのか。
調べてみると「この地域ではささげが採れず、
代わりに身近にある醤油で色つけをした」
「長岡市の摂田屋というまちで醤油づくりが盛んだった」など、諸説あるようです。

私があずきが入ったお赤飯をはじめて知ったのは、高校の卒業式でした。
熨斗に「お赤飯」と書いてあるお祝い品を見つけ、
ワクワクして包装を開けてみると見たことのないご飯が入っていたのです。
「なんなんだ、これは」と、ひっくり返るくらいに驚きました。

ほどよい醤油の塩っけと甘〜い金時豆の組み合わせがたまらなくおいしい。

ほどよい醤油の塩っけと甘〜い金時豆の組み合わせがたまらなくおいしい。

ちょうどお彼岸の時期だったからか、近所のスーパーにはもち米やあんこと並び、
〈丸美屋〉の「新潟醤油赤飯の素」が販売されていました。

スーパー〈原信 紫竹山店〉の一角。

スーパー〈原信 紫竹山店〉の一角。

「醤油赤飯」というネーミングに、「これは醤油おこわではなくお赤飯です」と市民権を得たような誇らしさがありました。手軽にお醤油赤飯が食べられるのはうれしい限り。

「醤油赤飯」というネーミングに、「これは醤油おこわではなくお赤飯です」と市民権を得たような誇らしさがありました。手軽にお醤油赤飯が食べられるのはうれしい限り。

その地域では当然のように食べられていて、
でもほかの地域の方からはびっくりされる郷土の味はたくさんありますよね。
先日は、東京の先輩に「新潟の太巻きにはクルミが入っているんですね」と言われ、
そういうものだと思っていた私は驚きました。

茶色のお赤飯もクルミ入りの太巻きもおいしいので、
新潟の味としてぜひ食べていただきたいです。

profile

齋藤悦子 さいとう・えつこ

新潟在住のフリーライター。しばらく勤め人でしたが、ひょんなことからライターの道へ。南魚沼市→新潟市→阿賀町→新潟市と県内を転居する生活をしています。寝るのが大好き、朝が苦手、スノーボードとたまに登山、ラジオとエッセイとレモンチューハイが好き。
Instagram:@suzuki_epi/

原寸大の馬の置物をつくってみたい!
旧美流渡中学校で
『ミチクルのアニマル展2』を開いて

毎年工夫を重ねて、教室での個展に挑戦!

2019年に閉校した北海道岩見沢市の旧美流渡中学校で、
私が代表を務める地域PR団体が毎年開催している『みる・とーぶ』展が、
9月16日から始まった。
美流渡とその周辺地区には、工芸家やアーティストなどが多く移住していて、
それらの作品を展示するのがこの展覧会だ。

スタート時は、ショップコーナーで手仕事の作品を販売することが主だったが、
年を追うごとにひとり、またひとりと教室一室を使って個展を開催するようになっている。

秋のみる・とーぶ展、1階のショップの様子。陶芸作品や布こもの、家具、ハーブティーなどが並ぶ。

秋のみる・とーぶ展、1階のショップの様子。陶芸作品や布こもの、家具、ハーブティーなどが並ぶ。

私自身も、美流渡で行っている出版活動「森の出版社 ミチクル」として、
制作した本の販売などを行いつつ、
今年の春に行われた『みる・とーぶ展』では個展を開催した。
個展のタイトルは『ミチクルのアニマル展』
着られなくなった毛皮のコートを素材に制作したのは動物マスク。
この展示では、来場者がマスクをかぶって、さまざまな写真を撮ってくれた。
マスク自体はリアルでやや怖い印象があったが、
みんなが楽しんでくれている様子が伝わってきてうれしかった。

春のみる・とーぶ展で開催した『ミチクルのアニマル展』。観客が実際に被れるマスクタイプのほか、オブジェも制作。

春のみる・とーぶ展で開催した『ミチクルのアニマル展』。観客が実際に被れるマスクタイプのほか、オブジェも制作。

このときすでに、次回の『みる・とーぶ展』が秋に開催されることが決まっていたので、
さらなる新作をつくって発表したいと考えていた。

春から数えて発表まで約4か月。
場所は、春に展示した2階の教室から移動して、3階にある元理科準備室で行おうと考えた。
理科準備室には中央に黒い大きな机があって、ここから動物たちの首が
いくつも生えていたらどうだろうというイメージが浮かんでいた。
それを美流渡在住の画家で、旧美流渡中学校の展覧会にも参加してくれている
MAYA MAXXさんに話したところ、

「それはちょっと怖すぎるんじゃない? 
毛皮を使うことがいいのか、もう一度考えてみたらどうかな?」

と提案してくれた。
MAYAさんによると、毛皮を使ってしまうと細部のつくり込みが
しっかりとできないことと、動物の毛であるということに
人が無意識に怖さや暗さを感じてしまうのではないかということらしい。
私は何かをつくると、無自覚に不気味な感じが漂ってしまうことがあるので、
本当に毛皮を素材にしたほうがいいのか、もう一度考えて見ることは大切だと思った。

春につくったニホンザル。「ちょっと怖い」と言ってあとずさりする人もいた。

春につくったニホンザル。「ちょっと怖い」と言ってあとずさりする人もいた。

小豆島のそうめん工場を
改装したフィットネスジム
〈STEP sports community〉

体が重い。そうだ、運動しよう!

9月末というのに、まったく涼しくならず、
ぶぅぶぅ文句を言いながらなんとか日々を過ごしております。
そんな残暑厳しい今年の9月、わたくしまたひとつ歳を重ね、44歳となりました。

小豆島に引っ越してきたのは、33歳のとき。
あれから10年以上たち、当時の写真をたまたま見たりすると
「わたし若いなぁ……」と、年月を感じずにはいられない。
今年の春から娘が島の外に通学するようになり毎朝5時半起きの弁当づくり、
そして港への送迎。それに加えていつまでも続く蒸し暑さ。
最近は疲れてるな〜と感じたり、なんか体が重いな〜と感じたりすることが少し増えたような。

とにかく健やかな体で、動きまわっていたい!
そのためには体のメンテナンスが必須だなと。

行動を起こさないと何も変わらないぞ。
思い立って、小豆島の友人が運営する〈STEP sports community〉という
フィットネスジムに行ってみることにしました。

もともとはそうめん工場だった建物を改修してフィットネスジムに。

もともとはそうめん工場だった建物を改修してフィットネスジムに。

段々になっているブロックが、一歩一歩登っていくステップをイメージさせてくれて、さぁがんばるぞって気持ちにさせてくれる。

段々になっているブロックが、一歩一歩登っていくステップをイメージさせてくれて、さぁがんばるぞって気持ちにさせてくれる。

〈STEP sports community〉は、小豆島出身の坂本真一くんが
2022年10月にオープンした施設です。
坂本くんは、大学の体育学部で学び、2014年に小豆島に帰ってきてからは、
幼稚園・保育所で体操教室を開催したり、大人向けの運動指導を行ったりしてきました。

STEP sports community 代表 の坂本真一くん。

STEP sports community 代表 の坂本真一くん。

その指導を通じて、島のいろいろな人たちと出会うなかで「運動すること」に関して
多くの人が何かしらの不安を抱えていると感じたそう。
「運動したほうがいいことはわかっているけれど、何をしたらいいかわからない」
「テレビなどを見てやってはみたけれど、これでいいのかわからない」
など。

まさに私もそのひとりです(汗)。
まだまだこの先、元気に働き続けたい。それなりに力仕事もしたい。
歳とともに筋肉が減っていかないようにしたいけれど、何をしたらいいかわからない。

そういう人たちが、不安なく運動に取り組める場所として
〈STEP sports community〉が開かれました。
「活力ある小豆島であるために 健康づくりの面から貢献する」をモットーとして掲げています。

「体が資本」とよく言いますが、本当にその通りで、
体が元気じゃないと、この過酷な気候のなかで農作業なんてできないですからね。

広々としてきれいな室内。床が木材で気持ちがいい。

広々としてきれいな室内。床が木材で気持ちがいい。

フィットネスジムを開業するにあたり、数種類の器具を設置し、運動できる場所として、
大きな倉庫や工場などをいろいろと探したという坂本くん。
そんなときに出会ったのが、しばらく使われていなかった木造のそうめん工場。
島の真ん中あたりに位置する池田地区にあり、
多くの島民にとってアクセスしやすいこの場所に決めたそう。

かつては小豆島のあちこちにそうめん工場がありました。今は廃業してしまって使われていないところも多く、この場所もそのひとつ。(撮影:坊野 美絵)

かつては小豆島のあちこちにそうめん工場がありました。今は廃業してしまって使われていないところも多く、この場所もそのひとつ。(撮影:坊野 美絵)

床の塗装をする坂本くん。(撮影:坊野 美絵)

床の塗装をする坂本くん。(撮影:坊野 美絵)

山岳写真家・水越武の写真展
『アイヌモシリ
オオカミが見た北海道』

弟子屈町に住む写真家・水越武さんの写真展が開催中

私が弟子屈町に移住してうれしかったことは、
写真家・水越武さんが暮らしているということ。

『槍・穂高』(山と溪谷社/1975年)、
『雷鳥 日本アルプスに生きる』(平凡社/1991年)、
『HIMALAYA』(講談社/1993年)など、
数々の作品を世に送り出してきた、山岳写真の第一人者。

山の姿を写し出した、荘厳で崇高な作品の数々。
「美しい」だけではない自然の偉大さが、
静かに深く伝わってくる写真に惹かれる。

ポスターやフライヤーに使用させていただいたのは、満月の下で草を掘り出しているエゾシカの写真。

ポスターやフライヤーに使用させていただいたのは、満月の下で草を掘り出しているエゾシカの写真。

私などには想像もできないような深い思いで、
自然を観察し続けている水越さんが、
住処として選んだのが、弟子屈町だということ。

だから、川湯ビジターセンターでショップを始めるときも、
真っ先に、水越さんの書籍を販売したいと思った。
そして、屈斜路湖畔の森に囲まれたお宅に相談に行ったのだった。

あれから1年。写真展が開催できることになった。

阿寒摩周国立公園の自然情報を紹介する、川湯ビジターセンター。
総面積約450平方メートルの2階建ての館内をフルに活用して、
47点の写真を展示するという試みだ。

2023年9月1日から始まった写真展。入り口に掲げたのは、日本一の透明度を誇る摩周湖の空撮写真。ここならではの地形から生まれる美しさ。

2023年9月1日から始まった写真展。入り口に掲げたのは、日本一の透明度を誇る摩周湖の空撮写真。ここならではの地形から生まれる美しさ。

水越さんは、1938年愛知県生まれ。
山岳写真家の田淵行男氏に師事し、以後、
日本アルプスをはじめ、屋久島、
ヒマラヤ、北米・シベリア、中南米・ボルネオなど、
世界の大自然と向き合いながら撮影を続けている。

館内の奥には、紅葉の季節の針広混交林、林床に広がるエンレイソウの群落、雪に覆われた針葉樹の森など、森林の写真を7点並べている。

館内の奥には、紅葉の季節の針広混交林、林床に広がるエンレイソウの群落、雪に覆われた針葉樹の森など、森林の写真を7点並べている。

約30年前に北海道・弟子屈町に居を構え、
その後に刊行された『カムイの森』(北海道新聞社/1996年)では、
オオカミが徘徊していた頃の北海道の自然に思いを馳せ、
「北海道の原生林」をテーマに、
季節とともにさまざまな姿を見せる「北の森」を捉えている。

アカエゾマツの森に囲まれた、
ここ川湯ビジターセンターにも、
ときどきふらりと現れては、
森の活用法についてアドバイスをくれたりする。

そして昨年11月には、
『アイヌモシリ オオカミが見た北海道』(北海道新聞社/2022年)を刊行した。

大きな窓から、アカエゾマツの森を眺めることができる川湯ビジターセンター。階段の踊り場には、虹の光を受けて輝く知床の海や、深い霧に包まれた針葉樹の森の、大型写真を。

大きな窓から、アカエゾマツの森を眺めることができる川湯ビジターセンター。階段の踊り場には、虹の光を受けて輝く知床の海や、深い霧に包まれた針葉樹の森の、大型写真を。

築200年の古民家をセルフリノベで
ごはん屋さん&陶芸工房に。
DIYでできたこと、できなかったこと

移住者のつくる小さなお店 したたむ vol.4

静岡県掛川市の山間での暮らしを始めて4年目、
料理人の夫と陶芸家の妻による、ごはん屋さんと陶芸工房〈したたむ〉。

完全予約制のランチ営業のみで、Instagramで1か月分の予約を開始すると
すぐに埋まってしまい、キャンセル待ちができるほどの人気店です。
車でしか行けない山奥にあり、決して利便性の良い立地ではないものの、
ここまでの人気店に成長したのはなぜなのか、本連載を通してひも解いていきます。

前回まで、飲食店を開こうと考えたきっかけや、お店を出すための土地探し
資金調達、リノベーション計画について書いてくれました。

今回は、料理人の夫・奥田夏樹(おくだ なつき)さんが、
漆喰塗りや無垢材張りなどのセルフリノベーションの内容について振り返ります。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

陶芸家の妻・哲子さんと、料理人の夫・夏樹さん。

室内壁の漆喰塗り

セルフリノベーションでも人気の作業といえば、漆喰塗りではないでしょうか。
「漆喰をコテで塗っていく作業はなんか楽しそう」。これである。
実際の感想は、「"塗りやすい場所は"楽しかった」である。
振り返ってみましょう。

漆喰塗りの計画は、まず奥のプライベート空間の二間で練習して
お店側の二間が本番、というプランでした。

まずは漆喰選び。いろいろ調べた結果、
〈日本プラスター〉から出ている「漆喰うま〜くヌレール」は
自分で材料を混ぜ合わせる必要がなく、開けたらすぐに塗り始められるというお手軽さ。

漆喰を自分で混ぜてつくるよりも若干割高ですが、扱いに慣れていない素人だと
ムラになってしまうかもしれません。そして何より使いやすさを重視し、
「漆喰うま〜くヌレール」を選択しました。

作業の過程は以下。

・養生

・必要な道具を作成

・面を平らにする

・シーラー塗り(アク止め)

・塗る

・ムラがある場所を重ね塗りする

養生はとっても大事!

養生はとっても大事!

養生は、漆喰を塗りたい場所のまわりを汚さないよう、マスキングテープで覆っていく作業です。
そして塗るのに必要な道具は、コテ板とコテ。
これらはホームセンターにさまざまなものが売られているので買ってもよかったのですが、
地味にお金がかかるし、構造をみると、仕組みは簡単でつくれそうだったので、
100円ショップで下敷きを買い、家にあった木端でコテ板とコテをつくりました。
要はきれいに漆喰が塗れればいいわけで、実際のところ自作のもので十分でした。

自作のコテ板とコテ。

自作のコテ板とコテ。

塗る対象面は、石膏ボードのつなぎ目や木ネジの頭などで意外と凸凹しています。
そこで、メッシュ状のテープを貼ってなるべく面を平らにしていきました。
こうしておくと仕上がりにムラがなくなります。

シーラー塗りとは、漆喰の下地処理で必ず行う工程。
下地の種類によってはアクが出てきたり、ひび割れたり剥がれやすくなってしまうため、
それを防ぐためにシーラーを塗ります。

シーラーが乾いたら下準備終了となり、いよいよ本番、「漆喰塗り」。
奥のプライベート空間の二間で練習したかいがあり、
結構コツをつかんだ状態でお店側へと移っていったので
割とスムーズに作業は進みました。

大変だったのは、角。山でも谷でも。
場所によっては三面が交わる角などがありましたが、仕上げるのがとても難しかったです。
おそらくこういうところでプロとの差が出るのだなと実感しました。

キッチンやトイレのペンキ塗装

時間と予算があればすべて漆喰で仕上げたかったところですが、
外壁も漆喰で仕上げることにしたので、予算を考えて、お客様が入らないキッチンや
トイレのなかは漆喰でなくペンキを塗って仕上げることにしました。

具体的な作業内容は以下。

・壁の掃除

・養生

・シーラーを塗る

・乾いたらペンキを塗る

無垢の杉材で床張り

床張りでは金子さんにふたつの提案をいただきました。
ひとつめは使用する木材を、浜松市・天竜地区の無垢の杉材にすること。

品質の確かな「しずおか優良木材等」を使った木造住宅を取得または
リフォームする人を対象に助成する「住んでよし しずおか木の家推進事業」というものを
見つけてきてもらったため、助成金をもらうために、対象となる浜松市の
天竜地区産の無垢材の天竜杉を使うことが決まりました。

もうひとつは床張りの一部をワークショップ形式にして
残った部分を私たちでやるのはどうかというものでした。
金子さんは静岡理工科大学の建築学科で講師もされているのですが、
そこの生徒さんたちと一緒にワークショップ形式で床張りをやりましょうと。

ワークショップ形式にしたためたくさんの人手が集まった。

ワークショップ形式にしたためたくさんの人手が集まった。

ワークショップでは、大工の天野さんに来てもらい、機材の使い方、計測の仕方、
床板の張り方など工程ごとにポイントやコツを教えてもらいながらみんなで張っていきます。

問題だったのは、古民家ゆえに直角や直線がなく、“約90度”だったり、
直線に見えてゆるやかに曲がったりしていることでした。
なので、基準となる直角のL字を床に描くところから始まりました。

また壁を抜いた南側二部屋には印象的な柱が6本あるのですが、それらは
手斧(ちょうな)で仕上げた化粧柱や、人力で削り出した、太さやかたちがすべて違う柱。
それら柱と床板の取り合いの部分は、お店の顔といってもいいくらい目立つ場所なので
そこが素人仕事の感じが出てしまうのはカッコ悪い……ということで匠の技を発動。
南側の端の数枚は大工さんにお願いして、柱のラインを超えたところからみんなで張り始めました。

ポイントを教えてもらいながらの作業。

ポイントを教えてもらいながらの作業。

ワークショップに集まってくれた建築学科の学生さんたちも
おそらくこの先プロになったとしても、あまり出合うことがないであろう
築200年以上経つ建物での作業に、学びやおもしろさを見出しながら
作業してくれていたと思います。

参加された学生のみなさんの経験になり、私たちも勉強になり
さらにリノベーションの作業も進むという、何とすばらしい企画でしょう。
お礼といってはなんですが、初々しいキッチンで、ささやかながらカレーライスをつくり、
縁側や外に座ってみんなで食べたのはいい思い出です。

ランチにカレーライスをふるまいました。

ランチにカレーライスをふるまいました。

外壁の漆喰塗り

外壁は茶色と小豆色の間のような色のガルバリウムで、
見慣れるとまぁこれでもいいかなと思いつつも、
来店されるお客様の視線で考えたときに、最初に目に入るお店の顔になる部分。
ここは手を抜いてはいけないと、当初から予定していた通り外壁も漆喰で塗ることに。

通常であれば、ガルバリウムを剥がして下地になる壁をつくり、
その上に漆喰を塗るのですが、剥がしたガルバリウムがゴミとなり、
それらの処分費がまたかかることが問題でした。

そこで金子さんたちに相談し、ガルバリウムの上に石膏ボードを貼りつけてしまい、
さらにその上に漆喰を塗っていくという案を出してもらいました。

この手法の懸念点は、壁がかなり重くなるということだったものの、
大工の天野さんの経験上、大丈夫だろうということでこの方法が採用されました。

具体的な作業内容は、以下。

・石膏ボードの切り出し、貼りつけ

・壁の掃除

・養生

・面を平らにする

・漆喰塗り

室内の漆喰塗りで自信をつけていた私たちは、室内のときに使った道具もあるので
慣れた手つきで割といい感じにできたと思っています。
難しかったのは、室内のときと同じく角の仕上げ方でした。

漆喰が塗り終わった外壁。

漆喰が塗り終わった外壁。

たくさんの人に助けられて

さて、前回から長々と振り返ってみると、いろいろなことをやってきたのだなと
自分を褒めてあげたいと思いますが、本当に「セルフリノベーション」といっていいのか
というほど、実はたくさんの人に助けられながらやってきたことがよくわかります。
協力してくださったみなさま、本当にありがとうございました!

細かい作業を入れると、ここに挙げた作業の倍以上の工程があり、
ワークショップもこのあと別の内容でさらに2回開催しているのですが、機会があればまた。

information

したたむ

営業時間:12:00〜14:30

定休日:水〜金曜

Web:したたむ

伊豆下田へ移住した3人家族。
小学6年生の娘が語る
「移住と下田のホンネ」

親の移住、子どもの気持ち

伊豆下田に移住してきて7年目に突入している津留崎家。
当時は幼稚園だったお子さんも、小学6年生になりました。
「娘がどんな気持ちで6年間過ごしてきたか」と
気になっている母の徹花さん。

そこで今回は初めての試みとして、
お子さんの執筆により「移住と下田」について綴ってくれます。
大人と子どもの目線の違いはどのようなものでしょうか?

みんなが心を寄せられる塔を立てたい。
旧美流渡中学校に
MAYA MAXXの鳥の塔

真っ白い雪に覆われたグラウンドを見たことから始まった

「いつか実現するといいねー」

北海道岩見沢市の山間地、美流渡(みると)在住の画家・
MAYA MAXXさんは、自身のアトリエの向かいに面した
旧美流渡中学校(2019年に閉校)のグラウンドを眺めながら
何度かそう語ったことがある。
実現を夢見ていたのは、大きな塔のようなもの。

2020年の夏に東京から美流渡へと移住し、
季節は巡って冬となり構想が浮かんだ。
グラウンドは一面真っ白。誰も足を踏み入れていないフカフカの雪の上に、
立ち上がったクマの立体物をつくってみたいとMAYAさんは語った。

クマの全身像をグラウンドの中央に設置したいとMAYAさんが描いた初期スケッチ。

クマの全身像をグラウンドの中央に設置したいとMAYAさんが描いた初期スケッチ。

学校には国旗掲揚台のポールが立っていた。

「これと同じくらいの高さで、クマの立体がつくれたらいいよねー。
地元の農家さんや建設会社さんの力を結集して建てられたら、
そこに気持ちが集まると思う」

最初は、この掲揚台を利用して、張り子のように
クマをかたちづくっていく方法が検討された。
ただ、掲揚台のポールは細く風でカタカタと揺れていて、
立体物の荷重に耐えられないように思えた。

国旗掲揚台。ちょうど10メートルくらいの高さ。

国旗掲揚台。ちょうど10メートルくらいの高さ。

そこから2年が経ったが、構想は進んでいなかった。
そんななかでMAYAさんは「できるところからやってみてはどうか」と考え、
可能な限り大きなクマの顔だけをつくってみることを計画した。
180センチ×90センチ、厚さ10センチの「スタイロフォーム」
(正式名称は押出発泡ポリスチレン、住宅の断熱材として使用されている)を
横に2列、上に18枚重ねて立方体をつくり、それを丸く削っていった。
こうして「ビッグベアプロジェクト」がスタートし、
MAYAさんと仲間が半年かけてクマを完成させた。

校舎の庇に設置。みんなを出迎える学校のシンボルとなった。

校舎の庇に設置。みんなを出迎える学校のシンボルとなった。

暑い日に食べる!夏が旬の
「モロヘイヤとオクラのネバネバ丼」

暑さが続くなか、元気な野菜がいた!

9月に入り、小豆島は一番暑いときと比べると、
ほんの少しだけ暑さが和らぎましたが、それでもまだまだ暑すぎる。
いったいこの暑さはいつまで続くんだろうか、暑い……ぼやきが止まらない。
秋が心底恋しい毎日です。

サツマイモ畑の灌水作業。最近は外で作業するとき、ファンで風を送ってくれる空調服が必需品。

サツマイモ畑の灌水作業。最近は外で作業するとき、ファンで風を送ってくれる空調服が必需品。

夏空をバックに、元気に花を咲かせる赤オクラ。

夏空をバックに、元気に花を咲かせる赤オクラ。

これだけ暑さがずっと続くと、人間だけでなく、野菜たちもへばってきます。
実をつける前に花が落ちてしまったり、抵抗する力がなく病気になって枯れてしまったり。
「夏野菜」と呼ばれていても、35度以上の日が何日も続き、
おまけに雨もほとんど降らない過酷な夏だと、元気に育つことができないんです。
8月の野菜栽培については、今後いろいろと考えていかないといけないなぁと思っています。

さて、これだけ暑くても元気に育っている野菜があります。
オクラとモロヘイヤです。

7月下旬頃から収穫が始まり9月終わり頃までずっと実をつけ続けてくれるオクラ。

7月下旬頃から収穫が始まり9月終わり頃までずっと実をつけ続けてくれるオクラ。

葉や細い茎の部分を食べられるモロヘイヤ。

葉や細い茎の部分を食べられるモロヘイヤ。

オクラとモロヘイヤは同じアオイ科に属しています。
オクラがアオイ科なのは知っていたのですが、
モロヘイヤも同じ科の野菜だったとはちょっと驚き。
葉っぱのかたちなどだいぶ違うんですけどね。
原産地はどちらもアフリカで(モロヘイヤはインド西部からアフリカと
広い範囲が原産とされています)、高温の環境に強い野菜たちです。

オクラはあっという間に大きくなってしまうので、夏の間はほぼ毎日収穫作業。

オクラはあっという間に大きくなってしまうので、夏の間はほぼ毎日収穫作業。

黒姫高原〈アトリエ9〉宮本武 
写真家から転身し、
森の中にヒーリングサロンを開設

森の中のヒーリングサロン

雑誌『TRANSIT』『Number』、
AIGLE社と森林保護団体〈more trees〉のチャリティプロジェクトなどで、
やわらかな表情のポートレイトや
光が印象的にあふれる風景写真を収めてきた写真家、宮本武さん。
その彼が、18年にわたる海外生活を経て日本に帰国し、
2023年夏から長野県上水内郡信濃町の黒姫高原の森の中で、
ヒーリングサロンを開設した。

黒姫の森に佇む宮本さんのサロン〈アトリエ9〉。

黒姫の森に佇む宮本さんのサロン〈アトリエ9〉。

写真、黒姫、ヒーリング。
これらの結びつきは唐突のように見えて、宮本さんにとっては、ある種の必然だった。

ポートレイトというプロセス

転機のひとつは、2021年に刊行した宮本さんの初写真集『spectrum』(torch press)だ。
10年間、アイスランドに通いながら、
森や雪原、植物や鉱物と、男性のヌードをパラレルに撮影した、
生命のささやかな息吹のようなものを収めた作品だ。

中央が宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)。

中央が宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)。

実は宮本さんは、この撮影中、
写真を撮ることによって「自分のイヤな部分を癒したかった」のだという。
背景にはマイノリティとしての自身のセクシュアリティと、
そのために心に抱えてきた、つらいトラウマがあった。

「僕はそれまで、自分自身のセクシュアリティを被らせて、
『自分の繊細さ』を肯定できなかったんです。
だけど繊細さは、男女限らず誰しも必ず心のなかにあるもの。
『spectrum』では被写体の本質に近づくことで、それを世に伝えたかったんです」

以下3点とも、宮本さんの写真集『spectrum』(torch pressより)。(写真提供:宮本武)

宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)より。(写真提供:宮本武)

宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)より。(写真提供:宮本武)

宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)より。(写真提供:宮本武)

ただ、「ポートレイトとは撮影者の鏡である」とよく言われるように、
被写体の本質に近づくには、
撮影者も「本質的な存在として、そこにいる」必要があったと、宮本さんは言う。
つまりこのとき、宮本さんにとって撮影行為とは、
自分自身の「イヤな部分」を内省するプロセスだったのだ。

宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)より。(写真提供:宮本武)

宮本さんの写真集『spectrum』(torch press)より。(写真提供:宮本武)

「制作中、一度ダミーをつくったときに、
『心の明るい部分しか写っていない』って批判されたことがあったんです。
それで『暗い部分』を撮り直して、ミックスして、いまのかたちになりました。
つまり、自分がポートレイトを撮ることで、自分自身を癒す必要があったんです」

宮本さんのサロン〈アトリエ9〉より窓外の森を望む。

宮本さんのサロン〈アトリエ9〉より窓外の森を望む。