「Farm to Table」  小豆島の農家〈HOMEMAKERS〉が 少量多品種の野菜栽培を続ける理由

HOMEMAKERSの農業のスタイル

多くの農家にとって冬という季節は、体を休め、
次のシーズンとその先に続くこれからのことを考え、準備する大切な期間。
小豆島で農業を営む私たち〈HOMEMAKERS〉も、
1月下旬〜2月中旬にかけてカフェの営業を冬季休業し、
昨年の状況を振り返ったり、作業場のメンテナンスをしたり、
普段やりたくてもできないことに向き合いながら、あれやこれやと考えています。

1月の畑の様子。小豆島は積雪することはほとんどないので、1年を通して野菜を栽培できます。氷点下に下がることはよくあるので、野菜の種類によってはビニールトンネルをかけて栽培することもあります。

1月の畑の様子。小豆島は積雪することはほとんどないので、1年を通して野菜を栽培できます。氷点下に下がることはよくあるので、野菜の種類によってはビニールトンネルをかけて栽培することもあります。

昨年秋に収穫して貯蔵しておいた「紅はるか」。薪ストーブの上でじっくり蒸した「ふかし芋」。農家の冬のおやつ。

昨年秋に収穫して貯蔵しておいた「紅はるか」。薪ストーブの上でじっくり蒸した「ふかし芋」。農家の冬のおやつ。

売上や利益など前年の状況を振り返るこの時期、毎年思うことがあります。
「今の農業のやり方を続けていていいんだろうか……?」

HOMEMAKERSの農業のスタイルは、

・平地が少ない離島の山間地域で、車で3分ほどの移動範囲に
約0.3反〜1反の小さな畑が17か所、合計約8.8反(8800平米)。

・年間通して100種類ほどの野菜と数種類の果樹を露地栽培。
基本的に季節にあわせて栽培、冬場も積雪はほぼなく野菜栽培が可能。

・農薬および化学肥料は使わない。有機肥料は使う。

・周辺の山から木、竹、落ち葉、草などの有機物を集めてきて、畑に入れている。
できる限り肥料を使わずに、周辺にある有機物を使って畑の土づくりをする。

・週1〜4日勤務のバイトが8人で野菜栽培と出荷を行う。
換算すると3人がフルタイム(週5日勤務)で働いている規模。

・収穫した野菜は、個人および飲食店に直接販売。
生姜と柑橘はシロップや調味料などの加工品にして販売。

オンラインストアで販売しているHOMEMAKERSの野菜セット。そのときにとれる7〜9品の野菜を出荷当日に収穫して発送しています。

オンラインストアで販売しているHOMEMAKERSの野菜セット。そのときにとれる7〜9品の野菜を出荷当日に収穫して発送しています。

湧くで温泉津! まちも人もアツアツに湧く温泉街で キャリアなしの私が 7つのゲストハウスを開業するまで

ただの主婦でしかなかった私、近江雅子が
温泉津に移住して12年が過ぎようとしています。

「温泉津」と書いて「ゆのつ」と読む、
島根県の小さな温泉と港町のタグラインは「湧くで温泉津!」。
温泉も、まちも、ここで暮らす人々もアツアツに湧き上がる温泉街です。

前編では先ずは自己紹介とこのまちへ移住してきてから、
事業をはじめるきっかけについてお話します。

2013年3月末に僧侶の夫、中学入学を控える長女、小学校4年生になる次女の
家族4人でまちの小さなお寺に移住してきました。

最初は大反対していたこのまちへの移住でしたが、
いざ住み始めると毎日が楽しく刺激的で……。
ゲストハウスを7軒も開業することになるとは。
田舎町は日本全国にたくさんあるけど、ここでの生活文化はここにしかなく、
そんな温泉津の暮らしについてお話したいと思います。

後編の記事はこちら:一度訪れた旅人が移住者になる温泉街・温泉津の不思議な引力

2013年に温泉津にやってきて10年。末っ子は温泉津生まれ。

2013年に温泉津にやってきて10年。末っ子は温泉津生まれ。

自力でアメリカの高校に入学
大学1年で結婚、20歳で第一子出産

1979年10月に島根県江津(ごうつ)市という田舎町に生まれ、
中学まで江津市で育ちました。
中学3年生の秋に、アメリカのボストン郊外にある公立高校を受験し、
見事合格をしまして、先生や友だちからの反対(心配)もありましたが、
高校1年からは単身アメリカに渡りホームステイをしながら高校に通いました。

帰国後は日本の京都のある大学に入学し、
生活を謳歌していた大学1年生の冬に東京の大学に通う今の主人と出会い、
半年で結婚を決意。秋に大学を中退し東京へ引っ越し結婚することに……。
親の大反対も聞かず結婚すると決めたのでした。

移住当時の近江さん一家。

移住当時の近江さん一家。

留学も結婚も、とにかく決めたら即行動。
人の反対には揺るがない性格だということがわかっていただけるかと思います。

20歳で長女を産み、資格や経験もないので子供育てしながら、
パートタイムでスーパーのレジ打ちや清掃の仕事に就き、
夫は大学を卒業して学生時代からお世話になっていた青山にあるお寺で勤務。

そのまま、一生東京で暮らすものだと思っていましたが、
ある日夫から「島根の温泉津にあるお寺の住職になる」という話を聞き、大反対。

娘だって慣れ親しんだ地域で友だちもたくさんいるし、家だって購入したのに……。
行くならひとりで行けばいい!
田舎のお寺なんて絶対大変だし、私にはそんなことはできない!
とだいぶ長い間話を聞こうともしませんでした。

旦那さんが住職を務める西念寺。1571年建立。

旦那さんが住職を務める西念寺。1571年建立。

そんなとき東日本大震災が起こり、
大きな揺れのなか、どうやって我が家まで帰ろうか……。
携帯電話もつながらず心が引き裂かれそうな不安な時間でした。

何とか帰宅し、娘たちを探しに行くと、
親切なお友だちのお母さんが次女と犬も一緒に預かってくれていました。

スーパーからも物がなくなり、いつもすぐ乗れる電車もなかなか乗れなくなり……。
そんな震災後の都会の生活を経験したことで、
田舎での暮らしも考えられるようになりました。
「よし、温泉津に行こうか!」。主人の変わらぬ思いにようやく心が動きました。

MAYA MAXXの展覧会『生きる』 あの世とこの世の間にある 舟に込めた想い

「MAYA MAXX_Luce」の活動をともにして

コロカルの連載でもたびたびその活動について書いてきた、
美流渡在住の画家・MAYA MAXXさんが1月9日に亡くなった。

東京からこの地に移住する少し前の2020年3月11日に、
北海道を拠点としたMAYAさんの活動を「MAYA MAXX_Luce」と名づけ、
私はSNSでの発信や展覧会、ワークショップなどのマネジメントを行ってきた。
2020年夏に移住してからは、仕事をともにするだけでなく、
家族ぐるみで毎日顔を合わせながら暮らしてきた。

2022年、アトリエのすぐ近くにある旧美流渡中学校で開催された『みんなとMAYA MAXX展』にて。(撮影:佐々木育弥)

2022年、アトリエのすぐ近くにある旧美流渡中学校で開催された『みんなとMAYA MAXX展』にて。(撮影:佐々木育弥)

2023年夏に肺がんであることがわかってからは
診察に立ち会うことも多く、体調の変化をかたわらで見守った。
MAYAさんは治療をしながらも、近隣の旧美流渡中学校をはじめ
さまざまな場所で展覧会やイベントを行い、2024年晩夏にはがんもかなり小さくなり、
これから新しい絵を描こうと準備を進めていた矢先に骨への転移が見つかった。

11月に入院し、治療の甲斐なく天国へと旅立ってしまった。
この間の詳細については、まだ言葉ではつかみきれず、
頭に霧がかかっているような感じなので、いまは書くことは難しい。
ただ、生前から2月に展覧会を開催することが決まっており、
そのことを今回は書いておきたい。

2024年夏フェス〈JOIN ALIVE〉のアートエリアで作品を展開。赤いクマの塔を立てた。

2024年夏フェス〈JOIN ALIVE〉のアートエリアで作品を展開。赤いクマの塔を立てた。

札幌にあるギャラリー、茶廊法邑(さろうほうむら)にて
『生きる MAYA MAXX、現代の掛け軸展』が
2月5日から16日まで開催される。
2024年冬にもこのギャラリーで展覧会を開催しており、今回が2度目。
1回目の展覧会を行ったときに、
「次はロールスクリーンに描いた作品を展示してみたい」と語っており、
その思いが実現することとなった。

『みんなとMAYA MAXX展』2024年1月20日〜2月25日、カフェ&ギャラリー茶廊法邑で開催された。

『みんなとMAYA MAXX展』2024年1月20日〜2月25日、カフェ&ギャラリー茶廊法邑で開催された

茶廊法邑にて。2023年に描いた「林の中の象のように」が展示された。病気であることがわかる直前に描かれた大作。

茶廊法邑にて。2023年に描いた「林の中の象のように」が展示された。病気であることがわかる直前に描かれた大作。

窓などにかけるロールスクリーンを支持体にしたシリーズを描き始めたのは
2020年3月。コロナ禍の東京だった。
いつも新鮮な気持ちを持って描きたいと考えていたMAYAさんは、
手が慣れてしまわないように、キャンバスだけでなく、ダンボールや板、和紙など
支持体を変えることがあり、ロールスクリーンも試してみることにしたのだと思う。
キャンバスとはまた違う絵具の独特のにじみがあって、このにじみは
日本の古くからある山水画と共通するという意識を持っており、
普段使っているアクリル絵具に加え、黒は墨汁を用いていた。
また、巻き取って保管できることから、ロールスクリーンを
「現代の掛け軸」として捉えていた。

小豆島の農家が伝えたい、 冬の野菜の美しさと おいしい食べ方

やめたこと、新しく始めたこと

野菜が美しい。
ただただその美しさに感動し、うっとりしてしまう。

1月、小豆島で〈HOMEMAKERS〉として農業を営む
私たちにとって、1年で最も穏やかな時期。
カフェの営業は1月22日〜2月14日まで冬季休業しており、
農作業もいつもよりおだやか。
秋から年末にかけての収穫、加工品の製造、
カフェでのイベント開催などによる超繁忙期をなんとか乗り越え、
この季節を迎えられたことが心底うれしい。
私は年々「冬」が好きになっていく。

冬になると、よく山歩きをします。私たちの活動の拠点である小豆島肥土山(ひとやま)集落と、その先に広がる瀬戸内海を山の上から眺める。

冬になると、よく山歩きをします。私たちの活動の拠点である小豆島肥土山(ひとやま)集落と、その先に広がる瀬戸内海を山の上から眺める。

新しい年が始まり、いくつかこれまでのやり方を見直し、
やめたこと、新しく始めたことがあります。

まずやめたこと。
野菜セットの定期便販売を昨年12月末で終了しました。
毎回注文しなくても自動的に毎週、隔週、毎月などの頻度で
お届けされる野菜セット定期便。
お客さまにとっては便利であり、私たちにとっては
野菜のお届け先を安定して確保できる販売方法。

HOMEMAKERSでは、毎週火曜日と金曜日に野菜の収穫・発送作業をしています。

HOMEMAKERSでは、毎週火曜日と金曜日に野菜の収穫・発送作業をしています。

出荷作業日の夕方4時に郵便局さんが集荷にきてくれるので、それまでになんとか作業を終わらせます。

出荷作業日の夕方4時に郵便局さんが集荷にきてくれるので、それまでになんとか作業を終わらせます。

10年近く続けてきましたが、ここ最近は気候の変化、
物価の変化など変動するものが多く、定期的に同じ内容のものを
同じ価格でお届けすることに、違和感と難しさを感じていました。
野菜が少ない時期も定期便の野菜セットをなんとか用意しないといけない
というプレッシャーや、酷暑の夏でも畑に出て野菜を収穫して
休まずお届けしないといけないという負担から解放されなくては。

野菜がたくさん採れればたくさん販売する。採れなければ販売をお休みする。

できる限りシンプルに、その時々の畑や自然の状況にあわせて動けるように。

久しぶりにしっかり大きく育った「あやめ雪かぶ」。出荷のタイミングに合わせるんじゃなくて、野菜の成長にあわせて出荷できるようにしていきたい。

久しぶりにしっかり大きく育った「あやめ雪かぶ」。出荷のタイミングに合わせるんじゃなくて、野菜の成長にあわせて出荷できるようにしていきたい。

ひとつやめたことで、新しいことに取り組む余裕ができる。
もっと野菜のことを伝えたい。
HOMEMAKERSは、年間通して100種類ほどの野菜を育てているのですが、
毎週野菜セットの野菜の内容は変わります。
1年は約52週。
その52週の野菜セットの内容を写真におさめてみようと思っています。

古民家「断熱リノベーション」で 室温が8度もUP! ワークショップレポート

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

築80年の古民家に住む私たちは、
ここ数年「断熱リノベーション」に熱心に取り組んでいます。

これは、壁や床に断熱材を入れたり、気密性を高めていくことで、
外気温の影響を減らし、暖かく快適な住環境をつくるリノベーションのこと。

田舎暮らしといえば、
昔ながらの古民家の生活に憧れる人は多いと思います。
ですが、断熱・気密性能が低い古民家は
冬場の室温が10度以下になることも珍しくなく、
通気性のいいつくりのため、暖房の効きが悪く、
光熱費がかさんでしまうデメリットもあります。

昨冬は自分たちで簡単にできるプチ断熱をご紹介しましたが、
今回は、専門の知識を持った講師をお呼びして、
我が家のリビングの床、壁、天井と一気に断熱リノベーションを進めた
ワークショップについてレポートしていきたいと思います。

作業中のリビングに集合したワークショップ参加者の集合写真。

断熱ワークショップ参加者のみなさん、講師の内山さん、そして大工さんたち!

結論からいうと、断熱した部屋はとても快適! 

・リラックスして子どもと遊べるようになった

・体調を崩しにくくなった

・暖気が逃げないので、光熱費の節約になった

・灯油などの化石燃料の使用を抑えることで、ささやかな地球温暖化対策につながっていく

と、メリットだらけ。
「もっと早くやっておけばよかった!」と思うほど。

天井にスタイロフォームという断熱材を入れている男性数名の写真。

天井にスタイロフォームという断熱材を入れているところ。

そして、あらためて
「リノベする前に断熱について知っておきたかった〜!」とも思いました。

我が家はこれまで、独自に古民家リノベーションを行ってきました。
そうして手に入れたすてきな空間も、
断熱材を入れるとなれば、また解体することに。
そうなると、時間も手間も2倍かかります。

これから古民家リノベーションに挑戦する方が、
私たちのような苦労をしなくて済むように。
この記事が誰かのお役に立てたらうれしいです!

建築デザインユニット〈Kii〉 新井里志さん、中富慶さん 人々の思いや背景からつくる、 居心地のいい場所

〈コンランショップ・ジャパン〉代表取締役の中原慎⼀郎さんが推薦したのは
建築デザインユニット〈Kii〉の新井里志さんと中富慶さんです。

推薦人

中原慎⼀郎さん

中原慎⼀郎

〈コンランショップ・ジャパン〉
代表取締役

Q. その方を知ったきっかけは?

2024年6月にコペンハーゲンで行われた『3daysofdesign』に参加。宿泊したホテルが一緒で、朝ごはんの会場などで顔を合わせて話すようになり、最終日には丸1日、いろんな場所を一緒に訪ねました。

Q. 推薦の理由は?

新井くんと中富さんそれぞれの経歴もすばらしいですが、彼らのオフィスは、リノベーションのバランスが僕にはない軽やかさとリズム感、カラーリングなどいろいろ驚かされました。何より居心地のよさと、おふたりのウェルカムなキャラクターに甘え、何度もご飯を食べに行ったことも。インテリアのなかでも、ダイニングテーブルは彼らの"らしさ"が詰まった作品。テーブルはまるで絵画のようであり、ラグのような存在感です。

住まい兼職場はローカル感を感じて
選んだヴィンテージマンション

「東京で近所の人と仲良くなることなんてあるかなって
思っていたけれど、普通に住んでいるから生まれる
コミュニティっていうのがちゃんとありました」

建築デザインユニット〈Kii〉として活動する
新井里志さんと中富慶さんが、仕事場兼住まいとして
設計デザインした〈House K〉は、
築50年ほど経ったマンションの最上階にある。

Kiiのふたりで設計デザインした〈House K〉

ふたりで設計デザインした〈House K〉。

「僕らは地方出身ですが、今はまだ東京に拠点があるほうがいい。
そう思って物件を探しました。
古い一軒家など、たくさん現地を見て検討した上で
集まって住むことにみんなが希望を持っていた時代に
建設されたマンションに住もうという結論になりました」

そんなふうに新井さんは職場を兼ねた自宅で
現在の住まいを選んだ理由を教えてくれた。

House Kがあるのは山手線の駅から10分ほど歩いた
集合住宅と戸建て住宅が向かい合わせに並ぶ地域。
2年以上に渡って100近い物件を見て歩くうちに、
この辺りは都心にありながらローカル感が強い場所だと感じた。

〈House K〉のバルコニー

今の部屋を選んだ決め手は、最上階に広いバルコニーがあり、建物全体がよく手入れされていたこと。

「道の向こう側に行くと地元に根づいたお店がいろいろあって、
小さいコミュニティもいくつも存在していました。
ここに住んだら楽しそうだなと思ったんですよ」と新井さんがいう通り、
その時点でふたりが想定していた地元コミュニティは、
喫茶店や個人経営の商店のようなものだった。

多くの分譲マンションは管理会社と契約し、管理人が派遣されているが、
このマンションは自主管理の形態をとっている。
自主管理のマンションで、手入れが行き届いている建物は珍しく、
それは住民の多くがマンションに愛着を持つ証拠だ。

〈House K〉の書斎

Kiiのふたりが住み始めて3年ほどだが、この間に大規模修繕も経験した。
その過程では、マンション内のコミュニティがしっかりしていて
マンション外の近隣住民ともつながっていることがわかった。
結果としてご近所さんとの交流も生まれるようになった。

最近では、おすそわけを持ってきてくれたマンションの老婦人と
少しだけと談笑していたら、
いつの間にか1時間ほど経っているということも何度かあった。
そんなことも都会のマンションを選んだふたりにとって
予想外の楽しい出来事だ。

〈小豆島カメラ〉10周年の写真展と トークに、撮影会、似顔絵も! 盛りだくさんのイベントを実現した 人のつながりパワー!

カフェを移転したらやりたかったこと

今年6月、〈HOMEMAKERS CAFE〉は、これまでの場所から徒歩10分ほどの
廃校になった小学校をリノベーションし、移転オープンしました。
建物の2階はゲストハウス〈NOTEL〉です。
広いスペースと泊まれる設備。
この場所にカフェを移転したらやりたいと思っていたことがあります。
それは、ゲストを招いてトークイベントを開催すること!

その思いが実現したのは、12月14日、15日と2日間にわたって開催された
小豆島カメラ〉のイベント。
写真展にトークイベント、似顔絵ショップ、山歩きと、
盛りだくさんのイベントで、たくさんの方々に会い、
話すことができ、興奮の2日間でした。

小豆島カメラは、島での暮らしのなかで出会う人や風景、
おいしい食べものをカメラで撮影し発信するチーム。
私もメンバーのひとりです。
上のイラストで10の旗を持ってるのが私。似てる(笑)。

2013年から7人で活動を開始し、気づけば10年!
この節目に、今年1月には東京・新宿にある〈OM SYSTEM PLAZA〉で、
小豆島カメラ10周年の写真展
『10年たってもやっぱり!見たい、食べたい、会いたい』を開催し、
これまでに撮ってきた写真のうち、2019年以降の5年間に撮った写真から
セレクトして展示しました(詳細は小豆島日記vol.330を参照)。
11月22日からは、HOMEMAKERS CAFEの隣にあるフリースペースで
同写真展を巡回展として開催しました。

写真展最終日、私たちが使っているカメラのストラップをつくってくれている〈FURIKAKE(フリカケ)〉の得丸成人(なるひと)さんと美由紀さん(写真右からふたり)が遊びに来てくれました。うれしい。

写真展最終日、私たちが使っているカメラのストラップをつくってくれている〈FURIKAKE(フリカケ)〉の得丸成人(なるひと)さんと美由紀さん(写真右からふたり)が遊びに来てくれました。うれしい。

「あわぶっく市」と南房総エリアで 人と本が出合う機会をつくる。 前田浩彦さん

オルタナティブな遊び場「夜の音楽鑑賞会」

南房総エリアに暮らす人々は日常的にそれなりの距離を移動します。
そりゃそうでしょ、車社会なんだから……と言われると元も子もないのですが、
特に週末になれば大抵どこかのまちでマルシェが開かれていますし、
南房総エリアに点在するユニークなお店や場所も週末中心の営業だったりするので、
皆さん、仕事のない日こそ、より活発に動き回っているのではないでしょうか。

オールインワン、つまりひとつの場所にすべてが揃っているということが
決して当たり前ではない環境だからこそ、
必要なものはとにかく自分で取りにいくというライフスタイル。
新参者の自分にとっても1時間を超える車の運転はまったく苦にならないどころか、
むしろ南房総エリアを起点とする自分専用の移動ルートを
カスタムしていくようなおもしろさを日々感じています。

とはいえ、当然ながら僕がそんな南房総流の動き方を初っ端からできていたはずもなく、
コツを掴むまでにはやはりそれなりの時間を要しましたが、
僕の脳内マップの面積とアイデアの振り幅は、
あるカフェで開催されていたイベントに参加したことがきっかけとなり、
さらに広がることとなりました。

僕が住んでいる内房の鋸南町と外房の鴨川市を横一文字に結ぶ長狭(ながさ)街道、
その起点として知られる横渚(よこすか)交差点の角に建つ雑居ビル内に
〈カフェ・カルトーラ〉があります。
ここでは2か月に1度、日曜の夜に「夜の音楽鑑賞会」が開かれています。

その内容は至ってシンプルで、それぞれが持参した2曲を参加者全員で聴くというもの。
ただしルールがひとつだけあって、毎回設けられているテーマに沿って
選曲するということ。
例えばある回のテーマは「地名」で、18名の参加者によって選ばれた
さまざまな地域にまつわる音楽が全36曲、リレー形式でかけられました。

弦楽トリオ〈ショーロクラブ〉の新作CDを手に、イベントの告知をする店主の卜部一(うらべはじめ)さん。カルトーラでは時々ライブも行われている。

弦楽トリオ〈ショーロクラブ〉の新作CDを手に、イベントの告知をする店主の卜部一(うらべはじめ)さん。カルトーラでは時々ライブも行われている。

The Lounge Lizards『I Remember Coney Island』、
馬喰町バンド『わたしたち』、SANTANA『They All Went To Mexico』、
北島三郎『風雪ながれ旅』、Caetano Veloso『Sampa』、
宇多田ヒカル『Somewhere Near Marseilles~マルセイユ辺り』、
Europa『Black Magic』……といった具合に、
選曲された音楽のジャンルも年代もバラバラで、
音源の再生メディアもCD、レコード、カセット、スマホと何でもあり。

僕は渚ようこ『新小岩から亀戸へ』と
中井昭・高橋勝 とコロラティーノ『思案橋ブルース』を持って行きました
(偶然ですが、帰宅後にこの日が渚さんの命日だったということに気づいて
とても驚きました)。

自分の好きな音楽を聴くためにライブハウスやクラブへ遊びに行く。
DJを頼まれたからレコード屋をはしごしながら選曲について考える。
それは都市部ならではの音楽との出合い方だといえますが、
この音楽鑑賞会は音楽に触れられる機会の少ない南房総エリアだからこそ、
音楽好きたちによってつくられたオルタナティブな遊び場なのです。

同じ音楽を好きな人たちだけが集まっているわけではありませんし、
地元育ちの人も移住者も参加していて、
なんというか特定のコミュニティには見られない風通しの良さが感じられます。

また僕のように鴨川市外からの参加者も多く、
こちらの人たちが自分のまちに閉じこもることなく
南房総エリア全域で遊んでいるという感覚を共有できたことが、
自分にとって重要な出来事だったのでした。

自然に近い暮らしを自らの手で。 広葉樹の森に佇む 「つくりたくなる」家

子どもが自由に遊べる広葉樹の森で

子どもたちが、家の中で外で、自由に遊んでいる。
周囲は日が差し込む森と落ち葉の絨毯。
親が心配するような要素はほとんどない。

西岡恭平さん・まどかさん夫妻は〈BESS〉の「カントリーログ」を山梨県北杜市に建て、
千葉から移住してきた。
現在、3人のお子さんとともに、広葉樹に囲まれた森の中で暮らしている。

西岡さん一家。長女は今春から小学校に入学し、バスケットに打ち込んでいるという。

西岡さん一家。長女は今春から小学校に入学し、バスケットに打ち込んでいるという。

自然豊かなこの地に家を建て、移住しようと思ったきっかけはふたつ。
まずひとつは、千葉で暮らしていたあるとき、
恭平さんは重度のアトピーに悩まされたこと。そのときに暮らしを見直そうと思った。

「仕事は楽しくやっていたので、何かストレスがひどかったとかではないんですが、
多分暮らしが雑だったんでしょうね。それから食事や暮らしを見直すようになりました。
そのなかで、
都市から離れて自然の中で丁寧な暮らしをしていきたいと強く思うようになったんです」

家の中でのお気に入りの空間は薪ストーブがある1階の空間だという。焼き芋も時々つくるそうだ。

家の中でのお気に入りの空間は薪ストーブがある1階の空間だという。焼き芋も時々つくるそうだ。

そしてコロナウイルスが流行する。ふたり目の子どもの出産、育児のタイミングだった。
自由がなく、先が見えない状況での育児に憔悴していたと、
まどかさんは当時を振り返る。

「あの頃は子どもを公園に連れていくのもダメ、
賃貸だから外で遊べる自分たちのスペースもないし、保育園にも通えませんでした。
そういう状況でふたりの子育てはかなりしんどくて、すごく生きづらさを感じました。
自分たちだけの家や庭があれば、子どもをもっと自由に遊ばせられるのになと。
それが土地探しの私の原動力になりました」

「移住するなら今しかない」

まどかさんはそう決意を固め、文字通り死ぬ気で土地を探したという。
そして夫婦の希望だったナラやクヌギといった広葉樹の森に囲まれた
今の土地に運良く出合うことができた。
すぐに不動産屋に電話し、その土地を契約。
2021年に山梨県北杜市での暮らしが始まった。

家からの借景。広葉樹の森が好きだったという西岡さん夫妻。季節によって色合いを変える森の絶景に今も感動するという。

家からの借景。広葉樹の森が好きだったという西岡さん夫妻。季節によって色合いを変える森の絶景に今も感動するという。

小豆島に移住して12年、 農業とカフェとゲストハウスの “3足のわらじ”を履いてみて

走り続けて、師走

12月、師走です。
わたしは師ではありませんが、とにかく走りまくっています。
12月に限らず、ここ最近はずっと体も頭も走り続けている……。
今回はそんな私自身のことを書こうと思います。

12月の私。カゴ持ってカメラ持って走りまわった日。(撮影:古川 絵里子)

12月の私。カゴ持ってカメラ持って走りまわった日。(撮影:古川 絵里子)

2012年に小豆島に家族で移住し、今年の10月で丸12年経ちました。
2013年から農業を始め、カフェを開き、今年6月にはそのカフェを移転し、
8月に地元の仲間たちとともに〈ゲストハウスNOTEL〉を開業。
とにかく時間が足りない。
そりゃそうですよね。
農業、カフェ、ゲストハウスと、やることを増やし続けてきてしまったから。

12月上旬、今年は紅葉を長く楽しめました。畑のまわりの山々がオレンジや黄色に色づきとてもきれい。

12月上旬、今年は紅葉を長く楽しめました。畑のまわりの山々がオレンジや黄色に色づきとてもきれい。

2024年6月に新しい場所に移転した〈HOMEMAKERS CAFE〉。この秋はイベントをいくつか開催し、たくさんの人たちが訪れてくれました。

2024年6月に新しい場所に移転した〈HOMEMAKERS CAFE〉。この秋はイベントをいくつか開催し、たくさんの人たちが訪れてくれました。

まだ小学校が閉校になる前に植えられたトウカエデの木が、今はゲストハウスNOTELのシンボルツリーに。

まだ小学校が閉校になる前に植えられたトウカエデの木が、今はゲストハウスNOTELのシンボルツリーに。

2013年4月から書いてきたこの小豆島日記も、
原稿の〆切に数日遅れることはあったものの、
1か月以上遅れてしまったことは今回が初めて(大変申し訳ありません)。
のんびり田舎暮らし、ていねいな暮らし、どこにいってしまったのか。

なんとなく、このままではよくないと感じています。
いや、間違いなく良くない!(汗)
余裕がなくて、人とのコミュニケーションも雑になりがちだし、
きっとまわりの人たちからも「ひかりさんは忙しそうだから……」と
いろいろと遠慮されてしまっていると思う。
さて、どうしましょうか。

映画上映会

11月にNOTELで開催した『いただきます2』映画上映会&小豆島FARMERS MARKET。気持ちいい秋の日に、たくさんの人が来てくれて賑わいました。

この秋に収穫した「紅はるかサツマイモ」をかごに盛る。この前日、家族が熱を出したりして、大変だったなぁ(もう遠い思い出)。

この秋に収穫した「紅はるかサツマイモ」をかごに盛る。この前日、家族が熱を出したりして、大変だったなぁ(もう遠い思い出)。

庭のシソとずっと一緒に。 ジュース、酵素シロップ、 漬物や梅干しなどの保存食にも

梅干しに欠かせないのが赤シソ

ついにあたりが真っ白になり、雪の季節がやってきた。
庭に出て植物を眺めたり、収穫して食べたりできなくなるのは、
とても寂しいのだが、そんな気持ちを慰めてくれるものがある。
それは夏から秋にかけてせっせと集めて、干しておいた植物たちだ。
野に自生しているミントやカキドオシ、必ず畑で育てる
ホーリーバジルなどを乾燥させておけばお茶にできるし、
スゲや豆のツルをとっておけば、しめ飾りやカゴ編みの材料にもなる。

秋までに植物を収穫して部屋のいたるところに干しておく。

秋までに植物を収穫して部屋のいたるところに干しておく。

こうした植物のなかで、いちばん活用しているのは、なんといっても赤シソだ。
春になったらポットにタネを撒いて、たくさんの苗をつくり庭や畑に植えている。
こぼれダネから発芽するものもあって、特に手をかけなくてもぐんぐん伸びる。

ほかの草に囲まれながらも元気に育つ赤シソ(右)。私がたくさん育てているのはウラベニシソという品種で葉っぱの表が緑、裏が赤(これを赤シソと呼んでいいのかは迷うところだけれど)。

ほかの草に囲まれながらも元気に育つ赤シソ(右)。私がたくさん育てているのはウラベニシソという品種で葉っぱの表が緑、裏が赤(これを赤シソと呼んでいいのかは迷うところだけれど)。

なぜ、赤シソをこんなに育てるのか。
1番の理由は梅干しに欠かせないからだ。
いつも奈良の農園から、無農薬栽培の梅を10キロ取り寄せている。
7月初めにそれを塩漬けしておいて、赤シソが育つのを待つ。

南高梅を塩漬けにする。

南高梅を塩漬けにする。

8月中旬くらいに赤シソの葉っぱをたくさん集める。
梅10キロに対して、赤シソを葉っぱだけで1〜2キロ集めたいと思っていて、
自家栽培したものだけでは足りずに、近隣の農家さんから買ったりもしている。

シソを塩で揉む作業は、ことのほかたいへんだ。
まずは下処理として、茎から葉っぱをとって、それを洗って乾かして、
口当たりをよくするために葉っぱについた軸をとる。
大きなボールに10杯以上はあるだろうか。
軸をとる作業は1日では終わらない。

赤シソ(今回はウラベニシソ)を洗っては軸を外し、洗っては軸を外しの無限ループ! かなり大変!!

赤シソ(今回はウラベニシソ)を洗っては軸を外し、洗っては軸を外しの無限ループ! かなり大変!!

下処理ができたら塩で2回もんで灰汁をとる。
梅を塩漬けして梅酢の上がったカメにこれを入れると、
鮮やかな赤紫色が広がる(この瞬間が大好き)。
そのまま1週間くらいおいておき、いよいよ梅を干す作業へと移る。
3日間ほど天日で干していくと、シソの色が梅に移って、どんどん赤くなっていく。
シソは天日で半日くらい干して、干しあがった梅干しと一緒にカメに収めて熟成させる。

干して3日目の梅。どんどん赤味が増してくる。

干して3日目の梅。どんどん赤味が増してくる。

干した梅をカメに入れる。

干した梅をカメに入れる。

梅の上に塩揉みして半日干した赤シソ入れて蓋をして、半年以上熟成させる。

梅の上に塩揉みして半日干した赤シソ入れて蓋をして、半年以上熟成させる。

たっぷりのシソで蓋をしておくことで、梅の腐敗を防ぐ効果もあるという。
確かに梅酢に浸したこの赤シソは、不思議なことに時間が経っても腐らない。
結構前につけた梅干しと一緒に赤シソも出してきて、
ちょっと干してユカリのふりかけにしたり、もちろんそのまま食べてもおいしい
(実際に食べる際には十分にご注意ください)。

マンションリノベで新たな選択肢を。 心地よい住まいを形づくるもの。

住まいの選択肢が広げるリノベーション。
戸建てやマンションといった枠にとらわれず、古い物件を活用したり、
自分たちの暮らし方に合わせて工夫してみたり、その自由度は高く、
さまざまな選択肢も豊富に揃ういま、本当に住み心地のいい部屋は、
どのようにしつらえばいいのか。

今回は自分らしい家づくりと暮らしを楽しむウェブマガジン
「TOKOSIE(トコシエ)」で取り上げてきた取材事例のなかから、
心地よさを追求した5つのマンションリノベーションの
事例とともに、自分らしい住まいづくりのヒントを探る。

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理想の住まいは静かな環境で。
愛犬家夫妻の団地リノベ

現在2匹の愛犬と暮らす松野さん夫妻は、横浜の山下公園の
近くの市街地で暮らしたのち、山口県の古民家を借りて移住。
しかし数年して横浜に戻ることになり、新たな物件を購入した。

古民家暮らしで、都会よりも自然に囲まれた生活に魅力を感じていた。
犬もいて既存の物件を探すのは難しさや
暮らしの拠点を移した心境の変化があり、
市街地から離れた丘陵地に建つ築53年、95平米のスケルトン物件を
購入し2LDKにリノベーションすることに。

玄関側のリビングダイニングと松野さん夫妻

玄関側のリビングダイニング。スケルトンの物件だったため、希望した奥行きのある広さに。

山口で暮らしていたため、手がけた〈SHUKEN Re〉との
打ち合わせのほとんどはリモートで行われた。
施工中は来ることができず、初めて自宅を見たのは引き渡しの時だったという。

現在2匹の愛犬と暮らす松野さん夫妻。
住まいには自分たちが暮らしやすいだけでなく、
一緒に暮らす愛犬たちも、快適に過ごすための工夫が随所に見られる。

足場板と愛犬

足場板は視覚的な効果だけでなく、滑りにくいという、愛犬家の夫妻にとって大事なメリットも。さらに汚れや傷が目立ちにくく、椅子を引きずっても気にならない。

床材に足場板を使用し、全体的に淡く不規則な色合いが
周りの白壁と交わり柔らかな空間に。

「足場板は山口の古民家で使おうと購入したものでした。
自分たちで塗り直して色を統一したり、削ったりしていたんです。
でもプランナーさんが、塗っていない裏面を使いませんかと
提案してくれたんです」

表面は艶があってワントーン暗く、全体のバランスを考えると
裏面を使って正解だったと振り返る。

日当たりの良いリビングの奥には愛犬たちの部屋としてテラスを設けた。

日当たりのいいリビングの奥には愛犬たちの部屋としてテラスを設けた。山口の古民家で隙間風の寒さに苦しんだ経験を踏まえ、窓にはインナーサッシをつけて断熱と防音性能を上げた。

愛犬への愛情はキッチンにも見られる。
寝室の扉はリビングダイニングの奥にあるが、
自由に愛犬たちが回遊できるようにとキッチンにも、
寝室に繋がる通路を設けて「基本的には開けっぱなしです」
と裕史さん。

キッチンと寝室の扉。ベッドでくつろぐ愛犬のルナくん。

キッチンと寝室にも扉を設けることで、空間全体の風通しを良くし、空調効果を高めるメリットもある。ベッドでくつろいでいるのは愛犬のルナくん。

空気の循環にも役立ち、特に調理中のキッチンは
熱がこもりがちだが、空気の流れをつくることで解消された。
「広めにつくったキッチンには、おやつづくりに使う
スライサーなどの機材も置けてお気に入りです」

愛犬と郁子さん

郁子さんは山口の生活で、害獣として駆除された鹿や猪のほとんどが活かされず処分されていることを知り、犬のおやつとしてジビエを有効利用する活動も行っている。

「昔は便利な市街地がいいと思っていましたが、
今は静かなほうがいいなと思いますね。こうして自宅で
家族や愛犬と過ごしている時間が、とても落ち着きます」

賑やかな大都市の中心地から地方へ移住した経験や、
これまで一緒に暮らしてきた愛犬たちとの思い出が、
日々の暮らしや住まいづくりに詰まっている。

◎本編の記事はこちら

伊豆下田の豊かな秋の味覚で、 自家製ジンジャーシロップ、抜き柿、 しその塩漬け、かぼちゃのポタージュを

秋の味覚を保存食に

津留崎徹花さんが住む伊豆下田にも
秋が訪れ、たくさんのおいしいものが並ぶようになりました。
今回は、徹花さんが秋になると仕込んでいる
自家製のあれこれをご紹介。

柿、生姜、しそ、かぼちゃなどを
どのように料理しているのでしょうか。
どれも保存がきくし、とにかくおいしそう。

なにごとにも全力で! 暮らしと共にある趣味を楽しむ [BESSの家の場合]

趣味が楽しすぎる!

暮らしのなかで趣味を最大限に楽しむこと。
好きなことをやっているのだから当たり前にできそうなものの、
こだわりをもって実現させるのは、意外とできていない人も多いだろう。

そこで、暮らしを楽しむ人の家を拝見する
連載『わが家が楽しすぎる! BESS×colocal』から、
趣味を楽しんでいる「9人の趣味人」を紹介する。
〈BESS〉はログハウスなど木の家を得意とする住宅ブランドで、
そこに住んでいる人は、
家の中でも、外でも、趣味に全力な人が多い。

はたしてどのように趣味に向き合っているのだろうか。

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SUP、スノーボードをそのまま収納/福井県福井市

若い世代からも慕われる“遊びの達人”である竹下光彦さん。
「横乗り系の遊びは全部、やりました」と語る竹下さんは、福井県鯖江市で生まれ、
若い頃はスケーターとしても北陸で名を知られた。

さすがに若い頃と比べて横乗り系の遊びには出かけられなくなったというが、
玄関口にはスケートボードが立てかけられ、
吹き抜けのリビングの一角には、3メートル近くありそうな
サップ(SUP=Stand Up Paddleの頭文字。立ったままパドルを漕いで乗る板)が、
立てかけられている。

「空気を入れて膨らませるタイプなので、本当は小さく収納もできます。
ただ、丸めてしまうと素材も傷みます。
いろいろ保管場所を考えたのですが、
これほど大きなサップをそのまま置ける場所といえば、ここしかありませんでした。
リビングの窓が大きく、ウッドデッキにもつながっているので、
サイズのある道具でも出し入れがラクです」

確かに竹下さんのように、さまざまな道具を駆使しながら屋外の遊びを存分に楽しむ人には、
このような家でないと窮屈かもしれない。

◎本編の記事はこちら

地元食材を生かすお菓子づくり/長野県松本市

お菓子づくりが趣味の的場友恵さんが、
この家でこだわり抜いたというのがアイランドキッチンだ。
キッチンにはあらゆる調理器具を取りそろえ、それに合わせてキッチンを調整した。
〈ミーレ〉の食洗機やオーブン、〈キッチンエイド〉のミキサー、
〈ロボクープ〉のフードプロセッサーなど、
プロ顔負けのキッチンツールが並んでいる。

松本に移住して、
東京暮らしのときにはなかなか挑戦しづらかったお菓子にもチャレンジしている。

「東京に住んでいたときは、マンションの手狭なキッチンがとにかく窮屈でした。
このキッチンなら下の女の子3人も広く使うことができるので楽しいし、
ストレスなく料理できるようになりました」

とくにマカロンは、簡単そうで意外と難易度の高いお菓子。
すぐにひび割れてしまったり、オーブンが変わるだけでも微妙な誤差が生じるので
マカロンづくりに実験的な楽しさを見出している。

新しいレシピに挑戦することも日々の楽しみ。
松本に来てBESSの家で暮らすことで、自然を身近に感じ、
本格的に家庭菜園を始めたり、地元の特産食材にも注目するようになった。

地元で採れたブルーベリーやルバーブは新鮮でおいしい。
そうした地元の食材を、どうしたらお菓子としてさらにおいしくなるか、
研究しながらお菓子をつくることがとにかく楽しいようだ。
友恵さんの料理への探究心と情熱は、松本に来てより一層燃え上がっている。

◎本編の記事はこちら

土地の植生を生かした雑木の庭/長野県安曇野市

雑木の庭において重要なのが、その地域の里山を意識すること。
「安曇野の自然植生が師匠ですね」と、五郎丸良輔さんは言う。

高木のクヌギやコナラに、アオダモやソヨゴなど中高木、低木、地被植物を寄せて、
数種類の木々で構成して島をつくっていく。
その島をいくつも配置し、
多くの草木を組み上げていくのが五郎丸さんの雑木の庭づくり。
安曇野の里山に自生している木々を植栽するので、病気にもなりにくい。

自生種の庭をつくると、その地域の虫や鳥などがやってくる。
そうなればもう、その庭は里山そのものといってもいい。
現在、五郎丸家の庭には、足元に生える宿根草が400〜500品種、
クヌギやコナラなど低木、中高木40〜50の原種や品種が植栽されている。

「庭づくりを続けることによって、個々の庭がつながっていくようにしたい。
自生種の庭はその地域の景観をつくり、まち並みをつくっていきます。
それが住む人にとってアイデンティティになり、
さらには文化にまで育っていけばいいなと思っています」

◎本編の記事はこちら

北海道で好きなことを好きなだけ。 本を編集して、カゴを編んで、 土偶をつくって

突然決まったポップアップショップと展覧会

10月中旬、札幌を拠点にイラストレーター・絵本作家として活躍する
すずきももさんからお誘いがあった。

「来月、本の販売と何か展示をやりませんか?」

ももさんは、この夏、札幌の円山に本と雑貨のショップとギャラリー、
そしてカフェもある〈ポンピイェハウス〉をオープンした。
月替わりで作品展示やポップアップショップの企画が次々と開催されていて、
私が岩見沢市の美流渡(みると)で続けている出版活動
〈森の出版社ミチクル〉の本も販売してくれていた。

円山は閑静な住宅街でこだわりのカフェやショップが点在。〈ポンピイェハウス〉は一軒家の1階をショップとカフェ、2階をギャラリーとして改修した。入り口に立つのはすずきももさん。

円山は閑静な住宅街でこだわりのカフェやショップが点在。〈ポンピイェハウス〉は一軒家の1階をショップとカフェ、2階をギャラリーとして改修した。入り口に立つのはすずきももさん。

カフェスペースでは、じっくり煮込んだハヤシライスやドライカレー、パンプレートなどが楽しめる。かぼちゃぜんざいや本日のケーキなども。

カフェスペースでは、じっくり煮込んだハヤシライスやドライカレー、パンプレートなどが楽しめる。かぼちゃぜんざいや本日のケーキなども。

準備期間は1か月を切っていたけれど、企画がむくむくっと湧いてきた。
1階の販売スペースでは、〈森の出版社ミチクル〉の本とともに、
森や農家さんのところで採取させてもらったツルを使って編んだカゴも並べたい。
また、縄文時代が好きすぎて始めた土偶や土器の再現制作の作品も展示したいと思った。

さらに2階のギャラリースペースでも展示ができるという。
ふと、これまで自分がつくってきた美術書を並べてみようかなと思いついた。
20歳の頃から美術出版社というアート専門の出版社でアルバイトとして
働き始めて以来、美術やデザインに関する本を現在までつくり続けているので、
それらをあるだけ出してみたらおもしろいんじゃないかと考えた。

制作したDM。11月1日から森の出版社ミチクルのポップアップショップ。14日から編集の仕事展を開催することに。

制作したDM。11月1日から森の出版社ミチクルのポップアップショップ。14日から編集の仕事展を開催することに。

バタバタと準備を進めながら、それにしても、本とカゴと土偶って、
あまりにも共通点がなさすぎるなあと思っていた。
もともと編集者だから本づくりはいいとして、なぜカゴを編み続けているのだろうか?

2018年、美流渡にカゴ作家の長谷川美和子さんが来てくれて
ワークショップをしてくれたのが始まり。
以来、そこかしこにカゴの素材があることに気づき、実験も兼ねて、
いろいろな素材で編んでいるうちに、作品がたくさん溜まってきたので
販売もするようになっていた。

コクワのツルで編んだカゴ。

コクワのツルで編んだカゴ。

編集や執筆の締め切りに追われているときに限って、カゴが編みたくなってしまう。
また、イベント開催や講演会が終わって心がヒートアップしているときに、
やはり黙々とカゴを編んでしまうこともある。
編んでいると本当に心が休まる。
編み物も同じ感覚があるけれど、ツルを手で触れていると
自然と自分がつながっているような感覚があるのも好きなところだ。

ツル性の植物ならなんでも編めるのかな? と思い、雑草のようにどこにでも繁殖するガガイモやヤブマメなども素材にしている。

ツル性の植物ならなんでも編めるのかな? と思い、雑草のようにどこにでも繁殖するガガイモやヤブマメなども素材にしている。

庭で奔放にからまったガガイモのツル。

庭で奔放にからまったガガイモのツル。

ヤブマメとヨモギでつくったリース。

ヤブマメとヨモギでつくったリース。

選択肢はもっと自由でいい。 暮らしのサブスクや滞在型施設。 理想が叶う“もうひとつの拠点”づくり。

旅と暮らしが溶け合うと、地域や環境の課題解決に。

好きなとき、好きな場所で、自由に生活を楽しむ。
暮らし、住まい、働き方が多様化しているいま、
ライフステージの変化に合わせて、
軽やかに多拠点を実現できる、暮らしのサブスクや、
自然と共生しながら過ごす滞在型施設を、
利用する人やコミュニティは年々広がっている。

こうして選択肢が広がっているからこそ、自由でおもしろい。
自分らしい理想を叶えてくれる、4つの事例とともに、
「これからの暮らしと、住まい」を考える。

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〈SANU 2nd Home〉の
豊かな自然に囲まれたキャビンに、ただいま。

すでに何度かコロカルでもその動向を取り上げてきた
メンバーシップ制セカンドホームサービス
〈SANU 2nd Home(サヌ セカンドホーム)〉。

現在28ある拠点はどれも自然豊かな場所にあり、
ほとんどが都心から片道1時間30分~3時間程度でアクセスできる。

2024年8月10日、北軽井沢(長野)に開業した〈SANU CABIN MOSS(モス)〉。2022年につくられた〈北軽井沢1st〉の近隣拠点として〈北軽井沢2nd〉と名づけられた。

2024年8月10日、北軽井沢(長野)に開業した〈SANU CABIN MOSS(モス)〉。2022年につくられた〈北軽井沢1st〉の近隣拠点として〈北軽井沢2nd〉と名づけられた。

2021年にスタートし、現在サービスプランは3種類。
1つ目は、福利厚生の一環となる法人向けのプラン。
2つ目は、個人向けのサブスクリプションサービス。
2024年には、新たに共同オーナー型別荘
「SANU 2nd Home Co-Owners」が加わった。

個人向けの場合は、月額5万5000円で、
1か月に7泊まででき、平均2〜3泊利用が多いそう。
気軽に自然のなかで、暮らしをはじめてみたい人にもおすすめだ。

SANU 2nd Homeは、あくまでライフスタイルブランド。
一時的に訪れて観光として滞在するよりも、
生活者として「暮らし」を体験することを重視している。
たとえ場所が違っても、利用者が帰ってきた気分になれることを意識して
SANU 2nd Homeとしてつくるキャビンは4種類に限定。

どのタイプもキッチンを中心としたつくりに。地元の商店や直売所などで手に入れた新鮮な食材を調理して食べることも提案するライフスタイルに含まれているからだ。

どのタイプもキッチンを中心としたつくりに。地元の商店や直売所などで手に入れた新鮮な食材を調理して食べることも提案するライフスタイルに含まれているからだ。

キャビンに置かれる備品は、プロジェクターや焚き火台、
調理器具やカトラリー、調味料に至るまで同じものを揃えている。

こうして通っているうちに、近くにあるお店の人と顔なじみになり、
地域の新たな魅力を発見した、という声も聞こえてくる。
さらに気に入った地域との2拠点生活を実行する人や、
真剣に移住を考えている人、実際にすでに移住した人もいるのだとか。
「都市と自然を軽やかに行き来して、生活を営む。」という、
ライフスタイルを、しっかりと自分のものにしている会員も増加中だ。

SANU 2nd Homeが一般的な宿泊施設とは
大きく違う点が、もうひとつある。
それはSANU 2nd Homeが増えるほどに、
日本の森が豊かになる仕組みがあることだ。

SANU 2nd Homeが増えるほどに日本の森が豊かになる仕組み

SANUの環境再生型プログラム「FORESTS FOR FUTURE」。

キャビンに使う木材は、岩手県釜石をはじめ日本中から原木を調達。
土壌環境に配慮して基礎は高床式になっている。
そして、建築に釘を使わないため、キャビンの解体後には
木材を資源として再利用することで、自然環境へ適応していく。

SANU 2nd Homeが考える、環境再生型プログラム「FORESTS FOR FUTURE」。

カーボンネガティブを目指すひとつの取り組みとして、建築の解体までデザインした「サーキュラー型建築」を開発。

そして建築に使った以上に、日本の森に木の苗を植える活動
「FORESTS FOR FUTURE」も実行中。
事業で排出されるCO2の量よりも、植林などによる吸収量が上回る
状態を保ち、環境負荷をかけない「カーボンネガティブ」を目指している。

日本中の自然に、もうひとつの家を持つ

来年には北はにニセコ、南は奄美大島まで、
その数は30拠点へと拡大していく見込みだという。
全国に広がるSANU 2nd Homeに、繰り返し通いながら、
日本中の自然に、もうひとつの家を持つ。
そんな自然共生を叶える暮らしを、
まずは軽やかに、始めてみるのもよさそうだ。

information

SANU 2nd Home 

サブスクリプション会費:月額55000円(1か月7泊まで)

共同所有型の購入金額:330万円〜(年12泊〜・30年権利)

※上記の月会費に加え、利用ごとに宿泊費がかかる場合あり

Web:SANU 2nd Home

南房総エリアでカルチャーは可能? 渋谷区から鋸南町に移住した筆者が いま考えていること

撮影:江田晃一

あの夜、〈YANE TATEYAMA〉で起こったこと

西陽が眩しいコンクリート打ちっぱなしの
だだっ広い部屋の其処彼処に置かれたソファ席のひとつを陣取って、
僕はいまこれを書いています。
ここは房総半島の最南端にある館山のまち。
僕が活動の拠点を東京より南房総エリアへと移してから、
すでに1年半が過ぎようとしています。

〈YANE TATEYAMA〉と名づけられたこの3階建ての古いビルの中には、
書店、カフェ、ジビエレザー工房、イタリア料理屋といった店舗が、
階の上下あるいは同じフロア内でシームレスに連なり合っていて、
最上階にはなんとホテルが。
ビル内では時折イベントやワークショップが行われていたりもして、
さながら宿泊機能を兼ね備えた小さな複合文化施設のよう。

写真提供:YANE TATEYAMA

写真提供:YANE TATEYAMA

〈YANE TATEYAMA〉の2階。カフェや書店の利用者がくつろぐサロンのような空間。(写真提供:YANE TATEYAMA)

〈YANE TATEYAMA〉の2階。カフェや書店の利用者がくつろぐサロンのような空間。(写真提供:YANE TATEYAMA)

しかしこのビルは、駅前から徒歩5分以内という好立地にありながら、
つい最近まで廃墟同然の空き家でした。

〈北条文庫〉の店内。“土着”と“土発”がテーマだというだけあって、この南房総地域ならではのレア本も。(写真提供:YANE TATEYAMA)

〈北条文庫〉の店内。“土着”と“土発”がテーマだというだけあって、この南房総地域ならではのレア本も。(写真提供:YANE TATEYAMA)

YANE TATEYAMAの地上階にある、今年オープンしたばかりの書店〈北条文庫〉では、
これまでに2度の映画上映会が開催されています。

最初の上映会は僕も企画段階から協力し、『Caravan to the Future』を上映。
日本、フランス、アフリカの3拠点を行き来しながら活動している、
ジャーナリストで作家のデコート豊崎アリサさんが、
ラクダにまたがってサハラ砂漠を征くトゥアレグ族の
長く過酷な行商の旅を記録したドキュメンタリー映画です。

アリサさんはこの映画が初めて日本で上映された頃からの友人なのですが、
郷土史とアートと旅をテーマに本を揃えている北条文庫と
この映画の相性は抜群ですし、また偶然にも彼女の日本滞在と
北条文庫のオープンの時期が重なったということもあって、
この上映会が実現する運びとなりました。

監督のデコート豊崎アリサさん(左)と筆者。(写真提供:YANE TATEYAMA)

監督のデコート豊崎アリサさん(左)と筆者。(写真提供:YANE TATEYAMA)

ふだん見慣れているはずのまちの風景の一部が変化したことへの
地元の人々の関心と期待の高まりが相まってか、
この上映会は平日夜の開催であったにもかかわらず、
予約受付を始めてからたった2日で申込数が定員に達し、
僕たちは座席の数を増やす工夫や新たな駐車場の確保などに追われることに。
たかだか30人程度の人数を集めるだけでも大騒ぎです。

当日にドタキャンするお客さんはひとりもおらず、
上映後のトークショーで設けたQ&Aコーナーでは
お客さんからのアリサさんへの質問が途切れることなく続き、
終了予定時間を大幅に延長することとなりました。

これが、少なくとも僕のような人間にとってどれだけ画期的な出来事だったことか。
というのも、僕はこの房総の地に、これまで自分が続けてきた仕事や生活の
“先”を求めてやってきた人間だからです。

『Caravan to the Future』上映会当日の様子。(写真提供:YANE TATEYAMA)

『Caravan to the Future』上映会当日の様子。(写真提供:YANE TATEYAMA)

これまでの旅とは異なる。 何度も地域に通う旅、帰る旅。 「第2のふるさとづくりプロジェクト」

コロナ禍を経て、旅のスタイルに変化が起きました。
長期的に地域との交流を育み、「何度も地域に通う旅、帰る旅」。
1度きりの旅行では味わうことができない、豊かで新しい旅体験を、
求めている人も増えています。

現在、観光庁が取り組んでいる「第2のふるさとづくりプロジェクト」では、
新たなコンセプトとして『まちが わたしが 育つ旅。「いくたび」』を掲げ、
2024年9月26~29日の4日間、東京・有明の東京ビッグサイトで行われた
『ツーリズムEXPOジャパン2024』にも参加。
この「第2のふるさとづくり」とは、一体どんな取り組みなのでしょうか?

『観光庁「いくたび」のブース。

『ツーリズムEXPOジャパン2024』に出展した観光庁「いくたび」のブース。

10 回目の開催となった今回のテーマは、「旅、それは新たな価値との遭遇」。
国内外から1384 もの企業や団体が参加し、会場には外国や日本の自治体、
観光にまつわる事業者によるブースが並び、
多数の来場者が訪れて賑やかに開催されました。

観光庁のコーナーでは、新たな旅のスタイルを普及、定着させることを推進する
プロジェクト「第2のふるさとづくり」に関するブースも。

人口減少や高齢化が進む地方で、
各地域が抱える課題への取り組みにも関わりながら、
その土地を繰り返し訪れ、地域との関係性の構築につなげる
このプロジェクトは、令和4(2022)年度から始動し、
令和6(2024)年6月時点で、
北海道から沖縄まで36の地域が参加しました。

いつか「森の番人」になる
〈トーヤの森〉プロジェクト

北海道の南西部に位置する洞爺湖に面する〈トーヤの森〉も
「第2のふるさとづくりプロジェクト」に参加しています。
ユネスコ世界ジオパークにも指定されている洞爺湖周辺の
美しい景観は多くの人を魅了してきました。

トーヤの森から一望できる洞爺湖。

トーヤの森から一望できる洞爺湖。

一方で、そのカルデラの湖と周辺の森を維持していくために、
必要な担い手不足が地域の課題になっています。

トーヤの森は、洞爺湖に面した約72ヘクタール、
東京ドーム15個よりも広い森です。
森を舞台に、人をつなぎ未来を創造する「トーヤの森プロジェクト」として、
令和6(2024)年度に大きく4つのイベントを企画し、
第1回では森林作業道づくりをテーマにした1泊2日のイベント
「森と街のがっこうinトーヤの森2024」を7月に実施しました。
ほかにも山主の渡辺大悟さんが森をガイドする企画も。

第2回「もりであそぼうinトーヤの森」サップ体験

9月に行われた第2回「もりであそぼうinトーヤの森」では、森歩きやバーベキュー、サップ体験などを通して、環境に与えるインパクトを最小限にして、アウトドアを楽しむ、「LEAVE NO TRACE(リーブ ノー トレース)」の考えを共有。

第3回は10月に木こり、家具職人、木工作家といった、
木材で仕事をする人たちと一緒に森を巡り、
第4回は雪が積もる12月以降にスキーやスノーシューを履いて行う
森遊びと山の観察を予定しています。

トーヤの森がある洞爺湖は、新千歳空港から車で1時間半ほど。
札幌からは車で2時間強の距離です。
北海道在住者を中心に何度も通っているファンもいます。

「もりであそぼうinトーヤの森」

「もりであそぼうinトーヤの森」では、参加者が洞爺の自然を感じながら、トーヤの森でのさまざまな体験を通じて、森との結びつきを強化。

山主である渡辺大悟さん自身も、
洞爺湖から車で1時間半ほど離れた北広島市に住んでいます。
渡辺さん一家にとって洞爺湖は、
家族で休暇を過ごすたびに訪れる、まさに“第2のふるさと”のような場所です。

渡辺さんは、精密機械や美術品など貴重な品物を木材で梱包する会社を経営し、
この事業で扱う木材は、輸送が完了すると廃棄されることに課題を感じていました。
そのため、若い頃から山を買って林業も行いたいという目標を持ち、
2019年にトーヤの森となる山を購入して夢を実現。

所有している森が健全に保たれるためにはどうしたらいいかと、
林業の専門家からアドバイスを受けたことが、
今回のプロジェクトの一環でもある森林作業道づくりにつながっています。

トーヤの森の伐採の様子。

トーヤの森の伐採の様子。

トーヤの森 道づくり

森が健やかに育つように手入れを行い、機材や人が入るための道が必要。北海道で林業に従事する人のなかでも経験者が少ない道づくりは、トーヤの森でもまだ始まったばかり。

今回のプロジェクトは、トーヤの森での道づくりを
本気で学びたい人がメインターゲットとされ、
今後イベント企画や案内ができる
「森の番人」が生まれることも期待されています。

今回『ツーリズムEXPOジャパン2024』に参加した渡辺さんの妻であり、事業の事務局を務める紗智子さん。

今回『ツーリズムEXPOジャパン2024』に参加した渡辺さんの妻であり、事業の事務局を務める紗智子さん。森のなかには道だけでなく、トイレなど水回りも整備されていないことが課題のひとつだとか。

プロジェクトを通して、旅行だけでは味わえないトーヤの森の魅力に触れ、
森への理解が深まり、何度も通いたくなる場所に育っていくことを目指しています。

希少な品種もある リンゴの産地・毛陽町。 収穫のお祭りで リンゴのアートを展開

リンゴのお祭りと同時開催で作品販売のイベントを開いて

私が住む北海道岩見沢市の美流渡(みると)地区からすぐ近くの
毛陽町(もうようちょう)は、果樹園が広がる農村地帯。
秋にはリンゴがたわわに実る。リンゴの品種は本当にさまざまあって、
地元はもちろん遠方から買いに訪れるファンも多い。

そうした人たちが楽しみにしているお祭りが今年も10月13日に開催された。
名前は『毛陽・万美紅葉祭り』。「万美(まんみ)」とは、
毛陽の両隣にある万字と美流渡の頭文字を取ってつけられている。

8月下旬から10月にかけて直売所や交流センターなどでリンゴが販売される。

8月下旬から10月にかけて直売所や交流センターなどでリンゴが販売される。

みる・とーぶで制作している地域マップ。リンゴ狩りが行える農園や直売所が並んでいる。

みる・とーぶで制作している地域マップ。リンゴ狩りが行える農園や直売所が並んでいる。

私が代表を務める地域PR団体「みる・とーぶプロジェクト」は、
今年、このお祭りと同時開催で、会場から200メートルほど離れた
屋内テニスコート施設〈毛陽コロシアム〉を借りてイベントを行った。
春から初秋にかけて行ってきた『みる・とーぶとMAYA MAXX がやってきた!』
というイベントの一環で、この地域で活動するつくり手の作品を集めた展示販売と、
美流渡在住の画家・MAYA MAXXさんの作品展示とグッズ販売を行うというものだ。

毛陽にあるログホテルメープルロッジに併設された毛陽コロシアム。屋内テニスコートが2面ある、とても大きな施設。

毛陽にあるログホテルメープルロッジに併設された毛陽コロシアム。屋内テニスコートが2面ある、とても大きな施設。

特産のリンゴにちなみ、今回MAYAさんは新しい絵を描き下ろした。
その名も「アップルちゃん」。
この絵は、お祭りのポスターにも使われることとなり、同時にステッカーも制作した。
さらにリンゴのオブジェがあったらいいのではないかと考え、
アップルちゃんパネルも仲間とともにつくりあげた。

毛陽・万美紅葉祭りと同時開催の私たちのイベントを紹介したポスター。MAYAさんが描き下ろしたアップルちゃんが目印。

毛陽・万美紅葉祭りと同時開催の私たちのイベントを紹介したポスター。MAYAさんが描き下ろしたアップルちゃんが目印。

このイベントのために制作したアップルちゃんパネル。これまでMAYAさんは赤いクマをこの地域のトレードマークとして描いてきたが、そこにリンゴも加わった。

このイベントのために制作したアップルちゃんパネル。これまでMAYAさんは赤いクマをこの地域のトレードマークとして描いてきたが、そこにリンゴも加わった。

みる・とーぶメンバーで布小物を制作する〈へんぺこ〉が、MAYAさんのアップルちゃんをブローチに仕立てた。

みる・とーぶメンバーで布小物を制作する〈へんぺこ〉が、MAYAさんのアップルちゃんをブローチに仕立てた。

フィリックス・コンランさん、 東吉野での暮らしはいかがですか?

「都会が恋しくなることはないですか?」

そんな少し意地悪な質問をすると、
「絶対にそれはないですね」とフィリックス・コンランさんは笑う。
そして、都会暮らしから田舎暮らしへの移行をこう表現する。

「これまで、都会暮らしにストレスや疲れを感じていました。
平和な村の暮らしのほうがずっと好きなんです。
それでもこの小さな村では毎日膨大なやるべきことがあって、
『あぁやらなきゃ』と焦燥感を抱くこともあります。
そんなときこそ、愛犬と散歩にでかけるのですが、突然、
別の“肺”がそこにあるかのように深呼吸ができて、
より頭がクリアになるのを感じるのです。常にリセットされているようなものですね」

〈SUZUKI〉ジムニーとフィリックス・コンランさん。

愛車は〈SUZUKI〉ジムニーのフィリックス・コンランさん。

憧れだった日本での暮らしは築150年の古民家とともに

〈ザ・コンランショップ〉の創設者で実業家の、テレンス・コンラン卿の孫として生を受け、
ロンドン、シドニー、ニューヨーク、ロサンゼルスといった
経済の中心地での活動を経て、
フィリックスさんは、幼少期からの憧れだった日本の田舎暮らしを手に入れた。
場所は、山々と3本の川に囲まれた自然豊かな立地で、
ノスタルジックなまち並みを残す奈良県東吉野村だ。

ここでフィリックスさんは、デザインスタジオ〈HA PARTNERS〉を立ち上げ、
建築とプロダクトのデザイナーとして、
古民家のリノベーションなどを手がけていく。

一緒に来日したフィリックスさんのパートナー、エミリー・スミスさんは、
東吉野の中心人物になりつつある。
彼女の母は日本で生まれ育ったこともあり、
自身のルーツである日本への興味と理解を深めていったことも、
フィリックスさんの背中を押した。

イギリスでドキュメンタリー映像制作の仕事をしていたエミリーさんは、
東吉野で地域おこし協力隊に就任。
東吉野の野山に自生する山菜やきのこの種類の多さやおいしさに魅了され、
豊かな自然とその産物をInstagram(@down2forage)で県内外や海外へ発信していたが、
ついに移住半年で〈東吉野きのこ協会〉を立ち上げたのだ。

11月1日から開催される、村在住の36組のクリエイターによる
オープンアトリエと作品展示、『はじまりの東吉野オープンアトリエ』にも参加予定。
活動の幅を徐々に広げている。

地元のお祭りのステージで日本語の歌謡曲を披露するエミリーさん。

地域のコーラス隊に参加し、地元のお祭りのステージで日本語の歌謡曲を披露するエミリーさん(左)。

そんなフィリックスさんとエミリーさんが暮らすのは、
村の中心部である小川から車で15分ほどの集落にある築150年の古民家だ。

招かれて入った先にはまず広い土間。前の住民が煮炊きをしていたかまども残されていた。
そして、和室には、フィリックスさんがデザインした照明とソファが鎮座する。

床の間にはフィリックスさんの父親の古い友人だというアーティスト、
デビッド・バンドの絵が飾られている。
「私がオーストラリアで生まれたときから、いつもデビッドのアートが家にありました。
だから私にとって、この絵は故郷のようなもの」とフィリックスさん。
この絵は、フェリックスさんが以前経営していたデザイン・スタジオのロゴに
インスピレーションを得たもので、フィリックスさんの原点を表した場所だ。

料理が好きだというふたりのこだわりのキッチンは、クリエーションの舞台であり、
実験室でもある。畑で採れた野菜や、
エミリーさんが採ってきた山菜やきのこをふたりで調理しては舌鼓を打つ毎日。
調理道具も調味料も和洋さまざまなものを取り揃えている。

「山菜やきのこを文化や食の伝統のなかで
長い間大切にしてきた日本人が好きなんです」とエミリーさん。

フィリックスさんは和食も好きで、とりわけ蕎麦がお気に入り。
すでにいきつけのお店もあるそうだ。

〈Forest house〉外観

彼らは、もともと家だった敷地の最も古い部分で、
85年前に牛舎に改築された場所のリノベーションに着手している。
東吉野や日本の伝統的な素材を使った新居、通称〈Forest house〉を建築中だ。
旧家の梁を残して新しく生まれ変わろうとしているが、
「忘れ去られた古い建物を現代的で魅力的な家に生まれ変わらせる」のだと、
フィリックスさんは改修の目的を話す。

コンラン家のDNAともいえる目利きの技。
それが生きたフィリックスさんのプランはこのとおりだ。

① 玄関からシンボルツリーである柿の木が見えるように窓を配置する。いわゆる借景の考え方。

② 床材は部屋ごとに吉野桧と吉野杉の木製ブロックを使い分け、バスルームは緑色のタイルを敷き詰める。また、屋根には金属を用いている。

③ ごくプライベートな空間以外ドアをつくらず、フローリングの種類や段差でゆるく部屋を区切る。

④ 自分たちで裁断した巨大な岩をテーブルにする。

⑤ キッチンとは別にアウトドアキッチンを設ける。日本の土間に着想を得たアウトドアキッチンで、料理好きで人を招くのが好きなふたりが和気あいあいと料理できる環境に。

⑥ リビングスペースの中心に現代的な囲炉裏をデザインする。

ご近所の方々や友人を招いて、ホームパーティーをすることも。〈丹生川上神社〉の鳥居からインスピレーションを得た東屋は、フィリックスさんが友人の手を借りて、地元の木材を使用し建てたもの。「日本の美しい建物、美しい木材への愛と感謝、敬意を示しています」とフィリックスさん。

ご近所の方々や友人を招いて、ホームパーティーをすることも。〈丹生川上神社〉の鳥居からインスピレーションを得た東屋は、フィリックスさんが友人の手を借りて、地元の木材を使用し建てたもの。「日本の美しい建物、美しい木材への愛と感謝、敬意を示しています」とフィリックスさん。

山岳霊場と遍路道、 歩いて楽しむ小豆島

行楽シーズンを迎えた小豆島

小豆島でゲストハウス〈NOTEL〉をオープンして2か月たちました。
暑すぎた夏が終わり、ようやく過ごしやすい秋を迎えています。
秋の小豆島は、行楽にぴったりのシーズン。
NOTELの宿泊予約も少しずつ増えてきたので、
秋の小豆島を楽しんでもらうべく、きてくださるみなさんに、
その魅力や楽しみ方をお伝えしています。

夏の終わり頃から始まる稲刈りの風景。NOTELはこんな田園風景のなかにあります(写真中央からちょっと右に写っています)。

夏の終わり頃から始まる稲刈りの風景。NOTELはこんな田園風景のなかにあります(写真中央からちょっと右に写っています)。

毎年10月中旬に行われる「小豆島 太鼓まつり」。NOTELの目の前から肥土山(ひとやま)地区の太鼓台が出発していきました。

毎年10月中旬に行われる「小豆島 太鼓まつり」。NOTELの目の前から肥土山(ひとやま)地区の太鼓台が出発していきました。

宿を運営するようになって、小豆島を訪れる人たちにどうやって小豆島の楽しみ方、
おすすめの過ごし方を伝えるか、ここ最近ずっと考えています。
いざ小豆島のことを伝える立場になってみると、もっともっと伝えたいことが
たくさんあるのに、伝えたい情報がまとまっているものがない、英語表記がない、
詳細な地図がない、あの山道は今歩ける状態なのか情報がないと、
「ない」ものがたくさんあることに気がつきます。
事前に調べたり、用意すべきものがたくさんあるんだなと実感しています。

それをこれからひとつひとつつくりあげていくことは大変でもあるのですが、
ちょっとワクワクもしています。
きてくれる人たちに、どうやって小豆島のことを伝えて、良い滞在をしてもらうか。

その土地を楽しむために、地図は必須。A1サイズ折りたたみで英語表記もある『小豆島歩き遍路地図・日英併記版』がおすすめ。

その土地を楽しむために、地図は必須。A1サイズ折りたたみで英語表記もある『小豆島歩き遍路地図・日英併記版』がおすすめ。

フィリックス・コンランさん、 奈良県東吉野村で、 なにをしているんですか?

モダンデザイン&ファニチャー界の巨匠の回顧展が開催中

2024年10月12日から2025年1月5日まで、東京ステーションギャラリーにて
『Terence Conran: Making Modern Britain
(テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする)』が開催されている。

本展は、〈ザ・コンランショップ〉の創業者で実業家・デザイナーの、
テレンス・コンラン氏(1931〜2020年)がデザインした食器やテキスタイル、
家具などの初期プロダクトから、発想の源でもあった愛用品、著書、写真、映像まで
300点以上集めた回顧展。

彼のモットーである「Plain, Simple, Useful(無駄なくシンプルで機能的)」
という思考に触れながら「デザインとはなにか」を考える機会となりそうだ。

バートン・コート自邸内の仕事部屋、2004年撮影 Photo: David Garcia / Courtesy of the Conran family

バートン・コート自邸内の仕事部屋、2004年撮影 Photo: David Garcia / Courtesy of the Conran family

ザ・コンランショップの紙袋、1980年代、デザイン・ミュージアム/テレンス・コンラン・アーカイヴ蔵 Courtesy of the Design Museum / Courtesy of the Conran family

ザ・コンランショップの紙袋、1980年代、デザイン・ミュージアム/テレンス・コンラン・アーカイヴ蔵 Courtesy of the Design Museum / Courtesy of the Conran family

「祖父は生前、日本に生まれたかったと言っていました。
日本が大好きで、人々の技術に対する情熱と献身に深い感銘を受けたそうです」

そう話すのは、テレンス・コンラン卿の孫で、
自身も家具やプロダクトのデザイナーとして活躍するフィリックス・コンランさんだ。
実はフィリックスさんが現在暮らすのは、住民1500名ほどの小さな村、奈良県東吉野村。
パートナーのエミリー・スミスさんと2匹の犬とともに2024年4月に移住した。
そんな稀代のデザイナーを祖父に持つ青年の新天地での挑戦を追った。

「わたしにちょうどいいまち」の “ちょうどよさ”って? 小松市が子育て世代におすすめの理由

(写真提供:こまつ観光物産ネットワーク)

特に子育て世代に、小松市が移住におすすめの3つの理由

石川県・加賀平野の中央に位置する小松市。
豊かな自然環境を有する梯川が流れ、
東には日本三大霊峰のひとつとして名高い白山がそびえ立ち、
麓に丘陵地と田園が広がる緑あふれる地域です。

農産物や山の幸、海の幸が豊富で産業都市としても名高いこのエリア。
最近では北陸の空の玄関口小松空港に加え、北陸新幹線・小松駅も誕生し、
東京都内からもアクセスしやすい便利なまちへと進化しています。

また、実は子育て支援をはじめとする行政の取り組みも盛んで
“移住にちょうどいいまち”として認知され始めているのをご存知でしょうか? 

今回は、お子さんが生まれたタイミングで小松市に移住したギター職人、
近 信濃(こん・しなの)さんのリアルな声を聞きながら、
子育てにおすすめの3つの理由を紐解いていきます。

①自然が豊かで文化が醸成しており、子育て環境にもってこい

小松市に家族で移住した、ギター職人の近 信濃さん。

小松市に家族で移住した、ギター職人の近 信濃さん。(写真提供:近 信濃さん)

3児のお父さんとしての顔も持つ近 信濃さんは、
石川県小松市でクラシックギターやウクレレなどの弦楽器を製作する職人です。
奥さんである真未子(まみこ)さんの実家が小松市であったことから、
出産のタイミングでこの地に移住することを決めたのだとか。

ギター製作工房〈近撥弦楽器〉の工房の様子。

ギター製作工房〈近撥弦楽器〉の工房の様子。(写真:近 信濃さん提供)

「子どもを育てるなら、都心ではないのびのびとした環境で育てたいと
以前から考えており、緑豊かなこの地に自然と移住することになりました。
ギターづくりは工房に適度な湿度が必要になるので、
大丈夫かなと心配していましたが、湿度も思いのほか調度よい環境でしたね。
ギターの材料として石川県の県木であるアテ(能登ヒバ)を
新たに取り入れることもでき、いい音の楽器を生み出せるきっかけにもなりました」
と近さん。

日本三大霊峰のひとつとして名高い〈白山〉。

日本三大霊峰のひとつとして名高い〈白山〉。

近さんが子育てを行っていく中で感じた小松市の最大の魅力は、
豊かな自然があふれているところだそう。
「山もあり、海もあり、川もあり。週末あらゆるスポットへ遊びに行けるところは、
子どもにとっても非常にいい環境だなと感じました。
人口も10万人程度で、ほどよい規模感。東京にいた時より地域の人の顔が見え、
誰が何をしているか把握しやすいので安心感がありますね」(近さん)

自由に遊具で遊べる〈カブッキーランド〉。

自由に遊具で遊べる〈カブッキーランド〉。

さらに、子どもが遊べる文化施設が点在しているところも
子育て世代にはうれしいポイント。
大型遊具と知育おもちゃで遊べる〈カブッキーランド〉や、
絵本を楽しめる〈空とこども絵本館〉、
日本海側唯一の航空機の博物館として知られる〈石川県立航空プラザ〉など、
さまざまな選択肢があります。

迫力あふれる〈石川県立航空プラザ〉。

迫力あふれる〈石川県立航空プラザ〉。

「読書好きの娘は、幼い頃空とこども絵本館で
絵本を読み漁ることが多かったですね。
石川県立航空プラザは、飛行機のコックピットの中に入れたり、
フライトする時のシミュレーターを実際に体験できたりと、
息子も大喜びでした」(近さん)

『日本列島回復論』の著者 井上岳一さんに聞く! どうやったら地域活動は続けられるの?

井上岳一さんとの出会い

日本総研の創発戦略センター チーフスペシャリストという肩書きを持ち、
全国の地域活動をめぐりフィールドワークをし、企業や大学とのプロジェクトも展開している
井上岳一さんとの出会いは、いま振り返ってみると不思議なものだった。

きっかけは2年前のある日のこと。
私が東京の出版社に勤めていた頃にお世話になった写真家のMOTOKOさんから、
「いま話せないか?」と突然メッセージが入った。
私が「OK」と返事をすると、すぐさまオンラインミーティングが始まった。

MOTOKOさんは、写真でまちを元気にしたいと、
地域の人々が自ら土地の暮らしや文化を撮影し、それを発信することで
観光や移住につなげる「ローカルフォト」という活動を行っていた。
まちづくりに関心を向けるなか、井上さんの著書『日本列島回復論』に出合い、
それがきっかけとなってふたりは「山水郷の会」という学び合いの場をつくった。

地域活動を行うプレイヤーたちが集まるこの会では毎回ゲストを呼んでいて、
私が代表を務める地域PR活動「みる・とーぶ」や、
美流渡在住の画家・MAYA MAXXさんとのプロジェクトについて
話してほしいと依頼を受けた。
このときの打ち合わせで井上さんと初めて出会った。

井上さんの著書。『日本列島回復論』(左)は、山水の恵み豊かな地域を「山水郷」と表し、国や経済に不安があっても生き延びていけるポテンシャルがあることを語った本。『Beyond MaaS』(右)は共著で、持続可能な社会を構築するために欠かせないモビリティサービスについて論じられている。

井上さんの著書。『日本列島回復論』(左)は、山水の恵み豊かな地域を「山水郷」と表し、国や経済に不安があっても生き延びていけるポテンシャルがあることを語った本。『Beyond MaaS』(右)は共著で、持続可能な社会を構築するために欠かせないモビリティサービスについて論じられている。

このオンラインの勉強会には、井上さんやMOTOKOさんとともに
全国から10名ほどが参加しており、私たちの活動について心から興味を持ってくれた。
その後、一般公開している、もうひとつの勉強会「山水郷チャンネル」でも
活動を紹介してほしいと井上さんから依頼があり、
そこでもプレゼンテーションさせていただいた。

山水郷チャンネルは、日本デザイン振興会が主催するオンラインプログラム。井上さんと東京藝術大学教授でデザイン評論家の藤崎圭一郎さんがホストを務め、山水郷に根ざした活動をしているデザイナーやクリエイターたちを毎回ゲストに迎えている。