井上仏壇店

仏壇の漆塗りをカフェグッズに生かす。

300年以上の歴史を持つ彦根仏壇は、経済産業大臣が指定する
「伝統的工芸品」として認定されている。
幅が120cmもあるような大型仏壇が特徴だ。
通常、仏壇を製作するには、
木地(木工)、宮殿、彫刻、錺金具(かざりかなぐ)、漆塗り、蒔絵、金箔押しと、
7つの工程が必要となる。すべてに専門の職人が存在し、
ひとつでも欠けると仏壇をつくることはできない。
しかし他の多くの伝統工芸と同じく、
彦根仏壇もまた、後継者不足や売り上げ低下など、先細りの状況に悩んでいる。
特に職人の数が少なくなり、
このままでは伝統技術の伝承ができなくなってしまう。
そこで、1901年創業の井上仏壇店の井上昌一さんは、
「彦根仏壇の伝統技術を使ってほかの商品をつくる」ことを考えた。

1000万円を超えるような仏壇がたくさん展示されている井上仏壇店。この周辺は仏壇ストリートとなっている。

「仏壇は今では非日常的だし、高いし、一生に一度の買い物。
しかも海外では売れません。
だから、伝統技術をもっと身近に感じてもらえる商品を
つくらなければならないと思ったんです。
でも私たちの発想は凝り固まってしまって、新しいものは生まれにくい。
そこでなるべく仏壇と正反対のイメージの商品が考えられるように、
クルツインクの島村卓実さんという
外部のプロダクトデザイナーにお願いすることになりました」

それが「chanto」。
chantoはコーヒーミルやトレイ、ドリッパーなどのカフェグッズで、
ウッドと鮮やかなカラーリングの組み合わせがポップな印象。
まさか仏壇屋さんが生み出したとは思えない。
しかし色が塗ってある部分は、すべて彦根仏壇の漆塗りなのだ。

内側が塗られる前の状態。これが抹茶やカフェオレ用の大型カップ「MATCHA」となる。

「通常、漆は黒と赤しかないんですよ。
でも、私がお付き合いのあった中嶋誠作さんという漆の塗師の方が、
10年ほど前からさまざまな漆の色の研究をしていたんです。
その色サンプルをデザイナーの島村さんと一緒に見て、
“こんな漆の色は今まで見たことがない”という話になり、
chantoの商品開発につながりました」

漆の塗師の中嶋さんは、陶芸もこなし、さらに文化財の修復や骨董品の修理など、多岐に渡って伝統技術を伝える活動に尽力している。

塗師の中嶋誠作さんは、彦根仏壇の塗師だった父親のもとで修業を始め、
30年以上活動している。
漆の可能性を広げるべく、色の研究は欠かさなかったという。
中嶋さんの漆の色があったからこそ、
このchantoが生まれたといっても過言ではない。
数十種類もある色サンプルのなかから10色を選び、
chantoの商品に採用している。漆の特性と難しさを中嶋さんは語る。

板に塗られた数々のカラーサンプル。ここだけ見ていると、漆や伝統技術という言葉は出てこないポップさ。

「漆と顔料を混ぜて色を調合しています。
なるべく漆の分量を多くしたいですが、色によってその割合は違ってきますね。
また、漆は本来アメ色をしているので、
アメ色のフィルター越しに顔料の色を見ることになります。
だから、白や薄いグレーなど、薄くて淡い色になるほど難しい。
厳密に言うと真っ白はできません。
配分や乾かし方にもかなり気を使います。
あまり早く乾かすと、今度は黒っぽくなってしまうのです。
ゆっくりと乾いていくように、湿度と温度を調整する必要があります。
漆は、硬化剤など一切入れずに空気中の水分から
酸素を取り込み自然と硬化する天然樹脂です。
漆にはそんな不思議な力があります」

漆と顔料は、かなり厳密に重量を量って配合している。少しでもズレると色が変わってしまうデリケートな世界。

ムラなくきれいに塗られたばかりの漆塗りを見ると、
ツヤツヤして光沢が美しい。

「きれいに塗ると鏡のようにきれい。
でも、全体をくまなく塗ったサンプル商品を見たときに、
プラスチックのように見えてしまいました。
赤や黒だと我々日本人は見慣れているので、
漆器だとすぐに理解できるのですが、カラフルなものだと漆とは思われない。
それで木目の一定部分を塗らないで残しながら、部分的に塗るようにしました」
と井上さんは当初を振り返る。
確かにそのほうがバランスがよく、きれいだし、今の時代に合っているようだ。

「ESPRESSO」カップの塗り工程。真空ろくろを使ってカップを固定し、内側を塗っていく。

塗った商品は、ほこりをつけないために素早く室(むろ)のなかへ。ストーブや除湿機などで、室のなかの温度と湿度は常に管理されている。

古くから日本の風土に伝えられてきた漆塗り。
伝統工芸である彦根仏壇の塗師が未来のために研究し、
それを生かした商品ができた。これが広がっていけば、
他の職人の活動をもっと活発にできるかもしれない。

「ただし、前述した通り、仏壇製作には7工程あり、
それぞれに職人がいるのですが、
今回のchantoでお願いできたのは、漆塗りの職人だけです。
他の職人にも、何らかのかたち、彼らの伝統技術を生かしてもらえるような
商品をこれからも考えていきたいと思っています。
それが私の彦根仏壇業界への恩返しです」
と井上さんは意欲的だ。

chantoは、「しゃんと」と読み、彦根の言葉で“背筋を伸ばし、
集中したり、ものごとをきちんとする行為”を表すという。
彦根仏壇の精巧で緻密な伝統技術は、きわめて“しゃんと”している。
廃れさせてはいけない技術のために、
まずはコーヒーとともに、漆の美しさとあたたかみも味わおう。

chantoの商品は、現在7種類。木と漆という天然素材からできた、ひとにやさしいデザイン×伝統の技。

山村富貴子さん

備前の良さを経験的に知っている強み。

「私は、他の作家のように備前がやりたくてここに来たわけじゃないんです。
なんとなく、流されるように辿りついたというか(笑)」
大阪出身の山村富貴子さんは、
高校生の時にはインテリアデザインを学び、
卒業後は神戸の「釉薬を使う」陶芸の学校に通っていた。
備前に移り住んでからも
「最初は、全然良さがわからなかった。渋すぎるなぁ」と思っていた。
けれど、さまざまな備前焼に触れ、
自分の眼で確かめていくうちにその世界に引き込まれていくようになる。
「私がつくりたいのは、思わず触りたくなるようなモノなんです。
コップでも器でも、備前焼は使ってこそ真価を発揮するし、
使えば使うほどツヤも増すんです。使う人に育ててもらう。
備前焼のそういう部分が私には合っているんじゃないかなと」
取材時にいただいた、山村さんのカップで飲んだ抹茶は、実にまろやか。
人里離れた、穏やかなアトリエの環境と相まって、
ついつい長居をしてしまった。
「女性ならでは」というと語弊があるかもしれないが、
ものづくりへの視線には確かに「女性らしい」堅実さとこまやかさがある。
「もしかしたら、食器にしろ花器にしろ、
日常使いという視点が強いのかもしれませんね。
細工物に関しても、そうかも。
飾ってカワイイ動物をつくりたくなっちゃうから(笑)」
猫をモチーフとした器や、象の置物が整然と並ぶアトリエ。
「自分が欲しくなるようなもの」を経験的に知っている山村さんのつくる備前焼は、
使ってこそ、価値がわかるはず。

備前の歴史の中には、「細工物」と呼ばれるジャンルがある。象をそのままかたちにした、山村さんならではの細工物。

藤田 祥さん

自由に大胆に、備前の「本当」を追う。

藤田祥さんは、研究熱心だ。
土を探し、練り、成型し、焼く。
すべての過程を自分でこなさなければならない若手作家にとって、
プロセスを楽しむことができなければ、その作業は苦行でしかない。
もちろん修業時代は、「いかだで遭難したときのように」ただひたすら
手を動かして菊練りを繰り返し、「土を見るだけで気持ち悪くなるほど」だった。
だが、教えられるよりも「体で覚えながら、自分で考える」ことで、
備前焼の奥深さにのめり込んでいった。
「備前焼の歴史を調べていくと、
いかに昔の人が自由勝手につくっていたかが分かるんです(笑)。
“こうでなくちゃいけない”っていうルールは、
実は結構最近の人がつくり出したものにすぎない。
備前地方の土を使い、釉薬を使わずに、備前の窯で焼く。
備前焼のルールは、本当はそれだけだと思うんです」
その言葉通り、藤田さんの作品は、地層をそのまま再現したかのように、
ゆるやかにグラデーションしている壷や黒く美しく光る花器など、
一般的にイメージされる“茶色”の備前焼とは違う。
だが、そこには脈々と流れる備前の1200年の歴史を受け継いだものがある。
「研究することがたくさんあるんです。
黒備前は、土中の鉄分を5%まで上げて、
1200℃で焼く必要があるんですが、それも試行錯誤の結果分かってきたこと。
知れば知るほど、世界は広がっていく感覚が面白い」
一生かけて研究する題材が僕にとっては備前焼なんです、と藤田さんは言う。
若手作家には、その進化を見守る楽しみもある。

地層をそのまま再現したような壷(左)と、黒備前の花器(右)。日常使いにこそ「カッコいいものを」が、テーマのひとつである。

「できるだけ周りに他の作家がいない環境」を求めて、山奥にアトリエを構えている。すぐ脇には小川の流れる、閑静な環境。

木村英昭さん

窯元18代目が、世界へ発信する備前。

「歴史をつなぐためには、新しいことをしていかなければいけない」
と、備前市伊部に窯を構えて18代目となる、木村英昭さんは言う。
文献が残り、確実に遡ることができるのは桃山時代だそう。
窯が家庭の中心に据えられ、代々続いていく「備前焼」の歴史。
木村さんにとっては、家に窯があるのも、18代目になり、
備前の歴史をつないでいくことも「当たり前のこと」だと言う。
その「当たり前」を続けるために木村さんは、大学卒業後、バルセロナに留学。
「技術的には備前で修業するのが一番だとは思います。
でも、新しいデザインや色彩感覚を得るためには、
一度離れる必要があったんです。
スペインには土の文化もありますしね」
アパートからサグラダファミリアが見える生活を経て、
木村さんのオリジナルなものがつくりたい、という想いは強くなっていく。
そして、新しい世界観をつくっていかなければ、
備前の歴史をつなげていくことはできないと確信するに至る。
「桃山時代に日常雑器として使われていた備前が、
千利休の『茶の湯』の世界観で高まった。
もう一度、備前の価値を高めることが、
次の世代につなげていくために必要だと思うんです」
だからこそ木村さんは、片足を商品としての器づくりに、
もう片足を現代美術としてのオブジェ制作に置いている。
「ウエ坊」と名付けた小さな壷のような生物のような陶器を無数に並べ、
インスタレーションで備前焼の世界観を表現している。
木村さんが使う土は、祖父が掘り出したもの。
2代寝かすと「いい感じ」にこなれるらしい。
代々続く歴史に、18代目の痕跡を刻む木村さんの挑戦は続く。

先代、木村さん、お弟子さんの3人で使っているアトリエ。穏やかな光の中、黙々と轆轤を回し、お店で販売するための器も製作している。

細川敬弘さん

伝統ある備前焼を次世代へとつなげる若手作家の想い。

細川敬弘さんがなぜ人気があるのか、作品を見ればすぐにわかる。
「渋い」と形容されることの多い備前焼を、
やさしい色で焼き、使いやすいかたちにひしゃげる。
今までの備前とは違うことが、器からひしひしと伝わってくる。
備前焼作家であった祖父に弟子入りし、
「10年は一緒に仕事をして、教えてもらえる」と思っていたが、
祖父は1年ほどで体を壊して窯を去ってしまう。
細川さんは、他の作家の窯焚きを手伝いながらつくり方を覚えていく。
でも、どの作家も「同じことを言わない」。
となれば、自分なりに磨くしかない。
「同世代の友達に見せると、“なにこれ”ってズバズバ言われます(笑)。
備前焼を知らない友達のほうが直感的に言ってくれる。
そこから使いやすいものって意識が生まれていったのかも」
花器をつくるために、華道を習い、食器を焼くために、料理店に取材に行く。
徹底して、「用の美」にこだわることが、細川さんの個性であり、強みなのだ。
「まず眼に留めてもらわなきゃいけない。
だから色にはすごくこだわります。
手に取ってもらえたときのために、質感も大切にしなければいけない。
買ってもらうって、すごいことだから」
窯焚きを終え、冷まして取り出すまでの数日間。
自分の仕事が試される瞬間を前に、細川さんは情緒不安定になってしまう。
ようやく窯を開けてもすぐ、「次の窯焚きではこうしよう」と考えてしまうから、
作陶をやめることはできないと、細川さんは笑う。
エンドレスな試行錯誤。
その覚悟が、細川さんの備前焼にかける思いなのだ。

2つのカップを重ねて焼いた異色の作品。自由な発想も細川さんならでは。お店に訪れて気に入ったものをオーダーすることも可能。

関美工堂

新しい会津塗のブランド「BITOWA」を担う漆の老舗

400年以上の歴史を誇る会津塗。
その伝統を継承しながら、洗練されたデザインで新しい会津塗を打ち出し、
2006年に誕生したブランドが「BITOWA」だ。
職人が生み出す繊細な美しさをたたえながら、
現代のライフスタイルにもなじみやすい製品を発表し続け、国内外で高く評価されている。
漆器組合の青年部から誕生したBITOWAは、
現在は漆器を扱う4社によって組織されている。
各社の代表たちは、かつては東京で音楽業界や、宇宙開発事業、金融業など、
漆器産業とは関係ない世界で成功していたUターン組。
そんな彼らのアイデアや戦略、そして何より情熱がこのブランドを育ててきたのだろう。

BITOWAのメンバーである関美工堂の関昌邦さんは
「会津漆器はピーク時の4分の1になってしまっています。
現代では漆器の代わりになるものはいくらでもあるし、
漆器でないといけない必然性もなくなってきている。
でも先祖たちが残してきたものを守りながら、いまの生活で使ってもらうためには、
どういうアイデアで誰に向けた商品を作っていくのかという、
販売戦略に基づいたものづくりが必要になってきます」と話す。

関美工堂は、もともとは表彰記念品のノベルティなどを製造販売する会社だが、
デザインや素材にこだわったさまざまなアイテムを扱うセレクトショップ
「b Prese(ビープレゼ)」も経営する。
そこではBITOWAだけでなく、
会津の職人の手作業で作られたマグカップ「ノダテマグ」や、
陣羽織の柄をデザインモチーフにし、漆塗りに金やプラチナの蒔絵を施した
iPhoneカバー「cavre」など、関さんがプロデュースした商品も扱っている。

会津塗の職人は、木地をつくる木地師、漆を塗る塗り師、絵をつける蒔絵師というように
分業制になっており、それぞれの適性やコスト、スケジュールを見極めて、
職人たちに仕事を振っていくのも関さんの大事な仕事。
現場をよく理解し、多くの職人たちとつながりを持っているからこそできることだ。
実際の作業現場を見学させてもらうため、
塗り師の大森弘さんの工房に案内してもらった。
ここでは関美工堂で扱っている記念品などの箱やiPhoneカバーなど、
おもに板物を塗る。
塗るときに埃が舞うと、塗ったばかりの漆についた埃をとらなくてはならないので、
塗り師は息をひそめて手際よく塗り、部屋は静寂に包まれる。
下塗りをして乾かし、また上塗りをするという作業を繰り返していく。
現代的な発想やデザインから生まれた製品でも、それをしっかり支えているのは伝統の技。
関さんは「伝統を踏まえたうえで、新しい商品づくりをしていきたい。
続けてきたことで結果は出てきています」と目を輝かせていた。

秀吉の陣羽織がデザインされたiPhoneカバー。金とプラチナの蒔絵で加飾。

大森さんの息子の康弘さんも塗り師。刷毛には女性の髪の毛が使われている。

漆は65~85%の湿度の乾燥室で乾かしたあと磨かれる。朱は信長バージョン。

Profile

MASAKUNI SEKI
関 昌邦

せき・まさくに●1967年、福島県会津若松市生まれ。宇宙開発事業団を経て2003年に株式会社関美工堂に入社、2007年より代表取締役社長。会津塗ブランド「BITOWA」の立ち上げに携わり、現在もさまざまな商品のプロデュースを手がける。