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連載

映像で人を動かす。
秋田県の映像プロジェクト
『True North, Akita.』後編

Local Action
vol.073

posted:2016.3.31  from:秋田県  genre:活性化と創生

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〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

editor profile

Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。

credit

撮影:蜂屋雄士
Supported by 秋田県

前編はこちら

小さな集落の手づくりのお祭り

〈augment5 Inc.〉が手がける秋田県の映像プロジェクト『True North, Akita.』。
Vol.1に続き、Vol.2が公開された。

True North, Akita. Vol.2

Vol.1は、ディレクターの印藤麻記さんの出身地でもある五城目町で撮影されたが、
Vol.2は仙北市の上桧木内(かみひのきない)という地域で撮影された。
田沢湖にほど近い内陸に位置し、秋田内陸縦貫鉄道が走る、秋田でも特に雪深い地域だ。

映像でも印象深いのが、旧正月の時期に気球のように大きな紙風船を上げるお祭り。
〈上桧木内の紙風船上げ〉と呼ばれる伝統行事で、100年以上の歴史がある。
江戸時代に平賀源内がこの地を訪れたときに、余った障子紙で風船をつくり、
熱気球と同じ原理で飛ばして遊ぶことを地元の人に教えたという由来があるそうだ。
いまでは、12メートル近い巨大な紙風船にさまざまな武者絵や美人画を描いたり、
商売繁盛などの願いを込めて紙風船を上げる、地域を代表するお祭りになっている。

秋田県には、男鹿のなまはげや横手のかまくらのほかにも、
冬には変わったお祭りが多い。
そのなかで県外にはあまり知られていないこの紙風船上げを撮影したのは、
小さな集落が寄り添い、地域一体となって生み出す手づくり感に惹かれたからだと、
プロデューサーの井野英隆さんは話す。

「このお祭りは地域の住民が総出でつくり上げているんです。
上桧木内には8つの集落があるんですが、それぞれ競い合うように絵を描いたり、
準備のために何度も寄り合いを持って、議論を積み重ねて進めていく。
当日の運営事務局も、消防や警備や屋台の出店も、
地元の子どもから学校の先生、おじいちゃんおばあちゃんまでみんなでやっている。
お祭りの直前になれば、過疎化や人口問題を忘れてしまうくらい、
おじいちゃんたちが集まって、夜中まで本当に楽しそうにワイワイやっている。
純粋に集落の遊びから始まったような、本当に手づくりのお祭りなんです」

また、桧木内の小学校のようすも映し出される。
秋田県は教育先進県としても知られているが、
成績優秀な先進校を撮影するよりも、全校生徒が60人にも満たない
小さな学校の日常を切り取ることを、井野さんたちは選んだ。
子どもたちがのびのびと絵を描いている姿も映し出されるが、
この小学校の校長先生は美術教師で、自分でも絵画をたしなむ
とてもクリエイティビティにあふれた方なのだそう。

来年はこのお祭りに、海外のアーティストを連れて
また参加したいと井野さんは考えている。
海外から来たアーティストが地元の子どもたちと一緒に紙風船に絵を描いて飛ばしたら。
そんな体験は両者にとって忘れられないものになるに違いない。

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地元ニュースでも大フィーチャー

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本質を撮ることから生まれる普遍性

Vol.1の反響は大きかった。
これまでaugment5 Inc.が手がけてきた各地域の映像も、
インターネットで世界に広まり、高く評価されてきた。
でも井野さんは、これまでとはまた違った手応えを感じたようだ。

「いままでは主にネットを使う世代に向けて音楽もテーマも選んでやってきて、
それなりの結果を出してきたという自信もありました。
でも今回の取り組みでは、より地域の人に愛される映像にするために
音楽を歌ものにしたり、尺を延ばしてカット割りも減らしたり、
いままでとは違う試みをしています。
その結果、視聴者の年齢層が広がったり、映像の視聴時間も延びたり、
さらに地元のテレビや新聞などを通じてもっとリアルな広まり方をしていたり、
これまでと比べると想定外の広がりも起きています」

映像は公開して間もなく地元メディアでも大きく取り上げられた。
地元テレビ局の夕方のニュースでは約15分にわたり、映像本編のほか
井野さんや印藤さんたち制作者も紹介された。
それを見た地元の同級生やご近所の方から印藤さんに連絡が入ったり、
ふだんインターネットには縁遠い人たちも、
この映像のことを話題にしたりしているという。

地元の小さな定食屋さんでのエピソードが象徴的だ。
料理はとてもおいしいけれど、ちょっと気難しそうな70代半ばのご主人。
撮影で連日足を運ぶようになったのだが、黙々と腕をふるう動作に隙はなく、
カウンターだけの店内にもかかわらず、一向に打ち解けるきっかけがつかめない。
しかしあるとき思い切って会計の合間に恐る恐る映像を見せたところ、
めったに口をきくことのないそのご主人が、映像を見ながら笑顔を浮かべ
「こりゃいい!」と何度も口にし、見終わると堰を切ったように
「俺が小さい頃はな……」と思い出を話し始めたそうだ。
それがとてもうれしかったと井野さん。
この作品には、懐かしい記憶を呼び覚ますような、
心の琴線に触れるものがあるからだろう。

印藤さんは「いまはカメラの性能もよくなって、誰でも映像が撮れる時代。
でも本質的なものを撮れなかったら心に響かないし、
本質を撮らないと意味がないと思っています。
いまあるものを映像に残して、ここに映っている子どもたちにとって、
10年後、20年後に宝物になるような、そういう映像になったら
撮った意味があるなと思います」と話す。

この映像で心を動かされたのは地元の人や日本人ばかりではない。
井野さんたちと一緒に秋田を訪れたカナダ人やフランス人の友人も、
映像を見て自分の子ども時代を思い出したというのだ。
つまり、それだけ普遍的なものが映っているということ。
そしてそれこそが、井野さんたちの最大の狙いだ。

「こういう映像は、思いと技術があれば、
秋田じゃなくてもどこでも撮れると思っています。
そして見た人は秋田に限らず、それぞれ自分の地元や家族のことを
思い出してくれるかもしれない。スマートフォンを見ていて
地元や家族のことを思い出すことってあまりないと思いますが、
この映像はそういうきっかけになるかもしれない。
これを見て地元に帰ろうとか、知り合いはいなくても
この場所に行ってみたいと思ってもらえたら」

いま自治体がつくるPR映像はあふれているが、
本当にその地域の魅力を伝えるものになっているかというと、疑問が残るものも多い。
『True North, Akita.』を見た人がそれぞれの地元に思いを馳せることができれば、
それだけでこの映像の真意は伝わっているということ。
そこに映っているのは、もともと日本の各地で見られた風景であり、
誰の心の奥にもあるような、ふるさとの原風景なのだ。

さらに井野さんはこう続ける。
「秋田県に行くと、何もないところによく来てくれた、と言われるんですが、
目の前に出される食べ物から風景から、何もないどころか、
東京では絶対に触れられないようなすごいものがどんどん出てくる。
きっとお金には換算できない価値や豊かさがあるんです。
これが社会にとって本当に残すべきもの、伝えるべきことなのかもしれません。
地元の人たちが、定食屋のご主人と同じように、
映像を見て“これいいよね”と言ってくれる。
“何もない”と言っていたはずのに、自分たちの暮らしている場所が
あらためていいところなんだと実感しているんですよね。
それはもしかしたら、地域に生きるそれぞれの人の自信になっているかもしれないし、
そうであれば、制作した意味があると思っています」

右からプロデューサーの井野英隆さん、ディレクターの印藤麻記さん、カメラマンの印藤正人さん、アシスタントの谷脇隆太さん。

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井野さんが次に提案することとは

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人を受け入れる場所をつくる

Vol.1は120か国以上もの人たちに見られているが、
Vol.2はもっとアジア圏でビューが伸びることを、井野さんは期待している。
「これまで東北にスキーや温泉を目当てに来ていた人たちは、
こういう映像を見たら、こういう場所に行きたくなるんじゃないかと思います。
商業的な行事ではなく、もっとディープな文化に触れるお祭りに行ってみたいとか、
ホテルのバイキングじゃなくて、地元の人が毎日の食卓で食べるような
地のものを食べたいとか。そんな風に思ってもらえたら、
少しずつ話す相手や、お金の行き先も変わるんじゃないかと思います」

今回のプロジェクトにとどまらず、井野さん自身は各地域で
別の仕事も展開していく予定だ。
映像を見て秋田に来たいと思ってくれた人を迎え入れるためにも、
五城目町の〈シェアビレッジ〉の仲間たちとともに、
人が滞在できるような場所をつくろうとしているのだ。
シェアビレッジでは茅葺きの古民家をリノベーションして拠点をつくっているが、
ほかにも過疎化が進み、集落ごと人がいなくなってしまっているような
場所もあるという。そんな地域も最低限のインフラを整備して、
高速インターネットを引き込んだり、東京から雑多な情報を受け取るだけではなく、
地方から新しい情報と人の流れをつくって、
その時代にあったかたちで地域を引き継いでいく。
国内の学生やクリエイター、海外の起業家、アーティストまで、
さまざまな人たちが集まって農作業をしたり、自然のなかで体を動かしながら
都会の仕事もこなせる、そんな滞在ができるような場所をつくろうというのだ。

「ちょっと秋田で仕事してきます、みたいな場所になったらいいなと。
冬は酒蔵で働いて、夏はめっちゃプログラミングします
というエンジニアがいてもいいし、真夏だけでも都会を離れて、
快適な秋田の高原や湖畔に来て仕事をしてもいい。
秋田には国際教養大学や公立の美術大学や高等学校もあって、
地域の魅力を生かして起業したり、創作活動をしやすい素地もできています。
ただ卒業しても、若者が集まるような魅力的な受け入れ先があまりないので、
その事例になるような場をつくろうかということも考えています。
とにかく日本で一番おいしいお酒と食べ物と温泉があれば、
世界中から人を呼べると思いますよ」

映像で人の心を動かし、同時に実際に人やお金も動かしていく。
井野さんたちの今後の取り組みからも、目が離せない。

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