連載
posted:2015.2.26 from:新潟県十日町市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
カフェ&ギャラリー「GARAGE Lounge&Exhibit」を東京に構え、
新潟県十日町市では「山ノ家カフェ&ドミトリー」を運営するgift_(ギフト)の後藤寿和と池田史子。
都市と山間部、ふたつの場所を行き来しながらさまざまなプロジェクトを紡いでいきます。
多拠点に暮らし、働くという新しいライフスタイルのかたち。
writer's profile
gift_
ギフト
2005年、後藤寿和・池田史子により設立されたクリエイティブユニット。空間や家具のデザインや広い意味での「場づくり、状況づくり」の企画を行う傍ら、東京・恵比寿にてギャラリー・ショップ「gift_lab」を運営。2012年、縁あって新潟・十日町市松代に「山ノ家カフェ&ドミトリー」をオープン。現在東京と松代でのダブルローカルライフを実践中。2014年秋に東京の拠点を清澄白河に移転。東京都現代美術館にほど近い築80年の古ビル1階に「GARAGE Lounge&Exhibit 」をオープン。東京でも “ある「場」”としてのカフェが始動した。
昨秋、東京拠点の事務所・gift_labを恵比寿から清澄白河に移していたわれら。
デザイン事務所としてはこの新たな地で既に稼働していたのですが、
2015年2月7日、新拠点 gift_lab GARAGEに併設した、
LOUNGE & EXHIBIT(カフェ&ギャラリーショップ)が
ようやくグランドオープンにこぎつけました!
山ノ家の人気メニュー、妻有豚のキーマカレーと旬菜のキッシュをメインに
「ほぼ山ノ家」のメニューを元気に提供しています。
地酒や手作りのどぶろく、雪下にんじんのジュースなど、
越後妻有で私たちが出会ったおいしいものを味わっていただけます。
山ノ家でそこはかとなく「東京」を楽しんでいただけるとしたら、
ここでは、そこはかとなく越後の「里山」を楽しんでいただけるのではないかと。
まったく何の地縁もなくスタートした山ノ家同様、このGARAGEも
「清洲寮」(GARAGEが1階に入居した、同潤会アパートメントと同年に
建てられたレトロな集合住宅)とばったり出会ったがゆえに、
何の地縁もなく、ここ清澄白河に「入植」したわれら。
本当にありがたいことに、山ノ家がある十日町市松代地区同様、
ここでも地域のみなさんの温かいサポートやネットワークに支えられて
一歩、一歩、ですが、おおむね順調に走り出しました。
グランドオープニングに駆けつけてくださった、
東京の旧拠点恵比寿で出会った方々、
私たちのこうした現在のライフスタイルを方向づけたとも言える
CET(セントラルイースト東京)プロジェクトで出会った面々、
そして、山ノ家の立ち上げを通じて出会えたみんな、
新拠点清澄白河で出会えた地域の方々、
そうしたさまざまな局面と場所で出会えたすべてが
一同に集う状況を目の当たりにすると、山ノ家とgift_lab GARAGE、
里山と東京を行き交う拠点として、双方交流の場を持つ、
呼応する「場」がつくれたことをとてもうれしく思いつつ、
ふたつの「場」がそれぞれに生まれていったことは、
必然であったのだろうかとも感じる今日このごろです。
さて、ここで、2012年初冬の「山ノ家」に時計を戻します。
11月下旬、山ノ家初の地域連携イベント「米をめぐるワークショップ」が
さまざまな幸運に助けられて、何とか活況に遂行できた。
何かがひとつ動き始めると、シンクロニシティが起きるものらしく
秋の間、晴れわたった透きとおるような里山の青空とは裏腹に、
しんみりとどんよりと静まり返っていた山ノ家がにわかに活気づいていく。
実は、「米をめぐるワークショップ」の直前の準備をバタバタと
慣れない手つきで進めていたさなか、地元老舗の蕎麦製造業を営む
「日の出そば」の瀬沼さんがひょっこりと山ノ家を訪れ、
ある相談を持ちかけて来たのでありました。
「このあたりの食材を使って“新しい地元名物の創作料理をつくろう!”
というプロジェクトがあるのだが、おまえたちもいっしょにやらないかい?」
(と、このあたりの方言で話しかけられたのであるが、うまく再現できないため、
まったく臨場感はないのだが「通訳」しています。すみません)
え、私たちのような新参者が参加してよいのでしょうか……?
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「いやいや、だからこそ入ってほしいのだよ。(通訳)
新しい視点も持ち込んでもらえると思うし(通訳)」
ありがとうございます!(感動)
「こういうことに関わることで、
このへんのことやこのへんの人たちと繋がりもつくれるし、
地域の特産品のことも勉強できるんじゃないのかな?(通訳)」
なんと温かいご配慮……(感涙)
もちろんふたつ返事で引き受けたわれらでした。
そして、この「松代新名物創作料理開発会議(仮称)」初の会合は、
「米をめぐるワークショップ」が開催された週末のおよそ2週間後、
12月の初旬に、ここ山ノ家での開催となったのである。
そもそも、このへんの特産品って何だ?というところから会議は始まった。
「冬って言うと大根とか白菜だけどそんなのどこにでもあるよね」
「山菜とかきのこは?」
「それだって一年中あるわけじゃないだろう」
「イノシシ猟とかあるのでは?」
「やっぱりいつでも手に入るもんじゃないよ」
季節を問わず恒常的に入手できて、やはりこの土地の「名産」と言える、
そして保存がきく、ということで素材として選出されたのが「干蕎麦」。
何を隠そう、この十日町には、
日本三大薬湯、日本三大渓谷、雪祭り発祥の地などなど、実は名物は多い。
それぞれ、もう少し全国区に知名度が上がってもよい高クオリティなのにと、
ヨソモノは今もフツフツともったいなく感じている。
この干蕎麦には確かに特徴がある。
同様に、十日町は日本三大着物生産地のひとつであったお土地柄。
織物の糊付けに使用していた「ふのり(布海苔=海藻)」を
つなぎに使った蕎麦が織物のまちならではの特産品となっているのである。
「フィーチャーする素材、は見えたけどさ、
肝心のフィーチャーすべき地元料理って何だろうな?(通訳)」
ここでも喧々諤々あれど、最終的に「フィーチャー」されたのは、
“いちょっぱ汁”。
“いちょっぱ汁”とは何ぞや?
「いちょっぱ」は地元の方言で銀杏の葉という意味。
つまりイチョウの葉型に刻んだ根菜がたっぷり入った
汁もののこと。いわゆる「のっぺい汁」の一種。
すべての郷土料理に言えることだが、ひとくちに、いちょっぱ汁と言っても、
入れる具材も味付けも、各家庭ごとにバリエーションがある。
各家庭の味すべてが「本家」なのだ。
どのようなスタイルを「オーソドックス」として認定するかという、
無限に果てしなくなりそうな調理法の論議はあっさりとパス。
これはほぼ男性という会議メンバー構成によるものかもしれない。
(女性参加者はヨソモノ山ノ家チームのみ)
次回は、それぞれのスタイルの“いちょっぱ汁”と、
松代蕎麦を素材とした創作料理を持ち寄ることを決議として初回の会議は締まった。
申し遅れたが、この「松代新名物創作料理開発会議(仮称)」に
集結したのは、主宰の地元観光協会の担当の方と、
ここ十日町松代地区の全飲食店営業者のみなさんだったのである。
つまり、話は早く、みなさん会議として不毛な言葉を重ねているより、
まずは試食。ということで、料理そのものを「宿題」として
持ち寄ることになったのは当然の帰結であった。
やや薄暗い心持ちに陥りかけた長い秋を抜けて、
12月に入ってようやく息を吹き返しつつあった山ノ家。
舞い降り始めた雪とともに、山ノ家立ち上げで共に汗を流した
オリジナルメンバー メグミさんも3ヶ月のヨーロッパ留学から帰って来た。
この冬は、山ノ家の創世期を司った、イケダとミナコさん、
メグミさんという女子3人衆が再び集合となった。
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山ノ家では、イケダとミナコさん、メグミさんの3人を中心としながら、
山ノ家キッチンには私たちの大切な友人たちであり、
そしてそれぞれに才能あふれる料理人でもある「ゲストシェフ」が
不定期に参戦してくれている。
山ノ家キッチンの立ち上げや山ノ実プロジェクトなど、
重要局面で必ずお世話になっている東京の「Café TORi」の鷲巣さんや
美術修復士が本業ながらも料理センス抜群のマユコさん、
そして、10年以上前に初めて知り合ったときは
アーティスト・コーディネーターだった料理家のyoyo.さんもそのひとり。
そのyoyo.さんから、突然の連絡が舞い込んだ。
当時yoyo.さんは大分は別府のアーティストインレジデンスで
過ごしていたらしく、そこで一緒にに行動していたのが旧知の
アルゼンチンアーティストの“ MEJUNJE(メフンヘ)”。
Julián Gatto とMercedes Villalbaのふたりによるアート&リサーチ・ユニットだ。
「ぜひ雪を見せてあげたいので、年明けにでも、
山ノ家に連れて行っていいかな?」とyoyo.さんが連絡してきたのが、
そろそろいったん山ノ家を閉じて、
年末年始に東京に戻ろうとしていたクリスマス直前の頃。
もちろん喜んで!と快諾。
というわけで、明けた2013年1月5日から、yoyo.さんとメフンヘのふたりは
雪に埋もれた山ノ家で私たちと共にお正月を過ごすことになった。
初雪こそ遅めだったものの、この冬は地元の方に言わせても
雪が多かった年。山ノ家をいったん後にした年末にも、
既にそこそこ積もっていたのだが、年明けに帰ってみると……
人生初に対面する雪景色が3mを超す「豪雪」でメフンヘたちは、
ついこの間の年末まで滞在していた温暖な別府からのあまりの落差に、
まさに目が点。
それでも、yoyo.さんと一緒に雪をかきわけて
地元の農家にお話を聞きに行ったり、冬季に野菜などを雪の下に保存する
雪国の智恵「雪室」を見に行ったりと
日々コツコツと、精力的にフィールドワークを続けていた。
そして、その「雪室」の仕組みというか発想そのものに、
3人はいたく魅入られていた。
雪の中に食材などを保存すると、冷凍でも冷蔵でもない
いわゆる自然の力による「チルド」な状態が保たれる。
埋めておいた野菜などが冬中ほとんど劣化しないのである。
むしろ付加価値的変化を遂げたりさえする。
最も有名なのがこのあたりの名産の「雪下にんじん」だろうか。
雪の中で越冬したにんじんは見事に甘みが増して滋味深くなる。
12月中は降ったり溶けたりしている雪も、
1月から2月はひたすら積もっていくだけ。
例年、それは3メートルから4メートルにもなる高い雪の壁となる。
昨今のように道路の除雪システムが整備されるまでは、冬季のこのあたりは、
まさに孤立した陸の孤島のような状況になっていたようだ。
それゆえ、平家の落人や隠れキリシタンの伝説が数多く残っている。
当時はまさに追われて最後にたどりつた最果ての安寧の地だったに違いない。
毎年4月まで融けずに残る、この厳しい「雪の壁」を
豪雪地域の人々は見事に使いこなしてきたのである。
「雪の中に」「何かを埋めて」「時間を止める」こと。
その行為、状況、状態そのものが、
ある種の「タイムマシーン」のようであると、彼らは熱く語ってくれた。
そして、およそ10日間の滞在も終盤にさしかかる頃、
yoyo.さんとメフンヘから相談を持ちかけられた。
自分たちも「タイムマシーン」に何かを埋めて帰りたい
そして、春になったらそれを掘り出しにまた帰ってきたい、と。
そこで私たちは彼らとともに、うずたかく積もった雪の中に「あるもの」を埋め、
春を待つことになった。
そして、その「あるもの」を掘り出すために、
さらに次なる展開が私たちを待ち受けていたのであった。
Vol.5につづく
information
山ノ家
住所:新潟県十日町市松代3467-5
TEL:025-595-6770
http://yama-no-ie.jp
https://www.facebook.com/pages/Yamanoie-CafeDormitory/386488544752048
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