ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー 制作編

スイスのアーティストが水戸で感じたことを表現する。

水戸芸術館現代美術ギャラリーでは、2月11日から
ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガーの過去最大規模の展覧会が開催される。
ゲルダとヨルクはスイスの男女二人組アーティストで、
制作した地にまつわる伝承や風俗をとり入れた壮大なインスタレーションは、
観る者を圧倒し、国際的にも高い評価を得ている。
日本でも、2005年に開催された金沢21世紀美術館の開館記念展で
『ブレイン・フォレスト』というインスタレーションを発表して話題を呼んだ。
今回、彼らは水戸に1か月以上滞在して、水戸の地を探索し地域の人たちと交流しながら、
それらを作品に反映させるという。
彼らのフィールドワークと制作現場を取材すべく、水戸へ向かった。
取材することができたのは、来日して3日目だったが、
時差ボケも感じさせず、バイタリティあふれるふたり。
この日は、茨城県内のいくつかの水源から、
作品に使用する水を採取するために出かけるということだった。
水を使用するのは『Drop Painting』という作品で、
特殊加工されたキャンバスの上に水を滴らせ、
化学反応によって、幽霊のような不思議な絵が描かれるというもの。
当然、水の成分が異なれば異なる化学反応を起こすので、1点1点が違うものになるのだ。
さっそく担当学芸員の門脇さや子さんたちと一緒に出発。
まずは、茨城県の名所であり、日本三名瀑のひとつに数えられる「袋田の滝」へ。
駐車場から滝が一望できる展望所までの道には、土産店や飲食店などが並ぶが、
そこで気になったものがあると指さし「これは何?」と、門脇さんに聞くゲルダ。
彼女はとても好奇心旺盛のようだ。
展望所に着いた私たちは、思わず声をあげてしまった。
高さ120メートルほどもある滝が半分以上凍っている光景は、まさに絶景。
この神秘的な美しさも、彼らにインスピレーションを与えるのかもしれない。
滝には近づけないので、下流のほうでなんとか水を採取。
澄みきった、しかし手を入れると刺すように冷たい水だった。

袋田の滝の下流で澄んだ水を採取。このほか涸沼の汽水などの水を使う予定。

ふたりは土産店でひょうたんを購入。どんなかたちで展示されるか楽しみ。

そして水戸での制作と生活はつづく。

次なる目的地は、その近くの温泉。
温泉は好き? とヨルクに聞くと、笑顔で「I love it!」。
温泉水を採取するだけでなく、しばし温泉に浸かることに。
彼らのフレンドリーな人柄のせいもあり、
思わず取材であることを忘れてしまうかのような楽しいひとときだった。
結局、風景を眺め、出会った人々と話をしたりして、この日のフィールドワークは終了。
次の機会にもう2か所から水を採取することになり、
あとは水戸に戻って作業をすることに。
水戸芸術館の一室では、少しずつ制作の準備が始まっていた。
この前日には、ホームセンターで作品制作に必要なさまざまなものを購入していて、
作業台を見ると、神棚に供えるような神器、ゴム風船、虫眼鏡などが置かれている。
これらがどのように展示に使われるのか、興味津々。
彼らは、大きなポリバケツのような容器に水を入れ、
肥料用として売られている大量の尿素を溶かし始めた。
これでクリスタルを作るという。
このクリスタルの作品は、鑑賞者が溶液をかけることで、
展覧会の会期中に成長を続けるというもの。
見るたびに、かたちが変わっていく作品なのだ。
ほかにも、2週間ほどで消えてしまう涙の結晶の作品を試作していた。
彼らのユニークなアイデアが、ここで作品となって生まれてくることを考えると、
わくわくしてしまう。
最後に、彼らが滞在している家まで案内してもらった。
通常は、アーティストが滞在するためのレジデンスが用意されるのだが、
今回ゲルダとヨルクは、水戸芸術館現代美術センターのボランティアである
石崎敏子さんの家に滞在している。
現代美術センターのボランティアは
展覧会のウィークエンド・ギャラリートークでトークを担当するが、
彼女のトークを楽しみにしているファンが県外にもいるというほど、石崎さんは人気者。
彼女はほとんど英語を話さないものの、持ち前の明るさと温かい人柄で、
ゲルダとヨルクとのコミュニケーションは問題なし。
日本食が大好きだというふたりのために、ときおり手料理をつくり、
この日も、ご挨拶に寄ったつもりの門脇さんや私たち取材陣にも、
茨城名物の「けんちん」を振る舞ってくれた。
「滞在中に太りそうだわ」と笑うゲルダ。
「すぐにゲルダさんとヨルクさんの大ファンになってしまったの」
とうれしそうに話す石崎さんは、まるで彼らの日本でのお母さんのよう。
笑顔の絶えないホームステイになりそうだ。
みなさんと展覧会オープニングでの再会を約束し、水戸をあとにした私は、
展覧会が面白いものになることを確信した。
このあとも続く水戸での日々が、作家たちにとって忘れがたい体験となり、
作品に影響を与えるに違いない。
すばらしい1日を振り返りながら、
温泉の露天風呂でゲルダが発していたひとことを思い出した。
「What a beautiful day!」
(オープニング編につづく)

作業台には鳥の模型や正月のお飾りなど、さまざまな物が並ぶ。

インスタレーションのために小さな鉢や苔など、植物も準備されていた。

尿素を溶かしてクリスタルを生成。塩のクリスタルの作品も展示される予定。

会津・漆の芸術祭(後編)

作品にこめられた会津から東北へのエール

会津若松でメインの会場となったのは、嘉永三(1850)年創業の末廣酒造嘉永蔵。
歴史を感じさせる建物には、ふだんから酒造見学のお客さんも多く訪れる。
建物の中には大広間やコンサートホールまであり、
それぞれ空間をうまく使った、個性ある展示となった。
この会場に展示された三瀬夏之介さんや石川美奈子さんの作品も、
会津の伝統工芸士とのコラボレーション。
ここでも現代美術と伝統工芸の幸せな出会いを見ることができた。

また、b Preseというショップに隣接するギャラリー蔵舗に展示された、
はとさんの作品「起き上がる!東北こぼしさん」が、
今回の芸術祭を象徴しているようでとても印象深かった。
会津の伝統玩具、起き上がり小法師を使った展示で、並べられているのは、
全国各地で開催されたワークショップで参加者が漆を塗って作ったもの。
この起き上がり小法師ひとつひとつには“住民台帳”があり、
作った人それぞれが記入した起き上がり小法師の“職業”などに基づいて、
はとさんが村を作り上げたのだ。
会期中も各地でのワークショップは続き、そのたびにはとさんは
村民を少しずつ足していって村を広げ、壮大な桃源郷を作り出した。
起き上がり小法師は、倒れても倒れても起き上がる、
会津の人たちのたくましさが表れた民芸品でもある。
これらひとつひとつには、作った人たちの夢と、東北への想いがこめられているのだ。

漆の芸術祭の企画運営を手がけた福島県立博物館の小林めぐみさんは、こう話す。
「漆には長い歴史がありますが、過去のものではなくて、
いまも生きているものと考えたときに、私たち博物館の学芸員がやってきた
研究などの蓄積が、いまのアーティストや漆に携わる人たちの
バックボーンになりうるのではないかと思いました。
それを踏まえて表現の中に漆を取り入れてもらえたら
もっと会津のことや漆のことを知ってもらえるでしょう。
それが、博物館が主催する芸術祭のスタートです。
また、その場に行かないとわからないことを体感してもらえるだろうと選んだ答えが、
展示室ではなく歴史ある建造物などを展示会場とする芸術祭のスタイルです。
震災直後は、文化事業をやること自体に葛藤はありましたが、
会津は福島県のほかの地域に比べるとまだ被害が少ないですから、
だったら少しでも力のあるところが
福島を支えるために何かするべきだろうと思ったのです。
そして、いろいろな方からいただいた
“福島のために何かできないだろうか”というお話の受け皿となることが、
会津・漆の芸術祭にできることではないだろうかと」

主催者側からの一方的なアプローチでは成立しない、
まちの人たちと両思いの関係ができてこそ成立する芸術祭。
会津若松も喜多方も、みなさんが力を貸してくれたのは、
本当に幸せなことだと小林さんは言う。
古来から接着剤として重宝されてきた漆が、
いまも人と人とをつなげる役割を果たしているのかもしれない。
今年もまた、漆の芸術祭は開催される予定だ。

三瀬夏之介さんの「島台月見桃源郷」は蓬萊山と漆で祝祭的空間を生み出す。

石川美奈子さんは大広間に枯山水のような繊細な「漆庭」を作り上げた。

漆職人の村上修一さんは「わつなぎうつわ」と題し初インスタレーション。

MOËT No.4

福岡県福岡市『MOËT』
発行/STRINGS、森 直樹

デザイン事務所STRINGSと、編集長の森 直樹さんが発行する、あらゆる「萌え」をテーマにした、
自費出版フリーペーパー『MOËT』(モエ)。
東京・渋谷のフリーペーパー専門店、
「ONLY FREE PAPER」でも大人気です。

MOËT
http://www.e-moet.jp/
STRINGS
http://www.stringsdesign.net/

発行日/2011.9

Gallery ef

コミュニケーションの場となる貴重な建築

東京は浅草にあるGallery ef。
正面から一見するとふつうのカフェなのだが、その奥に併設されているギャラリーは、
江戸末期に建てられた土蔵を再生させた建物。
かつては特殊金属を扱う会社の倉庫だったが、
現在のオーナーのIzumiさんの祖父が亡くなるまで、
数十年間、人が入ることもなく、ひっそりと佇んでいたそうだ。
調べてみると、梁の墨書きから、慶応4(1868)年に建てられたことがわかった。
相続税や会社の整理のため、蔵は壊して土地を売るしかないと考えていたところ、
たまたま出会った漆造形作家の鍋島次雄さんの呼びかけで多くの人たちが集まり、
蔵を再生させることになった。
それが1996年のこと。
それから約1年がかりで現在の姿に生まれ変わった。

「どうにも手が付けられないようなボロボロの状態から、
鍋島さんはこの完成の状態を思い描けていて、
仲間たちを呼んで作業するからぜひやらせてほしいと言われたんです。
そこからはいろいろなアーティストや職人たちが集まってきて。
漆の作家たちは左官屋さんの技を目の前で見られる機会を喜んだし、
左官屋さんは作家たちが漆を塗る作業に興味津々でした」

関東大震災と東京大空襲に耐えて残っている建物は、東京ではとても貴重。
空襲のあとも、もしすぐに蔵の扉を開けてしまっていたら、
バックドラフト現象を起こして爆発していたはずだが、
当時それを知っていたIzumiさんの曾祖母は2ヶ月ほど待ってから開けたそうだ。

「空襲だけじゃなく、戦後の再開発でなくなってしまった建物も多いけど、
それも生き延びた。建物自体に生きる意志があって、
所有者とは名ばかりでこちらが所有されている感じがします」

この建物は登録有形文化財にはなっているが、
重要文化財と比べると国や自治体の援助はないに等しく、
修復にかかる費用も自己負担になってしまう。
古い建物を残していく大変さを痛感しているが、ギャラリーでイベントを開催したり、
震災直後には近所の人が話をするためにカフェに集まってくるなど、
Izumiさんはこの建物が「場」として育ってきたことも実感している。

「屋久島で生まれ育った、木と話ができるという人がここに来たときに、
ここの木はすごく喜んでるよ、と言ってくれたんです。
まるで建物に人格があるみたい。
古くて歴史的に重要な建物はたくさんあるけど、
人とコミュニケーションできる建物ってなかなかないですよね。
だから自分たちだけのものとは思っていなくて、
いかにみんなと使っていくかを考えています。
ただ使うだけだと使い捨てになってしまうし、
建物を残すだけじゃなくて、どういう“場”ができていくかが重要。
ここでそんな“場”が育ってきたのは、建物の魅力が大きいと思います」

毎年12月は音楽会月間として「月夜の森」と題し、
さまざまなアーティストによる生演奏ライブを開催する。
タイトルは、静かな森の湖に月が映っているというイメージで
床を美しい漆黒に仕上げた、鍋島さんの最初のデザインコンセプトからとった。
この冬も「月夜の森」にはたくさんの人が集ったようだ。

梁に「慶應四戊辰年」の墨書きの文字が見える。看板猫の銀次親分は人気者。

床の下は能舞台のように空洞になっているので、音の響きは格別なものがある。

Information


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Gallery ef ギャラリー・エフ

住所:東京都台東区雷門2-19-18

TEL:03-3841-0442

営業時間:
ギャラリー 12:00 ~ 19:00(展覧会開催中は ~20:00)
カフェ 11:00 ~ 19:00
バー 18:00 ~ 24:00(祝祭日は ~22:00、金曜・祝前日は ~26:00)

定休日:火曜休

会津・漆の芸術祭(前編)

伝統の素材をいかした会津ならではの芸術祭

2011年10月1日から11月23日まで、
会津若松市と喜多方市で開催された「会津・漆の芸術祭」。
前年に引き続き2度目の開催となったが、準備の段階で震災が起こり、
一時は開催が危ぶまれた。
しかし、こんなときだからこそアートの力による再生を信じ、
「東北へのエール」というサブタイトルを掲げての開催となった。
編集部は、会期終了間際の会津若松を訪ねた。

参加アーティストは、地元の工芸作家から、
通常は漆を使うことのないアーティストまで実に多彩。
また、会津短期大学や東北芸術工科大学、東京藝術大学など
大学の研究室やワークショップなど、プロジェクトとしての参加作品も多い。
漆を扱うプロから、漆になじみのない人まで、
漆という会津に古くから根づく素材を使って作品を制作しているのが、この芸術祭の特徴だ。
会場は、会津若松と喜多方合わせて全38カ所。
回るのも大変だが、歴史ある酒造や、
古い建物をリノベーションした店舗などが会場になっており、
まち並みを散策する気分で作品を鑑賞できるようになっている。
そして、これだけの会場があるということは、
地元住民の方々の理解と協力なしには成り立たないということだ。
美術家、小沢剛さんの作品の展示会場となった井上一夫商店も、
古美術を扱う小さな商店で、1階は通常通りの営業、2階が展示会場になった。
店主の井上さんも鑑賞者を温かく迎え入れ、
小沢さんの作品のすばらしさを多くの人に知ってほしいという想いが伝わってきた。

小沢さんの作品「できるかな2010」(2010-2011)は、
2010年に東京の府中市美術館で発表された作品の会津バージョンで、
亡くなった義母の箪笥や、紙袋や端布などの日用品を使ったインスタレーション。
一見、布の柄のように見える模様は、
布の上からまったく同じ模様が油絵の具で描かれており、
記憶をたどるように丁寧に模様をなぞり、故人と向き合うような作品だ。
今回は、会津の蒔絵師、本田充さんの手を借りて、漆の技法を用い、
箪笥の引き出しの前面に木目の模様を施した。
これも一見わかりにくいが、木の模様に見えるのは漆で描かれたもの。
このように、現地の職人とアーティストのコラボレーションで作品が生まれるのも、
この芸術祭の面白さ。
本田さんは「なかなかできない経験なので、面白かったです。
漆は難しいという先入観があるかもしれませんが、
漆を使ったことのない人に使ってもらって、素材の面白さを知ってもらえれば」と話す。
小沢さんは前回の漆の芸術祭にも参加しているが、ふだんは作品に漆を使うことはない。
「職人さんと接することもあまりないですが、
塗料を筆先につけて滑らせる快感は、分かち合える気がしました。
この芸術祭は、漆という伝統の素材をテーマにしているよさがあると思います」と小沢さん。

小沢さんは、越後妻有「大地の芸術祭」などにも参加し、地域で滞在制作することも多い。
「いままで僕は現代美術って都市で発生するものだと信じていました。
ある程度、知識や前提がないと理解しにくいですから。
僕なんて制作中、ただの作業員だと思われて、
ストレートでシビアな感想を言われたりしますけど(笑)。
でもそれだけ、美術館やギャラリーに守られていない、
アートにとって無防備な場所で勝負する面白さがあります。
この十数年で、地域の芸術祭などが増えてきていますが、
それが可能になってきたのは美術界も変わってきているから。
上から目線ではなくて、作品のほうから見る人に
関係性をつなげていきやすい仕掛けを作ったり、
参加しやすい作品が増えているという傾向が、世界的な潮流としてもあると思います」
まちの小さな展示会場は、ホワイトキューブを飛び出した美術作家の挑戦の場でもあるのだ。

小沢さんの原画をもとにシルクスクリーンで漆を施し細部は手描きで仕上げた。

使うともなくとってあった紙袋はミキサーで細かくして小さな紙袋のかたちに。

本田さんの工房で作業する小沢さん。細かい木目の模様をトレースしていく。