ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー 展覧会レポート 前編

震災後の水戸で開催する、過去最大規模の個展。

2月11日から水戸芸術館現代美術ギャラリーで始まった展覧会
「ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー 
Power Sourcesー力が生まれるところ」。
制作中の一日のことは以前掲載したが、
私たちは展覧会のスタートに合わせて、ふたたび水戸を訪れた。
会場に1歩足を踏み入れた途端、思わず「わぁ」と声をあげてしまった。
そしてその高揚感は、いくつもの展示室をめぐるあいだ、ずっと続いた。
ぜひ多くの人に(現代美術に興味のない人にも!)あの作品群を肌で体感してほしい。
そう思うようなすばらしい内容だった。

ゲルダとヨルクは女性と男性のアーティストユニット。
これまで世界中で作品を発表してきており、今回は日本で5年ぶり5回目の展示。
そしてこの水戸での展覧会が、ふたりにとって世界でも過去最大規模の展覧会となる。
準備は2年前から進められていたが、その途中で東日本大震災が日本を襲った。
美術界に限らず、多くの海外からの訪問がキャンセルされ、美術に関しては、
放射能の影響を恐れて作品の貸し出しすら敬遠されたケースもあったと聞く。
そんななか、ふたりは日本での展覧会を実現させるため、コンセプトを練り直し、
約1年間、今回の展示に集中して準備を続けてきた。
いくつかの作品には、日本へのメッセージが込められているものも。
ゲルダとヨルクが来日したのは展覧会が始まる約1か月前。
通常アーティストが滞在するようなレジデンスではなく、
ボランティアスタッフのお宅にホームステイし、
どんど焼きや節分のような日本の伝統文化にも触れながら、制作を進めたそうだ。

机ごとに多様な世界が広がる『Nursery』。植物からごみのようなものまでが素材として使われている。

剥製から小さな置物まで展覧会の随所に現れる鳥は、魂を象徴する重要なモチーフ。

作家が水戸で出合った「いとしいなんでもないもの」。

もともとふたりは、展示する場所に由来する作品を数多く発表している。
たとえばアメリカのサンアントニオでの『The lost and found grotto』という作品は、
誰かが忘れていったたくさんの「忘れ物」を展示し、
それを見て、忘れていた「思い出」を思い出した人が、その思い出を書き記し、
それと引き換えに展示物を持ち帰るというもの。
展示されていた忘れ物たちは、会期終了間際には、
たくさんのストーリーが書かれたボードに変わっていた。
誰かが置き忘れていったものが、
別の誰かにとっては懐かしく、大切なものを思い出すきっかけとなったりする。
それらの背景にはひとつひとつ、記憶やストーリーがあるのだ。
サンアントニオという地名は、聖アントニウスという聖人に由来するが、
いまでも一部のキリスト教徒には、
聖アントニウスは忘れ物を見つけてくれるという伝承があるそうだ。

水戸という地名は、水の戸口と書くだけに、今回は水にまつわる作品が展示されている。
『The 4 Waters(4つの水)』という作品で、
水戸とその周辺の計4か所で採取した水を使ったドロップペインティング。
その水集めに同行させてもらったのは、以前お伝えしたとおり。
4つのキャンバスには、それぞれ異なる不思議な像が浮かび上がっている。

『Sweet Little Nothing(いとしいなんでもないもの)』の展示スタイルは、
日本で見つけたある風景にインスパイアされていて、とてもユニーク。
そこで展示されているのは、作品というにはあまりに何気ない、
でも持ち主の記憶やストーリーが詰まったもの。
その奥の部屋には、ふたりが水戸で見つけた
さまざまな「いとしいなんでもないもの」が、小さなボトルに入って並べられている。
また同じ部屋に、防犯用のペイントボールが並んでいるが、
これもゲルダたちが滞在中に見つけ、日本独特で面白いと感じたもののひとつだという。
ペイントボールはぶつけると割れて中のインクが標的につき、目印になるが、
たしかにカラフルなインクが入ったボールにしか見えないものを防犯に使うなんて、
ほかのどの国にもみられない。
そんな視点は、私たちがあらためて自国に目を向けるきっかけともなる。

ふたりの作品の大きな特徴のひとつに、変容または成長していく作品がある。
『Nursery(苗床)』というインスタレーションでは、
小学校で使う机の上にさまざまなものが並べられ、
その部屋全体で、生物の成長(死を含む)を表現している。
ここにあるクリスタルの作品は会期中に成長を続け、
鑑賞者も溶液をかけることで、クリスタルの成長に関与することができる。
きっと会期終盤には、これらの作品はまったく違う様相を見せるに違いない。
(後編につづく)

水戸で見つけた『Sweet Little Nothing』にはひとつひとつ興味深いタイトルがつけられている。

カラフルな結晶液は以前にも展示で使われたもの。結晶がつららのように伸びていく。

鑑賞者のために結晶液が用意され、これをかけることで作品を成長させていく。

Onomachi α

「呼ばれてくる」場所。

和歌山市の中心部を流れる紀ノ川からほど近いところに、
Onomachi α(おのまち あるふぁ)は構えている。
昭和初期の建築としてはオーソドックスなネオ・ルネサンス様式だが、
他と異なるのは近代的な鉄筋コンクリート造りであるということだ。
外装は、1階が御影石(みかげいし)の化粧張りで、2階から上は茶色いタイル張り。
その切り替えがモダンな印象を与える。
3階建てだが、それぞれのフロアの天井が高い造りになっているため、
外から臨むと実際の階数より高く見える。
少し建物の歴史をひもといていく。
Onomachi αが入っている西本ビルは、1927年(昭和2年)に建てられた。
西本組(現・三井住友建設)という建築会社の本社オフィスとして使用されてきたが、
1945年7月9日の和歌山大空襲によって西本ビルのある小野町周辺はほとんどの建物が焼失。
鉄筋コンクリートづくりの西本ビルだけが残った。
以後、和歌山市の復興と成長を見守ってきた西本ビルは、
1990年代に本社ビルとしての機能を終え、
いくつかの会社の事務所として使用されたのち、
カフェやショップが入った「小野町デパート」という名で再出発。
2000年には、国の登録有形文化財として登録された。

現在のテナントは、1階はショップ&ギャラリー「ka-boku」、
2階はカフェ「茶室ゑびす」、3階はレンタルギャラリー「2410“α”」となっており、
和歌山市内外への文化発信地として注目されている。

Onomachi αのオーナー別所葉子さんはこの建物との出合いを、
「呼ばれてきた」と表現する。
「学生時代に京都で、おてんばKIKI(現・ゴスペル)という
銀閣寺近くにある古い洋館風につくられたアンティークショップとカフェで、
アルバイトをしていました。
数年前にこの建物が載っている新聞記事を読んだときに、
そのおてんばKIKIでのことや、自分がやりたかったことが、
わいてくるように思い出されたのです。
まだ、建物の現物もみていないのに、ここにいなければいけない気がして、
次の日には扉を開けていました。
そのうちに魅了され、ここにお店を持ち、今やこの場所が日常になっています」
だから、強く影響を受けたおてんばKIKIにならって、
ギャラリーとカフェという形態にしたのだと言う。
2011年夏には「小野町デパート」から「Onomachi α」と名を変えたが、
建物の外観と骨格は現代に受け継ぎ、
荘厳な姿はそのままに、静かに住宅街の中に佇んでいる。

登録有形文化財でもある古い建築物の西本ビルを
ギャラリーやカフェとして利用していくことに関して別所さんは、
「不安はあります。
ですが、文化財だからと言って保存するだけでは、どんどん朽ちるしかないのです。
人間が年を重ねていく中で、何か昨日とは違うプラスのことをしなければ、
どんどん老け込んでしまうように、建物にも人間が日々息を吹き込むことが大切なのです」
と語る。
そうした別所さんの想いは、Onomachi αのギャラリーやカフェで知ることができる。
例えば定期的に開催される、本の朗読会や、お菓子教室は、
Onomachi αならではの特別な体験となるだろう。
「昨日とは違うプラスのこと」を求めてここへ立ち寄るのもいいかもしれない。
Onomachi αのαとは、「はじまり」を意味している。
「“こんなの見たことないわ”“やったことないわ”“和歌山にこんなところあったなんて知らへんわ”
という、みんなのはじめての体験をここで実現したいですね」

鉄筋コンクリートづくりの堂々たる玄関。
ペディメントを支える継ぎ目のない一本の石柱は、ギリシャ建築に由来する。

基壇にはごつごつとした割肌の御影石、中層部には目の細かい御影石を用いている。

段差が高いので、一段一段階段を踏みしめるように2階へあがる。
コンクリートの階段はひんやり冷たい。

マリー・ローランサンや草間彌生の絵が見事に調和する空間。(2階「茶室ゑびす」)

高い天井と、木製の上げ下げ窓は時代を感じさせる。

広島市現代美術館友の会 九州ツアー

美術館「友の会」が主催するアート鑑賞ツアー。

現代美術を中心に、いつも注目の企画展を開催している広島市現代美術館。
同美術館には「友の会」があり、会員はさまざまな特典を利用できるほか、
アーティストとの交流会や、おいしいワインやコーヒーを飲む会が開かれるなど、
友の会は会員同士の交流の場としての役割も果たしている。
その最たるものが「友の会」主催の鑑賞旅行。
会員以外も参加できるこのツアーは好評で、これまでも大原美術館への日帰り旅行、
犬島+直島や、金沢21世紀美術館への1泊2日のツアーを敢行してきた。
2011年12月には、熊本と霧島をめぐるツアーが開催され、編集部も同行させてもらった。
今回のツアーは、熊本県が1988年から続けてきた建築プロジェクト
「くまもとアートポリス」の見学と、鹿児島県の霧島アートの森で開催された展覧会
「高嶺格:とおくてよくみえない」の鑑賞が目的。
参加したのは、20代から60代まで、幅広い年齢層の17名。
なんと男性1名以外はすべて女性! 
友人同士で参加する方もいれば、ひとりでの参加者も。
広島市現代美術館の広報スタッフの後藤明子さんが引率してくれた。

広島から博多までは新幹線、そこから九州はすべてバスでの移動となった。
熊本市に着いて、さっそく午後から熊本県土木部建築課の方の案内により、
アートポリスの建築を見学。
くまもとアートポリスは、後世に残る文化資産としての優れた建造物をつくり、
地域の活性化を図ることをめざし、
現在は建築家の伊東豊雄がコミッショナーを務めている。
進行中の建築を含めると87もあるという、県をあげてのプロジェクトだ。
レンゾ・ピアノや安藤忠雄ら有名建築家が手がけたものもあり、
海外からの視察も毎年500人ほど訪れるという。
今回のツアーでは、旧県立図書館をスペインの建築家がリノベーションした
県立美術館分館、また、アートポリスの第1号プロジェクトであり、
奇抜なデザインが目を引く熊本北警察署、
そして山本理顕が手がけた県営保田窪第一団地などを訪れた。
これだけの建物が市内に点在しているだけでも面白く、
参加者たちも興味深そうに見学しながらシャッターを切っていた。

見学後は鹿児島に移動し、市内に宿泊。
ホテルに着いてからはもちろん自由行動だが、
後藤さんも含め10人ほどで夕食をとることに。
毎回、友の会ツアーに参加している常連のメンバーもいれば、初対面の人も。
みなさんアートが好きという共通点と、女性ばかりだったこともあり、
和やかな雰囲気でおしゃべりに花が咲いた。
こういう機会を得られるのも、このツアーの楽しいところだ。

熊本北警察署は篠原一男設計で1990年竣工。ファサードはハーフミラー。

市営託麻団地は坂本一成、長谷川逸子、松永安光の3人の建築家が協同。

関係をつくっていくことが、作品をつくるということ。

翌日は霧島に向かい、まずは焼酎工場の見学。
「明るい農村」などの銘柄で知られ、
2011年に創業100周年を迎えた霧島町蒸留所の工場を訪ねた。
新燃岳を望み、工場の下にはすぐ川が流れるという抜群の環境。
参加者たちは試飲をしたりおみやげを買ったり。
こんな観光スポットがツアーコースに入っているのも楽しい。
昼食をはさんで、いよいよメインの目的地である霧島アートの森へ。
霧島アートの森は、霧島山麓の標高約700メートル、
約13ヘクタールという広大な敷地に広がるアートスポット。
野外に常設されている彫刻作品を散策しながら楽しむことができるほか、
随時、企画展も開催されている。

「高嶺格:とおくてよくみえない」は、現代美術家・高嶺格さんの大規模な個展で、
2011年に横浜美術館で開催されたあと、広島市現代美術館、そして霧島アートの森と、
少しずつかたちを変えて展示が行われてきた。
そしてここ鹿児島は、彼のふるさとでもある。
筆者が高嶺さんを知り、その作品に圧倒されてファンとなったのは、
2005年の横浜トリエンナーレで発表された「鹿児島エスペラント」という作品。
それが今回、霧島でも展示されると聞いて、それは見たい! と思った。
この作品は、世界共通語として人工的につくられた言語「エスペラント語」と、
鹿児島の方言をモチーフにした作品で、
敷き詰められた土の上に廃材などが配置され、暗闇にエスペラント語の歌が流れる中、
さまざまなものが少しずつ浮かび上がってくるような、壮大なインスタレーション。
作品は常に部分しか見えず、その全体像を把握することはほとんどできない。
また、ここで使われている言葉、エスペラント語と鹿児島弁は、
ともに資本主義的グローバリズムによって失われていく文化を象徴しているようで、
どこかもの悲しさを感じさせる。

この日はアーティストトークが行われる日で、
展覧会最終日ということもあり、会場には多くの来場者がつめかけた。
シャイなのか高嶺さんは観客の前に姿を見せず、
「鹿児島エスペラント」の展示室の暗がりの中、鹿児島弁まじりで話し始めた。
「芸術作品というと、完璧だったり完成されたものだと思われるかもしれませんが、
僕の作品はとても不完全な部分を含んでいます。
僕の場合、いつも自分が関係がなかったものと、どう関係を結んでいくか
という作業の積み重ねが、作品になっているような気がします。
その場で出会ったり時間を共にしたりするものがあって、
それらとより面白い、発展的な関係をつくっていくことが
作品をつくることだと思っています」
長期滞在しながら京都の洞窟で制作した「在日の恋人」や、
解体される家の廃材を使った巨大な展示「大きな停止」など、
その“場”が作品に大きく影響する、高嶺さんらしい発言だ。

トーク後に、地域で作品をつくることについて、
少しだけ高嶺さんに話を聞くことができた。
「僕はその場所で機能するということを考えて作品をつくっています。
たとえば、相変わらず巨大ショッピングモールがどーんと建って、
地域社会が壊れていくようなことは起こっていますが、
文化は同じ道をたどるべきではないし、
文化をローカルに結びつけてうまく運営していこうという意識のある人たちの活動は
いろいろなところで生まれていると思います。
僕はそういう活動をサポートしたいし、
いろいろな地域でそういうことが成立することのほうが、
海外のブランド力のある国際展よりも大事だと思っています」

展示室が壮大な箱庭のような空間になった「鹿児島エスペラント」制作風景。

エスペラント語と鹿児島弁の文字が映し出されるが、意味はほぼ読み取れない。

その場所の力が異なる展覧会の魅力を引き出す。

最後に、友の会ツアーについて後藤さんに話を聞いた。
「もともと友の会ツアーは、会員数の伸び悩みの解決策として始めました。
目的地で、学芸員や担当者の解説を聞けたり、
立地的になかなか自力では行きにくいアートスポットに行くなど、
個人旅行にはない友の会ツアーならではの要素を入れるように心がけています。
会員が急激に増えるということはありませんが、毎回ご参加くださったり、
『今年は旅行やらないの?』なんてお問い合わせをくださる方々もいて、
少しずつ手応えも感じています」
今回は、広島で開催した展覧会を霧島に追いかけていくというユニークな企画。
霧島での展示を見た後藤さんは
「巡回展であっても、異なる空間の個性や、その場所の“力”のようなもの、つまり
広島という場、霧島という場、それぞれの立地や環境、歴史などがうまく引き出され、
異なる雰囲気や魅力を持った展覧会になっていることに感動しました」
たしかに、霧島の「鹿児島エスペラント」の展示室は、歩道橋のような通路があり、
そこから作品を見下ろすことができるなど建物の構造をいかした展示で、
全体の印象も横浜とは異なる感触を味わうことができた。

またこの鑑賞旅行は、美術館スタッフがすべてを決定しているのではなく、
友の会の中でもコアな10人ほどのメンバーが企画スタッフとなって、
ツアーの内容を提案しているのだそう。
その中のひとりで、ツアーの常連の女性は
「霧島アートの森は前から行きたかったのですが、
個人ではなかなか行きにくいので、今回のようなツアーで行けたらと。
個人だと作品について聞くのもちょっと気が引けてしまいますが、
解説や作家の声も聞けるのがいいですね。夜は宴会も楽しいです(笑)」
今回初めて旅行に参加したという女性は、友の会には入っていないが、
最近、同美術館に行くようになったのだという。
「現代美術ってとっつきにくいという先入観があったのですが、
知識がなくても楽しめるんだなと思って。
ひとりだと自分の知識を超えることはないけれど、こういうツアーに参加すると、
自分の知らないことに出会えたり思いもよらない発見があったりするので、
とても面白かったです。また参加したいです」

地域と地域をアートが結ぶツアー。参加者はみんな充実した笑顔で帰って行った。

ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー 制作編

スイスのアーティストが水戸で感じたことを表現する。

水戸芸術館現代美術ギャラリーでは、2月11日から
ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガーの過去最大規模の展覧会が開催される。
ゲルダとヨルクはスイスの男女二人組アーティストで、
制作した地にまつわる伝承や風俗をとり入れた壮大なインスタレーションは、
観る者を圧倒し、国際的にも高い評価を得ている。
日本でも、2005年に開催された金沢21世紀美術館の開館記念展で
『ブレイン・フォレスト』というインスタレーションを発表して話題を呼んだ。
今回、彼らは水戸に1か月以上滞在して、水戸の地を探索し地域の人たちと交流しながら、
それらを作品に反映させるという。
彼らのフィールドワークと制作現場を取材すべく、水戸へ向かった。
取材することができたのは、来日して3日目だったが、
時差ボケも感じさせず、バイタリティあふれるふたり。
この日は、茨城県内のいくつかの水源から、
作品に使用する水を採取するために出かけるということだった。
水を使用するのは『Drop Painting』という作品で、
特殊加工されたキャンバスの上に水を滴らせ、
化学反応によって、幽霊のような不思議な絵が描かれるというもの。
当然、水の成分が異なれば異なる化学反応を起こすので、1点1点が違うものになるのだ。
さっそく担当学芸員の門脇さや子さんたちと一緒に出発。
まずは、茨城県の名所であり、日本三名瀑のひとつに数えられる「袋田の滝」へ。
駐車場から滝が一望できる展望所までの道には、土産店や飲食店などが並ぶが、
そこで気になったものがあると指さし「これは何?」と、門脇さんに聞くゲルダ。
彼女はとても好奇心旺盛のようだ。
展望所に着いた私たちは、思わず声をあげてしまった。
高さ120メートルほどもある滝が半分以上凍っている光景は、まさに絶景。
この神秘的な美しさも、彼らにインスピレーションを与えるのかもしれない。
滝には近づけないので、下流のほうでなんとか水を採取。
澄みきった、しかし手を入れると刺すように冷たい水だった。

袋田の滝の下流で澄んだ水を採取。このほか涸沼の汽水などの水を使う予定。

ふたりは土産店でひょうたんを購入。どんなかたちで展示されるか楽しみ。

そして水戸での制作と生活はつづく。

次なる目的地は、その近くの温泉。
温泉は好き? とヨルクに聞くと、笑顔で「I love it!」。
温泉水を採取するだけでなく、しばし温泉に浸かることに。
彼らのフレンドリーな人柄のせいもあり、
思わず取材であることを忘れてしまうかのような楽しいひとときだった。
結局、風景を眺め、出会った人々と話をしたりして、この日のフィールドワークは終了。
次の機会にもう2か所から水を採取することになり、
あとは水戸に戻って作業をすることに。
水戸芸術館の一室では、少しずつ制作の準備が始まっていた。
この前日には、ホームセンターで作品制作に必要なさまざまなものを購入していて、
作業台を見ると、神棚に供えるような神器、ゴム風船、虫眼鏡などが置かれている。
これらがどのように展示に使われるのか、興味津々。
彼らは、大きなポリバケツのような容器に水を入れ、
肥料用として売られている大量の尿素を溶かし始めた。
これでクリスタルを作るという。
このクリスタルの作品は、鑑賞者が溶液をかけることで、
展覧会の会期中に成長を続けるというもの。
見るたびに、かたちが変わっていく作品なのだ。
ほかにも、2週間ほどで消えてしまう涙の結晶の作品を試作していた。
彼らのユニークなアイデアが、ここで作品となって生まれてくることを考えると、
わくわくしてしまう。
最後に、彼らが滞在している家まで案内してもらった。
通常は、アーティストが滞在するためのレジデンスが用意されるのだが、
今回ゲルダとヨルクは、水戸芸術館現代美術センターのボランティアである
石崎敏子さんの家に滞在している。
現代美術センターのボランティアは
展覧会のウィークエンド・ギャラリートークでトークを担当するが、
彼女のトークを楽しみにしているファンが県外にもいるというほど、石崎さんは人気者。
彼女はほとんど英語を話さないものの、持ち前の明るさと温かい人柄で、
ゲルダとヨルクとのコミュニケーションは問題なし。
日本食が大好きだというふたりのために、ときおり手料理をつくり、
この日も、ご挨拶に寄ったつもりの門脇さんや私たち取材陣にも、
茨城名物の「けんちん」を振る舞ってくれた。
「滞在中に太りそうだわ」と笑うゲルダ。
「すぐにゲルダさんとヨルクさんの大ファンになってしまったの」
とうれしそうに話す石崎さんは、まるで彼らの日本でのお母さんのよう。
笑顔の絶えないホームステイになりそうだ。
みなさんと展覧会オープニングでの再会を約束し、水戸をあとにした私は、
展覧会が面白いものになることを確信した。
このあとも続く水戸での日々が、作家たちにとって忘れがたい体験となり、
作品に影響を与えるに違いない。
すばらしい1日を振り返りながら、
温泉の露天風呂でゲルダが発していたひとことを思い出した。
「What a beautiful day!」
(オープニング編につづく)

作業台には鳥の模型や正月のお飾りなど、さまざまな物が並ぶ。

インスタレーションのために小さな鉢や苔など、植物も準備されていた。

尿素を溶かしてクリスタルを生成。塩のクリスタルの作品も展示される予定。

会津・漆の芸術祭(後編)

作品にこめられた会津から東北へのエール

会津若松でメインの会場となったのは、嘉永三(1850)年創業の末廣酒造嘉永蔵。
歴史を感じさせる建物には、ふだんから酒造見学のお客さんも多く訪れる。
建物の中には大広間やコンサートホールまであり、
それぞれ空間をうまく使った、個性ある展示となった。
この会場に展示された三瀬夏之介さんや石川美奈子さんの作品も、
会津の伝統工芸士とのコラボレーション。
ここでも現代美術と伝統工芸の幸せな出会いを見ることができた。

また、b Preseというショップに隣接するギャラリー蔵舗に展示された、
はとさんの作品「起き上がる!東北こぼしさん」が、
今回の芸術祭を象徴しているようでとても印象深かった。
会津の伝統玩具、起き上がり小法師を使った展示で、並べられているのは、
全国各地で開催されたワークショップで参加者が漆を塗って作ったもの。
この起き上がり小法師ひとつひとつには“住民台帳”があり、
作った人それぞれが記入した起き上がり小法師の“職業”などに基づいて、
はとさんが村を作り上げたのだ。
会期中も各地でのワークショップは続き、そのたびにはとさんは
村民を少しずつ足していって村を広げ、壮大な桃源郷を作り出した。
起き上がり小法師は、倒れても倒れても起き上がる、
会津の人たちのたくましさが表れた民芸品でもある。
これらひとつひとつには、作った人たちの夢と、東北への想いがこめられているのだ。

漆の芸術祭の企画運営を手がけた福島県立博物館の小林めぐみさんは、こう話す。
「漆には長い歴史がありますが、過去のものではなくて、
いまも生きているものと考えたときに、私たち博物館の学芸員がやってきた
研究などの蓄積が、いまのアーティストや漆に携わる人たちの
バックボーンになりうるのではないかと思いました。
それを踏まえて表現の中に漆を取り入れてもらえたら
もっと会津のことや漆のことを知ってもらえるでしょう。
それが、博物館が主催する芸術祭のスタートです。
また、その場に行かないとわからないことを体感してもらえるだろうと選んだ答えが、
展示室ではなく歴史ある建造物などを展示会場とする芸術祭のスタイルです。
震災直後は、文化事業をやること自体に葛藤はありましたが、
会津は福島県のほかの地域に比べるとまだ被害が少ないですから、
だったら少しでも力のあるところが
福島を支えるために何かするべきだろうと思ったのです。
そして、いろいろな方からいただいた
“福島のために何かできないだろうか”というお話の受け皿となることが、
会津・漆の芸術祭にできることではないだろうかと」

主催者側からの一方的なアプローチでは成立しない、
まちの人たちと両思いの関係ができてこそ成立する芸術祭。
会津若松も喜多方も、みなさんが力を貸してくれたのは、
本当に幸せなことだと小林さんは言う。
古来から接着剤として重宝されてきた漆が、
いまも人と人とをつなげる役割を果たしているのかもしれない。
今年もまた、漆の芸術祭は開催される予定だ。

三瀬夏之介さんの「島台月見桃源郷」は蓬萊山と漆で祝祭的空間を生み出す。

石川美奈子さんは大広間に枯山水のような繊細な「漆庭」を作り上げた。

漆職人の村上修一さんは「わつなぎうつわ」と題し初インスタレーション。

MOËT No.4

福岡県福岡市『MOËT』
発行/STRINGS、森 直樹

デザイン事務所STRINGSと、編集長の森 直樹さんが発行する、あらゆる「萌え」をテーマにした、
自費出版フリーペーパー『MOËT』(モエ)。
東京・渋谷のフリーペーパー専門店、
「ONLY FREE PAPER」でも大人気です。

MOËT
http://www.e-moet.jp/
STRINGS
http://www.stringsdesign.net/

発行日/2011.9

Gallery ef

コミュニケーションの場となる貴重な建築

東京は浅草にあるGallery ef。
正面から一見するとふつうのカフェなのだが、その奥に併設されているギャラリーは、
江戸末期に建てられた土蔵を再生させた建物。
かつては特殊金属を扱う会社の倉庫だったが、
現在のオーナーのIzumiさんの祖父が亡くなるまで、
数十年間、人が入ることもなく、ひっそりと佇んでいたそうだ。
調べてみると、梁の墨書きから、慶応4(1868)年に建てられたことがわかった。
相続税や会社の整理のため、蔵は壊して土地を売るしかないと考えていたところ、
たまたま出会った漆造形作家の鍋島次雄さんの呼びかけで多くの人たちが集まり、
蔵を再生させることになった。
それが1996年のこと。
それから約1年がかりで現在の姿に生まれ変わった。

「どうにも手が付けられないようなボロボロの状態から、
鍋島さんはこの完成の状態を思い描けていて、
仲間たちを呼んで作業するからぜひやらせてほしいと言われたんです。
そこからはいろいろなアーティストや職人たちが集まってきて。
漆の作家たちは左官屋さんの技を目の前で見られる機会を喜んだし、
左官屋さんは作家たちが漆を塗る作業に興味津々でした」

関東大震災と東京大空襲に耐えて残っている建物は、東京ではとても貴重。
空襲のあとも、もしすぐに蔵の扉を開けてしまっていたら、
バックドラフト現象を起こして爆発していたはずだが、
当時それを知っていたIzumiさんの曾祖母は2ヶ月ほど待ってから開けたそうだ。

「空襲だけじゃなく、戦後の再開発でなくなってしまった建物も多いけど、
それも生き延びた。建物自体に生きる意志があって、
所有者とは名ばかりでこちらが所有されている感じがします」

この建物は登録有形文化財にはなっているが、
重要文化財と比べると国や自治体の援助はないに等しく、
修復にかかる費用も自己負担になってしまう。
古い建物を残していく大変さを痛感しているが、ギャラリーでイベントを開催したり、
震災直後には近所の人が話をするためにカフェに集まってくるなど、
Izumiさんはこの建物が「場」として育ってきたことも実感している。

「屋久島で生まれ育った、木と話ができるという人がここに来たときに、
ここの木はすごく喜んでるよ、と言ってくれたんです。
まるで建物に人格があるみたい。
古くて歴史的に重要な建物はたくさんあるけど、
人とコミュニケーションできる建物ってなかなかないですよね。
だから自分たちだけのものとは思っていなくて、
いかにみんなと使っていくかを考えています。
ただ使うだけだと使い捨てになってしまうし、
建物を残すだけじゃなくて、どういう“場”ができていくかが重要。
ここでそんな“場”が育ってきたのは、建物の魅力が大きいと思います」

毎年12月は音楽会月間として「月夜の森」と題し、
さまざまなアーティストによる生演奏ライブを開催する。
タイトルは、静かな森の湖に月が映っているというイメージで
床を美しい漆黒に仕上げた、鍋島さんの最初のデザインコンセプトからとった。
この冬も「月夜の森」にはたくさんの人が集ったようだ。

梁に「慶應四戊辰年」の墨書きの文字が見える。看板猫の銀次親分は人気者。

床の下は能舞台のように空洞になっているので、音の響きは格別なものがある。

Information


map

Gallery ef ギャラリー・エフ

住所:東京都台東区雷門2-19-18

TEL:03-3841-0442

営業時間:
ギャラリー 12:00 ~ 19:00(展覧会開催中は ~20:00)
カフェ 11:00 ~ 19:00
バー 18:00 ~ 24:00(祝祭日は ~22:00、金曜・祝前日は ~26:00)

定休日:火曜休

会津・漆の芸術祭(前編)

伝統の素材をいかした会津ならではの芸術祭

2011年10月1日から11月23日まで、
会津若松市と喜多方市で開催された「会津・漆の芸術祭」。
前年に引き続き2度目の開催となったが、準備の段階で震災が起こり、
一時は開催が危ぶまれた。
しかし、こんなときだからこそアートの力による再生を信じ、
「東北へのエール」というサブタイトルを掲げての開催となった。
編集部は、会期終了間際の会津若松を訪ねた。

参加アーティストは、地元の工芸作家から、
通常は漆を使うことのないアーティストまで実に多彩。
また、会津短期大学や東北芸術工科大学、東京藝術大学など
大学の研究室やワークショップなど、プロジェクトとしての参加作品も多い。
漆を扱うプロから、漆になじみのない人まで、
漆という会津に古くから根づく素材を使って作品を制作しているのが、この芸術祭の特徴だ。
会場は、会津若松と喜多方合わせて全38カ所。
回るのも大変だが、歴史ある酒造や、
古い建物をリノベーションした店舗などが会場になっており、
まち並みを散策する気分で作品を鑑賞できるようになっている。
そして、これだけの会場があるということは、
地元住民の方々の理解と協力なしには成り立たないということだ。
美術家、小沢剛さんの作品の展示会場となった井上一夫商店も、
古美術を扱う小さな商店で、1階は通常通りの営業、2階が展示会場になった。
店主の井上さんも鑑賞者を温かく迎え入れ、
小沢さんの作品のすばらしさを多くの人に知ってほしいという想いが伝わってきた。

小沢さんの作品「できるかな2010」(2010-2011)は、
2010年に東京の府中市美術館で発表された作品の会津バージョンで、
亡くなった義母の箪笥や、紙袋や端布などの日用品を使ったインスタレーション。
一見、布の柄のように見える模様は、
布の上からまったく同じ模様が油絵の具で描かれており、
記憶をたどるように丁寧に模様をなぞり、故人と向き合うような作品だ。
今回は、会津の蒔絵師、本田充さんの手を借りて、漆の技法を用い、
箪笥の引き出しの前面に木目の模様を施した。
これも一見わかりにくいが、木の模様に見えるのは漆で描かれたもの。
このように、現地の職人とアーティストのコラボレーションで作品が生まれるのも、
この芸術祭の面白さ。
本田さんは「なかなかできない経験なので、面白かったです。
漆は難しいという先入観があるかもしれませんが、
漆を使ったことのない人に使ってもらって、素材の面白さを知ってもらえれば」と話す。
小沢さんは前回の漆の芸術祭にも参加しているが、ふだんは作品に漆を使うことはない。
「職人さんと接することもあまりないですが、
塗料を筆先につけて滑らせる快感は、分かち合える気がしました。
この芸術祭は、漆という伝統の素材をテーマにしているよさがあると思います」と小沢さん。

小沢さんは、越後妻有「大地の芸術祭」などにも参加し、地域で滞在制作することも多い。
「いままで僕は現代美術って都市で発生するものだと信じていました。
ある程度、知識や前提がないと理解しにくいですから。
僕なんて制作中、ただの作業員だと思われて、
ストレートでシビアな感想を言われたりしますけど(笑)。
でもそれだけ、美術館やギャラリーに守られていない、
アートにとって無防備な場所で勝負する面白さがあります。
この十数年で、地域の芸術祭などが増えてきていますが、
それが可能になってきたのは美術界も変わってきているから。
上から目線ではなくて、作品のほうから見る人に
関係性をつなげていきやすい仕掛けを作ったり、
参加しやすい作品が増えているという傾向が、世界的な潮流としてもあると思います」
まちの小さな展示会場は、ホワイトキューブを飛び出した美術作家の挑戦の場でもあるのだ。

小沢さんの原画をもとにシルクスクリーンで漆を施し細部は手描きで仕上げた。

使うともなくとってあった紙袋はミキサーで細かくして小さな紙袋のかたちに。

本田さんの工房で作業する小沢さん。細かい木目の模様をトレースしていく。