連載
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Kenichiro Nagata
永田賢一郎
ながた・けんいちろう●YONG architecture studio主宰。1983年東京出身。横浜国立大学大学院/建築都市スクールY-GSA修了。2013年より設計ユニットIVolli architectureとして活動の後、2018年より永田賢一郎|YONG architecture studioとして活動を開始。2014年よりシェアスタジオ〈旧劇場〉や設計事務所兼シェアキッチンの〈藤棚デパートメント〉、〈野毛山Kiez〉など自身の活動の場を地域拠点化していく活動をライフワークとして展開。藤棚一番街理事。2020年より長野県北佐久郡立科町地域おこし協力隊兼任、横浜と長野の2拠点での活動を始める。
https://www.yong.jp/
横浜市の野毛山エリアで活動しながら、
長野県立科町で地域おこし協力隊として活動する
〈YONG architecture studio〉永田賢一郎さんの連載です。
今回はついに最終回。横浜で新しく立ち上げた、
住居兼シェアスタジオについてご紹介していきます。
2020年6月から始まった、横浜と長野の2拠点生活。
横浜には金・土・日の週3日の滞在になり、
それまで住んでいた〈藤棚のアパートメント〉から引っ越すことになりました。
日中は仕事場の〈藤棚デパートメント〉と〈野毛山Kiez〉があるので、
夜に寝泊まりができる25平米くらいの小規模な物件を探すことになったのです。
藤棚のアパートメントの管理でお世話になっていた
〈東京R不動産〉さんに物件を問い合わせてみると、
横浜駅から京急本線で7分ほどの南太田にある物件を紹介されました。
4階建てのビルのうち3〜4階が住宅仕様で空いたままになっており、
主に3階が住居スペース、4階は倉庫と屋上という構成。
3〜4階の室内の面積は約180平方メートル、
屋上を合わせるとおよそ300平方メートルの物件です。
〈荒川電気商会〉さんという電気資材問屋の物件で、
3〜4階は前会長宅であったようでした。
老朽化が進んでいますが、改修して活用できそうか相談したいとのこと。
探していた物件は25平方メートル。かなりスペースを持て余しそうですが、
ひとまず現地へ行ってみることになりました。
全部で7部屋、各部屋が25平方メートルくらいはあります。
室内には以前の生活感が残りますが、それぞれ特徴のある仕上げで
そのまま使えそうな部屋もあり、とても魅力的な物件でした。
とはいえ、自分だけでは使い切れない大きさです。
何か活用できないかと考えていました。
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多拠点居住者は、ホテルに宿泊か、ひとりで物件を借りるのはもったいないので
地域にいる友人とシェアをして暮らしている、という人が多いようです。
テレワークの普及や地方での活動が活発になっていくうえで、
「2地域居住の住まい方」は今後大切なテーマになるはず。
「自分がいない時間」の場所の使い方を考えることが、
新しい住まいの発明につながると考えています。
僕の場合、横浜でこの場所を使うのは週の後半であり、夜間。
例えば、誰かにここを事務所として平日使ってもらっても時間帯は重なりません。
また、部屋数が多いので小分けにして賃貸するか、
規模も大きいのでスタジオとして活用してもらってもいいかもしれません。
検討の結果、自分が暮らしながらスタジオとしても稼働していく
「住居兼シェアスタジオ」に決定。Room A〜Gまで7つの部屋をつくり、
そのうちのひとつを自分の住居用として活用。
住居専用の風呂、トイレを設け、それ以外には共有のキッチンとトイレ、
リビングを持つシェアスタジオです。
工事費はオーナー負担で、3年で工事費を回収できるよう資金計画を組み立てます。
マスターリースとして僕がここをすべて借りて、
シェアスタジオとしてそれぞれの部屋をサブリースし、運営します。
暮らしながら収益化し、オーナーも家賃が安定して入るという仕組みです。
無事にオーナーさんの了承を得て、いよいよ着工。
3年で回収できる金額に収めるため予算に余裕はなく、
工事する箇所を絞っていきました。
大きなポイントは3つです。
ひとつは薄暗さが気になる廊下。
奥のふた部屋を仕切る壁を撤去してR壁(曲がった壁)を新設することで、
日差しを廊下まで取り込みます。
Rにすることで、奥の部屋まで人を誘導する役割を果たします。
ふたつ目は、部屋のバリエーション。
和室や暖炉のある洋室、木目調の仕上げの部屋など、
RCの建物の中にさまざまな部屋のバリエーションがあり、それがこの物件の魅力です。
残せそうなものは残し、少しずつ解体することで
各部屋のテイストを微妙に崩して新しい空間につくり変えることを試みました。
3つ目は「色」です。
各部屋の個性を引き立たせるため、それぞれ異なる色を指定しました。
ローコストで空間を変える一番の方法は塗装工事です。
藤棚デパートメントと同様、一部は自分たちでも塗装をしました。
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2か月ほどの工事を経て、2020年11月に完成しました。
名前は〈南太田ブランチ〉に決定。
ブランチとは「分室」「支社」「支流」といった意味を持ち、
藤棚や戸部に続く野毛山エリアのブランチとして、
また地域の人たちにとってのもうひとつの部屋、分室になるように、
という意味を込めています。
南太田ブランチのロゴとサイン計画は、藤棚デパートメントでもお世話になった
〈hokkyok〉の藤井北斗さんのデザイン。ロゴマークには3D造形サインを起用し、
ブランチ=支流、枝、血管という意味と、電気商会の建物であることから
配線で使用する「Fケーブル」のモチーフを組み合わせました。
さらに、大通り沿いから1本入った場所にあるこの建物の地図にもなっているという、
いくつもの意味を組み合わせたロゴとなりました。
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完成後は早々にふた部屋の入居が決定。
Room Aは水島綾子さん、Room Gは田中靖子さんで、
ふた組ともご近所であり、藤棚デパートメントでもお世話になっていた方々です。
それぞれ〈お菓子な本屋〉と〈やすみんの小べや〉という店舗で
使用していただいています。
2021年5月末に2日間「welcome day」として、
近隣の方向けにお披露目の機会を設けました。ただ内装を見てもらうのではなく、
各部屋を野毛山界隈に拠点を持つ方たちのブースとし、出店してもらうことで、
建物とともに、地域の関係性が見えるような内覧会です。
さらには、藤棚のアパートメントから弘明寺に移り、商い暮らしを始めた
〈アキナイガーデン〉の梅村陽一郎くんと侑子さん夫妻や、
学生時代に藤棚デパートメントのお手伝いをしてくれて、
現在は秦野で自分で設計した喫茶店を構える〈珈琲11月の雨〉の
高橋怜奈さんにコーヒーを出店してもらったり。
藤棚デパートメントと同じ頃に藤棚エリアにオープンした
ビンテージ家具屋〈the NOON〉には、家具のポップアップショップを、
南太田で数々のすてきな店舗を輩出しているシェアキッチンの
〈Sims kitchen〉からは多くの方がお菓子の販売で参加してくれました。
この「地域の関係性を紹介する」というかたちの場所開きは、
とても手応えがありました。
藤棚から始まるいままでの活動や関係性がなければ、この場所は生まれていません。
南太田ブランチという空間の本質を表すには、ここに至るまでに関わった人が
オープニングの場にいることが重要でした。
長くなりましたが、今回で最終回です。
IVolli architectureの連載から数えると5年以上になりますが、
「自分の暮らしの周りに活動を生んでいく」というスタイルはずっと変わらず、
今後もきっと続いていくと思います。
みなさま、長い間どうもありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう。
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