連載
posted:2020.10.7 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
前回の連載で、画家のMAYA MAXXさんが今夏、岩見沢市の山間地、
美流渡(みると)へ移住した経緯について書いた。
こちらに越して、暮らしと制作をスタートするための準備に約1か月半を費やし、
それが終わった途端、息もつかずに新しい展開が始まった。
その展開をひと言で表すなら「思ったことを、すぐにやる」ことに尽きるのではないか。
わずか1か月のあいだに地域の風景を変えるような出来事が次々と生まれていった。
そのひとつは、アトリエのペンキ塗りも終わり、住まいに電気やガスの設備も入り、
これでようやく日常がスタートするという矢先。
空が抜けるように青く気持ちのいい朝、ときどき出かける森の小道に
MAYAさんを案内したことがきっかけとなった。
この小道は、美流渡と上美流渡というふたつのエリアをつなぐ旧道で、
近年はほとんど使われていなかったものだ。
今年の冬に上美流渡にある花のアトリエ〈Kangaroo Factory〉の大和田由紀子さんに
「すてきな小道があるのよ」と教えてもらい、私は初めてその存在を知った。
大和田さんによると、笹が繁り倒木もあるため、それらが雪で覆い尽くされ、
雪が硬くなった3月頃だけ通れる道だと聞いていたのだが、
春になって、上美流渡で〈マルマド舎〉というゲストハウスを営む
上井雄太さんが笹を刈ってくれたのだった。
おかげで、春からもこの小道を通ることができるようになり、
散歩道として活用されるようになっていた。
MAYAさんは、この道をとても気に入ってくれた。
背丈が2メートルほどにもなるイタドリが茂っていて、
それをかきわけながら進まなければならない場所もあったのだが、
そこを抜けると、まるで“トトロの森”のように
緑のトンネルと可憐な山野草が生える空間へと行き着くのだ。
「ここをもっと整備しようよ!」
MAYAさんは道を歩きながら提案してくれた。
実は、春に上井さんが草を刈って以来、整備は手つかず。
大和田さんや上井さんは、この小道が気になりつつも、夏は何かと忙しく
動けずにいたのだが、MAYAさんの声かけで時間を合わせて集まることとなった。
この日の目標は、入り口から“トトロの森”の手前まで、
夏の暑さで勢力を伸ばしていたイタドリや笹を刈っていくこと。
このとき驚いたのは、MAYAさんが、草を刈りながら進む私たちの一番後ろに陣取って、
しゃがんだ姿勢で葉っぱや小枝を手で脇によけながら、ゆっくりと進んでいたことだ。
「やっぱり手が一番だね!」
膝が土で汚れるのもお構いないしに
地面にへばりついて作業をするMAYAさんの姿を見て、
こちらもいい加減にやってはいけないという気持ちがふつふつと湧いてきた。
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こんなこともあった。
上美流渡の森のパン屋〈ミルトコッペ〉の中川文江さんが
MAYAさんのアトリエを訪れたときのことだ。
何気ない会話をしていたときに、
店舗の外壁に地域の魅力的なスポットを紹介する看板があったら、
パンを買ったあとに立ち寄ってもらえるのではと、かねがね思っていると語っていた。
「地図、描くよ!」
MAYAさんはすかさずそう言って、1週間ほどで大きな地図を描きあげた。
ご近所のスープカレー屋さんや定食屋さんなどのオススメポイントが
MAYAさんなりの言葉でつづられていて、見ているこちらの気持ちがなんともほころぶ。
仕上がりを見た文江さんは、
「ずっと欲しいと思っていたの。念願叶ってうれしい~」と大喜び。
その姿を見ていて私はハッとするものがあった。
日々暮らしていて、地域にこんなものがあったらいいなとか、
地域のここを変えたらいいなと思うことがある。
ただ、思ってはいても、ついつい先延ばしにしてしまうことは多い。
MAYAさんのように、すぐに行動を起こしてみたらどうだろうか?
案外スッとできて、やってみたときに
「こんなことなら早くやればよかった」と思うこともあるのではないだろうか。
できない理由を探すより前に、即行動の大切さに気づかされた。
もうひとつ、MAYAさんから教わったことは、
ムキになるほど(!)真剣に物事に取り組むことだ。
這いつくばって道をキレイにしていたあの集中力は、
アトリエのペンキ塗りのときにも感じられたし、地図を描いているときとも共通する。
「日頃からキチッとやっておかないと。
絵を描くときだけ、ちゃんとするってできないからね」
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MAYAさんの言葉を聞いて、仕事以外の暮らしの部分が
あまりにもおざなりだったことを私は反省した(特に掃除や食器洗い!)。
そこでここ最近、ムキになるくらいの勢いで
家事をしてみている(とにかくピカピカに磨く)。
1週間ほど続けてみて思ったのは、ただムキになるだけでなくて、
そのどこに充足感を見出すかが大切なんじゃないかという点だ。
MAYAさんはときどき、あるものが
「キレイになって喜んでいる」というような言い方をする。
キレイになって満足するのは、もしかしたら“自分”ではなくて
“まわりのものたち”であると考えると、これまでの
「なんで自分だけが家事をやっているのだろう?」という不満が
ふっと消えるような気がした。
MAYAさんと接していて自分の意識が変わったように、
夫も別人のように(大袈裟に言えば)生き生きとし始めたように思う。
大工の心得のある夫は、MAYAさんのアトリエの改修を手伝い、
その後は絵の支持体となるパネルづくりや、
アトリエ付近の草刈りなどの整備を率先してやっている。
これまで子育てと家事優先の生活のなかでつかみにくかった、
仕事に対する姿勢やそのクオリティについて、
MAYAさんが共感してくれていることが本当にうれしいようだ。
さらには、私たちがこれまで行ってきた地域PR活動
〈みる・とーぶ〉のイベントにも、MAYAさんは参加してくれていて、
販売促進の活動にいまいち切れ味のない私たちを引っ張ってくれている。
MAYAさんという存在が美流渡に来てくれたことで、
きっと地域の展開にスピード感が加わっていくだろう。
「合言葉は、ほんとうのこと。そして、みんなで一緒にだね」
MAYAさんとの美流渡でのプロジェクトの全体を、
〈Luce〉(イタリア語で光)と名づけ、
合言葉を「本当のことだけを」としたことは、以前の連載で書いた。
本当のことだけを、というと、人生の命題のような
とても大きなことのように感じられるが、MAYAさんとここ数か月接してきて、
地域にあったらいいなと思うことを素直に実践することも、
そのひとつであると実感できた。
これは本当にやったほうがいいと思えることを、みんなで一緒にやる。
それによって自分の役割を見出し、心も体も活気づく。
なるほど、これがLuceの方向性なんだと、日々動きながら私は気づいている。
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