連載
posted:2020.3.25 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
心が落ち着かない日々が続いている。
朝、目が覚めると重苦しい気持ちが残ったままだ。
新型コロナウイルスの感染拡大が世界各地に広がっており、
暮らしに影響が出始めていることが原因なのだろうか。
3人の子どもたちは休校や休園で家にいて、友だちと気軽に遊んだりできないからか、
兄妹喧嘩も頻繁に起こるようになっている。
また、日中子どもの面倒をみるのは夫の役目となっているが、
ずっと子どもにつきあっていて、やりたい作業ができないことに
ストレスを感じているようだ。
わたしの仕事にも影響はあり、札幌で行う予定だった取材をリスケしたり、
地元で計画していたイベントを延期したり。
出口の見えないトンネルの中にいるような日々ではあるが、
こんな状況だからこそ、この春から新しく始めたプロジェクトが、
よけいに熱を帯びているといえるのかもしれない。
雪解けとともにスタートさせたプロジェクトは、
〈Luce(ルーチェ)〉。イタリア語で光。
画家・MAYA MAXXさんが、わたしの住む美流渡地区にアトリエを開き、
そこを拠点に数々の活動を展開していこうとする試みだ。
東日本大震災が起こってちょうど9年となる3月11日に、
MAYA MAXX_LuceというFacebookのサイトを立ち上げ、
そこでわたしはこんな言葉を書いた。
東日本大震災から数えて、10年目を迎えます。
今日から、わたしたちはMAYA MAXXのLuceプロジェクトを始めます。
このプロジェクトは、MAYA MAXXの制作の本拠地を
北海道岩見沢市の山あいにある美流渡地区に設け、
地域のみなさんの協力のもと、大きなスケールの作品を制作していく取り組みです。
合い言葉は「本当のことだけを」。
わたしたちは地震や津波、台風や豪雨、川の氾濫、そしてウィルスの感染拡大など、日々、多くの困難に直面しています。
しかし、こうした危機的状況は、普段の暮らしでは見えてこなかった
本当のことに気づくチャンスでもあるはずです。
いまこそ「本当のことだけを」行っていくときなのでは?
抽象的で曖昧な言葉かもしれませんが、Luceプロジェクトは、
この合い言葉を胸に活動を行っていきます。
どうか、今後の展開を見守ってくださったら幸いです。
プロジェクトの始まりは、突然だった。
MAYAさんと出会ったのは20年前。
当時わたしが編集長を務めていた雑誌の表紙絵を
MAYAさんに依頼したことが始まりだった。
以来、わたしの人生の節目をいつも見守ってくれていた。
2008年からは制作の拠点を東京から京都へと移したこともあり、
年に1度会うくらいだったが、MAYAさんが昨年東京に戻ってからは、
会って話をする機会も増えた。
このプロジェクトのきっかけは昨年11月のこと。
わたしが出張で東京を訪ね、MAYAさんと何気ない会話をしていたときだった。
「いままで制作した作品の記録をポートフォリオにまとめたい」
とMAYAさんが語ったときに、
「それなら手伝いましょうか?」とわたしが答えたことがスタートとなった。
これまでも仕事をともにすることはあったけれど、
それは一時的なものがほとんどだった。
けれどこれから同じ目的を持って仕事に向かえば、
いままでできなかったことが実現するのではないかという気持ちが急に高まった。
MAYAさんにいまもっとも必要なのは広い制作スペース。
東京のアトリエは、大作を描くには十分なスペースとはいえなかったため、
美流渡に拠点をつくって100メートル規模の絵も制作できるような環境を整える。
そして、描いた絵を世界中の人々と分かち合えるような機会を持つこと。
不思議なことだが、こうしたビジョンがはっきり見えたような感じがした。
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そこから物事がすごいスピードで展開していった。
美流渡にちょうど4世帯が1棟になった古い長屋が空いており、
すぐにそこを借りられることが決まり、
2月から大工さんが入って改修を始めることができた。
MAYAさんも準備のために1月と3月に美流渡を訪れ、改修は着々と進んでいった。
こうしたやりとりをしていくなかで、新型コロナウイルスの感染が拡大したことにより、
プロジェクトにも新たな活動が加わっていった。
そのひとつは、無料でダウンロードできる小さな本づくりだ。
前回の連載で紹介した、MAYAさんの小さな絵本『卒業おめでとう』は、
休校が相次ぎ普段通りの卒業式ができなくなった子どもたちに向けたもの。
「本をつくってみたい」というわたしの提案を受けて、
すぐにMAYAさんが文を考え、それに合う絵をつけてくれたのだった。
そして、わたしはMAYAさんに、さらなる1冊をつくってほしいといまお願いしている。
それは「見えないもの」をどう捉えるのかを考えるための絵本だ。
この絵本をMAYAさんにつくってほしいと思ったのは、
今回のコロナウイルスの感染拡大の状況と
東日本大震災のあとに起こった出来事がとてもよく似ていると思ったからだ。
9年前、東京に住んでいたわたしは、ニュースやネットの情報を見ながら、
言い知れぬ恐怖に怯えていた。
福島第一原発の事故によって関東にもホットスポットが出現していることがわかり、
わたしは子どもをのびのびと遊ばせることは難しいと感じ、
夫の実家のある北海道岩見沢市への移住を決断した。
けれどもこの判断には賛否両論あった。
まわりから神経質な母親と言われることもあって、
まるで自分の性格に問題があるかのように捉えられ、
とても苦しかったことを覚えている。
このとき、目に見えない放射能というものをどう捉えるのか、
人によって大きく違いがあって、大丈夫だと思う人と
大丈夫ではないと思う人のミゾは、なかなか埋まらないと感じられた。
今回のコロナウイルスについても、感染リスクがあると思われる行動を
とろうとするとき、それが正解か不正解か本当のところはわからない。
意見の食い違いは、家庭内でも起こってしまうし、
仕事をしているチームの中でも起こってしまう。
「見えないもの」に対する恐怖は、批判やいがみあいの要因になり、
混沌とした状況に拍車をかけているのではないかと感じられた。
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現在の状況に特効薬はないと思うが、東日本大震災から9年が経って、
わたしの意識に変化も起こっている。
それは、どこに希望を見出すかという点だ。
東日本大震災のとき、暮らしとともに、
わたしが専門として取り組んできたアートに対しても絶望を感じていた。
甚大な災害に対して、アートはまったく無力なのではないかと感じ、
さらには自分が想像力を生かした仕事をしているのにもかかわらず、
地震、津波、そして原発事故が起こるという未来が待っていたことを、
少しも想像できていなかったことにも打ちのめされた。
しかし、いまアートには可能性があると思えるようになった。
最近、アーティストとじっくり腰を据えた本づくりをしているのだが、
そんななかで彼らは
「100年後の研究者に向けて本をつくってほしい」とか
「未来から見た視点で本をつくってほしい」と語ることがある。
これはわたしにとって雲を掴むような話なのだが、噛み砕いてみると、
現在進行形のことは、関わる人間の感情だったり、経済状況だったり、
そのときの“都合”に左右されるが、100年経つと、それがはがれ落ちて、
作品だけが浮かび上がってくるということなのではないか。
つまり、いまコロナウイルスの感染拡大によって、
人々にミゾができたり混乱が生まれたりして見えにくくなっている本質が、
時間が経てば見えてくる可能性があって、アーティストは、
その時間を短縮できる力や俯瞰できる視点を持っているのではないかと思えるのだ。
こうした想いもあって、冒頭で紹介したLuceプロジェクトの立ち上げには、
「本当のことだけを」を合い言葉とした。
これは、アトリエ開設の打ち合わせのときに、MAYAさんが語ったものだ。
「これからは、本当のことしかしたくない」
わたしには、この言葉をうまく説明できないのだが、
本当のこととは、時代を経てもなお残っていく普遍的な何かであり、
先に書いたようにアートの役割なのではないかと思う。
コロナウイルスの感染拡大がいつ収束するのかはわからないが、
東京と美流渡の2拠点で活動を行おうとするMAYAさんと、
たびたび顔を合せる機会があるのは、とても心強いことだ。
日々の混沌に気持ちが巻き込まれていくなかで、大切なものが何かを見失わない
羅針盤のような存在になってくれるのではないかと感じられるからだ。
アトリエが完成するのは5月。お披露目は6月を予定している。
重苦しい空気に、春風を吹き込むような、そんな活動になったらうれしい。
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