連載
posted:2022.4.6 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
美流渡(みると)地区は、岩見沢駅より車で30分ほどのところにある。
運転が苦手な私にとって、地域と駅を結ぶ路線バスは、
1~2時間に1本と本数は少ないながらも重要な交通手段となっていた。
この路線は、人口減少が進み利用客が少なく、
市からの補助によってなんとか運行してきたが、昨年夏に、
「2022年3月末で廃止される」というニュースが飛び込んできた。
日頃バスを利用している私にとって、たいへんショックな記事だった。
しかし、同時に「代替交通手段が検討されている」とも書かれていた。
この代替交通の内容について詳しく知ることができたのは、昨年末のこと。
市の担当者から、こんな連絡を受けたからだった。
「これまでのバス路線の廃止にともない、
新しくワゴンタイプの車両が運行されることになったので、
ラッピングのデザインをMAYA MAXXさんにしてもらえませんか?」
一昨年に美流渡地区に移住した画家のMAYAさんと、
さまざまな活動をともにしてきたことから、
私に連絡が入り、間をつなぐこととなった。
代替交通の内容としては、
これまで〈北海道中央バス〉が運行してきた「万字線」を廃止し、
代わって地元のタクシー会社である〈日の出交通〉が
コミュニティバスを運行するというもの。
大型バスから10人乗りのワゴンタイプの車両へと変更し、
地域住民のニーズに沿ったダイヤを設定。
これまでより運賃を低く抑える計画となっていた。
市の担当者によると、今回、MAYAさんにラッピングデザインを依頼したのは、
地域の人たちの声があったからという。
昨年、MAYAさんが旧美流渡中学校の窓に張られた板に描いた絵を見て、
バスにも愛らしい絵があったらいいのではと思ったそう。
この話を聞いてMAYAさんは、
「デザインをしたシートを貼るんじゃなくて、車体に直接絵を描きたい」と提案。
3月に約1週間かけてペイントを行う段取りとなった。
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市内にある電気関係の会社の倉庫を借り、3月15日からペイントが始まった。
朝から夕方まで約7~8時間。ほとんどノンストップで作業が行われた。
メインで描かれたのはシカ。
バックドアにはキツネやリス、ウサギ。
北海道に移住し、自然に近い環境に身を置くなかで、
実際に目にしたことのある動物たちがモチーフとなった。
制作が始まって3日目の午後、私は制作現場を訪ねた。
ひとり黙々と作業をするMAYAさんの姿があった。
制作している倉庫は、ストーブがついているものの、気温はほとんど外と一緒。
北海道はまだ寒く、小雪がチラつく日もあった。
塗料の揮発性の匂いもあって、過酷な環境だった。
しかも着彩の作業も普段とは違っていた。
板に描く場合は、はみ出しても白いペンキで簡単に形を修正できたが、
今回描いているのはシルバーの車体。
修正が難しいため、はみ出したり塗料を垂らして汚したりしないように、
MAYAさんは全神経を集中させていた。
「窓板に描くのは今にして思えば簡単だったよ。
車体に描くのは難しい。上には上があったね~」
そう語ったあとに、「5歳くらい歳をとった気がする」とポツリとつぶやいた。
MAYAさんは普段、「大変だ」とか「疲れた」と言わないので、
これは、よほど負荷のかかる作業なんだと私は思った。
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制作4日目は、作業の様子を一般に公開した。
朝からたくさんの人がバスをひと目見ようと訪れていた。
このときMAYAさんは、
車体のバックドアに雪の点々をひとつまたひとつと描いており、
「ここまできたら、もっと描く!」
と語った。
当初は余白を生かした構図にしようと考えていて、
着彩はこの日で終わらせる計画だった。
しかし、バックドア側に比べてフロント部分や両サイドは描き込みが少なかったため、
明るさや楽しさがもっと感じられるものにしたいと、MAYAさんは考えた。
昨日、MAYAさんが体力的には限界がきているのではないかと感じられたので、
思わず「どこからそんな力が湧いてくるんですか?」とたずねると、
「昨日まではどこまで描き込めばいいか、ちょっと迷うところがあったんだけど、
やることが見えたから、もう大丈夫! あとは描けばいいだけだから」と笑顔。
コンクリートに正座をしながら、バンパーにクマを描き始めた。
体の疲労よりも気力が上回り、制作が続行された。
7日目についに完成。
シカの間には木々が描かれ、ツノには鳥や虫がとまり、無数のハートも描かれた。
ラッピングシートを車体に貼ったものとは違う、一筆一筆描かれた存在感があった。
魂が込められた“作品”であると、私は感じた。
人口減少によるバス路線の廃止はネガティブなことだと最初は思ったが、
MAYAさんの絵があることで、地域に新しい風が吹くという
期待感でいっぱいになった。
MAYAさんが描いている現場に、
市役所やコミュニティバスを運行するタクシー会社、
そして倉庫を提供してくれた会社の人々がかわるがわる訪れ、
新たな交通網をみんなでつくっていこうという意気込みも感じられた。
「絵には、人の気持ちが集まってくるんだよね」
私はMAYAさんが日頃から語っている言葉を思い出した。
新交通の名前は「東部丘陵線コミュニティバス」。
4月1日の運行開始後に、
地域の小学生たちからバスの愛称を募集する予定だという。
バスのペイントを終えたMAYAさんは、人心地がつく間もなく、
地域の商店の壁やシャッターに絵を増やしていこうとしている。
MAYAさんの描いたバスに乗って美流渡を訪れ、
そこでMAYAさんの絵にまた出合って。
まちじゅうがミュージアムになる日もそう遠くはない。
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