連載
posted:2017.2.1 from:神奈川県足柄下郡真鶴町 genre:食・グルメ / アート・デザイン・建築
sponsored by 真鶴町
〈 この連載・企画は… 〉
神奈川県の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島。
ここにあるのが〈真鶴半島イトナミ美術館〉。といっても、かたちある美術館ではありません。
真鶴の人たちが大切にしているものや、地元の人と移住者がともに紡いでいく「ストーリー」、
真鶴でこだわりのものづくりをする「町民アーティスト」、それらをすべて「作品」と捉え、
真鶴半島をまるごと美術館に見立て発信していきます。真鶴半島イトナミ美術館へ、ようこそ。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
photographer profile
MOTOKO
「地域と写真」をテーマに、滋賀県、長崎県、香川県小豆島町など、日本各地での写真におけるまちづくりの活動を行う。フォトグラファーという職業を超え、真鶴半島イトナミ美術館のキュレーターとして町の魅力を発掘していく役割も担う。
神奈川の南西部、真鶴は魚のまち。
戦後は「ブリバブル」と呼ばれるほど、ブリで財を成した。
その後も豊富な魚を干物にして、観光バスが来たり、
多くの観光客が干物を買っていった。
その頃はたくさんの干物屋さんが軒を連ねていたが、
現在、真鶴で自家製造販売している干物屋さんは、
青貫水産、高橋水産、魚伝の3軒を残すのみ。
どこも小規模ながら毎日丁寧に魚を開き、干している。
今回は〈魚伝〉のお話。
真鶴の干物屋さんのなかでも、ひと際、趣のある建物がある。
明治10年創業の〈魚伝〉だ。現店主は4代目青木良修さん。
奥様の典子さん、5代目の青木良磨さんとお店を切り盛りしている。
創業から2代目までは、干物ではなく、おもに魚の仲買い業だった。
「波が荒れると入り江になっている真鶴に魚が集まったんです。
いまは周辺の港や市場も整備されているけど、
かつて天候が悪いときは真鶴に魚も人も集まりました」(良修さん)
真鶴でよくとれた魚は、サバ、アジ、アオリイカ、ワラサ、ブリ、トラフグなど。
季節を問わなければ、かなり多くの魚種がとれる。
時代は変わっても魚種にそれほど違いはない。しかし漁獲量は格段に減っている。
「かつては市場に上がりきれないほどでした。
1日で5~10トンという漁獲量だったのが、いまは1トン以下。
イカはとれないからすごく高いし、
ウマヅラハギもほとんどとれないですね」(良修さん)
同時に魚の値段は上がっている。
「親の時代は木箱1箱にいっぱいで500円でしたよ。いまは1万円以上です」
と物価の変動を差し置いても、かなりの高騰。
魚で生きている人たちにとって、大きな変動のときだったのかもしれない。
そうしたなかで干物業を始めたのが、良修さんのお父さんで、3代目の英雄さんだった。
「やはり魚のとれる量が減ってきたので仲買いだけではなく、
干物をつくり始めたようです。漁業のまちだから、
みんなある程度は干物づくりなんかできましたね。
私も教わったわけではありませんが、毎日子どもの頃から見ていますから、
見よう見まねで」(良修さん)
1枚ずつ開いた魚は、きちんとブラシで血を洗う。
いまではパパッとホースで水をかけて洗うだけのところも多いというが、
こうしたひと手間で臭みは取りながら、旨みを残すことができる。
使用している塩は、内モンゴル産の「古代天日塩」。まろやかな甘みがある。
「生で仕入れたものは、なるべくその日のうちに開いてしまいます。
生と冷凍では、身の色が違ってきますね」(良修さん)
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良修さんの代になってからは、真鶴の干物屋さんの閉店が進んでしまった。
結果、現在、自家製造販売で残っているのは3軒のみ。
「私の代になってからは特に、後継者がおらずに閉めてしまったお店が多かったですね。
うちは息子が継いでくれたので助かりました」
その5代目良磨さんは、魚伝や真鶴をアピールすべく積極的に活動している。
2015年、真鶴の日本酒〈頼朝船出〉で塩汁を調合してつくった
「サバの酒干し」と「アジの酒干し」を考案した。
特にサバなどの青臭い魚は臭いを抑えることができて、日本酒の風味がほんのりと香る。
そして2016年にヒットしたのが「イカ爆弾」。
干物屋さんらしからぬネーミングで、気になるルックスの揚げ物だ。
「もともと、アジのすり身を団子状に揚げたものをイベントなどで販売していました。
それに少しマンネリ化を感じていたので、
何か新しいものをつくりたいと思ったのがきっかけです」と、
イカ爆弾開発のきっかけを教えてくれた青木良磨さん。
見た目はなんと真っ黒!
最初は、「揚げ過ぎ?」と思ってしまうが、そんなことはなくこれで正解。
割ってみると馴染みのあるじゃがいものコロッケだ。
具にはタマネギとイカとチーズが入っていて、
揚げたてならばトロリとしたチーズが最高だ。
「ソースをつけなくてもしっかりと味がする
おやつ感覚のコロッケをつくりたいと思いました。
あとはちょっとふざけてもイイから、
見た目のインパクトが強いものにしたかったんです」(良磨さん)
真っ黒になるのは、ネーミングどおりイカ墨が練り込んであるから。
しかも、ただパン粉に混ぜているのではなく、
イカ墨を練り込んだ黒いパンを焼いて、それをパン粉にしているのだ。
インパクトだけでなく、手間もかかっている。
「最初はみんな『何だコレ?』という反応でしたね。
作戦通り、興味を持ってもらえたと思います。
みなさんの反応をみていると楽しいですね」(良磨さん)
今年、〈TOKYO & AROUND TOKYO〉の観光振興賞を受賞。
真鶴の新名物になりつつある。
「賞をいただいてからは認知度も上がって、少しずつですが、
遠方から買いに来てくれるお客様も増えました。
でもまだ町内でもみなさんには知られていないのでこれからの課題です」(良磨さん)
イカ爆弾があると、各地でのイベントにも出店しやすい。
どんどん真鶴をPRすることができる。干物という枠にこだわらず、革新を続けていく。
それを歴史のある魚伝が仕掛けているということに大きな意味があるように思う。
「イカ爆弾だけでなく、新たな特産品を開発していって、
もっと賑わいが生まれればいいなぁと。
これを機に真鶴まで足を運んでほしいです」(良磨さん)
干物では難しいが、イカ爆弾なら食べ歩きもできる。
真鶴駅から魚伝まで来れば、海はすぐ目の前。
イカ爆弾を片手に、海風を感じ、振り返って山に広がる家々の景色を眺める。
新しい真鶴の楽しみ方を魚伝がつくってくれそうだ。
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魚伝
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