連載
posted:2023.6.21 from:大分県別府市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
editor profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。
別府市に2023年1月に誕生した、別府市創造交流発信拠点〈TRANSIT〉。
昭和3年に建てられ、電話局や児童館などさまざまな用途に使われてきた
国登録有形文化財の建物〈レンガホール〉の1階の一部をリノベーションし、
展示室と相談室が開設された。
展示室ではアーティストや地域のクリエイターの作品を展示したり、
相談室ではアーティストやクリエイターからの移住相談や
地域課題についての相談を受け付けたりしている。
ここから別府の芸術文化を発信するだけでなく、
移住促進や、企業や市民とクリエイターをつなぐ拠点となることをめざすという。
別府市ではこれまで、1998年から「別府アルゲリッチ音楽祭」、
2009年からは「混浴温泉世界」「in BEPPU」などの芸術祭、
2010年から市民参加の文化祭「ベップ・アート・マンス」など、
さまざまなアートに関する取り組みをしてきた。
その結果、2017年の調査では、2009年以降の
アーティストやアートに携わる移住者が120名にもなったという。
そこで2022年、アーティストやクリエイターに特化した移住定住促進の政策を策定。
地域の課題に向き合うクリエイターや、
新たな価値を創出しようとするアーティストの力を地域資源と捉え、
地域の活力再生に向けた好循環をめざすというもの。
また、2030年までに移住者を1200名にすることを目標に掲げている。
そのモデルエリアに別府市の南部・浜脇地区を指定し、
ハブとなる拠点として誕生したのがTRANSITなのだ。
別府では2008年からアーティスト・イン・レジデンスのプログラム「KASHIMA」や、
2009年からはアーティストが暮らしながら制作する
「清島アパート」の活動も続いており、
アーティストの存在は地域の人にも認められつつある。
今後は南部・浜脇エリアの空き家を活用しながら、
アーティストの活動拠点となる施設を増やしていくという。
TRANSITの相談窓口では、空き家や空き店舗のマッチングや、
地域課題を解決するためにクリエイターの力を借りたいという市民や
企業の相談なども受け付ける。
移住してきたアーティストの才能や職能と、地域や企業の課題をマッチングし、
商品・サービスの開発や賑わいづくりなどに生かすことで、
アーティストの活躍機会を拡大し、別府の活性化につなげることが狙いだ。
一方アートプロジェクトも、2016年から続けてきた、
毎年ひとりのアーティストを招聘する個展形式の芸術祭「in BEPPU」は一時休止し、
2022年からは新たに「ALTERNATIVE-STATE」というプロジェクトが始動。
このプロジェクトでは4年間で8つの作品を制作し、別府市内各所に長期設置する。
これまで期間限定のイベント形式で作品を公開してきたが、
いつでも鑑賞できる作品とすることで、
文化的観光資源として活用されることを狙っている。
これまでに、サルキスとマイケル・リンの作品を設置。
第3弾にはトム・フルーインを迎え、アクリルパネルを使った作品を制作予定だ。
これら別府のアート活動の運営を担ってきたのが〈BEPPU PROJECT〉。
TRANSITも別府市の事業をBEPPU PROJECTが受託し運営している。
そのTRANSITで、KASHIMAの関連企画として、
3月18日に「地域にアーティストがいること」と題されたシンポジウムが行われた。
秋田市のNPO法人〈アーツセンターあきた〉の事務局長を務める三富章恵さん、
松戸市の〈PARADISE AIR(パラダイスエア)〉ディレクターで建築家の森純平さん、
東京・吉祥寺の〈Art Center Ongoing〉代表の小川希さんが登壇。
ここで発表された、それぞれの事例を紹介していこう。
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まず登壇したのは〈アーツセンターあきた〉の三富章恵さん。
アーツセンターあきたは、秋田公立美術大学の社会連携を担う学外法人として
2018年に設立。大学と地域をつなぎながらさまざまなプロジェクトや
コーディネートをする産官学連携のハブとなっている。
三富さんはその立ち上げから関わり、現在事務局長を務めている。
これまでさまざまなプロジェクトを手がけてきたアーツセンターあきた。
たとえば秋田県からの依頼で、大学の近くの歩道橋の改修に伴うデザインを
相談されたときのこと。
毎月1日に地域の人たちに集まってもらい、
そのときの天気からイメージされる色を色見本を使って採取し、
1年かけて選んだ12色で歩道橋を新しく塗るというプロジェクトを行った。
大学の先生がデザインを担当すればそれで済む話だが、
わざわざ地域の人たちを巻き込んでいく手法をとったのだ。
クライアントのニーズに応えるのではなく、
ニーズ未満の“余計なこと”を本気でやっていると三富さん。
「なぜそんなことをするかというと、私たちが目指しているのは課題解決ではなく、
いままでになかった新しい価値をつくっていくということ。
知的財産の創造が、未来におけるなりわいや
日常をつくっていくことにもつながると捉えて、大学と地域をつなぐ活動をしています」
またもうひとつの活動として、2021年に開館した
〈秋田市文化創造館〉の指定管理業務がある。
1966に竣工した元県立美術館をリノベーションした文化施設だ。
この建物を活用してどう運営していくかということも、
市民参加型のワークショップを重ねて練られていった。
現在はアーティストが滞在制作するレジデンス事業などを展開し、
市民も作品制作に関わったり、アーティストの作品だけでなく、
市民とアーティストが一緒になってつくる活動も行う。
たとえば盆踊り大会をやってみたいという市民グループが、
秋田市在住のアーティストとともに「百鬼夜行」をテーマに
ハロウィンのような盆踊り大会を開催。
そんなふうに市民がつくったり、なにかやってみたいということを
後押しするような活動が行われている。市民の関わりしろを用意し、
“つくる”ことがまち全体に広がっていくような取り組みができればという。
このような取り組みの背景には「アーツあきた構想」がある。
いまやどの自治体も人口減少や中心市街地の空洞化、地域産業の衰退など
さまざまな課題があり、行政はどう解決するか頭を抱えているが、
もはやこういった課題は行政単体では解決できない。
地域を構成するひとりひとりが当事者意識をもってアプローチしていくことが大事で、
そのためにはアートやアーティストの存在が有効ではないかというのだ。
三富さんは「たとえ地域の人たちが不寛容であっても、
視点を変えたり視野を広げるきっかけをつくったり、
価値観の違いを乗り越えることを後押ししていく。
そうすることによって地域そのものが持っている潜在能力や
可能性を引き出すことができるのではないか。
アーティストとともに、まちの人たちを触発し進んでいくことが、
未来をつくる新しい活動や価値を育むことになるのではと思います」と語った。
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次に登壇したのは建築家の森純平さん。
森さんの活動の原点は、学生時代に仲間たちとつくったシェアスペース。
場所をつくることでいろいろな状況が生まれるおもしろさにハマり、
卒業後、2013年にパチンコ店の上の廃業したホテルの客室を利用し、
アーティスト・イン・レジデンス〈PARADISE AIR〉を立ち上げた。
江戸時代に宿場町として栄えた松戸の歴史にならい「一宿一芸」がコンセプト。
2フロアで合計16部屋あるが、レジデンスとして使っているのは3部屋で、
残りは地元のクリエイターに安く貸しているという。
運営資金は約3分の1を松戸市、約3分の1を文化庁の補助事業でまかなっているが、
家賃収入だけでも最低限の運営ができるように工夫している。
助成金だけを頼りにしていると年度単位で事業が終了してしまうリスクもあり、
継続できるモデルを考えてのことだ。
プログラムは、ショートステイは2~3週間、ロングステイは3か月間の滞在で、
ロングステイは運営側がテーマを決めて公募し、
渡航費や滞在費、制作費もフルサポートする。
ちょうど2023年5月で10周年を迎え、
これまでに600人を超えるアーティストを迎え入れてきた。
そのうち9割が海外のアーティストだという。
アーティストには、部屋にこもって制作するのではなく、
まちに出て新しいものを取り入れ、咀嚼したうえで作品をつくったり、
実験することに時間を使ってほしいと話すそう。
そうすると自然にまちの人とアーティストの接点が生まれるという。
まちの人たちの受け入れに対する考え方も変化してきたといい、
いまはまちの人もアーティストにまちのことを教えたり、
お互いに学び合えたりするような、対等な目線で議論ができる存在として
アーティストが受け入れられているという。
また、アーティストがまちの多様性を教えてくれるようなこともあるそう。
たとえばスペインのグラフィティアーティストが壁画を描きたいというときに、
まちのスポーツ用品店の壁に描けることになったものの、目立つ場所のため、
あまり怖いイメージにならないよう少しやさしい絵にしてほしいと
アーティストに相談したところ、ラーメンをモチーフに絵を描いてくれたのだそう。
「松戸には有名なラーメン店もあるし、ラーメン好きも多い。
でも僕らはまちの顔になると思ったことはなかったし、
ラーメンがアートにつながると思っていなかったんです。
アーティストにかかれば一瞬にしてそういう作品が生まれる。
それがいつもおもしろいなと思っています」
運営は10人ほどのチームで担い、それぞれが自分の仕事を持ちながら、
各々の専門性を生かした運営をしているという。
アーティストから無茶なことを言われると応えるのはなかなか大変だが、
体を伸ばすストレッチのようだと森さん。
「全力疾走でアーティストに応えるというより、
毎回変なところをストレッチさせられている感じ。
そこを伸ばすか、というようなところを突いてきたりするけれど、
それで体が柔軟になっていく気がします。アーティストがいることで、
そういう柔軟でしなやかさのあるまちになっていくのかなと思います」
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最後に登壇したのは吉祥寺の〈Art Center Ongoing〉の小川希さん。
Ongoingについては、コロカルの記事でも以前紹介した。
どうしたらアートで社会に働きかけることができるかと考え、
2002年から5年間『Ongoing』というタイトルの公募展を企画し、
何から何まで手探りで運営した。
その破天荒なストーリーはとてもおもしろいのだが、
そのプロジェクトは5回でやめると決めていて、次の展開を聞かれたときに、
小川さんは「アートセンターをつくります」と即答したそうだ。
小川さんは高校生のときにバックパックひとつでヨーロッパを旅していて、
アートセンターに出合った。美術や音楽、演劇などのアートに触れられ、
アートが中心となってまちの人が集まる、そんなアートセンターが
いろいろなまちにあることに衝撃を受けたという。
「こんなすばらしいものがなんで日本にはないんだろう、
ないならいつか自分でつくろうと思いました。
それがそもそもの間違いだったんですけど(笑)」
2008年に、ついに高校生のときからの夢だったアートセンターを吉祥寺で立ち上げ、
以来、年間20数本の企画展を開催し、四苦八苦しながら自力で運営している。
Ongoingでは、作家たちに何をしてもいいと伝え自由に制作をしてもらっている。
そのためスポンサーや行政と組むことはせず、
ずっとオルタナティブな活動としてやってきた。
小川さんいわく、Ongoingは「社会不適合者たちの巣窟」で、
ちょっと変わったアーティストたちが集まる場所になったという。
「地域や社会とつながることをコンセプトにしている作家もいますが、
そうじゃない作家ももちろんいます。
ふつうの社会ではまったく役に立たないかもしれないけど、
でもこの人が考えるものは絶対必要だということがあったりするんです。
そういう存在が、僕には救いになると感じることがある。
社会とうまく結びつけないような人がいられる場所を、
どこかで意味があると思いながら続けています」
Ongoingは自由なスペースとして運営しつつ、それだけでは収益を生まないので、
小川さん自身は行政とアートに関する仕事もしてきている。
ただそのときに、行政の望むことはやりながらも、
そこに20%くらい“毒”を仕込むのだという。
「アートは社会や地域にとっていいことというのはもちろんあるけれど、
この“毒”をなくしてしまったら、たぶんアートでもなんでもなくなってしまうと思う。
その部分をどう死守するかということを戦略的にやっています」
“毒”というのは、小川さん独特の表現だと思うが、
これはアートにとってとても重要なことのように思われる。
小川さんの言うように、アートが地域にとって何かいい影響を与えたり、
アートが社会のなかである機能を果たすということは実際にあるし、
そういうアートプロジェクトの実例を筆者自身もいくつも取材してきた。
が、すべてのアートが、誰にとっても心地よいものではないということは、
認識しておくべきだろう。表現というものはときに恐ろしかったり、凶暴だったり、
人を不安に陥れたり不快にさせたりすることもある。
もちろん、行政と現場の間で実際に運営を担う人たちは
十分そのことをわかったうえでチューニングをしてくれていると思うが、
各地で芸術祭などアートに関する取り組みが頻発している昨今、
ともすれば「アートの力で……」とアートを課題解決のための手段として考える人には、
アートの本質を理解したうえで取り組んでほしいと願うばかりだ。
そしてアートに興味がないという人にも、
こういったアートセンターやアーティストがいる場所がまちにあることで、
アートというものは実に多様なものであり、
社会にとって必要なものだという理解を深めてほしいと強く思う。
そんなことをあらためて考えさせられたシンポジウムだった。
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