連載
posted:2017.3.16 from:北海道札幌市 genre:アート・デザイン・建築
sponsored by SIAF2017
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
credit
撮影:秋田英貴
2月に入れば東京では春の気配が感じられるが、札幌は冬のまっただ中。
そんな雪が降り積もる季節に行われる一大イベントが〈さっぽろ雪まつり〉だ。
国内外からの観光客や市民が多数訪れ、期間中の来場者は200万人以上となる。
このイベントのメイン会場となった札幌大通公園には、
毎年工夫を凝らした大雪像が並ぶのだが、なかでも今年ひときわ異彩を放っていたのが、
スタディストという独自の肩書きで活動する岸野雄一さんが芸術監督を務めた
『トット商店街』と名づけられた雪像だ。
高さ約12メートルと大迫力のこの雪像は、今年の8月から行われる
〈札幌国際芸術祭=SIAF(サイアフ)2017〉の公式プログラムとして制作。
中央には巨大なテレビ画面、両脇には商店街のまち並みが彫刻され、
その上に天女に見立てられた黒柳徹子さん(トットちゃん)が鎮座し、
どことなく祭壇を思わせるつくりとなっている。
雪像づくりのエキスパートである元自衛隊メンバーも参加して制作を行っており、
像を見るだけでも見応え充分だが、その真価が発揮されるのは
夜のパフォーマンスと言えるだろう。
日暮れとともに会場に突如として響くのは、黒柳さんのナレーション。
その声に惹きつけられるように、雪まつりに訪れていた人々が次々と足を止め
雪像のまわりには黒山の人だかりが生まれていった。
中央にある巨大なテレビ画面には影絵が映し出され、
春は農夫が畑を耕し、夏はトウモロコシの収穫があるなど、
日本の四季折々の暮らしが描かれていく。
このパフォーマンスは「影絵劇」仕立てになっているが、
その見どころのひとつは、影絵という枠にとどまらない表現だ。
実際に役者が動かす影絵人形とアニメーションがミックスされ、
そのなかで農夫に扮した岸野さんと、これまでも岸野さんのステージに
たびたび登場しているジョン(犬)がパフォーマンスを繰り広げ、
ときには生中継の映像が挿入されるなど、さまざまな展開が起こっていく。
12分間の『トット商店街』のパフォーマンスは、大人も子どもも楽しめる
エンターテイメント性にあふれていたが、芸術監督の岸野さんによれば
「見終わったあとに反芻して考えると、さまざまなことが見えてくる」という。
岸野さんは、音楽家や著述家などさまざまな活動を行い、
それらを包括する名称として「スタディスト(勉強家)」と名乗っている。
現在、〈ワッツタワーズ〉や〈ヒゲの未亡人〉といったユニットで活躍し、
ライブやDJ、パフォーマンスなど数々のショーも行っている。
今回の『トット商店街』は、映像やパフォーマンス、音楽など
多彩な要素がギュッと凝縮された岸野さんらしいステージであり、
雪像やアニメーションのモチーフは、スタディストという名にふさわしく、
入念なリサーチのうえにつくられたものとなっていた。
「何気なく楽しく見られる影絵劇ですが、コンセプトは非常に練られているんですよ。
まず、バックグラウンドにあるのはメディア史です。
影絵というすごく原初の表現から始まって、そこにアニメーションであるとか、
実写であるとか、生中継のライブ映像が入ってきている。
さらに部分的にはアフターエフェクツのような最新のデジタル技術も
使っているということで、メディアの進化の過程も織り込まれています」
岸野さんは、メディア史の象徴として、日本のテレビ放送が始まった
1950年代から、テレビ女優として活躍していた黒柳さんを、
「天女」というかたちで雪像のモチーフとした。
また発想のもうひとつのきっかけとなったのは、
今回岸野さんにこのプログラムをやってほしいとオファーした、
SIAF2017ゲストディレクターの大友良英さんの存在だ。
大友さんは、映画やテレビ音楽の作曲を多数手がけており、
昨年はNHK土曜ドラマ『トットてれび』の音楽を担当した。
黒柳さんのエッセイをドラマ化したこの番組に岸野さんは非常に感銘を受けたそうで、
「大友さんと一緒にやるなら黒柳さんをテーマにしたものを」
という想いもあったのだという。
「黒柳さんに、雪像をつくらせてほしいとうオファーをしたら、
すごく喜んでいいただけて、『雪像に登りたい!』という話があったほどでした(笑)」
雪像のモチーフとして登場するとともに、
『トット商店街』のナレーションにも黒柳さんは参加している。
岸野さんは『徹子の部屋』の控え室で声を収録。
そのとき「歩いているお客さんを呼び止めるような感じでお願いします」
と依頼したという。
こうしてとられた黒柳さんの声は、まさに「天女」が空から語っているかのように
会場に響きわたり、テレビの草創期、街頭テレビに人々が集まり、
みんなでひとつの画面を共有していた時代へとタイムスリップする
スイッチのような役割を担っているかのようだった。
「僕が幼稚園のときに使っていたお弁当箱が『ブーフーウー』
(NHKで放映されていた着ぐるみ人形劇)でした。
そのウーの声をやっていた黒柳さんとご一緒できるなんて
夢のようでした」と岸野さん。今回は天女としたが、
「黒柳さんは、本当はもっと身近な存在であってほしい」とも考えたそうだ。
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岸野さんの「メディア史」に対する探求は、2015年にパリで初演され、
第19回文化庁メディア芸術祭のエンターテインメント部門で
大賞となった音楽劇『正しい数の数え方』にも通じる点と言える。
『トット商店街』と同じように、この音楽劇でも、
アニメーションやパフォーマンス、人形劇、演奏など、さまざまな表現が盛り込まれ、
岸野さんが舞台で演じるだけでなく、人形やアニメのキャラクターとしても現れ、
現実という“こちら側”と映像という“向こう側”を行き来するような表現が
展開されている。
また『正しい数の教え方』では、大衆芸能や見せ物など、
近世の日本では芸術と捉えられていなかった時代が舞台となっており、
どちらの作品にも、メディア史の初期の表現から最新のテクノロジーまで
横断するという、岸野さんなりの解釈が折り込まれているのだった。
「メディア史というのは、常に再考する余地があります。
最新のデジタル技術を提示するだけではダメで、
歴史が折り込まれている必要があると思います」
岸野さんによると、テクノロジーを使ってものをつくる40代や50代の人と、
20代の若い世代の人とのあいだで、メディアに対する感覚の乖離があるのではないか、
そう思うことがあるのだという。それをつなぐためにも、上の世代は、
どうしてこういう技術が生まれてきたのか、その歴史を伝えることが必要だという。
「今日の芸術祭において、こうした歴史観を伝えることは
とても重要なことだと僕は思っていますね」
8月に行われるSIAF2017では、岸野さんの言葉と呼応するように
「メディア史」に関わる、さまざまな取り組みも展開される。
テレビ演出家であり脚本家である今野勉さんによる
テレビの歴史に目を向けたプロジェクトや、
アーティストの宇川直宏さんによる新たなメディアを創出する試み、
ライブストリーミング〈DOMMUNE〉を札幌から配信することも計画中だ。
さらに詳しく『トット商店街』で登場しているモチーフについて見ていこう。
テレビ画面に影絵として映し出されていたのは農村。
そこからまちに農作物が届けられ、ひとつの社会が生まれているという考えに基づき、
テレビの両脇には商店街がつくられた。
そして、テレビと商店街のあいだをつなぐのがアニメーションで描かれた七福神。
画面から勢いよく飛び出したかと思うと、商店店主に姿を変えていく。
「七福神は調べていくと、収穫とか流通にまつわることをやっているんですね。
それを非常にポップな、ミッフィーの作者、ブルーナのようなテイストで
デザイナーに描いてもらいました」
モチーフがどのような意味を持っているのか、そのルーツをさかのぼるとともに、
岸野さんは今回、札幌出身者や地元の人に、商店街のお店の思い出についても
詳しくリサーチをしていった。
「どんなお店が印象に残っているのかを聞くと、
最初は有名なお店しか教えてくれないんですが、
例えば『学校の帰り道にどこに行きたかった?』と質問すると、
いろいろな名前が出てくるんですよ」
例えばそれは、札幌の繁華街・狸小路で112年の歴史があり、
2014年に閉店した〈中川ライター店〉。
ライターの専門店だが実は模型がたくさん置いてあり、
子どもたちの多くはここでプラモデルを買っていたという。
こうした人々の話を丁寧に掘り起こしながら、
商店街のお店のアニメーションが生まれていった。
札幌というまちをモチーフに取り込んでいった理由のひとつは、
これがSIAF2017のプログラムであることが大きいと岸野さん。
「芸術祭ということで、まず市民の方に楽しんでいただけるものを考えました。
外部からの視点を入れたり、作品化したりという行為をすると、
自分のまちを見直すきっかけになりますよね。
やっぱり自分のまちが好きという感覚は、住むための大前提だと僕は思います」
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自分のまちを見直すきっかけとなれば、岸野さんの想いは、
『トット商店街』のパフォーマンスの合間に、
雪像のテレビ画面に映し出された『札幌ループライン』にも通じている。
もともと岸野さんが、アーティストのクワクボリョウタさんの作品の
大ファンだったことがきっかになり、クワクボさんが技術協力として参加し、
今回のコラボレーションが実現した。
これまでクワクボさんは、『10番目の感傷(点・線・面)』といった
鉄道模型を使って影の風景を映し出す作品を制作していた。
影をつくり出すものは、床に置かれた日用品。
普段見慣れていたものに光を投影すると、
思いがけない形が浮かび上がってくるという作品だが、今回はこのアイデアに、
札幌の市電から見える現実の風景を組み合わせる試みが行われた。
「僕もクワクボさんも札幌の市電が大好きだったんです。
せっかくループ化されたのに、その記念的なことがあまりなされていないので、
みなさんに『ループ化ってとっても重要ですよ』という意味を込めて
やりたいとクワクボさんに言ったら、彼ものってくれました」
岸野さんは市電のなかでも、とくにループ化されている路線に愛着を感じるそうで、
世界各地の環状線をすべて制覇することを目指しているそう。
そんな岸野さんの並々ならぬ“市電愛”を感じる工夫が随所にあり、
例えばカーブを曲がる絶妙なタイミングで
ススキノ交差点にあるニッカウヰスキーの看板が現れたり、
以前は車窓から見えたという純喫茶〈声〉(2012年に閉店)の建物を
あえて加えたりなど、そのこだわりは細部にまでおよぶ。
「ただし、現実の市電の風景の再現ではないんですよ。
建物の位置関係はおおよそ合っているんですが、
市電に乗ったことを思い出しているかのような表現をしたいと思っていて、
それが独特な感じになっているんですね」
印象的だったのは、大友さんが雪まつり会場で、この作品を紹介するときに
「見ていたらなんだか泣けてきました」と語っていたことだ。
大友さんは多感な時期を福島で過ごしており、
札幌の市電に対する思い出は持ち合わせていない。
にもかかわらず、子どものときに見た原風景のような懐かしさが
こみあげてきたのだという。
幼少期の体験がないのにもかかわらず、不思議と懐かしい感覚を呼び起こす。
それは、『トット商店街』と『札幌ループライン』に共通するものではないだろうか。
筆者が『トット商店街』を見たとき、まわりには子どもたちがたくさん集まっていた。
目をキラキラさせながら、食い入るようにステージを見つめる子どもたちと
時間を共有しているうちに、
自分も幼少期にこんな体験をしたことがあったのではないか、
そんな感覚がわいてきたのだった(街頭テレビを見た体験などないのにもかかわらず)。
岸野さんは、この『トット商店街』をつくるときに、
「(1961年よりNHKで放映された)『夢であいましょう』という番組に、
もし影絵のコーナーがあったら、というイメージでつくっているんですよ」
とも語っていたのだが、この“懐かしさ”の正体は、
もしかしたら50~60年代に、テレビというメディアの可能性が
これから大きく広がっていく、未来へのワクワクした感じを、
もう一度人々に呼び起こすような体験を与えてくれたのかもしれない。
あるいは、「影絵を使ったのは、人々が洞窟や囲炉裏を囲んで暮らし、
火という光と影を使っていた時代に行われていた原初の表現だから」
という岸野さんの言葉から考えると、さらにもっとさかのぼり、
人間のDNAにインプットされた光と影に魅せられる感覚が刺激されたのかもしれない。
こうしたさまざまな意味がレイヤーのように重なり、
それを紐解くおもしろさが岸野さんの作品からは感じられた。
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岸野さんは、夏の本祭でもプロジェクト行いたいと熱く語る。
現在、東京でこれまで行ってきたコンビニでのDJパフォーマンスをはじめ、
さまざまな可能性を探っている段階だという。
「日本中のコンビニでDJみたいな活動が起こって、
場所の使い方が変わってきたらおもしろいと思っているんです。
ほかにも大友さんが市電を使った何かをやりたいと言っているので、
僕もそれは大乗り気。さらには、札幌の定山渓にある温泉と絡めたイベントが
できたらいいなと思っているんですけどね」
ゲストディレクターの大友さんが、SIAF2017のテーマに据えたのは
「芸術祭ってなんだ?」というもの。
これは「なんだ?」という問いかけに対して、
「正解とか、正論を探すのではなく、実際に手を動かし、
誰かと何かをつくるところから見えてくる何か、感じる何かであったほうがいい」
と大友さんは考えており、参加するアーティストたちは自分なりの答えを探ろうと、
岸野さんと同じく、すでにプロジェクトをスタートさせている者もいる。
昨年から札幌に複数回滞在し、リサーチを行っている梅田哲也さんは、
1月に凍ったモエレ沼でライブ・インスタレーションを行い、
それをさわひらきさんが撮影するというフィールド・アクションを実施している。
このように、毎月何かしらのイベントが市内各所で開催されながら、
8月の本祭へと向かっているのだ。
今回の芸術祭はアートを狭い枠の中に収めるのではなく、
音楽や演劇、映像など、さまざまな領域を横断するようなプロジェクトや
忘れかけていた表現の歴史に光を当てる企画など、
ひとくくりにできない“場”が数多く創出されるという。
それらは、『トット商店街』と『札幌ループライン』を体験してわかるように、
札幌というまちの見え方が一変するような、
新たな気づきを私たちにもたらしてくれることだろう。
会期中は札幌でさまざまなことが起こりそう。
現場で体験することで初めて全貌がわかる、ライブ感たっぷりの芸術祭となるようだ。
information
札幌国際芸術祭2017
会期:2017年8月6日~10月1日
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